short | ナノ

はじまりの場所



君に会いたくての続きです。



聞き慣れたメロディーとアナウンスが聞こえてきて、今し方まで見ていたスマートフォンを鞄にしまい入れた。

不二くんと出会って1か月が経った。
日に日に暑さは増していき、もうすぐ夏は本番を迎える。


人の流れに乗って電車に乗り込んだ。瞬間、きょろきょろと周りを見回して、彼の姿を探す。今日はいつもにも増して人が多く、なかなか見つけることが出来ない。

人の流れはなかなか止まることがなく、どんどん奥に追いやられていく。最終的に、強引で大柄なおばさんにどんっと勢いよく押されてしまった。

「っ、」

捕まるものも何もなくて、前にいた人にぶつかってしまった。すいません、と小さく謝罪をして、俯く。これは今日は不二くんには会えないなあ、と諦めて、揺れが起きてもふらつかないよう足に力を入れた。

むわっとした空気に、酔ってしまいそうになる。弱冷車って人が多いと気持ち悪くなることが多いんだよなあ。誰でもいいから早く降りてほしい、と自己中心的なことを思っていると、突然手首を掴まれた。ぞわぞわっと一気に鳥肌が立ち、同時に以前の恐怖体験を思い出してしまった。ま、また痴漢…!?

「おはよう。今日人多いね」
「…!?、っふ、不二くん!」

いきなりの登場に声が裏返ってしまった。は、恥ずかしい…。

視線を落として「おはよう。今日どうしたんだろうね」と中身のない返事をする。
衣替えをして半袖になった彼は一層輝いて見える。テニス部とは思えない白い、左右非対称の太さの腕。細く長い綺麗な指と、わたしの指を絡ませることが出来たなら…といけない妄想をしてみる。

「場所、僕と替わろう。端の方が楽だよ」
「えっ、」

ぐい、と少々強引に位置を交換されて、多少ながら居心地はマシなった。
そういえば首を掴まれたままだったのか、と今更気付いてまた羞恥心が込み上げてくる。

「あ、ありがとう」
「どういたしまして。にしても暑いね」
「ね。不二くんって汗とかかくの?」
「え、普通にかくよ?」
「や、なんかいつも涼しそうな顔してるから…、あっ、嫌味とかじゃないよ!?」
「ふふ、うん。わかってるよ」
「…あ、そっ、そっか」
「うん」

くすくすと笑う不二くん。この人にときめかない人なんているだろうか。この状況じゃあわたしからしか彼の顔は見えないから、なんだか独り占めしている気分だ。

制服の第2ボタンまで外している不二くんの鎖骨が、丁度わたしの視線の位置にあって非常に困った。首筋から鎖骨にかけてのラインが本当に綺麗で、厭らしい。(と思うわたしが一番厭らしいよね)

だめだ、思考回路停止寸前…!というところでアナウンスが流れた。不二くんが降りるのは次の駅だから、あともう少しの辛抱である。

「名字さんといると、駅に着くまであっという間なんだよね。なんなら駅から学校までの方が長いくらい」
「わ、わたしも!不二くん降りてからの方が長く感じる。そ、そんなわけないんだけど…」
「…降りたくないなあ。人多いし」
「いつも次の駅で一気に人が降りるからね」
「君と離れるのが惜しいなって意味だよ」
「………えっ!?」
「ははっ、なかなか手強いなあ。あ、着いた。じゃあまた明日」
「えっ、えっ?あ、また!」

いつもの笑顔を残して人の波に消えてしまった不二くん。プシューとドアが閉まり、次の駅へ向けて電車が動き出す。

どっくどっくと落ち着かない心臓。
どんなに席が空いても、わたしが座ることはなかった。


また明日と、いつも決まってそう別れるわたし達だけど、未だ電車以外で会ったことは、わたしが友達と一緒に青学へ乗り込んだあの日を除けば0である。メールも一日平均5回くらいはやりとりはあるけれど、他愛の無い内容だけで終わってしまう。わたしが面白みのない性格だからして、仕方の無いことなんだけど。

何か、何かアクションを起こさなければ。受け身でイケメンがGET出来るとでも思ってんの?と昨日友達に喝を入れられて、まさにその通りだと思った。不二くんは絶対、絶対にモテる。あの顔であんなに紳士的で、テニスも出来て、モテないわけがない。ただでさえわたしは女子高、偏差値も低いし、顔だって不二くんに釣り合う程の美人というわけでもない。
頑張らなければ、だめなのだ。



「おはよう」
「あ、おは…えっ、不二くん髪…!」
「え?ああ、うん。暑いから少し切ったんだ。似合う?」

いざ、デートの申し込みを…!と意気込んで車両に乗り込んですぐ、心が折られそうになった。え、襟足短くなってる…!やばいです反則です…!

不二くんならどんな髪型でも似合っちゃうよ!という本音はなんとか飲み込んで、「に、似合うよ」と視線を逸らして精一杯の褒め言葉を告げた。

完全に出鼻を挫かれてしまった。不二くんからの「今日一限目何?」という質問にも「たたたいく!」と返答してしまう始末。なんだよたたたいくって。不二くん笑ってるし…!

「あ、そうだ。もうすぐ期末だからさ、今部活ないんだけど」
「それでいつもの大きい鞄じゃないんだね。わたしもテスト週間だよ。全然勉強してないけど…」
「なら良かった。今日一緒に帰らない?」
「えっ!?」
「あ、用事があるならいいんだけど」
「な、ないない!あるわけないです!いっ、いいの?」
「ふふ、うん。僕から誘ったんだから、いいに決まってるよ」

や、やった…!やったよみんな!心の中でこれから会うであろう友達にガッツポーズを決める。わたしから言い出したわけじゃないけど、でも結果オーライである。登校だけでなく下校までわたしが不二くんを独り占め出来るなんて。夢のような話だけど、現実なのだ。

「じゃあ終わったらメールする。また帰りにね」
「うっ、うん!」

何これカップルみたい!殺人的スマイルに今日も心臓を刺されたわたしは、そのまま電車で一人心を躍らせて学校へ登校した。
教室の扉を開けるなり早速友達に報告する。

「ヤバいね、超脈アリじゃん」
「いーなー!名前ずるーい!うらやまー!」
「帰りは化粧してあげるからね。まああんたはしてなくても可愛いけど」
「で?名前はなんて誘ったわけ?一緒に帰ろうって?」

「や、それが実は彼の方から…」

「は!?マジで?」
「うん、ヤバい。死ぬかと思った。まだ心臓どきどきしてる!」
「やっばーい!絶対それ告ったら100%おっけーじゃーん!もう今日言っちゃえばー?」
「い、いけるかなあ?」
「いやーイケメンの考えてることってわかんないもんよ」
「でもさー好きじゃなかったら普通一緒に帰ろうとか誘わないってー!」

勝手にディベートが始まってしまったけど、この際みんなには言うだけ言わせておけばいい。ちなみにわたしが不二くんと上手くいった暁には、青学の人との合コンをセッティングしなければならないらしい。
その為にではあるけれど、クラスの子全員が、わたしの恋を全力で応援してくれている。


とうとう帰りのHRが終了し、放課後がやってきた。鞄を机に置いたところでいつもの3人囲まれる。3人の手にはもちろん、ビューラーにアイライナーにマスカラ、その他もろもろの化粧道具である。

「お、お願いだからケバくしないでね。あと先生に見つかったらヤバいから門のとこまで一緒に来てね。隠してね」
「わかってるってー!あたしらが何のために雑誌読み漁ってると思ってんのー?」
「男ウケ100%メイクは完璧よ。ほら、とりあえずこれで前髪留めて」
「名前は大人しくしとけばいいんだって」

と言われたのでひとまず大人しく目を閉じた。頼むからがっつりメイクしないでね、と祈りつつ、「はい出来た」「オッケー!」「うん、可愛い」と目を開けたわたしを絶賛してくれた。

「一応鏡見とく?」
「見るよ!」
「ん」

渡してくれた手鏡をぱ、と見た。ナチュラルに仕上げられたいわゆるモテメイクとやらは、制服姿であるわたしの顔を明るく可愛い女子高生にしてくれている。

「いい感じでしょ?」
「う、うん…!自分で言うのもなんだけど可愛いかも」
「自分で言うな」
「いたっ」

じーっと鏡を見ていると、いつまで見てるんだとつっこまれる。不思議なものでメイクをしただけでなんだか自信や勇気が湧いてきた。

「はい次髪ー」
「えっ髪も?」
「当たり前ですー。鉄板モテヘアのゆる巻きー」

どこからかコテを持ってきた友達に、再びわたしは人形となるのだった。



メールが来た頃、わたしは丁度学校の最寄り駅にいた。気合い入ってるってバレちゃうかな?と何度鏡を見たことか。制服にメイクって、見慣れなくて変な感じだ。

終わったよ、と来たメールに、ぎこちなくわたしもです、と返した後、駅のベンチに座って返事を待っていた。

画面がぱっと切り替わったからメールかと思えば、大きく【不二周助】と画面に表示される。

えええ電話!?どっ、どっきりにもほどがある!

慌てた節に落としそうになったスマホをなんとかキャッチして、通話と書かれたところをタッチする。

「は、はい」
『あ、#name 2#さん?不二です』
「うっ、うん!あっ、今わたし駅にいてっ」

や、やばい。おちおちベンチに座ってなていられなくて、がばっと立ち上がる。隣に座っていたおばあちゃんがびっくりしてわたしを見上げた。ごめんねおばあちゃんでも今はそれどころじゃないんだよ!

『あ、そうなんだ。僕も今駅だよ。もう電車来そう?』
「あ、うん、もう次のが来るかな」
『じゃあそれに乗ってもらってもいい?また改札のところで待ってるから』
「うん、わかった」
『間違えていつもの駅まで行かないようにね』
「き、気を付けます!」
『ふふ、それじゃあ後でまた』
「あ、うん!また!」

通話終了後、汗でべたべたになった手をどうにかするべく鞄から取り出したハンドタオルで手汗を拭き取る。あー暑い。不二くんのせいで余計に増して暑い。

不二くんあんなに声低かったっけ?と一人悶々(という表現をしていいのかどうかわからないけど)としているところに丁度電車がやって来た。同じ制服を着た女子高生達が何人か乗っていく中、わたしはも電車に乗り込んだ。


不二くんがいつも降りる駅。わたしも一緒に降りて、同じ学校へ通えたなら、と何度思ったことか。それが今日一緒に、ではないけれど叶ってなによりだ。

着いたよ、と一言メールをして、改札口を出た。髪を切ったという彼の栗色の頭を人混みの中から探す。

「名字さん」

名前を呼ばれた方を向くと、小さく手を振る不二くんがいた。

「混んでた?」
「や、全然!」
「良かった。今日さ、せっかくだからどっか寄って帰らない?」
「え!うん!」

これって、これって…、放課後デートじゃん!

心臓が持たないよ…!というのを理由にこの場から逃げ出したいくらいに緊張している。

「じゃあ行こう。何か食べる?」
「あっじゃあ、クレープがいいな」
「いいね、行こう」

ゆっくりと歩き始める不二くんの隣にぎこちなくわたしも並んだ。

「あ、そうだ」
「?」
「髪、可愛い。…化粧もちょっとしてるのかな」
「!」
「僕に会うからわざわざ?」

ぶんぶんストレート(豪速球)を投げてくるもんだから、避けることも出来ず、じわじわと手のひらが汗で湿っていく。
精一杯の力で首を縦に振ると、「僕も何かして来ればよかったかな」と髪を適当に弄る。
いやいや、不二くんがこれ以上かっこよくなっちゃったらわたしが死んじゃうから!

確か先日テレビで紹介されたクレープ屋はこの駅の近くだったはず。不二くんにそれを伝えると、すぐに携帯で調べてくれて、無事迷うことなくたどり着くことが出来た。

学校帰りに彼氏とクレープを食べ歩く。夢のようなシチュエーションだ。残念ながら不二くんは彼氏ではなく彼氏になってほしい人、なのだけど。

不二くん、クレープ食べる姿も画になるなあ。

「ん、食べる?」
「えっ!」
「はい」

目の前に差し出された不二くんのカスタードクリームチョコのクレープ。恥ずかしながら食欲には勝てず、ぱくりと一口、クレープにかぶりついた。

「えっ…!」
「?、… んん!おいし!」
「あっ、いや、うん、美味しいよね」
「…あ、もしかして一口大きかった?ご、ごめんね」
「いや、ごめん、まさか直接くるとは思ってなかったから…」
「直接?」
「これ」

クレープを軽く高い位置にあげて、わたしが食べた少し右側を口に入れた。はた、とようやく自分がしたことに気が付いた。し、しまった…!友達とのノリでついっ…!ひゃああああああああ恥ずか死ぬううううううう!!!!

「ごっ、ごごごごめっ…!」
「いや全然、気にしないで」
「っっ、わ、わたしの、も、どうぞっ」

お詫びにもならないが、自分のクレープを差し出す。俯いているため、不二くんの反応は見ることが出来ない。少しの間をあけて、不二くんががしっとクレープを持っている手を掴んだ。

ばっ!と顔をあげて見ると、そのまま口元にクレープを持っていき、食べた。

「!?」
「ん、甘いね」

ごちそうさま、と口の端に残った生クリームを舌でペロッと舐めとる。ぞくぞくっと背中に電流のような感覚が走る。な、な、な!?そんなの反則すぎるよ…!

「わ、わざと、だよね?」
「さあ?どうだろうね」

わからない。わたしには不二くんが何を考えているのか、全く想像が出来ない。クレープの不二くんが食べたところを見つめて、よくよく考えたら間接キスなんだよね…と思う恥ずかしくてなかなか続きを口に入れることが出来なかった。

途中、雑貨屋や、不二くんの希望で寄ったスポーツ店に寄ったりして、放課後デートは終わりを迎えた。



帰りの電車に二人で乗り込み、座れるすぺーがいくつかあったから、二人で腰かけた。パーソナルスペースを空けて、鞄を膝の上に置く。

「遅くなってごめんね。家、大丈夫?」
「全然大丈夫だよ。まだ7時だし。高校入って門限なくなったから」
「そうなんだ?ならよかった」
「時間経つの早いねー」

外も真っ暗だ、と不二くんが言うから、振り替えって窓の外を見た。あと少しで、不二くんとお別れしなきゃいけない。

なんとなくお互いに口数は少なくて、何か話題を、と空っぽの頭から必死に探していると、なんとわたしが降りる駅に到着してしまった。

「…あ、じゃあ、また、」
「うん、またね」

席を立って小さく手を振る。いつになったらわたしは勇気を出すのやら、とため息をつくのは電車を降りてからにしよう。

ホームを跨いですぐ、電車の扉がプシューと音を立てて閉まった。

最後に一目だけでも、と振り返ると、何故か不二くんがいる。

「…えっ、ど、どうしたのっ?」
「…どうしたんだろうね」

はは、と笑う不二くんは、少し困ったように髪を触った。

電車がゆっくりと動き出す。ぞろぞろと降りた人達が改札を目指していく中、わたしと不二くんだけが時間が止まったみたいにこの場所から動けずにいる。

『まもなく、列車が通過致します。』

アナウンスが聞こえてきて、不二くんに「そこ危ないよ」と白線の内側に来るように促す。
ゆっくりと歩み寄ってくる彼の顔にいつもの笑顔はなく、真っ直ぐな、真剣な表情でわたしを見つめる。

どくん、と心臓が跳ねた。


「朝だけじゃ、足りないんだ」
「…え…?」
「授業中だって、家に帰ったって、考えるのは君の事ばかりで、」
「…」
「休日にだって、君に会いたい」
「…わ、わたしも」

わたしも、もっと不二くんに会いたい。と素直に気持ちを言ってみる。どきどき、心臓がうるさい。不二くんの声が聞こえないよ。

そして、丁度不二くんが口を開いた所で、列車がすごいスピードと音を出して通過した。

「…ご、ごめん聞こえなかった」
「わざとだよ」
「えっ!うそ、聞けないの?」

「僕と付き合ってください」
「!?」

こんな不意打ちがあるのか…!と目を丸くしていると、「返事は?」といつものにこやかな笑顔でそう聞かれた。

「あ、っは、はい!」

なかなか強引だなあ、と思いながらも顔がニヤけるのを隠すことが出来ない。そんなわたしに不二くんが気付かない訳もなく、わたしの手をとり歩き出した。

「嬉しそうな顔」
「う、嬉しいですから」
「うん、僕も」
「不二くん電車乗らないの?」
「家まで送るよ。また痴漢にでも遭われたら嫌だからね」
「あ、あれはたまたま」
「スカートももう少し長くした方がいいと思うな。化粧も、可愛いけど、僕以外の前ではほどほどにね」
「…不二くんって結構…」
「何?」
「ううん、なんでも」

独占欲強いんだね、と言おうとしたけどやめておいた。不二くんと一緒にいられるなら、何言われてもいいや。

「ね、さっき本当はなんて言ったの?電車のせいで聞こえなかった」
「そのうちまた言うよ。物事にはタイミングってものがあるんだ」
「けち。いいじゃん、減るものじゃないでしょ?」
「減るよ。僕が恥ずかしいから」
「ますます聞きたくなっちゃうじゃん!」
「もったいぶらせて。ほら、改札だよ。スイカある?」
「あ、待って」

はじまりは同じ電車から。漫画のようなこの出逢いを、この人を、大切にしていきたいと思った。

「彼氏出来ました!」
「青学と合コン!」

「「「よろしくお願いしまーす!」」」
「…おめでとうとかないんだ?」




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