優しき暴君 | ナノ

01


「本っ当にごめんなさい!」
「………」

「お、お詫びになんでも言うこと聞くよ!」
「…なんでも?」
「うん!なんでも!あ、ほら、階段とか大変だったら、手伝うしっ」
「ふーん、…本当になんでも聞いてくれるんだね?」
「わ、わたしにできる範囲でだけど、うん」
「…なら、」
「うん!」

「俺の奴隷になってくれない?」

「…はい?」


事の発端は昼休み。わたしが急ぎの用事で階段を二段飛ばして駆け下りていた時だった。人が出てくるなんてこれっぽっちも頭にはなくて、本当に自分の事しか考えてなかった。だから罰があたったんだと思う。目の前に急に現れたその人に思い切り体当たりのような形で衝突してしまった。

『…っ』

幸い、というか、相手の男子がわたしを庇って倒れてくれて、わたしは何の痛みもないのだけれど、どうやら彼の方はどこか痛めてしまったみたいだ。こ、これは大変!大変な事件!
慌てて彼の上から退け、彼を振り返った瞬間、体内の臓器がきゅうっと縮小された感覚に襲われた。じわじわと全身に冷や汗が流れ出す。ま、まさか相手の男子が校内一有名な人なんて思いもしなかったから。

『あ、あのっ、ごごごごめんなさい!』

とりあえず頭を90度、いやもうそれ以上に深々と下げてまず謝罪。…返事はまだない。恐る恐る顔だけ上げると、未だ立ち上がらない彼──幸村くん。右足首を両手で抑えたまま俯いて…え、まさか!

『ね、捻挫!これは事件!』
『…え?』

漸くわたしの顔を見上げた幸村くんは、わたしには刺激が強すぎる程美しい、綺麗な顔をしている。美形なんて言葉で片付けていい人ではない。目があった瞬間わたしの体温が急上昇したのが分かって慌てて目を逸らした。今は見蕩れている場合なんかじゃないんだ。

『だっ、大丈夫!?じゃなさそう、だね』
『おかげさまで』
『幸村くん』
『何?名字さん』

どうしてわたしの名前を、とかそんなことは今気にしない。気になるけど、気にしないフリをするんだ。

『ちょっとだけ我慢してね』
『は?』

目をまん丸にして意外な程に間抜けな声を出す幸村くんを他所に、わたしは幸村くんのすぐ前に背中を向けるようにしてしゃがみ込んだ。そのまま幸村くんの両手を首に巻く要領で、いちにのさん、で立ち上がった。平たく言えばおんぶというやつだ。(さすがにお姫様抱っこは幸村くんが恥ずかしいだろうからこっちにした)それにしても、軽い。ちゃんとご飯食べてるのかな。

『名字さん!?』
『幸村くん、もうちょっと我慢してね!』
『いや、え、うわっ』

階段を降りていたスピードと殆ど変わらない速度で背中に幸村くんを乗せたまま保健室に直行。慌てる幸村くんなんて想像もできなかったけど、案外神の子なんていうのは普通の男の子なんだと思った。
もちろん廊下に居る生徒からは注目を浴びまくっているんだけれども、正直今はそんなことより幸村くんの右足の手当が最優先だ!もう二度とテニスが出来ない身体になってしまったらわたしは…わたしは一生をもってして償うしかない。
それから保健室に到着して、これから出張に出かける所だった保健医を捕まえ彼の足を見てもらった。軽く足首を見て、先生に二週間の捻挫と言い渡された。『戸締りよろしくね』さらっと言って保健室を出ていく保健医。ああ、どうしよう。幸村くんのことだ、どうしてくれる、とか、死んで償え、とか言ってくるに違いない。
ならば!言われる前に自分から軽い罰を自分に与えた方がきっといい。いいに決まってる。だってまだ死にたくないし、こうなってしまったものは、もうどうしようもできないのだから。



「だからってあんた、普通自分から奴隷になりにいく馬鹿いないわよ?」
「な、なってないなってない!え、友人ちゃん人の話聞いてた?」

”今日から俺の奴隷宣言”をされてまもなく教室に戻ったわたしは、事の経緯を全て、中等部からの親友に話した。いやだって、自分からなんでもするとは言ったけど、奴隷になれなんて普通言われると思わないし、っていうか普通言わないよね!?そんな恐ろしいこと。奴隷って知ってる?身分一番下だよ!?家畜だよ!?

「ていうか階段二段飛ばしで駆け下りてた名前が悪いんじゃない。あんたあれだよ、運転免許とか絶対とらない方がいいよ」
「…うん、それは、うん」
「しかしツイてないねあんたも。相手があの幸村精市じゃなけりゃこんなことにはなってないだろうから」
「…ね。悪運ばっかり強いよね、昔から」
「それよりその、あんたが幸村精市をおんぶして全速力で走ってる所をあたしは見たかったな、ぶっ、ふははははっ、あんたっ、絶対馬鹿だよねっ」
「ちょ、笑わないでよ、必死だったんだよ!事件だったんだから!」
「まだその口癖直んないの?何でもかんでも事件事件って、もう高2にもなって。まあ可愛いけど」
「あ、友人ちゃんがデレた…!」
「うっさい!お前もあたしの奴隷にしてやろうか」
「ひいいごめんなさいぃいっ」

「で?奴隷は早速何命令されてんの?」
「え、あ、なんか、今日から捻挫直るまでテニス出来ないから、代わりにわたしが…」
「はああ!?神の子の代わりなんてあんたに努まるわけないじゃん!噂では五感奪うことが出来るらしいし!」
「ご、五感?…よくわかんないけど、実際に代わりにわたしがやるんじゃなくて、色々雑用とか、あ、ほら、着替えとかさ、大変らしいから」
「き、着替えってあんた、…マジで?」
「わたしも同じこと言った。でも拒否とか出来ないよ、だってにこぉ〜って笑って”あれ?YESが聞こえないな”って」
「あらら。…まあ二週間の辛抱なんでしょ?すぐだよすぐ。頑張って」
「他人事だと思ってるでしょ」
「だってそうじゃない、…あ、チャイム鳴った。ほら席着きな」

午後の授業中は電子辞書で”奴隷”、”家畜”、”家来”、”召使い”等様々な単語を調べまくった。そんなことをしてもわたしが幸村くんの奴隷であることは変わりはしないのだけど、せめて意味だけでも理解しておこうと思ったのだ。



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