イライラ



ツー、ツー、という耳に残る機械音。あんなに怒った名前は初めて見た。それ以前に初めてアイツと喧嘩した。なんじゃこれ、なんでこんなヘコんどるん俺。

帰ってきたら改めて問い質そうと思っとった。もし名前に彼氏なんかが出来とったとしたら、何が何でもそいつのことを知って、どんな奴かつきとめてやる。そう思っとったのに、バイトから帰ってきたら、鍵はかかったままじゃし、明かりも点いてない。十中八九あそこだと思った。
いくら幸村と言えど、アイツも正真正銘の男じゃし。正直名前が他の男と一緒におるのを想像しただけで気が気じゃない、俺が俺じゃなくなるみたいに、嫌な気持ちになるんじゃ。

そもそもアイツはもっと自分が女じゃってことを自覚した方がええ。無自覚無意識にも程があるって言えばええんかの、とにかく他の男の家にそう易々と泊まりに行ったりするのを止めてほしかった。

俺と初めて同じベッドで寝た時だってそうじゃ。ホラー映画を見てしまったかなんか知らんけど、枕を持って肌出し過ぎじゃろってくらいの短パンにTシャツ着てやって来て、セックスしようって誘われとるようなもんじゃろ?はっきり言ってあの夜は生殺しっちゅーやつじゃった。俺も彼女と別れたばっかの頃じゃったし、これで手ぇ出しても悪いのは俺じゃなくて名前なんじゃないかと思ったり。結局、頭ん中で数式を思い出しながら眠れない夜を過ごすハメになったんじゃけど。(…鮮明に覚えとるな、俺)

あんなに怒ると思わんかった。いつもなんだかんだ俺のところに必ず帰って来てくれとったし、彼女と上手くいってない時期、俺がイライラした態度をとってもアイツはいつもと同じ、変わらない態度で接してくれとった。なのになんで。なんで今回、あんな怒ってしまったん?

あげると言われたこの部屋をぐるりと見回した。今日からこの部屋に一人、とかそんなん考えられんし全然実感湧かん。この部屋を俺に明け渡して、アイツはそれからどうするつもりなんじゃろ。まさか幸村と一緒に住むことに…いやいや、ない。それはない。…でも幸村の奴、昔から名前は結構甘いとこあったような気もせんこともない。思い当たる節も何個かあるし。


一応幸村にメールで、名前が邪魔しとるんなら帰るように言うてくれ、と送ってみる。返信はすぐに来たんじゃけど…。

【嫌だね(笑)】

ほーらこれだ。みてみろ、やっぱりアイツ名前には甘いぜよ。昔からそうじゃったもん。こんなメール返されちゃあ、こっちもそれなりに腹が立ってしもて、俺は携帯をソファに乱暴に投げた。そのまま風呂に入って寝る。明日になったら名前の機嫌も直っとるじゃろうし、そのうち向こうから帰って来てくれるじゃろ。



というのは俺の思い込みじゃったらしく。三日経っても名前は帰って来ん、どころか何の連絡もない。どういうことじゃ、どんだけ怒っとるん。俺そんなに怒らせることしたんか?

三日も名前に会ってないと不思議なもんでテンションが全くと言っていい程あがらん。それどころか何もする気が起きん。彼女からメールが来ても無視。唯一メールをする相手と言えば。

「…お、きた」

スマホをすぐにタッチして、メールを見る。

【今日は二人でお前の好きな焼肉だよ。良かったね】

「何が良かったねじゃ…!」

この野郎、完全に楽しんどるな。画像が添付されていて、それをタッチすると、焼肉店にて二人で仲良さそうに密着してピース…あああムカつく!俺も名前と焼肉食いたい、名前に肉焼いてほしいのに。

俺はというと帰りにコンビニで買ったカップ麺と助六…、美味そうと思って買ったんじゃけど、一気に食欲失せたわ。今から焼肉屋一軒ずつ当たっちゃろうか。

「…はあー」

帰って来い名前ー、って何度呟いても全然帰って来てくれんし。イライラする、体調も優れん。とりあえずカップ麺にお湯注ぐか、と立ちあがったのとほぼ同時に、チャイムが鳴った。

「!、名前、」

なわけないか。だってアイツは今頃幸村と仲良く焼肉なんじゃけぇ。いやでも待てよ、幸村が嘘をついたという可能性もなくはない。さっきのは二人で俺を騙すために試行錯誤したネタ画像かもしれん。ふん、なるほど、残念ながら詐欺師と呼ばれとったこの俺にそんな小細工は通用せんぜよ。

玄関の扉をゆっくりと開けると、「会いたかった…!」と俺に抱きついてきた。え、何、名前はこんなこと絶対せんのんじゃけど。

顔を逸らして見下ろすと、会いたかったと会いに来たのは俺の彼女じゃった。内心帰れと思いつつ、口では「どしたん?寂しかったんか?」と彼氏らしい言葉を言ってみる。

「会いたかったから来たの、…だめだった?」
「いや、ええけど…」
「ご飯もう食べた?」
「まだ、じゃけど別に俺は、」
「じゃあわたしが作ってあげるね!」

俺カップ麺に湯入れたばっかなんじゃけど、というのは隠して、とりあえず彼女を家に上げた。あー、香水つけすぎじゃろ。俺はもうちょっと薄めの匂いが好みなんじゃけど。名前がつけとるような。


それから彼女は本当に手際よく手料理を振舞ってくれた。それはいいんじゃけど、全然食欲がそそられんというか、今の俺には名前の飯が必要なわけで。彼女も料理上手なんじゃろうけど、一口食べてからはそれ以上箸が進まんかった。「すまん、食欲ないんじゃ。風邪かのう」と誤魔化しつつ、彼女から目を逸らす。料理を完食せんかったことに関しては然程気にしてないらしく、ラップをかけて冷蔵庫にしまってくれた。

「ね、今日も泊まっていい?」
「…まあ、別にええけど」
「本当?じゃあお風呂入ってくるね」

そんなに俺とヤりたいんか。女の癖に結構性欲強いのう、と思考回路が夜用に変わっていく。あー、ゴムあったっけ。いつもの引き出しを開けるとそこに物はなかった。仕方ない、買いに行くか。あー、めんどい。

外に出ると少し蒸し暑くて。それだけで更にテンションが下がる。あー、もしかしたら俺今日勃たんのんじゃないか?

コンビニに着いて店員に堂々と目当てのコンドームを置いた。それと同時にぶるぶると携帯が震える。何じゃ、もう風呂あがったんか。女の癖に早いの。名前なんかいつも一時間くらい入っとるのに。

画面を見ると、そこには彼女の名前ではなく、幸村の文字が表示されていた。会計を済ませて袋を受け取ると同時に通話ボタンを押す。

「どしたん?」
『いや、特に用事ってわけじゃないけど』
「…なんじゃそれ、俺別に暇じゃないんじゃけど」
『あ、そうなの?…彼女?』
「まあ、そんなとこ」
『…お前さあ』
「何じゃ」

『名前の気持ち考えたことないだろ』

突然電話してきて何かと思えば意味がわからん。何じゃそれ、俺が名前の気持ちを考えたことがない?こんなに心配して、飯も食えん程ヘコんどるっていうのにか?
いい加減俺らのことはなんでも見通してるみたいな言い方にイライラして、ぐ、と眉根を寄せる。

「俺が考えんといけんことなんか」
『いや?ただ、可哀想だなと思ってさ。#name1が』
「は?」
『…お前が彼女連れてくる度に、傷ついてるんだよ、名前』
「…そんなん、アイツに言われたことなんかないんじゃけど」
『お前バカ?言うわけないだろ、気遣ってるんだから』

気を遣ってくれているのは知っていた。でもそれは、彼女が名前のことで嫌な思いをしたりせんようにって、そう思ってわざわざ家を空けてくれとるんじゃ。感謝しとる、もちろん。
でも名前が、アイツが傷つく理由はないんじゃなか?だって俺たちは別に。

『胸が痛いってさ。これ、どういう意味かわかる?』
「…え…」
『本気だとこんなにも感覚が鈍るものなの?詐欺師の名が廃るっていうか、もう黒歴史?』

言いたい放題言ってくれる幸村に対して、俺は何も反論出来ずにいた。そりゃ言い返そうと思えば言えるんじゃけど、名前が傷つく理由なんて、胸を痛めとる意味なんて、理解出来ん。見当もつかん。

『ひとつ教えてあげようか』
「…何、」
『彼女と別れたら、多分名前が一番喜ぶよ』

名前はそんな奴じゃない。アイツは俺に彼女が出来たら一緒に喜んでくれとったし、別れたら俺を慰めてくれた。喜んだりなんか、するわけないんじゃ。あんな優しい奴、一緒に悲しみを半分こしてくれる奴なのに。

『あと俺、一緒に寝てるから』
「はあ!?」
『名前から言って来たんだよ、怖い番組みちゃったから一緒に寝てくれないかってさ』
「アイツ、また見たんか…」

呆れ半分、焦り半分。気付けばマンションに着いとった。このまま彼女そっちのけで幸村ん家に乗り込んで、連れて帰ってやろうか。



結局幸村のマンションには行くことはやめて、帰って来た。当然既にシャワーを浴び終わった彼女は「どこ行ってたの!?」とご立腹。ゴムを買いに行っとったと素直に言うと、急に態度を変えて俺の腕に絡みついてきた。

幸村と電話した所為か、この女が酷く可愛くなく見えた。絡みつく細い腕も、白い肌も、全てが気持ち悪い。

彼女と別れたら本当に、本当に名前が喜ぶんじゃろうか?だとしたら俺は、平気でこの女と別れられる。

「なあ、」
「ん?なに?ベッド行く?」
「いや、そうじゃなか」
「…?雅治?」

同じ呼び方なのに、こうも違うもんなんか。会いたい、声が聞きたい。こんな女もうどうでもええ、俺は名前に会いたいのに。

「別れてほしいんじゃ」
「…へ?」
「すまん、一方的で。でももうお前さんと上手くいく気がせんのんじゃ」
「な、に、それ」

もう名前以外の女のこと、考えられんくて。強引に絡みつかれた手を解いて、そのまま「じゃあな」と強引に関係を終わらせる。彼女は泣きだして、納得いってない様子じゃけど、俺は無理矢理部屋から追い出した。ガチャリと鍵をかけて、ドア越しに声をかけられる。違う、お前じゃないんじゃ。俺が聞きたいのは、お前の声じゃなくて、名前の。


「…何やっとるんじゃ、俺」

しょうもない。ほんまにしょうもないわ。幸村にバカって言われても仕方ないのう、これじゃあ。
この感情は何なんじゃろ。俺にはよくわからんけど、幸村は知っとるみたいじゃった。
会いたい、声が聞きたい、傍におってほしい。特別な感情なことは確かなんじゃ。他の女とは比べようがない、名前へのこの気持ち。俺と同じような気持ちを幸村も、もしかしたら柳生も、赤也やブン太だって感じとるんじゃろうか?

それを考えただけでもやもや、イライラする。どうしたんじゃ、ほんまに。

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