路上で抱きしめあったその後、仁王くんに手を引かれて行き着いた場所は本当にホテルだった。
外観はとっても綺麗で、外に料金等が書かれていなければ普通のホテルと間違えてしまってもおかしくない程の建物だ。(中はさすがに少し薄暗い、大人の世界的な雰囲気だけど)

さすがに慣れているこの男は迷うことなんてあるわけもなく、きょろきょろ挙動不審にもならずに堂々とした足取りでわたしを部屋へ導いた。




「あのね」
「優しくとか出来んタイプなんじゃけど」
「…誰も優しくしてなんて言わないよ」
「じゃあ何?」
「正直ね?正直、すぐヤられるもんだとばっかり思ってたんだ」
「……」
「いやだってあなた今まで散々女を敵に回すようなことばっかりしてたからね?最低って何回言ったことか。ていうかヤリチ、」
「おい」
「うん今のは言い方がまずかったよねごめんねでも正直に話してるだけだから」
「(さっきの可愛い名前ちゃんはなんだったんじゃ…)」

「我慢、してくれてたんだよ、ね?」
「…まあ、そりゃあ」

大事にするって決めとるし、とうっかりハートを鷲掴みにされそうになる。鷲掴み、まではいかないけど軽く握られている感覚だ。
今みたいに言葉にしてくれなくたって、大事にしてくれてるの、ちゃんと伝わってるよ。だからわたしも、仁王くんを大事にしたい。大切だよっていうことを、言葉と一緒に全身で伝えたい。


「わたしも仁王くんのこと、大事にする」


ずっと、ずっとずっと大事にしたいよ。そう思える存在にずっと居てほしいと思う。


「だからわたしのことも、大事にして、ほしい。」

「ずっと好きでいてください」


ぎゅう、と今度はわたしの方から仁王くんを抱きしめる。と、いうよりは抱き着くと言った方がいいかもしれない。
丁度胸辺りに頭を埋めて、間違いなく真っ赤であろう顔を見られないように、ぎゅうぎゅうと強く、強く抱きしめる。

「名前、ずるすぎ」

そう言ってそのままわたしを包み込むように優しく抱きしめ返してくれた。
あの時100円が表で、こうして仁王くんの彼女になれて、今じゃ本当によかったと思う。強運だったのは仁王くんじゃなくて、わたしの方だったんじゃないかな。

もっと、まだまだ、仁王くんを好きになりたい。わたしの世界はいつの間に仁王くんの色に染まってしまったんだろう。
お互いの気持ちを探り合うように、唇と唇を重ね合う。抱きしめていたいのに、みるみるうちに身体から力が抜けていって、仁王くんに片手で頭を支えられていないと立っていられない。
時折自分の口から無意識に漏れる声が、仁王くんのと混じり合う吐息が、堪らなく恥ずかしくて、だけどやめないでと思ってしまう。
顔が見たくて薄目を開けてみると、伏せられた長い睫毛が妖艶すぎる。わたしの視線に気付かないわけもなく、仁王くんも伏せていた睫毛を起こしてわたしを見る。

「っ、お前、ほんまずるい」
「っふ、え?」
「そんな顔されて、理性なんて保てるわけないぜよ」

そんな顔って、どんな顔だ。一体どんな顔してたんだろうわたし。あああ変な顔してたのかなもう最悪!薄目なんか開けなきゃよかった!
後悔したってもう遅い、というかそのうちきっと、いろんなことがどうでもよくなるんだろう。
長い間立ったまま(仁王くんに支えてもらってるけど)キスを交わして、漸く離れたと思ったら、いきなり腕を引っ張られてベッドに押したおされた。
え、ええ!?乱暴はよくないよ仁王くん!

「わ、ま、待っ」
「待てん」

制服のボタンを上からはずされて、一気に下着姿へ剥かれた。その後すぐに、仁王くんもネクタイを外してシャツと一緒にベッドの下に脱ぎ捨てる。
流れに身を任すことしか出来ないわたしは大人しく仁王くんのされるがままになる。(ま、マグロってわけじゃないよ!)

「仁王くん、」
「ん?」
「わたし、どうしたらいい?」
「…何が」
「どうしたら、仁王くんは嬉しいって思ってくれる?」

目の前にある贅肉のない引き締まった身体を直視できずに、顔を腕で隠すようにして聞いてみる。
どうしたら、どうしてたらいいのかわからない。どうしたら仁王くんは、嬉しいって思ってくれる?

「わたしも何か、あげたい」
「…これから大事な初体験もらうんじゃけど」
「そ、そうだけどさ」
「これ以上何もいらんよ、嬉しい」
「う、だ、だめだよ不公平!」
「不公平でよか。俺の方が何倍もお前のこと好きなんじゃけぇ」
「っず、ずるい!」
「それはこっちの台詞じゃき」
「わ、たし、マグロになるの、やだよ」
「(マグロて…)思わんよ」
「嘘!築地に売っ払ってやろうと思ってるでしょ!」
「思ってないっちゅーに」
「っだ、だって!…今までのどの女の子よりも、気持ちいいって、思ってもらえなくちゃ、意味ないもん」

仁王くんが、幸せだなって、嬉しいって、そういう喜びで満ち溢れるような気持ちになってもらわなきゃ、嫌なの。


「続きしてもいいかの」
「…人の話聞いてる?」

そんなん聞いて手ぇ出さん程出来た人間じゃないぜよ、とわたしの腕を易々とベッドに縫い付けて、そのまま首元にキスを落とす。

「っん、仁王く、ん、待って」
「もう黙りんしゃい」

不公平だよ。本当に。
いつも手の冷たい仁王くんが、こんなにたくさん熱を持ってるなんて知らなかった。

黙れと言われちゃもう喋るまい。
わたしはされるがまま、だけど自分なりに仁王くんに喜んでもらえるような事を考えて、そして実行した。

名前を呼べば、呼び返してくれて。首に手を回せば、キスをしてくれて。一ミリの隙間もいらない、もっと仁王くんとくっついていたい、一緒に居たいと思う。


「好き、雅治、っ好きだよ」
「っ、俺も」

好いとうよ、と、わたしと違う言い方で、気持ちを言ってくれる。優しく出来ない、と言っていた癖に、触れる手は本当に優しくて。感じる度に身体の芯から熱が溢れ出す。
ずるいのは、どう考えても、仁王くんの方だよ。



事後、殆ど体力の残ってないわたしの手に、そっと仁王くんが唇を近づける。そのまま薬指にキスをして、まだ敏感な身体はそれだけでびくりと震えてしまった。

「な、何?」
「指輪、いらんって言ったけぇ、その代わりじゃ」

見ると、左手の薬指に紅いキスマークがしっかりとついていた。こいつ、さっき首にもつけた癖に。とはムードぶち壊しなのでさすがに言わないでおく。
こんなベタなこともするんだ、とまた仁王くんの意外な一面を見れて少し嬉しい。慣れてるからこんなことするのかな、とはもう思わないことにした。女慣れしてようが、そうじゃなかろうが、関係ない。わたしは仁王くんが好きで、今はわたしが彼女なんだもん。

「わたしも頑張ってつけさせて」
「別にいいんじゃけど、頼むけぇ噛まんで」

実は最中に、わたしもやられっぱなしは嫌だから、と自分も仁王くんの首にキスマークを付けようと吸い付いた。だけどこれがなかなか難しいというか、コツがいるのかどうか知らないけど、全然つかくて、何回やってもだめだった。最終的に仁王くんの首に歯型をつけてしまうという、恥ずかしい大失態を犯してしまった。(時間が戻ればいいのに…!)

「今度はちゃんとする。コツ教えてよ、コツ」
「んなもんないぜよ。噛まずにつけることじゃな」
「…ムカつく」

もう一回噛んでやろうかな、と半分本気で思いながら仁王くんの左手薬指に唇をそっと近づける。ちゅう、と吸っても、少し赤くなるだけで、すぐに元の肌色に戻ってしまう。なんでだ。

「男がやられるの、大分恥ずいんじゃが」
「や、待って、する!ちゃんと出来るから待って、」
「…(もう一回したくなるんじゃけど)」

「あーもう!出来ない!」

そのままがぶり、と再び仁王くんの指を噛むと「いっ…!」とすぐに手を引っ込められた。か、噛むつもりなんてなかったのに、わたしってばまた同じ過ちを…!

「ご、ごめん!わざとじゃない!」
「…痕、ついたぜよ。よかったな」
「え?」

ほれ、と仁王くんが見せた薬指は、見事に内出血していて、わたしはムンクの叫びをそこで実演してみせた。「うわああごめんなさいぃい!」と軽いパニックで抱きつくと、仁王くんは肩を震わせて笑い始めた。

「に、仁王くん?」
「あー、おもしろ、っ、くく」
「え、あの、ごめん、大丈夫?」
「平気じゃ、こんくらい。寧ろ嬉しい」

素敵な指輪じゃのー、と笑いながら内出血した薬指を見る仁王くん。さっきまで申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、なんだかそれも薄れてきた。痕も付いたし結果オーライ?かな?

「仁王くん」
「さっき名前で呼んでくれたじゃろ、名前で呼びんしゃい」
「…雅治?」
「ん、何?」

「わたし今、なんかすっごい幸せ。雅治は?」

「名前が幸せなら、俺も同じよ」

そう言って、またベッドに押し倒された。
もうすぐ朝が来るというのに、時間を忘れて二人だけの世界に行きたい気分だ。



fin.




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