short | ナノ

change!



chance!の続きです。




メールはマメな方じゃないし、返信も平均的にみて遅い方だ。絵文字はほとんど使わないし、文章もそう長いものではない。

そんなわたしがここ最近、いや、白石とアドレスを交換することになったあの日から、どうにもおかしくなってしまったらしい。


部屋のベッドにうつ伏せに転がり、枕を腕の下敷きにして携帯とにらめっこ…かれこれ10分は経過している。

頭の中は100%まるまる白石のことでいっぱいだ。どうしたもんか、まさかわたしってば白石のこと…、いや認めない!まだ認めたくない!!

ヴヴヴ、と携帯が震えて、画面には新着メール一件、という表示が出た。自分でも引くくらい慌ててボタンを押した。ぱ、とメール画面に切り替わって、短い文章に丁寧に目を通す。我ながらなんて女々しい奴!

【一番はチーズリゾットやなあ。作りに来てや(笑)】

ぶわわっ、と一気に熱が全身を巡る。この前の一件から気付いたんだけど、どうやらわたしは赤面症というやつらしい。困った体質だよまったく。てかそんなことより!なにこのメール!本気!?それとも冗談!?こんなつもりで好きな食べ物聞いたわけじゃないのに…どういうつもりだあの王子…!

携帯から一旦目を離して、枕に顔を埋める。うあーなんだよもー、完全にハマっちゃってるじゃん。

散々悩んだ末、わたしはこのメールの内容を本気と捉えて、【行ってあげてもいいよ】となんとも可愛くない返事を返してしまった。あああわたしのはバカ!嬉しいくせに!!

今度の返信はソッコーで返ってきた。白石のメールはさっぱりとシンプルなもので、大体が句読点と記号で構成されている。たまに顔文字なんか使って来られると、ご機嫌なのかな、とか勝手に想像したりすることもある。


【ほんまに?冗談とちゃうで?】

【こっちだって冗談じゃないし!】

【マジで?(゜д゜)】

【マジだよ(゜д゜)嫌なら行かない】

【アホか、嫌なわけないやろ。なら今週の金曜は?祝日やけど】

【いいよ〜】

【なら金曜俺んちな!】

とんでもない話に膨れ上がってしまった…!まさかそんな!アドレス交換して一週間も経ってないのにいきなりお宅訪問!?展開早すぎて着いていけないっつーの!

ぎゃー!と一人でパニくっていたら、向かいの部屋にいるはずの兄が「静かにしろ名前!眠れねーだろ!」とお前の方が全然うるさい声で文句を言ってきたから一先ず電気を消して布団に潜り込んだ。
うわ、まだ心臓ばくばくいってる。身体中熱いし眠れるわけないだろこんな状態で!

結局わたしが本格的に眠りにつくことが出来たのは、カーテンの向こうが明るくなってからのことだった。

寝て起きて、また寝て起きたらもう金曜日だ。本当に48時間ちゃんと過ぎたのか?という程時の流れが速く感じた。完全に寝不足だ。

スカートか、それともパンツか、どっちにしようか散々悩んだ挙句、パンツを選んだわたし。うん、これがきっと正解。大正解。


白石家はわたしが住んでいる地域から電車で3駅乗り継いだところにあるそうで、その駅まで迎えに来てくれると昨日電話があった。
改札を出ると、女の子に囲まれた男がいた。白石だ。

出来ればこのままスルーしたいところだけど、それは出来ないし…てか高校生で逆ナンってどうやったらされんの?お姉さん達、その人字ぃ汚いし絵心無いんですよーって言っても誰も信じてくれないだろうな。

わたしの厭そうな顔が視界に入ったのか、白石は女の子達に断り入れてわたしのところへやって来た。

「おはよう名字、もしかしてずっと見とった?」
「もう昼だけど。…さっきのアレ逆ナン?すごいね」
「なー。積極的で困るわー」
「困るの?嬉しくないんだ?」
「なんで嬉しいねん。俺ああいうの苦手」
「へえー、意外!」
「意外って…。俺はどっちかっちゅーたら消極的な子の方がええわ。お前みたいな」
「!?、笑えないんだけど」
「冗談とちゃうで」
「っ、もー行こ!家どっち!」
「あ、俺チャリやからこっち」

いとも簡単に手を握られて、ぶわわ、と全身から汗が染み出た。わ、わっ、わあー!何これっ、こいつわたしのこと彼女だと勘違いしてない!?キスも許可なくしてきやがって!どんだけ慣れてんだコノヤロー!

自転車の荷台に乗せられて白石の腰、は掴まずに、サドルの裏側にしっかりと掴まる。ほらやっぱ、スカートじゃなくてマジでよかった!

白石家はまあわたしの家と並べたら2倍はありそうな大きさだった。ボンボンなのこいつ?とますます白石という人間が分からなくなる。あの字の汚さももしかしたらわたしの見間違いで、やっぱりこの人に欠点なんかないんじゃ…。

「スリッパ履く?」
「あ、いいよ。素足じゃないし」

いつの間にかもう玄関。だめだ、ド緊張してる…!

「あれ、お家の人は?」
「ん?あー、女三人は買い物。おとんは仕事」
「ええっ!?」
「誰もおらんから連れて来たんやで?」

ふ、と笑う白石の笑みがどっからどう見たって黒い!なんか黒いもの見えた!
わたしは彼に料理を振舞った後、無事家に帰してもらえるんだろうかと本気で不安になる。でも何%か期待してる自分もいて、一人で頭の中でありえないこと妄想しちゃったりとか…いやない!マジないから!ほんとないからそういうの!

「だっ、台所はどこかな〜!」

わざとらしくそう言って、リビングに勝手に入る。「広っ!」と思わず口から出てしまった。台所も広くて綺麗だ。

「材料は冷蔵庫な」

大まかに使い方や物の置き場を教えてもらって、白石は「俺そこでテレビ見とくから」と台所を去ってしまった。自分の家はあっても、人の家の台所に立つのは初めてのことで、何秒かの間固まってしまった。
そうしてようやく自分で持ってきたいつも料理実習などで使っているエプロンを身につけて、本格的に準備を始めた。

「なあー、腹減ったんやけどまだ?」
「あともうちょっとー」
「……」

振り向きもせずにそう返すと、いつの間にか背後に白石がいた。びっくりして思わず奇声をあげてしまった。

「い、いきなりびっくりするじゃん!何!?でかいから邪魔なんだけど!」
「いや、なんか夫婦みたいやなかった?今の」
「ふ、夫婦?どこが」
「どこがって、」
「あっやば、ぐつぐついってる!ちょっともーほんと邪魔だから!テレビ見ててよ、丁度新喜劇始まる時間だよ!」
「ほんまや!あかん!」

案外言ってみるものだ。まさかここまで効くとは思ってなかったけど、白石は新喜劇が大好きらしい。意外にも思えるが、結構笑いのセンスあるし…たまにスベッてるみたいだけど、忍足くんのつまらなさよりはマシだと思う。頭が良いから言葉のボキャブラリーも豊富だし、元々結構毒舌だからな。

お決まりの音楽が流れて来て、早速白石の笑い声がここまで聞こえてくる。笑い声までかっこいいなんて…もうどうしたらいいのわたし。虜になるのも時間の問題だよ絶対。

「白石出来たよー。食べよー」
「やっとか!」

子どもみたいに目を輝かせてダイニングテーブルにわたしより先に座る。チーズリゾットはもちろん、この短時間で付け合わせにサラダ、スープもつけたんだから手際の良さを褒めてほしい。まあ味を褒めてもらうのが一番嬉しいけど。

「おーっ、すごいなお前!料理上手はポイント高いで!」
「なにそれ」
「後輩が言うてた」
「ふーん」
「いただきまーす」
「はーい」
「あ、今のはーい良かった。もっかい言うて」
「いやいいから!早く食べなよ!」

言われずとも、とスプーンを口に運ぶ白石。どうどう?と感想を待つ。

「…ど、どう?」
「ん、んー、まあ、普通」
「ええ!?普通!?」
「び、微妙?」

そんなバカな…!わたしはこう見えて料理は得意だし、大抵のものは美味しく作れる。それなのに微妙って、こいつの舌が肥えてるだけなんじゃないの?と自分もすぐに一口食べた。

「…ほんとだ、なんか微妙だ」
「なんやろな。マズくはないんやけど…50点くらいの感じ」
「サイテー!と言いたいところだけど同感だよ」
「同感なんかい。まあほら、サラダ美味いし」
「むしって盛っただけだわ!」
「いやほら、スープもええダシ出てるで」
「コンソメ入れただけだわ!」
「…いやまあ、な?こういうこともあるやん?な?気にすんな?な?」
「その宥め方マジ腹立つからやめてくんない」

こういう時、白石ならきっと完璧に仕上げて見せるんだろうなあ。わたしには欠点ばかり。やっぱりダメだよ、平民のわたしなんかがこんな王子様と釣り合うわけがない。

すっかり落ち込んでしまったが、「ごちそうさま」と言った白石の皿の中は見事に何も残っていなかった。微妙って、50点って言ったくせに。なんだよ、完食してくれちゃってさ。嬉しいじゃん、ばか。

白石に負けじとわたしも完食し、二人で食後の新喜劇を楽しんだ。その後すぐに「俺の部屋行く?」と言われた時は本気でどうしようかと葛藤したけど、結局白石の私生活の一部を知りたいという誘惑には勝てなかった。


「意外と綺麗だね」
「意外ってどういうことやねん」
「いやだって、あの字の汚さから推測すると部屋も汚いのかなって」
「まあ昨日掃除もしたしな」
「あっ!この漫画知ってるー!これ白石好きなの?一回友達に借りて読んだけどわたしもハマっちゃってさー。てか漫画読むんだね」
「それなりにな。あ、じゃあこれ知っとる?」
「あー知らない。どんなん?」

意外な一面が次々と見られて嬉しかった。まだまだわたしの知らない白石がたくさんいて、健康オタクなところとか、ネコ飼ってるところとか、普段学校では見られない、気付かない部分がたくさんある。
もっと知りたい、もっと教えてほしい、と随分白石に対して貪欲な自分がいることにも気付かされて、なんだか不思議な気分だ。

「これ借りていい?」
「ええよ全然。てか名字こそ漫画読むんやな。意外」
「え、そう?結構読むよ」
「だってお前アホやし、漫画読めなさそうやん」
「そっちの意外?バカにしないでよ、読み仮名ふってあるんだから読めるわ!」
「ふってなかったら読めへんのか!」
「字汚い奴に言われたくないですー」
「綺麗な奴に限ってアホやったりするんやで」

なんだとー!とふざけつつ言い合うこの時間がずっと続くなら、家に帰らなくてもいいかなあ、と思えた。

ベッドに腰かける白石に、そのベッドを背もたれに絨毯に座るわたし。ふと、見つけてはいけないものを見つけた。年頃の男子の部屋のベッドの下、と言えば想像出来るものはわたしにとってひとつしかなかった。

ベッドの下にあるその雑誌を、そっと明るみに引き寄せる。「白石ー」とあくまで自然を装って、それを本人の前に出して聞いてみる。よく考えたら勇気ある行動だな。

「これ何?」
「!?、な、お前どっから…あ!」
「ベッドの下にあった」
「…なんか、すまん」
「正直だね。でも意外、白石ってこういうの読むんだ」

ぱらぱらと適当に中身を見てみる。わあ、すごい肌色ばっかり!見てるこっちが恥ずかしくなってきた。

今日一日で何回『意外』と言っただろうか。白石は本当に意外性のある奴で、王子様でありながら、健全な男子高校生でもある。わたし達女子が勝手に理想の王子様と仕立てあげているだけであって、積極的な女の子は苦手だし、漫画だって読むし、エロ本だって持っている。

「男やったら別に普通やろ!ちゅーかお前それもう閉じろや、いつまで見てんねん!」
「あ、あはは、ごめん、こういうの見るの初めてだからつい…」
「ついじゃないわアホ、ちゅーか耳赤い」
「!?、えっ、うそ!」
「うそちゃうし」

ぎゃー!と耳を塞ぐ。わたしのバカ!アホ!変態!何変な気分になっちゃってんの!?

ニヤニヤと白石がこちらを見ているのが分かる。見ない知らない聞こえない。耳が赤いと言われて全身まで熱がまわってきた。絶対これ顔も真っ赤だよ…!なんなのほんとわたしのこの症状!

「自業自得やろ、自分で見つけて見といて」
「聞こえない、何も聞こえない」
「…興奮したん?」
「なっ、だ、誰が!」
「うわ、顔真っ赤」

思わず白石の方を見てしまったわたしは、どうやら本当に真っ赤な顔をしているようだ。静まりたまえ!と唱えても全然効果はないようで、そしてまたもや白石に両手を掴まれてしまった。
ぐぐぐ、と力を入れても無駄でしかない。簡単に白石に主導権を握られてしまった。

「…キスしてもええ?」
「っ、だめって言ってもするくせに」
「ん、ようわかってるやん」

ぎゅ、と目を瞑って、白石と二回目になるキスをした。初めてした時よりもずっと身体が熱くて、骨まで熱いような、変な感覚。さっきあんな本を見てしまったからか、熱が廻り廻ってくらくらする。
すぐに終わるだろうと思っていたキスシーンは、前回とは違いそう簡単には終わらなかった。何度も何度も角度を変えてわたしの唇を堪能する白石。ベッドに座ったままの彼は、まだまだ余裕があるみたいで悔しい。わたしは絨毯にへたり込んで、白石に支えられてその行為を受けるのがやっとという状態だというのに。

「んっ、…ふ、ぅ」
「っは、エロ、」
「も、っや、…!」
「ん、もうちょっと。ゆっくり口あけて…?」
「…?、…!?」

いきなり口内に侵入してきたねっとりとした異物に、思わず目を見開く。わ、白石も顔赤い、なんて呑気にそんな事実に気づいてる余裕はない。変な声は出るわ、心臓は速いわでどうしたらいいのか本当にわからない。

ずっと握ってくれていた手を、白石は自然な流れと共にわたしの後頭部に回した。何これ、さっきの本でもこんなシーンなかったよ…!?

くちゅり、と厭らしい音が響くように、ねっとりと舌を絡められる。ようやくそれに慣れたと思えば急に舌を吸われたり、歯列をなぞるように舐められたり、いちいち身体がびくりと反応して恥ずかしい。

「っん、ふ…ぁっ」
「っ、は…、可愛い」

ぞくぞくっと変な感覚が背中を走った。もうだめ、これ以上は…!

「やっ…!」

どっ、と白石の胸を両手で押すようにしてストップをかけた。そこでようやく唇は離れて、はあ、はあ、と乱れた呼吸を一旦整えた。
理性を徐々にお互い取り戻していって、シンと静まり返った部屋に気まずい空気が流れる。

「わ、わたしは、白石のお姫サマにはなれない!」
「…は?」

急に何を、と思うかもしれない。でもわたしはどうしても、あの時の白石の言った言葉が忘れられないのだ。

『好きになったたった一人の女の子は、男からしたら大事な大事なお姫サマや。一生かけて、自分が王子にでもなったつもりで守ったらんと』

この人に好きになってもらえたら、どれだけ幸せなんだろう。きっとすごく大切にしてくれて、全身全霊で愛してくれるんだろうなあと、それを勝手に自分に置き換えてみたら、そうなったらいいのに、と思わずにはいられなかった。

「好きに、なっちゃったんだと思う」
「えっ」
「でもっ、全然釣り合ってないし、勉強出来ないし、スポーツもだめで、料理も50点だし、顔だって可愛いくないし…!お姫サマにはなれないから、だからっ、」
「名字」
「…何?」
「シンデレラって知っとる?」
「そりゃあ…知ってるけど…」
「じゃあ説明せんでもええよな。名字はシンデレラと同じや。靴はないけど、俺にとってはお姫サマやで」
「…!?」

白石はもう一度わたしにキスをして、そしてぎゅうっと抱きしめてくれた。まだ身体が火照って熱い。なんだこれ、溶けそうだ。

「好きや」
「っ、う、うん」
「名字は?」
「…多分、好きだと思う」
「多分かいな」
「…わ、わかんないよ!でも、キスとか、嫌じゃない」
「!、さっき嫌って言うたやん」
「あ、あれは!白石の気持ちわかんなかったし、てか色々順序おかしくない!?」
「どうでもええやろ順序なんて。結局俺に落ちたやんか」
「おっ、落ちてない!」
「なんやと?エッロい顔してたくせによう言うわ」
「な!何それ!サイテー!」
「俺以外の前でしたら許さんからな!男には常に警戒心を持て!」
「警戒しても白石はキスしてきたじゃんか!」
「俺はええんや!」
「自己中!」
「っ、ちょっとは素直になれやお前!」

片腕をお腹に回されて、そのままばふっとベッドにダイブ。なんだよこいつ、超自分勝手!超独占欲強いじゃんよ!

全然王子様じゃない乱暴な白石も、結構わたしは好きかも。とちょっとでも思う自分が一番厭らしいと思う。
白石がエロ本さえ隠してなければこんなことにはならなかったのに。

「さっきの続き、シよか」
「ちょっ、わたし処女だからっ、」
「あー、優しくしてほしい?」
「それ以外に何が…っていうかそうじゃなくて!順序おかしいって!」
「最初っからおかしいやろ、あと顔赤いで」
「っう、うるさい!バカ!」
「はいはい」

ただの盛ったオスでも、わたしにとってはやっぱり白石以外が王子様には成り得ないのだった。


fin.



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