01
「どういうこと!?」
「いや、じゃけぇお前さんとはもう無理なんじゃって、付き合えん。じゃけぇ別れて」

日曜のカフェで一人で読書。わたしも高校生ながらにしてなんてロンリーな女なんだろう。また今日も独身OLに一歩近づいた。っていうか今そんなことはどうでもいい。
隣の席で今正に別れ話を切り出したのってあれ、仁王雅治くんじゃないか…?女ったらしという噂は耳にしたことあったけど、まさかマジだったとは。相手の人は大分年上の綺麗なお姉さんだし。どうやったらそんな綺麗なお姉さんと出会えるのか教えてもらいたいくらいだ。

「私のどこが気に入らないわけ!?だって別に、喧嘩とか、」
「あーもう全部ぜよ。そうやってすぐヒステリー起こすとことか。ちゅーかはっきり言うて飽きただけよ、お前さんに」
「あ、飽きたって…!」
「顔も身体も飽きた。それだけじゃ」
「意味わかんない!サイッテー!」

パンッと頬を勢いよく打たれて更に留めにその場にあったまだ冷めてもないコーヒーを頭にかけられた。えっ、えええ!何、何で仮にも好きだった人にそんなこと…!
あわあわとわたしだけが慌てていると、仁王くんはわたしとは反対に慌てることもなく頭を台拭きで吹き始めた。いやそれ台拭きだよ!なんて突拍子のない人なんだ…!

話したこともない、まして同じクラスになったこともない女がこんな所で出しゃばっていいものだろうか、いや、良くないよ。ていうかこういう人に関わらない方が身のためっていうか、絶対関わらない方がいい。いやでもさすがにコーヒーは熱かっただろうし、火傷してたら大変だ…。

「あの、これどうぞ」
「ん?」
「えと、大丈夫?」

身体が勝手に動きやがって、わたしは仁王くんにハンカチを渡した。こんな小さい布じゃきっと追いつかないけど、台拭きよりは幾分かマシだろうから。
だけどこれ以上は関わるな、と脳から全身に命令が下った為、わたしは鞄に本を入れもせずその場を去ろうとした。

「見とったんか」
「…見たくて見たんじゃなくて、見えたから」
「お騒がせ女じゃのう」
「あなたもね」

彼の頬には手形がくっきりと残っていて、こんなことされる人昼ドラ以外で見るのは初めてだ。髪はコーヒーのせいで少し茶色に染まっていて、この人茶髪も似合うんじゃないかな、とその場にそぐわない事を呑気に思ったりもした。

「…さっきの人、どうやって出会ったの?」
「逆ナン」

わお。そんなのされる男子いるんだ。少なくともわたしの周りの男子はナンパする側だと思う。彼くらいのイケメンになってくると、待ち合わせ場所に立っているだけで、女の子が寄って集ってきてしまうんだろうか。(女のわたしでさえナンパされたことないのに)

「お前さん一人か?誰かと待ち合わせしとるんじゃなか?」
「え、いや、一人ですけど」

何か?と言うと、仁王くんはくつくつと笑った。え、何、なんで初めて喋った人にこんなバカにされたみたいな笑われ方しなくちゃいけないの。ていうか一人で何が悪い。日曜は一人でこのカフェで読書って決まってんだよバーカバーカ!

「なら俺この後二時間暇じゃけ、遊ばん?」
「…その二時間というのは?」
「二時間後は別の子と約束があるんじゃ」
「え、いいよ、二時間一人で時間潰しなよ」
「お前もどうせ暇なんじゃろ」
「うるさいな、暇じゃないよ家に帰るもん」
「それは世間一般じゃ暇って言うんぜよ」
「……ていうか、他の子って女の子?」
「うん、彼女」
「えっ、ええ!?もう彼女出来たの!?さっき別れたっぽかったけど!?」

「彼女が一人なんて決まっとらんぜよ」

と、とんでもない。噂は本当だったんだ。ていうかもうこのレベルは女ったらしなんかじゃない。ホストだ。いやいや、ホトスよりタチが悪い。これは相当遊び人だぞ。悪代官様だ。本当に関わらない方が身のためだな。

「へ、へーすごいねー」
「何じゃその棒読み」
「いやいや本当すごいや、真似出来ないなー。あ、そうだ、わたし本当は今日待ち合わせがあったんでしたそうでした!じゃあ仁王くん!アデュー!」
「(アデューって…)いやいや帰すわけないぜよ」

がっしりと腕を掴まれてしまって、正に今この場が修羅場と化していそうな雰囲気。ていうか何でわたしを帰してくれないのなんなの離してよ。

「何?帰りたいんだけどな」
「まあええけ、ちょっとお前さんここ座れ」
「嫌だ。さっきあの女の人が座ってたところなんて座りたくない」
「…嫉妬?」
「違うわ!」
「じゃあ俺がお前さんがおった席に行く」
「いっ、いいよもう、帰りたいんだってば」
「ていうか何で俺の名前知っとるんじゃ」
「お、同じ学校だからに決まってんでしょ」

有名だよ君はほんとに女ったらしで、嫌味満載で怪訝な顔をして言うと、彼は目を少し丸くして、わたしの顔をじっと見た。蒼い瞳に一瞬吸い込まれそうな感覚になってすぐに目を逸らす。ちょ、何、何でこの人こんな凝視してくるの。ていうかコーヒー臭いんですけど。

「何組なん」
「A」
「柳生と一緒か」
「え、柳生くんと知り合いなの?」
「(知り合いも何も…)ダブルスのパートナーじゃき」
「…へー」
「信じてないのう。ほんまよ。中学ん時からな」
「あーそうなんだ、へー」
「…お前、ムカつくのう」
「え、ほんと?じゃあ帰っていい?」
「ダメ」

なんでだ。なんなんだこの人。柳生くんとダブルスとか絶対嘘だ。柳生くんはきっともっと紳士っぽい人とダブルスを組んでる筈なんだから。
ちなみに柳生くんとは読書仲間というやつで、他にテニス部で言うなら柳くんなんかもたまに本のことでよく話す。テニス部だろうがそうでなかろうが、読書を愛する人に悪い人はいない。柳生くんはとても紳士的だし、柳くんも大人っぽすぎて話していてとても勉強になる。わからない単語が出てきた時なんか、柳くんに聞けば即解決だ。

「なあ」
「何」
「付き合って」
「は?」
「俺と付き合って」
「いや、え?彼女いるんだよね?」
「うん。でもお前さんが別れろって言うんなら、別れる」
「え、じゃあ別れなくていいよ、その子と付き合っててください」
「なんで」
「え、えー…なんでって、わたしはあなたとは付き合いたくないから」

あなたみたいな女ったらしと付き合って、幸せになれる訳がない。わたしはもっと、優しくて、包容力のある、大人の男と付き合いたい。その人がもし読書が好きならなお良しだ。
仁王くんはわたしの理想のどの性格にも当てはまらないし、顔こそかっこいいけれど、それ以外はもう本当に最悪だ。コーヒーを頭からかけられるような事をしている人と付き合えるわけがない。毎日がてんてこ舞いだろう。

「どうしてそんな風になっちゃったの?」
「は?」
「どうして、たった一人の女の子を大事にできなくなっちゃったの?」

素朴な質問だったのだけど、その質問は野暮というものらしかった。「どうしてもこうしてもない」と少し不機嫌な顔で言う彼は、そのままわたしの顎に手を置いた。…え、何?

「女が馬鹿なのが悪いんよ」
「…は?」

そう言って、ここがカフェだと知ってか知らずか、仁王くんはわたしの唇にキスをした。

「…っ、な、な、な!」
「キスすりゃ落ちるし、ヤればみんな俺を欲しがる」
「…」
「大事にしたい子なんて、今まで一度も出来たことなか」

コーヒーを頭にぶっかけたあの人の気持ちが良く分かった。腸が今にも煮えくり返りそうで、理性を保つのがやっとといった状態だ。好きでもない子にキスをする、なんてわたしの中では言語道断だ。ましてや、人のファーストキスを奪っておいて、こんな悪びれもしない表情の奴、最低最悪以外の言葉で表現出来ない。

「言っていい?」
「何?」

「最低。大嫌い。コーヒー色魔」

ビンタでも見舞ってやればよかったけど、もうなんか、触るのも嫌で。絶対に泣いてはいけないと、泣くもんかと我慢してそのまま足早に店を出た。

最低、最低、最悪!いつもの素敵なわたしの日曜日は、今日だけは本当に最低最悪で、きっと今日が人生の厄日なんだと自分に言い聞かせて、厄日なんだから仕方ないと言い聞かせるしかなくて、真っ直ぐ家に帰った。

帰ってからはもうそれこそ修羅の場だ。部屋に篭って散々クッションを殴り倒して、唇をタオルでごしごし拭いて、またクッションを殴って。涙がどばどばと溢れてきて、終いには疲れて眠りに落ちた。




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