優しき暴君 | ナノ

03



奴隷生活も早4日目。…というのもなんだかおかしな話だけれど。幸村くんの着替え、階段の上り下りの補助、その他身の回りの世話等。足の怪我とは関係ないんじゃないかな?ってことまでまんまとやらされているわたしである。(だって絶対断れないからね!?)
正直同じクラスじゃないだけになかなかハードな生活だ。ど、奴隷ってやっぱり精神的にくるなあ。相手があの幸村くんなら尚更だ。

放課後幸村くんの教室に行くと、「先に部室に行ってて」と透き通るようないつもの声で言われた。幸村くんの荷物一式全て持たされて、わたしは言われた通り部室へと向かう。
部室に行くと誰もおらず、おそらく一番乗りじゃないにしろ、室内はシンと静まり返っていた。

「えー、と、幸村くんのロッカー…」

ロッカーの場所はもう覚えた。幸村と書かれたロッカーを開けて、いつもと同じ要領でジャージをハンガーからとる。ズボンの方は毎日洗って持って帰るそうで、鞄の中に入っている。(と初日に幸村くんが説明してくれた)
そういえば幸村くんはいつもこのジャージに袖を通さずに肩にかけているだけなんだっけ。なんでだろ?魔王っぽいから?そんな中二みたいな理由なわけないか。

「………」

幸村くんの荷物をとりあえずロッカーに収めて、じっとジャージを見つめる。なんか、強そうだよね、このジャージ。
わたしもこれを着れば少しは強く見えるだろうか、等妙な事を考えてしまえばもう好奇心は止まらない。ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけ袖を通してみても罰は当たらないはず。大体いつも肩に羽織られるだけで、お前もちょっとは袖通して欲しいって思うよね?ね、幸村くんのジャージくん!

そろろ、っとジャージの袖に腕を通すとリーチの違いで大分裾が余ってしまった。なんか少しかっこ悪いけどもう一方の腕も通してみた。

「…お、おおー、なんか、かっこいくね、これ」

仄かに香るこの匂いは幸村くんの匂いかな?それとも何か香水でもつけているのかな?どちらにせよすごくいい匂い。心地よくて、思わず裾で頬ずりでもしてしまいそうな…と思っていたら誰かの声が聞こえた。えっ、待って、幸村くんの声が聞こえる…えっ、えっ、どうしよう!こんなとこ見られたら…殺される!
軽いパニックになったわたしはジャージを脱ぐ余裕もなくそのまま幸村くんのロッカーに入った。せ、狭いけどなんとか扉は閉まった。けど、ゆ、幸村くん絶対このロッカー開けるじゃないか!やばい、事件!事件が起きるよ!(しかも殺人!)

ガチャ、と部室のドアが開く音がした。ロッカーには少し隙間が空いて外の様子が見えるのだけど、わたしの身長じゃその隙間から見ることが出来ない。ばくん、ばくん、ととんでもない大きさで鳴る心臓がうるさくて、もしかしたらこの音でバレるんじゃないかと思うくらい。やば、冷や汗きてきちゃったよ…!

部室内では各々楽しそうに会話している。幸村くんも誰かと楽しそうに…わたしの前ではこんな楽しそうに話さないのにな。友達の前だとこんなに楽しそうに話すんだ、幸村くん。
複雑な気持ちになりながらも耳を済ませていると、幸村くんの声がどんどんこちらに近づいてくるのがわかった。だだだだめだよ幸村くんあっち行って!わたしの命がかかってるのに。
自分のロッカーを開けたら人が、ましてや昨日奴隷にした女が自分のジャージを着て入っているなんて思いもしないだろう。見つかったらどんな言葉を浴びせられるかわからない。いや、もしかしたら暴力だって…!

「あれ、そういえば幸村部長、あの先輩は一緒じゃないんスか?ほら、昨日来てた…」
「ああ、あいつは先に行ってると思うよ。ボールの準備くらいはしてて欲しいけど、多分してないだろうな」
「ていうか幸村くん、足大丈夫なのかよい?全治二週間なんだって?」
「ええっマジっスか!?俺全然聞いてないんスけど!?」
「赤也に言ってどうこうなる問題じゃねーだろい」
「そういうことだよ赤也。心配しないで。それに案外いいもんだよ、捻挫ってやつ」

「「はあ?」」

そ、そりゃあいいもんだろうよ、なんたって奴隷が出来たんだもの!そしてその奴隷はわたしなんだもの!よくもまあさらっと本人の前でそんな事が言えるよね幸村くんも。あ、わたし今居ないことになってるのか。

「しばらく一緒に試合できないけど、代わりに丸井が相手してくれるってさ」
「なっ、ちょ、おいおいそれはないだろい幸村くん」
「じゃあ丸井先輩今日は俺と試合っスね!」
「…顔だけは狙ってくれるなよ、赤也」

「赤也はもう少し賢くなった方がいいね。頭脳プレーってやつ。柳に色々本借りてみるといいよ」

そう言って幸村くんは遂に、ロッカーを開けた。

「……」
「…あ、えと、これはっ」

バン!とロッカー特有の大きな音を立ててもう一度ロッカーに閉じ込められた。さすがの幸村くんも驚いたのだろうか。一瞬固まってた気がしたけど…。

「え、部長、どうしたんスか?」
「…幸村くん?」

他の部員さんが怪しく思って質問しても、幸村くんは何も答えない。見つかってしまったわたしは、自分の未来が兎に角心配になってきた。煮て喰われるか、焼いて喰われるか、もっと酷いことをされてしまうかも…!

「なんでもないよ。ああ、そうそう。さっき真田が赤也のこと呼んでたよ。早く行った方がいいんじゃない?」
「ひええええっ何でもっと早く言ってくれないんスかあ!部長の阿保ー!!」

「あーあ。赤也可哀相に」
「そういえば丸井のことも呼んでたな…ジャッカルが」
「はあ?ジャッカル?」
「なんか旅行に行ったからお土産がなんとか…」
「!、ぜってー菓子だ!」

連続して部室のドアが勢い良く閉まる音がした。と、いうことは残ったのは幸村くんただ一人。やばい、やばいぞ。人生最大の山場…いや、峠!
ぎゅうっと目をつぶって身体を最大限に縮こまらせてみるけれど、そんなの無意味だ。
ゆっくり開くロッカー。外の光が眩しくて、幸村くんが怖くて、これでもかという程目を瞑った。

「…何してるの?」
「……」
「一人隠れんぼでもしてたのかい?」
「え、と、その、これには、理由があって、あの」
「へえ。じゃあ聞こうかな。その理由ってやつを」
「いっいやでも言ったら幸村くん、おおおこ、怒っちゃうから」
「俺が怒るかどうかは理由を聞いてみないことにはわからないなあ」
「…あの、えと、」
「うん」
「幸村くんのジャージが、いつも羽織られてるだけで、可哀相だなって、…あ、いや、幸村くんが悪いわけじゃないよ!?決してそういう意味じゃなく、なんていうか、あの、ずっとみてたらジャージかっこいいなって。わたしも来たら強くなった気分味わえるかなって」
「…終わり?」
「あっ、え、う、うん。…じ、ジャージ、着たら、幸村くんの匂いしたから。…この匂いって、香水?」

俯いて言い訳に等しいことを言っていたわたしは、話題をかえるべくぱっと顔を上げた。それが間違いだったのかな。
幸村くんは狭いロッカーに入っているわたしをそのまま更に奥に押し込めるみたいに、唇を、唇で塞いだ。
抵抗したくても腕は既に幸村くんに先手を打たれてがっしり掴まれている。もちろん両腕共。助けを呼ぶにも口は塞がれているし、こんな狭い所で暴れて、また幸村くんが怪我でもしたらこれまた事件だ。わたしの奴隷期間が伸びてしまうのももちろん嫌だ。

「…っ、ふ、ゆきっ、」

長い。キスされてどのくらい時間が経っているのかわからない。頭が、身体が言うことを聞かない。──気持ちいい。

「!、やっ、いや!」

はっとして、自分が今何を思ったのか、混乱した。気持ちいいと感じたわたしは、なんていやらしくて恥ずかしいんだろう。幸村くんとのおかしな関係に、無理矢理だけど熱いキスに、ほんの一瞬だけ酔ってしまった。そんなこと、あっちゃいけない。あるはずないのに。
思い切り抵抗したわたしを見て漸く幸村くんは近づけていた顔を離した。幸村くんの息は少しあがっていて、顔もいつもより少しだけ赤みを帯びている。こんな、色っぽい顔、するんだ。
どくん、どくん、と速くなるばかりの心臓に苛立ちながらも、幸村くんから目を逸らせなかった。ファーストキスは好きな人としたかったけれど、それさえもどうでもよくなってしまう程、目の前にいる”男”の顔をした幸村くんにどきどきしてしまっている。

「誘ってるとしか、思えない」
「…え?」
「…あーもう。ほら早く、そんな狭くて暗いとこ出なよ」

ぐい、と腕を引っ張られて、ロッカーから飛び出た。だ、誰もこなくてよかった。殺されなくてよかった…!

「ほら、早く脱いで。着替え、よろしく」

どうして突然キスなんてするの?と怒る暇もなく促されて、わたしはそれに従う以外ない。タイミングを逃してしまっては聞きにくい内容だし、もう二度と聞けないだろう。自分なりに、どうしてさっき幸村くんにキスなんてされたのか、考えるしかないんだ。
昨日の今日で幸村くんの着替えを手伝うのはまだ慣れないけど、引き締まった身体に目をやってしまってはダメだ。それにしても幸村くんは本当に、細い。無駄なお肉がひとつもなさそうで、ついついわたしも自分のお腹に目をやりたくなる。ああだめだ、わたしダイエットした方がいいよ。

「お、おっけーです」
「うん、じゃあ行こうか」


嫌です、なんてもちろん言えるわけもなく、「はい」と返事をして幸村くんの後に続いて部室を出る。出たところで丁度仁王くんと鉢合わせた。な、なんかさっきこの中であんなことしてたと思うと、に、仁王くんの顔見れない。

「お、なんじゃもうみんな着替えたんか」
「いや、柳生は生徒会だから遅れてくるはずだよ。真田は一番以外には有り得ないしね」
「あー、そういや柳生の奴昨日そんなこと言うとったな。ん、名字、今日もおるんか」
「え、あ、うん。ご、ごめんね、邪魔だよね」
「いや…、ん?お前さんなんか、顔赤いのう」

仁王くんが背中を丸めてわたしの顔をのぞき込もうとするから、顔を左に背けた。顔赤いとか言われたら色々思い出して更に赤くなっちゃう。
お願いだから仁王くん、あんまり凝視するのはやめて、ほしい。その願いを叶えてくれたのは幸村くんだった。仁王くんの背中を伸ばすように言ってくれて、仁王くんは渋々背筋を伸ばす。「猫背はもう治らんのー」なんて適当なことを言って部室に姿を消す。言っている全てが中身のないような…そういう人なんだろうか?

「何顔赤くしてんの」
「ええっ!いや、だ、だって、幸村くんがさっき…!」
「とりあえず部室から離れよう」

部室から少し離れた所でもう一度「幸村くんがさっき、きききキスなんかするから…!」と意見してみた。言ったたころでそれがどうかした?等と言われてしまえばそれまでなのだけど。で、でも普通、付き合ってもないのに、好きでもないのに、ききキスなんてするかな!?いやでも幸村くん大分普通じゃないからな。イレギュラーな存在だから本当何考えてるのかわからないよ…。

「気持ち良いって顔、してたけどな」
「…!」
「俺には、もっと、って思ってるように見えた。…違った?」
「…ち、ちが…」
「本当に?だってあの顔は、絶対」

「違うってば!」

大きな声で否定すれば、流石の幸村くんも黙り込んだ。だけどその顔は全く驚いてなんかいなくて、至っていつもと同じ幸村くんだ。

「違う、違うよ、…だ、だってキスは好きな人とするものだよ!?」
「…名前は俺が嫌いなの?奴隷なのに」

「嫌い、じゃないよ。嫌いじゃないけど、キスは好きな人としたかった!」
「じゃあ命令するよ、聞いて」


何を、──なんて、聞く暇も与えてくれないんだ、この人は。


「俺のこと好きになって」

こんな命令、普通じゃない。確かにわたしはなんでもすると言ったけど。それは本当に、幸村くんが少しでも不自由にならないように、少しでもわたしがしたことを許してもらうために言った。奴隷になって欲しいなんて普通じゃない願いを聞いた。身の回りの世話くらいなら我慢すればいいし、出来ると思ったから。だけど、気持ちまで物みたいに扱われるなんてそんなの、本当に奴隷みたいじゃない。

「名前の好きな人が俺なら、問題ないわけだろ?」

なら俺のこと好きになれよ、と幸村くんは変わらない声で、整った顔で言う。ああ、この人って本当に。

「…っ最低!」
「へえ、奴隷なのにそんなこと言うんだ?」
「し、知らないよそんなの!…奴隷なんて悪趣味すぎる」
「まあいいよ。好きにならなくても。とにかくあと一週間耐えてね」
「や、やだって、言ったら?」
「言うの?」

幸村くんはどうしてこう、歪んでるんだろう?こんな返されかたしたら、断固拒否!なんて出来るわけがない。ファーストキスまで奪われたというのに、どうしてこう流されるというか、優柔不断なんだろう。

「…あと、一週間の我慢だもん」
「あはは、ポジティブだねえ、名前は」

頭を撫でて煽てているけど、簡単に引っかかったりしない。あと一週間、絶対、どうにか耐えてみせる…!

「どうにか耐えてみせる!って顔だね」
「えっ、!?、ちょっ人の頭の中読めるの…!?」
「ああ、本当に思ってたんだ」

くすくすと笑う魔王幸村精市。校内で一番有名で、校内一、腹黒い。

「ほら、行くよ。今日は筋トレするから、色々頼むよ」
「……」
「返事は」
「わ、わかりました!」
「ふふ、なかなか様になってくるよね。五日も経てば」
「…嬉しくない」

「俺だって、好きな奴以外としないよ」

「え?」
「何も言ってないよ。ほら、なんで怪我してる俺より歩くの遅いんだよ。亀なの?」
「亀じゃないよ!?」
「いや冗談だから」

幸村くんの少し後ろを渋々歩くわたしを少し気にしながら歩いてくれる幸村くんは、本当に横暴な癖に纏う空気は今は優しい。
ジャージを着ていた時に香った仄かな匂いが、また鼻を掠めた。

「…ゆ、ゆきむらくん」
「何?…うわあ、どうしたんだい。何かエロいことでも考えたの?それともさっきの事思い出したのかい?」

突然鼻血を出したわたしに幸村くんは呆れたように分かりやすい溜息をひとつついて、再び部室に戻ることになった。
ああ、こんなんじゃあと一週間、どんな波乱が待っているか想像しただけで震えそう。





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