末期の病



あれから雅治とは頻繁に飲みに行くようになった。気を遣わなくてもいい相手と一緒に飲むのは楽しくて、いい感じに酔える。あの時程泥酔はもうしないけど、程良くいい雰囲気にもなる。

雅治に触れられると嬉しい。微笑んでくれれば、どきどきする。今までこんな風に思ったことなかったのに、意識した途端これだ。どうしたもんか、わたしの雅治への想いは、胸に留めておけるのも時間の問題だった。


【明日バイト?やきとり食べに行こー】

昔から変わらない、可愛げのないメール。基本的に意味もなくメールをするのは苦手で、用事があるときのみ、こうして自分からメールを送信する。デコメはもちろん絵文字なんて以ての外、良くて顔文字(主に\(^o^)/)くらいだ。雅治相手なら尚更絵文字なんて使わなくてもいい。

いつもならものの5分程で返信が返って来るのに、今日はなかなか返って来ない。結局その日、雅治から返事が返って来ることはなく、明日と打ったメールの意味は今日ということになってしまった。

しつこく催促のメールを送るのはなんだか嫌だったし、雅治には雅治の時間がある。強制などする権利はない。わたしと雅治はただの、友達。同級生であり、部活が同じだっただけの元チームメイトというだけだ。

たかがメール一通返って来ないだけで、こんなにも不安になるもんなのだろうか。携帯から目が離せない。いつからわたしはこんなに女々しくなっちゃったんだ。いや、女なんだけども。


そしてとうとう我慢出来なくなってしまったわたしは、電話をかけてみた。だけど怖くなってすぐに切ってしまった。うわあ、ワン切りしちゃったよ…。

どうしよう、もう一回かけるべき?どうするのこれどうしたらいいの誰か教えて!!と悩んでいたら突然携帯が鳴りだした。びっ、くりしたあ。

画面には"雅治"の名前。どうしようもなく歓喜している。少し間をあけて、ボタンを押す。「もしもし、」と出ると『俺じゃけど』と本物の詐欺師なる返答が聞けた。ま、雅治だあ。

『ワン切りとはええ度胸じゃな』
「ご、ごめん」
『冗談よ。で、どしたん?』
「…もしかしてメール見てない?」
『メール…あ。すまん、返すの忘れとった』
「…珍しいね」
『俺だってたまには忘れる』
「今日バイトあるの?」
『…いや?ないぜよ』
「じゃあやきとり行かない?この前友達と行ったところね、めっちゃ美味しかったから、一緒に行こうと思って」
『あー…』
「…用事あるの?」
『うん、まあ』
「…そか。じゃあまた今度行こ」
『ああ、すまんの』
「うん、じゃあまた」
『おう』

1分ちょっとの通話だった。まるで天国から地獄に堕とされた気分だ。一喜一憂して、バカじゃないのかわたし。悲しい、という気持ちと同時に、雅治のそっけない態度にムカついた。連絡を待ち遠しく思っていた自分もアホらしい。


その日から、わたしの方から雅治に連絡をとるのは、悔しいからしないことにした。だけどそうすることによって、雅治と会う回数は減っていき、3か月。気付けば季節は移り変わってしまっていた。

こんなに雅治と会わないのは初めてだった。それなのに、顔も、声も、匂いも、少し背中を丸めたあの姿勢も、何もかも全部覚えてるんだから嫌になる。

会いたい。純粋に、ただそれだけを毎日のように思っていた。

頭の中が雅治でいっぱいだ。依存なんて、と思っていたけど、付き合ってないのにこんなにも依存してるんだから、つくづくわたしは頭が悪いのだと思う。
今更ながらあの時、雅治を受け入れていれば、と何度後悔したことか。そんなのもう遅いのに。

一人ダイニングで晩御飯を食べる。向かい側はもちろん空席。料理も一人分。以前ここには、いつも雅治がいてくれた。

テーブルの上に置いた携帯が突然ぶるぶると音を鳴らしながら震える。画面には"幸村"と、恐怖の代名詞が表示されている。恐る恐る通話ボタンを押した。

「も、もしもし…?」
『久し振り、名前』
「…久しぶり」
『元気ないなあ。まあ予想通りだけど』
「!?、な、」
『ああ、いいからつっこまなくて。それより仁王から聞いた?』
「え?ま、雅治?何、聞いてないけど」
『あ、そうなんだ。じゃあ直接仁王の口から聞いた方がいいよね。ちょっと待ってね代わるから』
「え?」

雅治が今そこにいるの?という声は雅治本人に聞こえてしまったようだ。『今幸村と一緒』と返事をくれた3か月振りの雅治の声は、痺れるほど甘く聞こえた。もうわたし、病気だ。末期の。

「げ、元気だった?」
『まあな。名前は?」
「うん、元気…」
『はっ、ほんまかのー』

うわわ、名前、名前呼ばれたの超久々なんだけど!やばい、心臓やばいことになってる…!

本物だあ、と芸能人と電話でもしているみたいな気持になりながら、雅治と少しの間お喋りを楽しむ。と言っても本当に粕みたいな内容でしかないけれど。

「あ、そうだ、さっき幸村が雅治本人の口から聞いた方がいいとか言ってたんだけど…あれ何?」
『あー、それな、』

そして雅治は息を吐いて、沈黙した。え、何?何かの病気が発覚したとかそんなのほんと嫌なんだけど。


『彼女出来た』

「…え?」

病気なのはわたしの方だ。雅治の一言で、こんなにも胸が痛くなるのだから。





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