いらない
「わ、たしは、」
わたしはどうしたいんだろう?幸村にキスされて、それは本当に嫌だと思った。悪役を演じてくれているのか、それともあれは本気だったのか、もう何もかも全然わからない。整理したいのに、どこから手をつけたらいいかさえもわからなくて。
昔から幸村は本意の読めない奴だった。それはもう仕方ないこと、というか、幸村が本音を隠すのが上手過ぎて、みんな知ることを諦めてたんだ。何を考えているのか考えても、結局それはわたし達の想像に過ぎなくて、本当に幸村が思っていることは定かじゃあない。
待っている。わたしの答えを、二人が待っている。何て言えば正解なの?雅治にとって、幸村にとって、二人が一番納得のいく答えは、何?
「いい、いらない」
「…は?」
どちらかを選択して、どちらかを失うことになるの?幸村と付き合いたいわけないじゃない。でも雅治ともそういう関係じゃないでしょう?って言えばいいのか。
そんなことを言う関係じゃないはずなのに。いつからこんな風になっちゃったんだろう。こんな選択肢、なかったはずなのに、だから二人とも一緒に居て楽で、楽しかったのに。選択しなくちゃいけない、悩まなくちゃいけないなんて、嫌だ。いらない感情だ、こんなのは。
選ぼうと思えば、選べた。切り捨てようと思えば、捨てられた。だけどわたしには、今それを選ぶことが、出来ない。
「一人にするくらいなら、って幸村は言ったけど」
「……」
「いい、一人でいいから、このままでいたい」
今までみたいじゃダメなの?ずっとこんな緩い生活を続けるのはいけないことなのかな。雅治も大事、好きだよ、大好き。でも幸村のことも大切で、わたしは大好きなの。
選ばせてもらわなくていいから、選んでもらわなくていいから、わたしはこのまま雅治と生活して、たまに幸村のところに遊びに行く。それでいいじゃん、どうしてダメなの?
「まだそんなこと言うつもりなの、名前」
「…え、」
「質問の答えになってない。仁王はこう聞いたんだろ、俺のことが好きなのか、付き合いたいのかって」
「……っ、」
「言えばいいだろ、嫌いだって、付き合いたくない、わたしが好きなのは俺じゃないんだって」
違う、違うの、嫌いなわけない。キスされたって、嫌いになんかなれないんだから、一生ずっと嫌いになんかなれるわけないんだ。
「何を一人で考え込んでるの?そんなに難しいことかな」
「幸村、ちょっと言い過、」
「自分の気持ちに気付かない奴は口挟むなよ」
「単純に考えてごらん、シンプルなことだから」
シンプル、な、こと?
わたしは雅治と一緒に、いたい。でも、幸村と会えなくなるのは嫌。こんなわがままな答えで、いいっていうの?
幸村はわたしの傍に来て、そっと頭を撫でてくれた。雅治よりも白くて細い指。だけど大きくて、それはとても安心する。
「俺のことが、可哀想って思う?」
「う、ううん、そうじゃない」
「俺のこと好きだからだろ?」
「うん、好き、好きだよ」
「知ってる。でもさ、多分…絶対なんだけど、」
「…うん」
「名前はね、仁王のことが好きなんだよ」
「うん、す、」
「違う、そうじゃない。俺とは種類が違うだろ?」
種類?好きという感情に、種類なんかあるのだろうか。仁王のことは好き。ずっと一緒に居たいと思う、居てくれなきゃ嫌だと思う。でも幸村のことも好きだ。もちろん、ブン太だって柳だって、わたしはみんなことが本当に、本当に好きなんだよ。
「俺も名前のこと好きだよ。名前が感じてる俺への好きの種類と同じ、好き」
「同じ…」
「でも仁王への好きと、俺への好きは違う。俺達へのとは違う、特別な、」
恋愛感情っていうんだ、と優しく微笑んで、幸村はわたしの頬にキスをした。瞬間、すぐに仁王も傍に寄って来て、わたしの身体ごと引き寄せる。
恋愛感情?わたしが感じてる、雅治へのこの気持ちは、恋なの?
「俺がここまでして何も進まないっていうなら、筋金入りの馬鹿だよ、お前達は」
立ちあがって、部屋の扉に手をかける幸村。「感じてる気持ち、ぶつけ合えばいいだけだから」そう言って幸村は涼しい顔をして部屋を去って行った。
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