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【ご飯食べにいかない?】

唐突にきたメールは名前からじゃあなかった。名前を見ても顔が思い出せんあたり、多分身体だけの関係だった女じゃろう。

そんな気分じゃない、と返すのも面倒で、そのまま返信は返さんかった。ぽん、と携帯をソファーに投げてそのまま顔を洗いに洗面所へ向かう。

「ん、今日は早いんだ?」

洗面所には髪を乾かす幸村がいた。そうじゃった。ここは幸村んちか。

観葉植物が部屋の至るところに置いてあって、割りとカラフルな部屋、じゃと俺は思う。

「幸村、」
「何?」

カチ、とドライヤーを切って鏡越しに俺を見る。まだ生乾きの幸村の髪はしっとりと、そしていつものウェーブが少しかかっている。

「聞いてみるんじゃけど」
「うん、だから何?」
「…名前の事、ほんまはどう思っとるん?」

未だ顔を洗えずにいる俺は、寝起きでいきなり何を聞いとんじゃ。アホか。
幸村も動揺なんてもちろんするわけもなく、平然と洗面台の上のワックスを手にとり、それを伸ばして髪につけた。

「好きだよ」
「は、」
「って言ったら簡単に諦められるわけ?」
「え、…は?」
「俺に譲ってくれるならそうしてよ。本気なんていつでもなれるし、その気にさせる自信だって俺にはある」
「…」
「フラれたからってただそれを受け入れてのこのこ人んちに上がり込んだり、俺はしないけどね」

不適に笑いながら、そうして幸村はワックスのついた手を洗い流す。


「せっかく俺が応援してるんだからさ、頑張ってみたら?」

頑張る…、そういえば俺は今までテニス以外の何かに執着して努力した事があったじゃろうか。そんな気持ちにたどり着く前に、手を伸ばしてでも欲しいと思うものはなかった気がする。

「情けないんじゃけど、何をどんな風に頑張ればいいんかがわからん」

名前の事を手に入れたいと思う。そのために俺は何をしたらええんじゃ?今までにこんな気持ちになった事がないもんじゃけぇ、はっきり言うて今の俺は恋愛ド素人に近い。ただの経験豊富な童貞じゃ。(おかしな表現ではあるが)

「ほんと筋金入りのバカだよねえ。本当にわからないの?」
「う…、」
「お前はどうしたいの?名前に会いたい?会って何かを伝えたい?」

自分の中にどうせやりたい事はあるんだろ?と言って、次に幸村は呑気に歯を磨き始めた。ま、真面目に聞いてくれとるんかの。

俺の中に答えはある、と幸村は言う。そりゃあ俺だって今すぐにでも名前に連絡とりたいに決まっとる。でもいきなりどう連絡していいものか、わからんのんじゃ。

「なんなら俺が連絡してやってもいいけど…それは嫌なんだろ?本当我が儘だよねえ、二人揃って」
「…否定はせんけど、」

しゃこしゃこと丁寧に歯を磨いていく幸村。丸井にこの磨き方を見せてやってくれ。(アイツは適当すぎじゃ)

「メールしたらいいじゃん、飯でも行こうってさ。別に縁切ってって言われたわけじゃないんだからさ」
「飯か…」
「焼肉でも行ってくればいいさ」

俺は今日バイトの後先輩と飲みに行くからさ、とついでに今告げられた。なんだかんだ幸村はいつも忙しい奴じゃな、と思いつつ、俺はさっきソファーに投げた携帯を手にとった。

歯を磨き終わった幸村は、漸く準備か一段落したんか冷蔵庫からスポーツドリンを出してコップにそれを注いだ。今でも俺達元立海テニス部レギュラーは、たまに集まってはテニスをする。結局のところ俺達はただのテニスバカの集まりじゃ。ムカつく事もある、気に食わん時もある、それでもテニスがある限り俺達は繋がっていられる。その輪にはもちろん名前もおる。

「メール、してみるぜよ」
「本当にお前のどこが詐欺師なんだか。ただのヘタレじゃないか」
「はっ、ほんまにの」

どうしたんかの、と笑って返す。打っては消し打っては消し、を何度か繰り返した末、漸く俺はメールを送信する事が出来た。




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