わたしの




雅治からメールが来た。思っている以上に喜んでいる自分が居て、なんだか恥ずかしくなった。

内容は焼肉を食べに行かないかという、まあ恥ずかしがるようなもんでもなんでもないんだけど。どんな顔して会えばいいのかわからない。普通にしていいものだろうか。でも別に絶交宣言したわけでもないし、頑張るって決めたし。

まずは一歩。雅治といつも通り、こんな風にご飯に行ったり、普通の友達関係をまた積み重ねていけばいい。全てはまずそこからだ。

いいよ、と返信するとすぐに、【7時に駅前で】と相変わらず可愛げのないメールが返って来た。句読点すらついてないメールは、雅治らしいと言えばそうなのだけど。

早く7時にならないかなあ、と思いつつ、眠たい講義を最後まで眠らずに受けてみた。



午後7時、待ち合わせ時間になっても、雅治は現れなかった。

「…これもいつもの事だし…」

時間にルーズな所は嫌いだけど、だけど雅治はこういう時。

「っ、名前!」
「おそーい」
「す、すまん、」

必ず走って来てくれる。だから好きだ。

「……」
「……ひ、久しぶり、じゃな」
「あ、う、うん」

今までこんなにぎくしゃくした空気になった事はない。意外にも雅治が緊張している。わたしももちろんそうだけど、雅治がわたし相手にこんなそわそわしてる所は、初めて見たかもしれない。

「その服新しい?」
「ん?ああ、まあな。この前幸村と、」
「え!男二人で?しかも幸村と雅治って…ウケるね」
「いや何がじゃ。俺だって男とも遊ぶぜよ」
「もって。相変わらず嫌な奴だなあ」

思っていたより普通に喋れている。だけど内心では、わたしもお洒落してきたんだけどな、とかあざとい事を思ってしまう。雅治がそんなわたしの心情に気付かないわけもなく、「それ、可愛い」と頭をくしゃくしゃと撫でくりまわしてくれた。雅治のために巻いてきたの、くしゃくしゃにしないでよ。と思いつつもついニヤけてしまう。可愛い、だって。素直に嬉しいよ。

「じゃあ行くか」
「うん。いつものとこ?」
「あーどうする?そのつもりじゃったけど、たまには新しいとこ行ってみるか?」
「んーん。いい、あそこが一番美味しいから」
「他のとこ行ってないのにか?」
「いいじゃん、デザート充実してるし」
「まあ俺もあそこが一番美味いと思っとる」
「ほらね、じゃあ行こ」

こんなデートみたいなのはいつぶりだろうか。雅治と一緒に暮らしていた時も、割とわたしが自炊して、夜は家で食べる事が多かったし。

久しぶりに会ったから?見たことない好みの服だから?理由なんてわからないけど、とにかく心臓がどきどきうるさかった。雅治を見るだけで、あの瞳に見つめられるだけで、どきどきして胸が苦しい。

いつも通りのペースで歩く雅治に、いつもみたいなペースで歩けないわたし。雅治はその事にすぐに気付いてくれて、わたしと並ぶべくペースを落としてくれた。

「すまん、歩くの早かったな」
「や、ごめん、わたしが遅いよね。ヒールでもないのに」
「ぺたんこの方が小さくて可愛いと思うけどのー」
「えっ!」
「俺はな」

そう言って、何も言わず雅治は道路側を歩く。わたしが人ごみにぶつからないよう、建物側に自然と追い遣る。そういえば前に幸村も自然とこんな事をやってのけた気がする。やっぱモテる男は違うなあ、と思いつつ、雅治がわたしを女として気遣ってくれているのだと思ったら、たまらなく嬉しかった。


大学の友達がどうのこうの、とか、店長がウザくてー、とか、本当に他愛のない話をたくさんした。一緒に暮らしていた時もそうだったけど、雅治は基本的に聞き上手だ。話し下手、というわけじゃあないと思うんだけど、多分口数は少ない方だと思う。相槌をうちつつ、たまに気になる事があれば、疑問符を投げかけてくる。
わたし自身お喋りなわけじゃないけど、雅治がこうしていつまでも聞いてくれているから、いつまでだって話していたいと思ってしまうのだ。

「はー、食った食った」
「ね。雅治はデザートいいの?」
「さっきの一口で十分じゃ」
「まあお肉めっちゃ食べてたもんね」
「久々なんじゃ、焼肉」
「ところで今どこに住んでるの?」

言った後に、しまった、と思った。自分から追い出した癖に、わたしは何を。

雅治はしばし考えているような素振りを見せて、短く息を吐いた。

「幸村んち。次の家が決まるまでな」
「え!?」
「名前の次は俺か、って言うとった」

そりゃそうでしょう、てかなんでよりによって幸村!?どんだけ心広いのあの人!ガンジーかよ!

「駅前にいい物件があって、一ヶ月後に空きが出来るらしいんじゃ」
「え、ああ、それ待ってるんだ?」
「でも、幸村の事考えたら、早く出てってやりたいと思う」
「…幸村も案外楽しんでるかもよ?雅治との生活」
「いや、それはない」
「なんで?」
「なんとなく」

雅治がそう思うのならそうなのかな。でも幸村は優しいから、わたしはきっと、そんな風に思ってないと思うな。

「あっれー?雅治じゃん!」
「えっ、嘘!きゃーホントだ!えっ、ホンモノー?」

黄色い声が二つ。雅治を取り囲むように絡んできた。化粧は濃いけど顔はわたしよりは可愛い。…わたしも厚化粧したらあんな風に可愛いくなれるのかしら。

「ねー、今から二件目行くんだけどさあー、雅治も来てよ!」
「あっ、それいい!来て来てー、可愛い子来るよ?」

ぎゅ、と雅治の腕に絡みついて、大きい胸を押しつける。雅治は今日はそれほど飲んでないし、そもそもお酒には強いから酔っていない。呆れたように腕を振り払って、「今日はいい」と丁重にお断りしていた。

「えー、やだやだつまんない!」
「そうだ!そこの女の子も一緒に来ていいからさ!それならいいでしょ?」
「はあ?」

わたしも今まさに雅治と同じ事を脳内で思った。はあ?行くわけないじゃん。

「ノリ悪ーい、いつもだったら来る癖に。何?その子の事本気になっちゃったからーみたいな?」
「えー、散々ヤリ腐っといてそれはないでしょー?てかマジないからそういうの」

黙っていれば好き放題だ。雅治も相手が女の子じゃなかったらとっくに手を出している、はず。雅治が色んな女の子に手を出していた事はわたしも十分知っている。何もかも知っている。だけどそれ以上に雅治は、優しくて、良い奴だという事も知っている。

まだ半分以上もグラスに入ったハイボールを、より化粧の濃い方へぶっかけた。雅治はびっくりして、わたしを見ている。

「ちょっ、何すんだよ!」
「ムカついたんで、つい」
「意味わかんねぇ!マジ最低!しねよ!」

あーうるさいうるさい。キーキーとまあよくそんな高い声が出るものだ。
伝票と鞄を持って、わたしは立ちあがった。「待ちなさいよ!」と後ろから追いかけてきそうな勢いだから、急いで店を出る。

「すいませんもうこれお釣りいらないんで!」

そう言って、店のレジにお金を置いて出た。あ、雅治置いて来ちゃった。


「相変わらず度胸あるのー、お前」
「え、ま、雅治?」
「ほれ。さすがに払い過ぎとったけぇ。あと今日は俺の奢り」

わたしが置いて帰った現金をそのままわたしに突き返す。

「さ、さっきの人達は」
「さあ?でもとりあえずここからは早く消えた方がよさそうじゃな」
「う、うん」
「まさかハイボールぶっかけるとは…ぶっ、くく」

堪え切れなくなった、とでも言うように雅治は笑い始めた。
嫌な思いしたんじゃないの?わたしは雅治があんな風に言われて嫌だったよ。だって、雅治は…わたしの。

「ねっ、ねぇ!」
「ん?」
「あの、この後、もう帰っちゃう、よね?」
「…そのつもりじゃけど、どっか行く?」
「に、二件目!二件目行こう!飲み直し!」
「…」
「い、いや?」
「まさか。ええよ、行こ」

そう言って雅治はまた、わたしの頭をくしゃりと撫でてくれた。





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