行く宛は




静かに玄関の外へ出た。本音を言うたら荷物も何もかも全部今日持って出たいところじゃ。

思わず扉を背にずるずるとその場に座り込む。あー、ヤバい。期待しとった分余計にキツいナリ。何かが間違っとったんじゃろうか?俺に欠落しているものなんてたくさんあるけど、それでも名前は絶対に受け入れてくれると思った。幸村に言われて漸く今まで気付かんかった、というよりは目を背けてきた自分の中の気持ちに気付いたっちゅーんに。

ずっ、と鼻を啜る。とにかくここに帰ることはなくなったんじゃし、こんなところで未練がましく座り込むなんて俺らしくない。立ち上がって、エレベーターのボタンを押した。


行く宛はあった。いや、申し訳ないとは思うんじゃけど、やっぱりここしかない。

「…何。ノロけに来た?…って訳じゃなさそうだね」
「すまん、今日泊めてくれ」
「ふーん…、フラれたんだ?」

ぐさり!と胸に棘が刺さる。まあ幸村程の鋭い奴が、さっきの今で俺がここへ来る訳なんて容易に想像つくか。

「どうぞ。俺はもう寝るけど。どうせ今日、じゃなくて今日から、なんだろ?」
「…だと助かる。早いとこアパートでもなんでも探すけぇ」

もうすぐ朝が来ようとしとるこの時間に起きとることも、家にあげてくれることも、ただ感謝の一言じゃ。
幸村はその日、それ以上は何も言わず、ベッドで眠ってしまった。俺もソファーを借りて寝転がったのはいいんじゃけど、当然寝れる訳なく、朝まで瞼の裏側を見つめて、名前のことを考えた。


目が覚めた頃、俺は部屋に一人きりで。携帯を見ると受信メールが一件。幸村からじゃった。

【9時までバイトだから飯よろしく。鮪の刺身が食いたいなー】

これがあいつからのメールだったらどれだけええか。ってか俺を慰めるつもりは微塵もなさそうじゃな、幸村の奴。別に元気付けて欲しいとか、そんな鳥肌立ちそうなことは望んじゃあおらんけど。

「あー、不動産行かんと…メンド…」

もう何もかもが嫌に思えてくる。

他の女でこの心の隙間を穴埋め、とかそんな気にもならん。そもそも女にフラれてここまでショックじゃったことなんか今まで一度もないわ。逆に自分が軽々しく付き合ったりフッたりを繰り返しとったことが、今になってどんだけ最低だったか身に染みて分かる。

俺は今日はバイトもないし、正直身体ダルいし、そのままソファーでもう一眠りすることにした。




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