03
最近、仁王くんが現在フリーだという噂が女子の間で飛びまくっている。噂というか、それは多分ほぼ事実だ。そして現在標的にされているのは実はわたしなんですよ、とは唇がどんなに腫れても言えない。

しかもその噂を耳にした女子達が仁王くんに次々と告白しに行ったらしいのだけども、どの可愛い女の子達も見事にフラれているらしい。わたし的には快くOKして早いとこわたしから手を引いて欲しいんだけど。人生そううまく事は運ばれないらしい。


「名字、悪いけどこれ資料室まで運んどいてくれないか」
「え、何でわたし…」
「お前部活入ってないし帰っても本読むだけだろ」
「先生はわたしから読書の時間を奪うんですね、わかりましたやりますやればいいんでしょ」
「…お前、いつになく荒れてるな。悩みがあったら先生に言えよ?」

言えるものですか!もし先生に、仁王くんにキスされて唇が腫れて困ってるんです、なんて言ったらどんな淫乱な生徒だそれは!ふしだらすぎる!成績が落ちてしまってはかなりまずいから絶対に相談は出来ない!
なんでもないですよ、と軽くあしらって先生がわたしに任せた資料を一気に持って教室のドアを足で開ける。見てない、誰も見てないよ。誰もいない放課後の教室だからギリギリOKだよ今のは。

そもそもなんの資料なんだろうこれは。なんでこなんにいっぱいプリント刷っちゃってんの?資源を無駄にするんじゃあないよ全く近頃の若者は。わたしの方が随分年下ですけども。

資料室の前にて、ここも誰も見てないことを確認して足でドアを強引に開けると、そこには仁王くんとわたしのクラスの女の子が居た。しかも二人共少し服が乱れた状態で。

「…え、」

お互い声も出なくて、わたしはあんぐりと口を開けて、資料を落とさないように腕に力を込めることで精一杯だった。て、いうか、え。何?何で仁王くん、何、してんの?

中に入ろうにも入る勇気がでなくて、わたしはそのままただ立ち尽くしていた。女の子はわたしのクラスで一番可愛いと言われているミスA組的な子で、仁王くんならもうとっくに手を出しているんだろうな、と思っていた。だけど実際こんな場面に遭遇するとは思ってなかったし、何故か傷ついている自分も、予想外だった。

仁王くんは冷めた顔で女の子に服を着るように命令した。いや、あなたが脱がしたんじゃないのか。彼も彼で制服はいつもより乱れているし、いつも後ろで束ねられている尻尾みたいな髪の毛は、今は無造作に下ろされている。

「お前さんとおっても勃たんけ、帰って」
「っ、最低!」
「キスも下手じゃしの」

どこかでわたしが言ったような台詞を仁王くんが言ってすぐ、女の子は仁王くんの頬を気持ちいいくらいの音をさせて引っぱたいた。ああ、すばらしい、わたしもそんな風にしてあの時抵抗すればよかった。

わたしの存在に気づいてはいるんだろうけど、女の子は制服を着てすぐ資料室を飛び出した。その時偶然肩がぶつかって、わたしは力を込めていたにも関わらず両手に持っていた資料を廊下にぶちまけた。女の子はもちろん拾ってくれる訳もなく、そのまま廊下を走り去って行ってしまった。(クラスメイトなだけに気まずいな…)

あーあ、やっぱり最低だ。という気持ちと、どうして仁王くんは別の女の子と?という気持ちが絡み合って心の中で渦を巻いている。この男は今まで何回女の子に最低と言われて来たんだろう。わたしも何度も言った気がする。

何も言わずに着崩れたままの制服で廊下に出てきて、わたしがぶちまけた資料を拾い集める仁王くん。

何、なの。どうして、わたしが好きって言ってたのに。洋画みたいなキスまでして、片想いは嫌なんだって言ってくれた癖に、何なんだよ。遊びで人のことからかうなら、わたし以外の女の子でやればいいのに。
お互い何も口には出さずに黙々と資料を一枚一枚拾う。漸く束になって、わたしは泣くもんかと思いつつもう一度それを持って、資料室に置いた。

泣いたらだめ。泣いたら仁王くんはまた優しくしてくれるし、それにあの日は甘えてしまった。わたしが泣いたらきっと仁王くんはまた優しく頭を撫でて、わたしを子どもみたいにあやすんだ。そういう手口なんだから。

「遊びなら他の子でやってくれないかな」
「違う、名字、さっきのは」
「何が違うの?わたしのこと好きな人が、普通、違う女の子とさっきみたいなことするの?」
「聞けって」
「聞くって何を?ほんとにわたしのことが好きなんだって、まだ言えるの?そんなの言われても絶対信じられないし、言うなら頭のネジが外れてるとしか思えない」

あんな風に、誰かに好きだなんて、嘘でも言われたことはなかった。顔だって可愛い方には入らないし、性格だってこんな生真面目で趣味なんか読書だし、仲のいい男子や女子もそんなに目立つグループにいる子達ではない。そんなわたしが、こんな学園一女ったらしで有名な人に、嘘でも好きだなんて言われて、本当は少し舞い上がってたの。
あの日、屋上でキスした時は、本当にこの人はわたしのことが好きなのかもしれないって、そんな夢も少しだけ見た。

嘘だったんだよね?それならそれとして、わたしはいつまでも仁王くんに構わずキスしたことも、泣いたことも、綺麗に水に流そうと思う。
だってこれじゃあ、あまりにもわたしが可哀相で、バカみたいじゃないか。

「最低だよ、本当に」

そう言って、わたしは資料室を出ようと踵を返す。だけどすぐに、出会ったあの日と同じように、仁王くんはわたしの腕を掴んで行かせてはくれない。

「何なのほんとに!嫌いだから触らないで!」
「お前、俺が心臓に毛が生えとるとでも思っとるんか」

いつもより随分低い声で、仁王くんはわたしの腕にぎりぎりと力を込める。痛い。痛いから、離してよ。

「俺が怒らんのは、お前だけじゃし、酷いこと言われたらその度に傷ついとる」
「…嘘だ」
「嘘は言わん。名字が泣くとこはもう見たくないし、嫌いなんか言われたら、俺はその度にヘコんどるんじゃ」
「嘘だ、だって、嘘ついたじゃない。わたしが好きだったら、どうしてさっきあんな事したの」
「それは、」

「嬉しかったのに」

「…?」

「仁王くんはもしかしたら本当に、わたしのことが好きなんじゃないのかなって、少しだけ期待もした」

誰か一人を大事に出来る、そんな人にもし仁王くんがなったとして、その相手がわたしだったら、それはすごいことだなって。すごく嬉しいことだなって、思ったのに。
裏切られた、わけじゃない。だってわたしは仁王くんとは付き合ってはいないし、たかだかキスをしただけの少し変わった関係なだけ。浮気されたわけじゃないし、仁王くんは別に、自由にすればいいんだ。わたしが、どうこう言っていい存在じゃない。

だけどそれでも、仁王くんに本気になってほしいって、ちょっとでも思っちゃったんだよ。


「名字、」
「仁王くん、わたし」

あなたとだけは付き合えません、そう言った瞬間、一瞬だけ掴まれている腕の力が弱まったのを感じた。その一瞬でわたしは腕を振りほどき、資料室を飛び出した。




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