駆け引き




『騙す?』
『そう。言うじゃないか、押してだめなら引いてみろって』
『いや…それはそうかもしれんけど…』
『名前は今の関係に甘えすぎてる。仁王にも、依存してる癖にしてないと言い張る。まさかこんなにも強敵だとは俺も思ってなかったよ』

つくづく本気にならなくてよかったな、とコーヒーを飲みながらノートパソコンの画面に視線を落とした。

深夜2時過ぎに突然俺が押しかけたにも関わらず、幸村は涼しい顔をして部屋に招き入れてくれた。どんな時も隙を見せないあたりは流石と言うべきか、恐ろしい男よ。ま、今の俺にとっちゃ幸村の存在はかなりありがたいんじゃけど。
こうして名前のことで思い悩んだ時は大抵この部屋に転がり込んでしまう。俺もまだまだじゃのう。

『今良い感じなんだろ?』
『…多分な』
『じゃあ今こそだよ。ここで仁王がスッと引く。距離を置いて、我慢。自分からは誘わないし、誘われても無視』
『む、!?』
『で、極めつけに彼女が出来たと嘘をつく。これで完璧だ。詐欺師のお前なら出来るだろ?』
『詐欺師って…それはコートの中での話なんじゃけど』
『恋愛だってテニスと似たようなもんじゃないか。俺に関しては別だけど、お互いの腹の探り合いだよ』

確かにこのまま今の関係を続けるのは良くない、主に俺が。会えば触れたいと思うし、抱きしめたいという本能に逆らい続けられるのも時間の問題じゃ。かと言って好きな女を騙すなんて、相手が名前じゃなけりゃあそりゃ簡単なことじゃけど。

『いや、俺仁王は頑張ってると思うよ』
『何じゃ急に』
『いや本当にさ。名前の方が思ってた以上に難解というか、傍から見たら誰でもわかるのに、そうじゃないって言い張るんだもん。絶対好きでしょ、仁王の事』
『どうかの、もうようわからんくなってきとる』
『えらいよね、俺がお前だったら確実にヤッてるよ』
『…それビールじゃないよな?』
『コーヒーだよ、ブラック』
『(確かにブラックじゃな…)』
『てか俺がお前に提案してる時点で、答えYESしか存在してないから』

ふふ、と笑ってブラックコーヒーを一口啜る。俺にはそれが悪魔が生き血を啜るようにしか見えんのんじゃが、まあ深夜じゃから、ということにしておこう。

散々渋った結果、『わかった』と一言承諾の返事をしてしまった。『大丈夫だから。俺を信じて』とパソコンに視線を落としたままそう言う幸村のことは、口には出さんが中学の頃からずっと信頼しとるぜよ。


その翌日、計るようなタイミングで名前からメールが届いた。内容は飲みの誘いだった。ここ最近じゃあ週に3、4日は殆ど二人で飯を食いに行ったり、飲みに行ったり、同居しとった頃とあまり変わらない生活に戻りかけとった。違うのはお互い帰る場所が違うっちゅーことだけ。
メールを見てすぐに返信画面に切り替えるも、昨日の幸村の言葉を思い出し、強制的に画面を閉じた。いかんいかん、我慢じゃ。耐えろ俺。

それでも何度も名前からのメールを開いてしまう自分がおった。そっけない文面は、アイツらしい。そんなメールさえ愛しいなんて、俺も大分痛いの。

メール画面を開いては閉じ、を何度も繰り返し、それでも一日耐え抜いた。一日でこんなに苦しいなら、あと何日もつかどうかわからんな。

俺が返事を返さないことに痺れを切らしたのか、携帯が突然鳴り出した、それはすぐに止まって、メールか?と思い画面を開く。名前からの着信だった。

リダイヤルで名前に掛け直すとすぐに繋がった。アイツこんな声高かったか、と異様なくらい心臓が跳ねている。
メールは見てないと嘘をついた。そっけない態度を心掛けるようにしてとった。痛む胸を押さえながら用事があると、メールの内容を断った。

通話はすぐに終わってしまった。声を聞くと会いたくなるのはなんでなんじゃ。会いたい触れたい抱きしめたい抱きたい。俺の我慢はどこまで積み重ねられるんじゃろう。


その日を境に名前の方から誘ってくれることはなくなった。もちろん俺も耐えている。そうして3か月が過ぎて行き、俺の名前不足がそろそろ社会的問題になりそうな程、心は衰弱していた。

『頑張ってるね。流石詐欺師』
『…嬉しくないぜよ』
『うん、褒めてないから。あ、ビールでいい?』
『飲んで忘れられたらいいのにのー…。何もかも』
『そう言えば彼女が出来たっていうのはまだ言ってないんだっけ?』
『幸村がまだ早いってこの前言うたけぇ』
『ああ、そうだったっけ』

冷蔵庫からビールを出してさも他人事のように適当に返事をする幸村に、段々と不安が押し寄せてくる。もしかしたらこの男はただ俺の心の浮き沈みを見て面白がっとるだけなんじゃないか?そんな風にも見てとれる程、幸村は飄々とした態度なのだ。

『今から電話しよう、ね』
『はっ?』

項垂れとった身体を勢いよく起こした頃にはもう遅かった。既に『久し振り、名前』とアイツと通話中じゃ。なんてこった。

幸村が俺に携帯を渡して来た。ゆっくりと耳元にそれを当てる。『元気だった?』と言う名前の声を聞くだけで、身体中が熱くなる。やばい、めっちゃ会いたい。

この状況で俺は言わなければならない。一度息を大きく吐いて、心を落ち着かせる。そして意を決して言った。『彼女が出来た』と。

名前は拍子抜けしたのか、『え?』と疑うように声を出した。俺はあくまでもそっけなく、「そういう事じゃけぇ」と言って一方的に通話を終わらせた。

もし、もしこれで名前が俺のこと最低ってなったらそれこそ意味がない。何のための3か月だったか。俺は名前のためならストーカーにだってなり兼ねん気がする。それくらい、名前に依存しとるってことじゃ。

「これでいいんだよ。絶対大丈夫だから」
「…会いたー…」
「会えるさ。ほら、今日は飲もう」
「悪魔の囁きなんて聞くもんじゃないのう」
「誰が悪魔だって?」
「何でもない」

その日飲んだビールの味は無味だった。




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