short | ナノ

まだ見ぬ未来へ


はじまりの場所の続き


早寝早起きのわたしとしたことが、現在遅刻しそうで走っているわけですが。
昨夜不二くんと電話で盛り上がり、それからなかなか寝付けなかった。電話だと顔が見えない分色んな妄想をしちゃうから困りものだ。

走ったお陰でなんとかギリギリ間に合いそうだ。

【まもなく、列車が発車致します】

「あっ、待って乗りますっ…!」

扉が閉まる1秒前、なんとかいつもの車両に乗り込み、ふう、と額に滲んだ汗を拭く。社内のアナウンスで「かけこみ乗車は…」なんて対わたしへの注意が入るがまあ気にするまい。だってこの電車逃したら不二くんに会えなくなっちゃうもん。

今日はどこにいるのかな?と満員とまではいかないが混雑している人の中から彼の頭を探す。余り背が高くないわたしからは、不二くんは見付けられないことが多いんだけど。
ちょい、と背伸びをして不二くんを探す。なかなか見つからなくて、軽くぴょんと飛んだら、その拍子にビリッと聞き慣れない音が聞こえた。…え?

さっきからお尻の方がスースーするとは思っていた。周りの視線もいくらわたしが背伸びして不二くんを探しているからって痛すぎる。恐る恐る振りかえってお尻の方を見ると、スカートは扉にしっかり挟まれていて、尚且つさっきの軽いジャンプのせいで見事に腰の方まで裂けていた。

くすくすと笑い声が急に耳に入ってくる。わたしは一気に恥ずかしくなって、すぐさま扉にベタりとお尻をつけて隠した。羞恥で真っ赤になる顔を見られないようぐっと俯く。やだ、最悪だよこんなの…もう学校行けない。

しかも次にこちら側の扉が開くのは不二くんが降りる時だ。それまでずっとこのまま。最悪以外の何でもないよ。

スカートの下はもちろん下着一枚だ。こんなことになるなら、前から不二くんに言われてた、もっとスカートを短くしなさいっていうの、守っておけばよかった。わたしってバカだな…。

ぶるぶる、と携帯のバイブが急に震えたから、思わずびくっと身体が反応してしまった。びっくりした…。携帯を見るとメールが一通、不二くんからだ。

【今電車?いつもの車両にいる?】

お尻を気にしながらもすぐに返信した。一言【たすけて不二くん(>_<)】と。

大袈裟ではあるが実際に今わたしがかなりピンチだ。そして一人が故に恥ずかしい。友達と一緒だったら笑い話にも出来たかもしれないけど、一人だったらそうもいかない。
わたしがメールを送って30秒も経たない内に、「ちょっとすいません、」と誰かが人ごみを掻きわけるような声が聞こえて来た。ふ、不二くんだ!と興奮しちゃって、ついついスカートのことを忘れて前のめりになる。あっ、とすぐに元の姿勢に戻ったけど、隣に居た若いお兄さんが、わたしのお尻を舐めるように見ていた。

「!、不二くんっ」
「…おはよう」

人ごみにもみくちゃにされたのか、いつも綺麗にセットされている髪が少し乱れている。笑顔も引きつったように見えるが、不二くんには変わりない。

「何かあったの?」
「あ、ううん、実は…」

不二くんは真剣な顔で、若いお兄さんからわたしを庇うように割って入った。わたしは事情を説明して、どうしたらいいと思う?と彼に相談した。

「…名前って結構アホだよね」
「たまに自分でも思うよ…」
「どうするのそれ」
「ど、どうしよう」
「学校には行けないよね?」
「あ、でも女子高だし、」
「行くまでの道は女子高じゃないでしょ」
「う…まあそれはそうだけど、でもそしたら帰り道だってそうだよ」
「あ、そうだ、隠れるかはわからないけど…」
「?」

不二くんはいつもの大きなバッグを肩から降ろし、中を手さぐりでごそごそ探す。重そうなバッグだなあと能天気に思っていたら、「これ着てみて」と青、白、赤のラインが入ったジャージを渡された。

「これ…学校の?」
「いや、部活のだよ。だから大丈夫」

いいから早く着てみて、と急かす不二くんに従って、ゆっくりとそれに袖を通した。彼の腕が長いのか、それともわたしの腕が短いのか、随分と布が余ってしまった。
裾も結構長めなので、完全に、とはいかないがお尻はある程度隠してくれているみたいで、これにて一件落着。ほっと胸を撫でおろした。

「それ着て行っていいから」
「うん、ありがとう」
「完全に隠れてるわけじゃないってことは忘れちゃだめだよ」
「大丈夫!忘れない!」
「(…本当に大丈夫かな…心配だ…)次、こっちの扉開くから、そしたら扉から離れるんだよ」
「うん。なんか不二くんお母さんみたいだね」
「全然嬉しくないな」
「え」

駅に着き、扉が開いた。それじゃあ、と電車を降りてしまった不二くん。ぽつりと残されたわたしは、言われた通り扉から離れて、席が空いたのでそこへ座った。



学校へ行くともちろん友人達につっこまれることは必須だった。想定内だけど悪い気はしない。寧ろつっこんでくれなきゃ自分からアピールしてた。

「それ青学テニス部のジャージじゃーん!うっそー本物!?ナマー!?」
「何、なんで名前がこれ着てんの?とうとう編入すんの?」
「あ、ずるい抜け駆け」
「違う違う、今日実はね、朝電車のドアにスカートが挟まっちゃって」
「えー!?そんなことってあるのーっ!?やっば、超ドジじゃーん!」
「あんた本当アホだよね」
「ふ、不二くんにも言われた…。あ、で、しかもスカート破けちゃって」

ぺろん、と破けた箇所を気軽に見せる。女子高のこういう所は結構楽で好きだ。男子がいたら絶対に出来ないからなあ。
皆は派手にやったねえ、と引き気味でわたしのアホさ加減に呆れているが、こうなったからこのジャージを着ているわけだから棚から牡丹餅的現象である。

「しかしカッコイイわねこのジャージ」
「ねー!マジ強そーっ」
「彼シャツならぬ彼ジャージって?先生に怒られて没収されればいいのに」
「ちょ、なんでそんなこと言うかな」
「没収はされないと思うけどー、でも帰り返しに行くんでしょ?」
「え?なんで?」
「なんでってあんた…、彼部活でこれ着るんじゃないの?」
「えっ、あ…!そっか、そうだよね…!」

そりゃあそうだ、夏も終わって少し肌寒い季節になってきた。半袖だってあるんだろうけど、これを持ってたってことは、着る予定だったってことだろうし…そんなこと全然考えてなかった…!

「じゃあさじゃあさー!」
「あたしらも、」
「青学着いて行っていいよね?」

三人の息があまりにも合いすぎて、全部仕組まれたドッキリなんじゃないかと思わず疑いかける。とは言えこのままこれを着続けていいわけがないことに気がついたわけだし、家庭科の先生にお願いしてスカートをなんとか応急処置で縫い合わせてもらって、放課後4人で青学へ向かうことになった。

前々から合コンをセッティングしろとうるさい連中なわけだけど、皆それぞれ性格はバラバラだけど居心地は抜群にいいし、一緒にいていつも楽しい。良日頃の恩返しも込めて、今日は3人に付き合ってみることにした。

不二くんには事前に連絡を入れる予定だったのだけど、みんなが内緒で行った方が絶対喜ぶ!って断言するもんだからそうすることにした。

青学に来るのはこれで二度目になる。ただでさえ制服が違って目立つというのに、わたしに至ってはその上からSEIGAKUとプリントされたジャージを着ているんだからじろじろ見られて当然だ。(だけどちょっぴり優越感)

「あ、ほらテニス部いるじゃん」
「あっほんとだーっ」
「丁度試合するっぽいね」

フェンスの向こう側に見えるのは、いつも電車で見つける栗色の頭。ぶわわっと一気に鳥肌が立ち、思わずフェンスを掴んで前に出る。ふわああかっこいいいい…!!!!

「そーいや名前の彼氏はあー?こっから見えるのー?」
「うんっ、み、見えてる!あそこ!あそこで今から試合する人っ」
「え、あの茶髪の?」
「ええっ!?あのイケメンーっ!?」

ええそうですとも。イケメンですとも。わたしも未だに夢なんじゃないかと思う時がある。図で説明するなら名前→→→→→→←不二くんみたいな感じだ。

前にここへ来た時は偶然にも不二くんに見つけられてしまったけど、今日は盗み見放題。友達はきゃっきゃっとはしゃいでいるけど、わたしは不二くんの部活姿に釘付けになっていた。

男の人にしてはあまり大きくない華奢な体。程よく筋肉のついたバランスのいい手足。運動部にはとても見えない白い肌に、茶髪が太陽の熱でキャラメル色に反射する。爽やかな笑顔は基本的に保たれているが、ふいにボールを追う真剣な瞳は良い意味で心臓に悪く、彼の世界に、彼の色に、吸い込まれずにはいられない。

「あんたすごいの捕まえたね…」
「あんな超高級物件滅多にないわよ」
「ってかー、テニス部レベル超高くなーい!?」

その通り、不二くんはもちろんぶっちぎりでかっこいいのだけど、彼の他にもイケてるメンズ、詰まる所イケメンがあちらこちらにいる。青学のテニス部どうなってんの?

わたし達の他にも女子のギャラリーがフェンスを取り囲むように溢れている。やだもう絶対不二くんのファンなんかたくさんいるよ…!

「名前、全然気付かれないねえ。ジャージ着てるのにさ」
「ま、まあこれだけいたらね…見つける方が難しいよ…」
「えーでもさあ、彼女だよー?気付いてくれるのが愛ってやつでしょー」
「愛とかさっむ」
「ちょー、寒いとか言わないー」

あ、愛かあ…!ぷわぷわと勝手に妄想を膨らませる。それだけで幸せな気持ちになるのに、もし本当に愛の力で見つけてくれちゃったりなんかしちゃったら…!

というそんな妄想が現実になるという夢は叶わず、不二くんは試合を終えてコートを去ってしまった。代わりに別の人がコートに入り女子が黄色い声をあげる。わたしは気付いてもらえなかったことが少なからず残念で、コートに入ったモテモテの彼を目で追う気にはなれなかった。
まあそりゃあアポなしだからね、気付かれないのは当然だ。

「ねーてか彼氏の友達とか紹介ちょーだいよー」
「あー、うん。聞いてみるよ」
「あたしらの分も」
「はいはいわかってますよ」

一時間以上滞在している今、ようやく全員がそろそろ帰ろうかという気分になってきた。それにしても不二くんのテニスする姿は一段とかっこよかった。いつもとは違った彼を見られただけで今日は大満足である。

「名前?」

振り返るときょとんとした顔の不二くんがそこにいた。わたしはもちろん他の3人も彼を見てきょとんとしている。

「やっぱり。コートから見えたからもしかして、と思ったんだ。…いつもの友達?」
「あっ、う、うん!」
「名前、マジでこの人が彼氏…さん?」
「こんにちは。不二周助です」

不二くんのにっこり爽やかスマイルに、3人は思わずうっとり見惚れてしまう。誰か惚れちゃいないだろうな?と不安になるが、まあそれはないだろう。しかしこの状況はなんだか照れ臭い。

「名前あんたほんとに幸せ者だよ」
「う、うん。だと思うよ自分でも」
「てか笑顔まぶしすぎるわ。ただならぬ色気も感じるし」
「ね、かっこよすぎるよね」

みんなの言いたいことはよーくわかる。わたしと彼が結ばれたのなんて奇跡以外の言葉で説明の仕様がない。ましてや不二くんは共学でわたしは女子高。青学に可愛い子はたくさんいるだろうし、考えたくはないけど、わたしの代わりは彼のまわりにたくさんいるのだろうなと思うから常に油断は出来ない。隣を歩いても恥ずかしくないような彼女になれるようにずっと努力はしていくつもりでもいる。

「でも二人お似合いだと思うなー」
「…ありがとう」

内輪での会話はその辺にして、改めて突然来てごめんね、と不二くんに伝える。重い女だなんて思われたくはないから、これ以上の見学はよそう。それじゃあそろそろ、とあっさり身を引く体で別れを告げた。

「これからみんなで遊ぶの?」
「え?いや、特にそういうわけじゃ…ねえ?」
「うん、こっからは直帰ー」
「そう。なら名前、せっかくだから一緒に帰ろうよ」
「えっ」
「てゆーか最初からあたしらはそのつもり。あんた何気とか遣ってんのよ。一緒に帰りな」
「そのかわり紹介もしくは合コンの件は詰めといてよ?」

最終的な目的は3人共そこにあるんだろうけど、確かに少し気を遣っていた部分はあるかもしれない。みんなで来たんだからみんなで帰らないと、なんていうルールなんかどこにもないのに。
不二くんが誘ってくれたことももちろん嬉しいが、みんなの気遣いにも感謝しなくちゃ。本格的に青学の人紹介してもらわなくちゃだなあ。

お言葉に甘えみんなとはここでお別れし、わたしは一人不二くんの部活が終わるのを待つことにした。わたしを待たせるのは心苦しいみたいだけど、こんな待ち時間全然苦じゃないよ。好きな人が頑張ってる姿を見られるなんて、わたしにとっては幸せなことであり、もっともっと不二くんを好きになれる機械だ。

本来今日はジャージを返しに来たのに、結局帰りまで着ていていいと言われたから目立つことには変わりないけど、わたしは不二くんの歴とした彼女なわけだからして、許してほしい。


空が薄暗くなり出した頃、ぽつりぽつりと雨が降りだした。天気予報は晴れだったから、傘なんかもちろん持っていない。不二くんはまだもう少しかかるようだし、一先ず生い茂った木の下へ逃げ込み、雨を凌ぐことにした。

葉っぱの隙間から落ちてくる雨粒に濡れながらも、彼がいつ来てもいいように髪を何度も整えた。


それから30分程経ち、漸く部活が終わったらしい。テニスコートから人がいなくなり、不二くんの姿もここから見える限りでは見当たらない。
いつもこんな遅くまでやってるだなあ、と尊厳する気持ちもありながら、わたしの放課後の過ごし方ときたら友達とお喋りして、コンビニでお菓子を買ってまた喋って…というものだ。不二くんに比べれば怠惰すぎる。比べる対象にもならないか。

「名前!」
「!、あ、不二くん!おつかれさま」
「ごめん待たせて…、まさかずっとここで?」
「え?うん。ここあんまり濡れないから」

それに不二くんのジャージがあるしね、と得意気に言って笑ってみせた。不二くんは少し困ったように眉根を寄せてわたしに合わせて笑った。

それから少しばかり湿ったわたしの頭をまだ未使用らしいタオルで拭いてくれて、ぶわーっと一気に幸せメーターが溜まっていく。待っててよかったあ…!


「あ、ありがとう」
「風邪引くといけないからね。僕折り畳み傘持ってるから」

一緒に入ろう。そう言って不二くんは傘を広げた。用意周到、流石は不二くんだ。それに比べてわたしは…と少しばかり落ち込んだけど、楽しいことを考えてそれを払拭した。

「…今日突然来てごめんね」
「え?どうして謝るの?」
「や、め、迷惑だったかなって…あ、これジャージ、ありがとう」

漸く本来の目的であるジャージを彼に返すことが出来た。「スカートはもう縫ってもらったんだ」そう知らせると不二くんは安心したのか柔らかく笑った。

「迷惑じゃないよ。寧ろ嬉しかった」
「…え…ほ、本当?」
「本当だよ。逆を想像してごらん。君の学校に僕が行って、君を待ってる」

どう?と今度は意地悪く笑うから、思わずそんな妄想をしてしまった。不二くんが、わたしの学校に…?絶対騒がれるし100%先生に怒られるけど、めちゃくちゃ嬉しい…!待たせるのはやっぱり心苦しいけれど、うん。

「…嬉しい」
「ね?僕も同じだよ。だから全然迷惑なんかじゃないんだ」
「…うん!」
「こうして一緒の傘にも入れたしね」

じいん…不二くんの優しい言葉が胸に染みる。やだもうちょっと泣きうそうになるんだけど。不二くんのことが好き過ぎて胸が苦しい。肩が触れるか触れないかの距離を保ちながら、駅までの道をゆっくりと歩く。
わざとゆっくり歩いているのはバレているだろうか?不二くんはわたしの歩調に合わせてくれて、傘を少しこちら側に傾けてくれている。あまり大きいとは言えない折り畳み傘からは不二くんの肩がはみ出てしまっている。何も言わなくても、不二くんの優しさが目に見えて伝わってきた。

「ふ、不二くん」
「うん?」
「傘、こんなに傾けてくれなくて大丈夫だよ…?」
「…んー、僕がこうしたいからしてるだけだよ」
「でも、風邪引くといけないからねって、さっき不二くん自分で言ってたじゃん」
「それは名前限定の話だから」
「ずるい。わたしも不二くんが風邪引くのは嫌だよ」
「…ふふ、気持ちは嬉しいけど、こう見えて僕は風邪引かない方だから大丈夫」
「わ、わたしだって風邪引かない方!」
「なんとかは風邪引かないって言うからね」
「ちょっとそれどういう意味」
「あはは、冗談だよ。でもこれはこのままでいいんだ」
「…納得できない」
「…かっこくらい付けさせてもらいたいんだけど?」
「!」
「正直それが一番の理由かもしれないな」

なにそれなにそれ、ずるい。容姿だけでも十分過ぎるくらいかっこいいのに、これ以上ジェントルマンなことされちゃったら、ますます駅に着かなければなんて思ってしまう。

「…不二くん、あのね」
「?」
「少し、遠回りして帰りたいな」
「…それはいいけど…随分遅くなるんじゃない?」
「うち門限なくなったって言わなかったっけ?」
「いやまあそうだけど…わかった。じゃあ僕が責任もって送ればいいわけだね」
「え!?い、いや別にそこまでしてほしかったわけじゃ…」
「僕がしたいだけだよ。また痴漢に遭ったりスカートが扉に挟まったんじゃ困るし」
「あ、あれは…ふへへ、今思うとかなりアホだよね」
「うん、かなり」
「でも不二くんがいてくれてよかったよ。すっごい恥ずかしかったから」
「そりゃあそうだろうね。隣にいた男なんかすごいエロい目で見てたし。正直痴漢に仕立てあげようかと思ったよ」
「え、ええ?そこまで…?」
「そもそも名前は抜けすぎてる。特に電車に乗る時は要注意!って気を引き締めて常に警戒してなきゃ。あ、そうそうこれ防犯ブザーね。渡すの忘れてた」
「あ、うん…ありがとう」

今日は不二くんよく喋るなあ。お説教タイムになってきていないか?と感じつつも防犯ブザーを制鞄に付ける。不二くんはかなり心配性らしく、たまにこうして小言を言われるんだけど、最近は慣れてきた。不二くんはわたしのためを思って言ってくれているのだ。

いつの間にか肩と肩は自然と触れ合っていて、さっきよりも随分と近い距離に不二くんがいる。見上げればすぐそこに不二くんの顔があって、目が合うと恥ずかしくてつい逸らしてしまう。
もちろん彼にとってそれは面白くないことであり、いい気はしないと思う。でもだって、ち、近いんだもん…!

「名前、それは傷つく」
「うっ、うん…ごめん…!」
「そんなんじゃ先が思いやられるなあ」
「さ、さ、先!?」
「キスとかね」
「きっ、キ…!」
「大丈夫、まだ先の話にしてあげるから」
「えっ、えっ?」
「(相当我慢しないといけないな、これは…)ほら、今のうちに慣れておかないと」
「こっ、これ以上の近距離は…!」
「だから傷つくってば」
「ごっ、ごめん…!」

思えばわたし達の出会いはまるで漫画のようで、不二くんと結ばれたあの日もまた、そうなることが必然だったように思う。大切にしてくれているのは誰が見てもきっとそうなのだけど、わたしにはこれ以上の距離は妄想でしか体験したことがないわけで…!
運命のような出会い方をしたからこそ、そういったことに抱く夢も膨らみ、思い描いたものが現実になってほしいと願う。不二くんからしたらそんなのは、た焦れったいだけなのかもしれないけど。

女子高に通っている身としてはただでさえ男に耐性がないというのに。相手が好きな人となるとますますわからない。

「これから少しずつ慣れていけばいいよ。怯えられるのは傷つくけど」
「う、うん…がんばる」
「でもまあ、そこまでの道のりも楽しそうだけどね」
「…?」

不二くんの言うことはいつも大抵50%くらいしかわからないんだけど、意味深すぎて考えるのを放棄することがわたしも大抵である。意地悪く笑う彼が眩しくて、隣にいるだけでドキドキして…こんなのに慣れる日が本当に来るのか…想像も出来ない現実が近い未来やってくるのかと思うと、今から眠れない日々が続きそうだ。




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