優しき暴君 | ナノ

02



放課後、いつもは一緒に帰る友人ちゃんは激励の言葉も無しに風のように先に帰ってしまった。す、少しくらいかまってほしかったんだけど、まあ仕方ない。荷物を纏めてとりあえずテニスコートに向かうことにした。

コートには既に何人かの部員が柔軟を始めている。制服でコート内に勝手に侵入しているわたしは注目されて当然と言えば当然か。と、とりあえずジャージに着替えてからもう一度ここに来ようかな。

「ここで何してるぜよ」
「わっ、いや、ご、ごめんなさいすいません悪気があるわけじゃ…って、に、仁王くん?」
「ん?…ああ、えと、確か………」
「あ、名字です。仁王くんと同じクラスの」
「あー、そうじゃった、名字な。で、お前さんこんなところで何してるぜよ。テニス部以外入ったらいけんはずなんじゃけど」
「いや、違うんですよ仁王くん、これはある事件を始めとして海より深い理由がありまして」
「海より?」
「そう、だから何も聞かずにわたしをこのテニス部にしばらく置いてください」
「いや普通にそれは無理じゃろ。俺部長じゃないしの」
「…部長が許可してくれてるんじゃないかな」
「は?幸村が?何でや、お前さんと接点のせの字もなかろ」
「うん、そうだよ、なかったんだよ、今日の昼休みまでは…」

最早自嘲してしまう。わたしが幸村くんの奴隷だなんて言ったら、仁王くんはどんな顔をするだろうか。同じクラスだけどあまり教室にいない仁王くんは、正直どういう人かはわからないけど、恐らくわたしが幸村君の奴隷宣言をしてしまったら驚いて白目を剥いてしまうだろう。もうしくはこの綺麗な銀色の髪の毛が一瞬にして白髪に、あれでもなんか銀通り越して既に白髪っぽいな。あれ、本当はすごい苦労してる?

「人の髪の毛見てそんな顔するヤツ始めて見たわ」
「え、あ、ごめん、なんか…仁王くんのこと自由人だと思ってたけど、本当はすごい苦労人なんだね。ごめんね」
「はあ?」

お前さん頭のネジ一個飛んどるんじゃなか?と完全に馬鹿にされているけど無視だ。これ以上彼の苦労が増えませんように、と両手を合わせて目を閉じた。

「お前、大分失礼な奴じゃな。何勝手に人のこと…お、幸村」

仁王くんの最後の一言に身体がびくっと反応する。え、えっ、どどどどうしよう!勝手にテニスコート入ってること怒られるかな…!次は一体どんな酷い命令をされるんだろう…!

「やあ、仁王。ああ、そういえば名字さんと同じクラスなのか」
「まあな。…なして制服?」

恐る恐る仁王くんの方を向いている顔を少しずつ幸村くんの声がする方へ向ける。すぐ近くの距離に相も変わらず爽やかでお綺麗な顔をしてらっしゃる幸村くん本人が立っていた。ジャージにはまだ着替えてないらしい。あ、ていうかそうか、一人じゃ着替えが大変なのか…!
何故制服でここに?という仁王くんの少し言葉足らずな質問に、幸村くんは右足のズボンの裾を少し上げた。包帯の巻かれているその足を見て、仁王くんは対して驚いた様子も見せずに続けて「どしたん?」と質問した。

「彼女にやられてね。今日から暫く俺は部活は見学と筋トレにするよ。指示は出すけどね」

幸村くんも大分言葉足らずだと思う。今の言い方じゃまるでわたしが幸村くんに対して悪意があったように思われてしまうじゃないか!悪意は全くのゼロだよ仁王くん!
ちらりと仁王くんの方を見ると、丁度良く目が合ってしまった。目力のみで違うよ!と訴えてみたけれど、伝わっているのかどうか仁王くんの瞳を見ていてもわからない。なんだか、真意のつかめない瞳をしている人だな、この人。(ちなみに仁王くんと会話を交わしたのは今日が初めてだ)(もちろん幸村くんとも今日の昼休みが初めて)

「まあ、たまには神の子も身体休ませろってことじゃろ」
「中学の時十分休んだんだけどな」
「ああ、そうじゃったな」
「…相変わらずいい性格してるね、仁王」
「…(お前に言われたくないのう)」
「ああそうだ、名字さん」
「えっ、は、はい!」

突然名前を呼ばれてまた身体がびくりと反応する。もうある種体質みたくなってきた。数々の噂を耳にしてきたけどそれらはもしかして全て事実なんじゃなかろうか…。確か今日友人ちゃんが五感がどうとか言ってたけど、この人なら何でもやってのけそうだ。だってなんか、オーラすごいもん…!

「着替えるから部室行くよ」
「えっ、ええ!?」

有無を言わさずわたしの手首をがっしり掴んで部室に向かって歩き出す幸村くん。一応ヘルプミーとして仁王くんを見たけど、彼は口角を少し右上がりにして右手をひらひらと振った。な、なんて薄情な人なんだ仁王くん!もし君がピンチになってもわたしは助けないからな、絶対助けないからな!
コートから出てもなお彼の態度にムカついて歯ぎしりをしていると、幸村くんが不意に足を止めた。え、あ、う、うるさかったかな。

「名前」
「え、あ、え?はい」

いきなり下の名前で呼ばれて、いつもの反射は起こらなかった。幸村くん関係は大体身体が先に反応してしまうのに。と、ところでどうして幸村くんはわたしの名前をフルネームで知ってるんだろう?一緒のクラスになったことも、話したことも今日の事件までなかったはずなのに。幸村くんの名前は有名すぎてみんな知っているけど、わたしなんか平凡、いやそれ以下だ。なんたって幸村くんの奴隷にされるくらいなんだから、さぞ見た目も平凡以下なんだろう。じゃなきゃ普通奴隷になってとか言われないよね、うん。

「今日から毎日俺の着替えはお前がやるんだ、わかった?」
「え、いや、でも」
「いやもでももないよ。…そうだなあ、毎朝俺の家に来るのは大変だろうから、仕方ない。部活の時だけにしてあげるよ。体育の時も、免除してあげる」

し、仕方ないって、どんだけ上から…いやいやわたしは幸村くんに大変な怪我を負わせてしまったんだ。このくらい当然…なのかな?
どうせ拒否することはできないんだ。大人しく幸村くんの言うことに「わ、わかった」と返事をしておく。が、わたしの返事の仕方がご不満だったのか、幸村くんは腕を掴んでいる力を強めた。

「っ、ゆ、きむらく、痛いっ…」
「そんな渋々返事されてもいい気分しないな。嬉しそうに返事してごらんよ」
「…え、えぇえ…」

なんてサディスティックな…いや、これはもはやそんな外国の言葉では片付けられない。魔王だ。アドルフ=ヒトラーだ。闇から送られてきた独裁者に違いない。
ぎりぎりと力を強めるばかりの魔王、幸村くんの顔は本当に綺麗で美しい。下手したら女のわたしより…いや、比べるのはよそう。この人なら人の頭の中も読みかねない。

「早く。返事は?」
「わ、わかりましたっ。よよよ喜んでお手伝いさせていただきます!」
「ん。よし。…ああ、そうだ。一つ質問してもいいかい?」
「え、な、何?」
「…仁王とは結構、仲が良いの?」
「え?」
「もしそうなら、仲良くするな」

いやあの、まだ何も言ってないのですが。とは言えずに黙って幸村くんの質問、ではなくもう殆ど命令を静かに聞く。込められていた力はもう大分弱まっている。ほ、骨が折れるかと思った…。

「わかった?」
「あ、う、うん。わかった」

仲良いどころか今日喋ったのが初めてなんだけどな。まあもう説明するのも大変そうだから黙って言うことを聞くことにしよう。うん、それがいい。あと二週間の辛抱だ。土日を除けば約10日間。我慢すれば解放されるんだから、幸村くんの言うことを聞いていればいい。

幸村くんは満足したのか止めていた足を動かした。何となくその背中は上機嫌なように思えた。




【奴隷】
人間としての権利・自由を認められず、他人 の所有物として取り扱われる人。







prev / back / next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -