今始まる



「ただいま」
「おかえりー、ご飯出来てるよ」
「ん、今日何?」
「カレー」
「え、また?」
「またって…最近したっけ?カレー」
「いや、昼に食っただけ」
「じゃあしょうがないね、なんか違うの作ろうか?」
「いや、いい。カレー食う」

最初に言っておく、わたし達は結婚、婚約は愚か付き合ってさえない。もちろんお互いそういう感情は一切無し。同じマンションの一室を借りて一緒に住んでいるだけ、ただそれだけだ。
もちろん最初から雅治と無関係、赤の他人というわけではなく、中学高校とずっと同じ学校に通っていた地元の友達だ。ちなみに雅治と同じくらい幸村や丸井達とも仲が良く、今でもたまにみんなでここに集まったりしている。

どうしてわたしと雅治が一緒に住むことになったかというと、話は至ってシンプルなもの。元々ここはわたしが大学に入ると同時に借りたマンションだったんだけど、雅治がある日突然「しばらくここにおっていい?」とうちを訪ねて来て、それからずっと居候状態というわけである。当然今は家賃もきっちり折半、生活費は雅治の方が少し多めに出してくれる月もあるので、わたし的にはラッキーくらいの心持だ。

ちなみに、何で突然わたしの家に居候したいと思ったのかはよく知らない。というか、あんまり興味がない、って言ったら失礼かもしれないけど、雅治と居るのは楽しいし特に気を遣う相手でもなかったから一緒に住むということに抵抗がなかった。

「明日バイトだっけ?ご飯は?」
「いらん。まかない食って帰る。なんか買って帰ろか?あとカレーもうちょい辛いのが好き」
「わたしも明日バイトなんだ。あとカレーはこのぐらいが好きだから辛いのは自分で作って」

新婚夫婦、カップルに見られることもしばしば。それにしては初々しさが無いとは思うんだけど。二人で遊びに行ったりすることもあるし、カップル限定なんとか、っていうサービスがある時なんかは雅治を利用する。

絶対に一線を越えない関係、とお互いにわかっているから成立する生活だと思う。周りの友達からは「頭がおかしいとしか思えない」等と酷い言われようなんだけど、それも別に気にしてない。今に始まったことじゃないんだよ、わたしと雅治のゆるい関係は。

それに、雅治にはちゃんと彼女がいるしね。



「電気消すよー」
「ん」

元々寝る部屋は別だったんだけど、わたしがホラー映画を地上波でやっていたのを見てしまってからは一緒の部屋で、一緒の布団の中で寝るようになった。彼女にバレたら間違いなく殺られるな、とは思いつつ、自分の部屋に戻るタイミングがなくなったしまったのだ。
ホラー映画のことが頭の中から薄れて来た頃、その日からはもう自分の部屋に帰ろうとしたら、「一緒に寝よ」と雅治から誘われた。あ、そういう意味じゃなくて。当然一緒に寝る、と言っても雅治は絶対わたしになんか手を出さないし、もちろんわたしも雅治をどうにかしてやろうとかは微塵も企んでない。

「明日何時に起こしたらいい?」
「んー、8時」
「わかった。おやすみ」
「うん」
「いい夢見ろよ」
「何それ、ギャグ?」
「今日テレビでやってた」
「あー、頭に残りそう」
「ね。ウケるでしょ」
「眠いんじゃけど」
「ごめんごめん、おやすみー」

こんな生活を初めてもうすぐ丸一年経つ。一人だったらもっと寂しい思いとかするのかなあ、と思いつつすぐに瞼は重くなった。



「明日彼女来るけえ」
「え?あーそうなの?」
「うん、ごめん」
「…?なんで謝るの?いいよ別に、わたし友達の家泊まるから」
「誰ん家?」
「えー、誰ん家にしよう。幸村とか忙しいかな?」
「なんで男の家なんじゃ。もっと他にあるじゃろ」
「だって幸村ん家近いし。ご飯作ってくれるし」

雅治と違ってね、と少し意地悪に笑って言うと、あからさまにムッとした顔で「俺だってカレーくらいなら作れるぜよ」と反撃だ。「じゃあ今度作ってね」と上手にあしらって、ひらりとかわす。

「今の彼女って、同じサークルの子だったっけ?」
「それ前の。今はバイト先の子」
「ああ、年下の」
「そう」
「ロリコン雅治?」
「なんじゃそれ、一個下なんじゃけど」
「冗談だよ、まあ雅治の機嫌が悪くなるの嫌だから、女友達の家にしようかな」
「わかればええんじゃ」

安心したように微笑んで、わたしの頭をくしゃりと撫でる。わたしの頭なんて雅治の手にかかれば鷲掴みされそう。わたしとは違う、男の人である雅治に、何故か少しだけ焦った。

「ねえ、もしさ」
「?」
「もし彼女にわたしと一緒に住んでることがバレたら、どうなるのかな」
「…そう言えば、バレたことないのう。バレるっちゅー言い方もなんか変じゃけど」
「まあ確かに。何もないもんね」
「女は疑り深いけんのう」
「雅治相手だからでしょ」
「…そう言えば」
「ん?」

ああ、そろそろ行かなきゃバイトに遅れちゃう。雅治はバイクだからいいけど、わたしは歩きなんだからね。

「名前って、彼氏出来たことあるん?」
「…な!あ、あるよそれくらい!」
「え、何、誰?いつ?俺知らんのんじゃけど」

遅れる。本当に、このままじゃ。どうしてわたしは嘘なんか吐いちゃったんだろう。正直に彼氏いない歴=年齢ですって言っちゃえばよかったのに。雅治が食い下がるって、どうして予想出来なかったんだろう。

「なあ、誰?」
「ちょっ、ち、近くない?」

玄関でここまで人に追い詰められたことなんてない。大体そこまで興味無いくせに、聞きたがらないでよ。わたしの恋愛事情なんか聞いてどうするの?ていうかその事情さえ殆ど皆無なんだけどね。

「言うまでバイト行かさん」
「いや、困るんだけど」
「バイク乗してっちゃるけえ」
「え、マジ?」
「マジ。ほら吐け」

まるで恐喝だ。いつも見ている雅治の整った顔立ちが、今わたしのすぐ目の前にある。息のかかるこの距離で、なんでこんな下らないこと問い詰められてんの。ていうか、ここまで来ると意地でも言いたくないっていうか、正直に実は…なんて吐いたら絶対笑われる。バカにする。話のネタにしてわたしを家でも外でも笑い者にするつもりなんだ。

「雅治には関係ない、よね?」
「は、」
「だってほら、雅治だってさ、詮索されるの嫌うじゃん」
「!」
「わたしも一緒だよ。詮索されたくない」

口から出まかせでそれっぽいことを言って、なんとか雅治の視線から逃れた。「いってきまーす!」と玄関を飛び出して、エレベーターまで走った。当り前だけど、雅治が追いかけて来ることはなくて、一人早々にエレベーターへ乗り込んだ。

「あ、バイク乗せてもらうんだったのに」

確実にバイトは遅刻決定。帰ったらまた雅治に問い詰められるかもしれない。ああ見えて変なところでしつこいから厄介なんだよね。




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