優しき暴君 | ナノ

06



「名前。顔、顔。死んでるって」
「え?あ、おはよー友人ちゃん」
「あ、朝から欝オーラ半端ないね。みんな引いてるけど?」
「あ"ー、いいのいいの。もう殆ど欝だし…」
「…この際何があったかは聞かないけどさ。神の子関係なんでしょ」

”神の子”その単語にぴくりと反応する。そしてまもなく「うっ、うぅっ、」とめそめそ泣き出してしまった。自分でも恐ろしい程の悲劇のヒロインっぷりだ。ここまで落ちたのは5年前に愛犬が死んだ時以来…いや、今回はそれを越えたかもしれない。
学校を休もうとも考えたけれど、一人部屋に籠ったって仕方ないし、母親がうるさかったので登校してみた。友人ちゃんの優しさがいつも以上に心染みる。

「あれ、珍しい。今日は朝から詐欺師がいるよ」
「詐欺師…」
「仁王雅治のこと」
「あー、仁王くんか」

一応視線だけ仁王くんの方に向けて見ると、バッドタイミング。目が合ってしまった。ああ、なんであの人とわたしはいつも目が合ってしまうんだろう。わたしに恨みでもあるのかな…。嫌われてたりして。
今は考えることの全てがマイナス思考になってしまって、正直自分でもどうしようもない。何も考えないようにしたいのに、頭の中を無にすることは、どんなに頑張っても出来なかった。

「え、ちょっと名前、仁王雅治こっちくるよ」

耳元で友人ちゃんにそう言われて「えー?」と欝の入り交じった声で返すと本当に仁王くんが目の前に来た。え、え、何だろう。

「名字、お前一限サボりんしゃい」
「…え?」
「ほら、行くぜよ」

わたしの二の腕を強引に掴むと仁王くんは無理矢理その場から立たせた。周りの女子達が何やら騒いでいるのが気になって、正直こういうのはやめて欲しい。もしわたしがこれが原因で過激な女子に仁王くんについて詰め寄られたらどうしてくれる。…その心配はあんまりしなくても大丈夫か。だってわたし今こんなに暗くて酷い顔してるし。仁王くんの隣を歩いていい顔じゃない。

わたしがそんなネガチィブ思考をしているとは思ってもいないであろう仁王くんは、掴む位置を二の腕から手首へと素早く変えて、向かったのは屋上だった。
え、ていうか仁王くん、今日、雨なんだけど?(わたしの気分に比例してね)仁王くんは雨だというのにそのまま空の下へ出た。もちろんわたしを引っ張って。人のことを頭のネジがひとつ飛んでるとか言ってたけど、仁王くんもひとつ、いやふたつくらい飛んでるんじゃないかな。でもまあこ、これはもう濡れるのを覚悟して、話を聞くしかない。(今日は一日ジャージで過ごすことにしよう)


「お前さん、幸村と何かあったんか」
「…!」

その言葉に身体がびくりと反応した。何で、知ってるの?幸村くんが言ったの?でもきっと幸村くんだって傷ついて、誰かに言いたくない筈なのに。

「なんで、って顔じゃな」
「え…」

この人も読心術を!?全くテニス部どうなってるんだすごいな。じゃなくて。仁王くんからはいつもの飄々としたつかめないオーラは感じない。真剣な、心無しか少し怒ったような顔をしている。

「それだけ落ちてれば誰だって気づくぜよ。お前の親友もそうじゃったじゃろ」
「う、うん…」
「…何があった」
「…」
「っちゅーのは、別に話さんでええ。…お前、惚れとるんか」
「えっ」
「幸村のことよ。惚れとるん?…お前等を最初に見た時は、そんな風には見えんかったけど。まあ、可笑しな関係じゃとはすぐにわかったがの」
「…おかしな、関係だよね」
「俺が言うのもなんじゃけど、幸村、あいつは手強い相手ぜよ。難攻不落っちゅーか、色々掴めんし」
「仁王くんと同じだね」
「俺より大分しつこそうやけどな」

「…わたしね、幸村くんの奴隷だったの」
「は?」
「わたしも奴隷になれって言われた時、普通じゃないって思った。だけどわたしが幸村くんを怪我させちゃって、そのせいで幸村くんが、不自由になってしまうなら、助けたいって思った」
「…ほう」
「噂でしか、聞いてないし、本当かどうか分からないけど、幸村くん、昔大きな病気でずっと入院してたって聞いて。それで尚更、不自由してほしくないって思ったの。自由すぎるのもだめだけど、不自由もきっと辛くて怖いと思うから」

過去にそんなことがあったら、尚更。と雨に打たれながら言う。髪はしっとり、どころか既に水も滴る程雨を吸収しているのだけど、ここまで濡れてしまっては、この際関係ない。

「おかしな関係が始まって、色んなことがあって」

「今、幸村くんがすごく、すごく好き」

仁王くんの前で、誰かの前で、こんなに真っ直ぐ自分の気持ちを言えたことが過去にあっただろうか。いつもいつも優柔不断で、流されるわたしが、本人じゃないにしても、幸村くんと親しい人の前で、こんなに真っ直ぐに自分の気持ちを言える。

知らないことをたくさん知って、まだ色んなことを知りたいと思う。まるで勉強が楽しい子どもみたいに、わたしは幸村くんのことを、もっともっと知りたい、知っていくことが、嬉しくて、幸せ。

「今の、幸村には言うてないんじゃろ?」
「…う、ん。だって、…だってもう、奴隷じゃなくなっちゃった」
「……」
「今まで一緒に居れたのは、傍に居られたのは、全部わたしが、幸村くんの奴隷だったから。だから、」
「じゃあ、お前さんにとって、今、幸村は何じゃ」

「おかしな関係が終わったら、幸村には会えんくなるんか?同じ学校におるのに?同じ県におるのに?同じ日本におるのに」
「…そ、れは」

「お前が悪いとか、幸村が悪いとか、俺は知らんけど。お前が悪いと思っとるんなら、謝りに行ってみたらええ。それから、さっきの言葉、本人にぶつけちゃれ」
「に、おー、く…」
「泣いても雨でわからんぜよ。ほら、行け」
「うんっ…!」

仁王くんに顔の水滴を拭き取られた後、わたしは屋上の入口へ走る。途中で名前を呼ばれたから振り返れば、「幸村は教室におる!」と大きな声で教えてくれた。わたしは「あっ、ありがとう!」と心の底からお礼を告げて屋上を後にした。

「…プリッ」




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