「こ、ここって」
「なんじゃ、入ったことないんか」
「あ、あるわけないでしょこんな高そうなとこ」
「ん、入りんしゃい」
「いや入れないよ、制服だしお金ないし」
「…誰も自分で買えなんて言うとらんぜよ」
「じゃ、じゃあ何!」
「鈍いんかこういうのに無頓着なんかわからんのう」

仁王くんに連れてこられたのは、通りすがるためだけの店であった、ジュエリーショップ。中に入ったことはもちろんないけど、多分指輪とかネックレスとか、全部ガラスケースの向こうにあって、店員さんに言わなきゃはめられない、つけられないものだ。
彼氏がいたこともないわたしに、この店に用事があるわけないし、例え彼氏が出来たとしても、こんな店にはきっと連れて来てはもらえないと思っていた。

それなのにこの男は飄々とわたしをここに連れて来て、まるで常連のように「入りんしゃい」なんて言いやがる。常連だとしたら仁王くんの財布の中は一体どんなことになっているんだろう!?札束ぶわーって入ってたり、もしくはお札なんか入ってなくて、全部カード!?(高校生なのにありえない!)

「い、いい!入らない!指輪とかいらない!」
「…お前、何のために俺がバイトして…」
「え?」
「なんでもなか。…いらんのんじゃったら別にいい。帰ろ」
「だ、だって!」

だって、他の女の子もここへ連れて来て、高いアクセサリーをプレゼントして、それで喜ばせてたんでしょう?だったらわたしはそんな形に残るものなんていらないし、他の女の子と似たようなものなんて身に付けたくない。買ってもらっても、嬉しくななんてない。

「…だって、何」

「だって、仁王くん、他の子にもそうやってきたんでしょ?」
「…は?」
「ここに連れてくれば、喜ぶって思ってるんでしょ」
「思っとらんし、思い込み激しいにも程があるじゃろ」

こんな綺麗な店の前で、わたしはなんでこんな、醜い、器の小ささを曝け出しているんだろう。バカじゃないの。
だって仁王くんが、浮気してるって思ってて、でも全然現場なんか目撃出来なくて、逆にこんなとこ連れてこられて、もうわけわかんないよ。頭の中がぐちゃぐちゃしてて、わからない。仁王くんが考えてることも、わたし自身が考えてることも。


「あげたことないんよ」
「…?」
「こんな店、来たこともないぜよ。柳にネットで調べて貰ったんじゃ。女のためにバイトしたのだって初めてじゃし、プレゼントなんてあげた事もない」
「…え、」
「名前が喜ぶと思って連れて来たんじゃけど、いらんのんなら別にいい、俺の金も貯まってラッキーくらいに思えるしの」

仁王くんが、わたしのために?

ありえないとか、嘘だとか、そんなことより先に、とても申し訳ない気持ちになって、胸がずきずきと痛む。わたしなんかよりずっと、仁王くんの胸の方が痛いかもしれない。だから絶対泣いたりしない。けどだって、仁王くんがわたしの誘いを断っていたのは、それはバイトがあったからで、わたしの為にお金を稼いでくれてた、なんて少し図々しいかもしれないけど、きっとそういうことなわけだ。
それなのにわたしは、仁王くんが浮気してるとか、他の女の子と密会してるとか、そんなことばっかり考えたりして、情けない。恥ずかしい。酷い話だ。仁王くんの彼女なのに、誰よりも誰よりも、わたしは彼を疑ってしまっていたなんて。本当に、申し訳ない。それ以外の言葉が見つからないよ。

「ご、めん、仁王くん」

胸が痛い。痛すぎて、涙が出そうだ。

「ごめん、本当に、ごめんなさい」

わたしは正直に、自分のしたことを話した。仁王くんが浮気してるんじゃないか、って疑ってたことも。それを目撃するために、今日尾行してたことも、全部。全部話した。

仁王くんは、わたしのことなんて、きっとすぐに捨てちゃうんだろうって。一週間もすれば、他の女の子のところへ行ってしまうって、勝手に自分で決めつけて。仁王くんが、わたしなんかに本気になるわけないって思ってた。
だからわたしだけが、本気になるのが怖くて、寂しくて、嫌だったんだ。

「でも、指輪はいらない」
「ん、わかった」
「こんな高そうなの、いらない。お金も貯めなくていいし、バイトもしなくていいから」

溢れる涙が、と煌々とした店の明かりで綺麗に光る。

「仁王くんと、一緒にいる時間が欲しいよ」
「!」

他には何もいらない。不安になるのは嫌だし、もう二度と疑ったりなんてしない。自分に自信はないけれど、わたしは、仁王くんを信じたい。

わたしは、仁王くんが今まで付き合ってきた女の子達みたいにイケてる訳じゃないし、寧ろ全然イケてなんかない、彼氏なんか出来たこともないただの産毛みたいな女だ。
彼氏を喜ばせるような一言なんかこれっぽっちも頭に浮かばない。何を言えば、何をしてあげれば仁王くんが喜んでくれるのか全くわからない。仁王くんは彼氏として、今日みたいにわたしに何か与えようとしてくれているのに。

「…指輪なんて、いつでも買いにこれるしな」
「…?」
「欲しくなったら、言いんしゃい」
「う、うん」
「…俺が、何かあげたかっただけじゃき。俺のもんって周りに見せられる」
「そんなの、なくてもいいよ。だって仁王くんだってないじゃない」

わたしのものだって、目に見える証がなくても、仁王くんはとっくにわたしのものだ。つまりわたしも、仁王くんのものなんだよ。

「一緒にいたらきっともっと、仁王くんのこと好きになると思うんだ」

我儘でごめんね、と涙をごしごし手で拭って言うと、仁王くんは少し頬を染めてそっぽを向いてしまった。



prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -