優しき暴君 | ナノ

04




『あ、名前?今から暇?忙しいわけないよね。午後からちょっと付き合ってもらいたいんだけど』

…何でわたしの電話番号を知っているんだろう?いつもいつも幸村くんの行動は唐突でびっくりさせられてばかりだ。今日は土曜日。学校は休みだ。昨日の放課後『土日は部活来なくてもいいことにしてあげるよ』と上から言われて内心両手を挙げて喜びたいほど嬉しかった。久しぶりにゆっくりできる…!開放感半端ない!と思っていたのに。。。
まさか電話で呼び出し食らうとは。もちろんわたしに拒否権なんてない。部屋着から着替えて、わたしは渋々家を出た。



「遅い」
「ご、ごめん、って、だって幸村くんが急に呼び出すから!」
「遅れそうなら走って来ないと」
「ひ、人の話聞いてる?」

というかなんでわざわざわたしを…別に他のテニス部の仲のいい人に付き合って貰えばいいのに。とは言えるわけもなく、黙って幸村くんの少し後ろ、既にわたしの定位置になりつつある場所に着いて歩く。

「花屋に、行きたくてね」
「花屋さん?…どうして?」

思わず笑いがこみ上げてくる。ぐっと堪えるけどどうしても口元が笑ってしまう。それに幸村くんが気付かない訳がない。「何笑ってるの、殺すよ?」と笑顔で言われて漸く平常心を取り戻す、どころか恐怖心までついてきた。あああごめんなさいごめんなさい!

「…趣味だよ、俺の」
「花屋さんに行くのが?」
「バカじゃないの?…ガーデニングだよ、ガーデニング」
「ガーデニング…」
「植物を育てたりね」

最近は家庭菜園なんかも興味があってさ、と言う幸村くんの顔はいつもより少し嬉しそうで活き活きとしていた。ほ、本当にお花が好きなんだなあ。なんか、これを言ったら怒られるから言わないけど、意外。

「何?俺の顔に何かついてる?」
「えっ、いや、ついてない、けど」
「じゃあ何」
「な、なんか少し、可愛いなって」
「は?」
「女の子みたいだね、幸村くんって」

意外なんて言ったら怒られるだろうから、代わりにそんなことを言ったけれど、どうやらこっちの言い方の方が気に障ったらしい。幸村くんがとんでもない不機嫌顔でわたしを睨んでいる。

「全然嬉しくないんだけど」
「う、うん、ごめんなさい」
「はあ…ほんと出来損ないって感じだよね、お前って」
「そ、そうですね、ごめんなさい」

極力この人には逆らわないように心がけている。一度反抗した時にそれは重々わかったのだ。自分が正しくないと思ったことでも正しいと思わなければならない。それが奴隷という奴だ。大分わたしも分かってきた。(わかりたくもないことだけど)


花屋さんに着くと幸村くんはまた顔をぱあっと明るくさせて(本当に微かにだけれども)、親しいのか花屋のお姉さんとお話していた。正直二人の輪には入れないし、ガーベラがどうとうか、話についていくことは出来ない。幸村くんも本当に楽しそうに話していて、なんとなく、花屋のお姉さんを羨ましく思った。

わたしの存在を無視して長々と話し込んでいる二人からわたしはひっそりと離れて花屋さんの外に出た。どうして幸村くんはわたしにだけあんなに冷たい態度をとるんだろう?どうしてわたしにはあの笑顔を向けてくれないんだろう?その場にしゃがみこんで、店頭に綺麗に咲いている花々を見つめた。中には見慣れた花も幾つか合って、思わず触れてしまいたくなる。慌てて手を引っ込めたと同時に幸村くんに声を掛けられた。…漸く終わったか。ガーデニングだけに散々会話に花を咲かせて、さぞ楽しかったでしょうよ。

「…もういいの?」
「ああ、うん。もう買ったから」
「ふーん、じゃあわたしはもういらないね」

自分でも何でこんな言い方をしてしまったのかわからない。まるで自分自身が幸村くんの物だというように。でもだって、本当にわたしはこの花屋に付き合わされるためだけに呼ばれた存在なのだとしたら、用済み、なのだ。幸村くんにとって、わたしは今、いらない、不必要な存在。

「何怒ってるんだよ、名前」
「…怒ってないよ。だ、だってわたし、ここに付き合わされるために呼ばれたんでしょ。幸村くんお花買ったし、もう、いなくなっても困らないじゃん」

何を、言ってるんだろう?一体わたしは、何が不満なんだろう。電話で呼び出されて、面倒臭いって思ったのに。なんで休日に呼び出されなくちゃいけないのって、それこそそのことに不満を抱いていたはずなのに。
たったこれだけのことに呼び出されたことが嫌なのか、それとも幸村くんとこのまま別れてしまうのが嫌なのか。自分では判断出来ない。判断する術を知らないから。

「困る、って言えば、名前は一緒に居てくれるの」

さっきより低い、だけど透き通った綺麗な声。幸村くんの声は芯があって、少し怖いけど、優しい。そんな声でそんなこと言われたら、素直に自分の気持ちを言うしかないじゃないか。

「…一緒に、居たいって言ってくれたら、居る」
「なにそれ、随分上からだね。自分の身分言ってごらんよ」
「わ、わたしは幸村くんの奴隷だから、だからっ、幸村くんが一緒に居ろって命令してよ!」

こんな所でトンデモナイ発言をしてしまったんじゃなかろうか。花屋のお姉さんがわたしの大きな声に何事かと中から様子を見に顔を出してしまったじゃないか。周りの人達からも多かれ少なかれ注目を浴びてしまって、恥ずかしいことこの上ない。ぎゅうっと拳を作って下を向いてそれでもその場から動かない。幸村くん、どんな顔してるかな。呆れてるかな、怒ってるかな。でも、恥ずかしくて顔、見れない。

「じゃあ、一緒に居て」
「…え」

「今日一日俺と、居てよ」

ゆっくり顔をあげると、幸村くんの頬はほんのり赤い。わたしが見つめていると幸村くんははぐらかすように買った花束で顔を隠した。小顔だから、隠れてしまうのなんてすぐだ。可愛いとか、思わずにはいられない。(口にはもう出さないけど)

「返事」
「あっ、は、はい!」

じゃあ行こう、と言われてさらっと手を繋がれた。(しかも恋人繋ぎ…!)
どこに行くの?とは聞かずに黙っていつもの位置に着いて歩く。

「あのさぁ」
「え?何?」
「何でいつもそこなの」
「…?」
「…隣歩けばっていう意味なんだけど」
「ええっ!あ、うん、えっ、いいのかな」
「何が」
「だ、だってわたし奴隷だからっ」

「…あんまり自分のこと奴隷って言うのやめろよ」
「えっ、何で!?」
「事実なのに、みたいな顔されても。…いいから、やめて。命令」
「わ、わかった」

「とりあえず隣歩いて。どこか行きたいところある?」
「えと、じゃあ、ケーキ食べたい」
「丸井みたいなこと言うね。いいよ、行こうか」

まさか幸村くんがわたしの意見を聞いてくれるなんて思ってもなかったから、一瞬固まりかけた。きょ、今日は雨かな、台風でも近づいてるんじゃないかな。

幸村くんは本当にケーキ屋に連れてきてくれた。「丸井の我儘に前に付き合ったんだけど、おいしかったから」と、丸井くんお墨付きのお店らしい。中も人で賑わってはいるけれど、お洒落なお店だ。
そのお店でケーキを食べながら暫くの間幸村くんと他愛のない話。好きな食べ物を聞かれたり、逆に聞いてみたり。誰もわたしがこの人の奴隷だなんて思わないだろうし、わたしもこうしているとつい忘れてしまいそうになる。
向かいに幸村くんが座っていると思うと緊張してフォークもうまく使えないし、下手したら紅茶を零してしまいそうになる。緊張しなくていい、とは何度か言われたのだけれど、幸村くんの纏ったオーラや、注目を浴びている人の数を意識してしまったら、緊張せずにはいられない。わ、悪い緊張感ではないのだけれども。

店に入って一時間位経った後、幸村くんに促されて店を出た。そこからはそのへんのお店を眺めながら歩いたり、彼の気になる店に寄ったり、なんだか平凡な高校生のデート、にも思えなくもない。わたしと幸村くんは恋人同士でも、ましては友達同士でもないのが可笑しな話ではあるけど、それでも楽しかった。さっきの花屋のお姉さんに向ける笑顔を、わたしにも向けてくれたり。それがわたしは何故かとても嬉しくて、満たされたのだ。

それから幸村くんに家に来るかと聞かれて、どうせありはしない拒否権なんて使ったって無意味だから、「うん」と短く返した。少し驚いたような顔をしてたけど、答えはYESじゃおかしかったのかな。でも幸村くんは何も言わない。NOと言えばよかった?と聞くタイミングを逃して、そのまま繋がれた手を少し引かれて歩き始めた。




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