short | ナノ

エンドロールが始まらない


クラスに一人、うるさい女がいる。

そいつはクラスの中心的存在だが、正直顔は可愛いくない、というよりは俺のタイプじゃない。化粧で誤魔化してあるだけと思っていいだろう。

イベントがあるごとに、うちのクラスはそいつを中心として動くことになる。もちろんそのあとの打ち上げ(俺は参加した事ないが)もそいつが幹事を執り行っているらしい。

おまけに生徒会、部活にも入っているようで、俺からすればあの小さい体のどこにそのパワーが備わっているのか少しばかり不思議なくらいだ。

俺はその女のようなタイプは苦手、というより嫌いに近かった。うるさい、もう少し静かに出来ないのか、と常々思っては我慢している。下品な言葉遣いは聞いていてイライラする事さえある。


「ねーねーちょっと聞いて!マジ怖いんだけどさあ!」

今日もそいつの一言に男女問わずわらわらと人が集まる。まるで宗教のように、そいつが何かを喋るだけで周りには自然と人が寄っていく。こっちの方が俺は怖いけどな。

「知ってる?この学校に七不思議があるの!」
「七不思議?あー、なんか聞いた事はあるけど…、なになに!なんか見たのっ?」
「それがさあ!」

食い気味で全員がそいつの話に耳を傾ける。いつの間にか俺も他の奴らと同じく聞き耳をたたていた。いや、今回は特別だ。この学校の七不思議の事は俺が全て解明した。よってそれに関しては俺の右に出る奴はいない。

「…ってことで、今夜9時に裏門に集合ね!懐中電灯ある人は持って来ることー!」

少し気を逸らしてしまっただけで、話はとんでもない方向に飛躍してしまったらしい。今夜学校へ…ってことまさか。

「おい、」
「ん?っうわあ!ひ、日吉くん!なに急に、びっくりするじゃん」

俺から話しかけたのはこれが初めてかもしれない。近くで見て思った事は、こいつは多分薄化粧の方が似合う。別にどうでもいい事だが。

「お前まさか七不思議を解明する気か?」
「え、そうだけど…、あっ!なるほどそうか!日吉くん…ふふふ」
「…なんだよ気持ち悪ぃな」
「いつも打ち上げとか不参加だから、今回日吉くんだけは強制参加!オカルトとか超好きそうだし!」
「お前すごい失礼な奴だな」

見た目通り、と嫌味を言っても、「でしょ!」と笑い飛ばされた。かなりタフな性格らしい。

そんな事よりも、なんで俺がお前の思い付きに付き合わされなくちゃいけないんだ。

「俺は今日部活が、」
「あたしもある」
「……」
「たまにはいーじゃん、参加しよーよ!これをきっかけに友達出来るかもよ?」
「俺に友達がいないみたいに言うな」
「あっ、そうか!ちょたくーん!」

離れた場所にいる鳳を呼ぶなり、犬のように言われるがままやって来た。…それより鳳お前、ちょたくんとか呼ばれてやがるのか。

「何?」
「ちょたくんも来てね!今夜9時に裏門」
「俺も行っていいんだ?」
「当たり前じゃん!てかその方が日吉くんも来やすいしね」
「だってさ日吉。楽しみだね」
「……」
「日吉はこう見えて七不思議とか大好きなんだよー」
「ばっ、鳳…!!」

余計な事をへらへらペラペラ喋られて、俺の機嫌は最高に悪い。それに俺は今更七不思議なんて…。



PM9:00。結局のところ俺はしっかりと裏門に来てしまっていた。それも懐中電灯まで持って。

「おっ、来てんじゃん!来ないかと思ったよー。ありがとね、来てくれて」
「別に俺はお前のために来たわけじゃない」
「じゃあ本当にオカルトとか好きなんだ?」
「…別にそういうわけでも、」
「ちょたくんも来てくれてありがとねー!」
「こちらこそ。俺はこういうの割と好きな方だからね」

俺とは反対に素直すぎる鳳は、笑顔で名字にさらりと返す。俺に対する嫌味も少し、いや大分入ってるな。

「じゃあここからは7チームに分かれて行動しよう!七不思議だけに!」

何も面白くないんだが、周りは少しウケたようだ。笑いのツボ浅すぎるだろ、と内心でツッコミながら、勝手にチームを振り分けられていく。

「日吉くんはー、ちょたくんと一緒の方がいいよね。うーんじゃあ1班であたしと一緒のところね」
「うんいいよー」
「…はあ、どこの班でも別に一緒だろ」

各々班でかたまり、どの謎を解き明かしてくるか言い渡される。単純に1班は一つ目の七不思議、2班は二つ目、といった形だ。俺は正体を全て知っているが、まあ二度目という事でこいつらに付き合ってやることにした。


「よし、1班しゅっぱーつ!」

名字と同じ班が良かった、と駄々をこねる奴等が何人も居た。なんなら代わってやろうかとも思ったが、いちいち話しかけるのも面倒でやめた。

第一こいつのどこがそんなに魅力的なんだろうか。騒がしくて、有り余るほどに元気溌溂。もっと化粧も薄くして、淑やかにしてもらいたいもんだ。うちのクラスの女はほぼ80%がこいつのような下品なタイプだ。かといってあとの20%は暗過ぎる。名字からすりゃ俺も相当根暗に見えてるんだろうが、俺は単に群れてワイワイするのが好きじゃないだけだ。

「日吉くん、ちょたくん!」

出発、と元気よく自分で言った癖に、やけにこそこそと話しかけてきた。「何?」と笑顔で返せる鳳は流石としか言い様がないな。

「あのね、あの二人なんで一緒ににしたかっていうとさ、」

あの二人、というのは少し後ろを並んで着いて来ている山崎と岡の事らしい。

「岡ちゃんがね、山崎くんの事気になってるっぽくてさ。だからあたし的にはこれをきっかけに密な関係になったらいいなと思って」

協力よろしくね、と言われても。俺からしたら本当にくだらない事だ。別に仲良くなりたきゃ勝手になるだろうし、特別気を遣ったりするのは面倒だ。

名字の言う策略を無視して先を歩く。他人の恋の応援なんか、全く何が楽しいのか俺には理解出来ない。多分一生な。

「日吉くん、単独行動は禁止だよ。もしお化けがでたらどうすんの!?」
「…は?お前まさか、本当にお化けが存在すると思ってんるじゃないだろうな?」
「まさか存在しないと思ってるわけ?」
「見たことでもあるのかよ」
「ないよ?ないから怖いんじゃん」
「まあまあ日吉、名字もその辺にしてさ」

はやく行こうよ、と鳳は俺の背中をぽんと叩く。確か俺達はトイレのお化けだったな。
前に一度自分で確かめに行ったが、窓の向こうに見える木が丁度お化けみたいに見えるだけで、本当にくだらない七不思議だった。

「トイレのお化けって、男かな?女かな?」
「どうでもいいだろそんなの」
「よくないよ!重要じゃん!いい子だっら友達になりたいなー」
「あはは、名字なら絶対すぐなれそうだね」
「でしょー?」

ふと思ったが、こいつは夜の学校やお化けは一切怖くないのだろうか。さっきからひとつも怖がる素振りを見せない。まあ心臓に毛でも生えてそうな奴だからな。別に何も不思議じゃあないが。

「確か…、ここのトイレだっけ、でるの」
「ああ」

がっかりすればいい。いつも高いそのテンションが、どこまで落ちるのか見てみたかった。

「…あれ?岡ちゃん達は?」
「え?あれ、本当だいない。どこ行ったんだろ。さっきまで俺達の後ろを着いて来てたのに」
「くだらな過ぎて帰ったんじゃねーのか」
「ええっ!?…あー、でも岡ちゃん結構怖がりだからなあ…」

心配そうに懐中電灯をあちらこちらに当てて二人を探す名字。さっきまでわくわくしていたその瞳は、薄明かりの中で不安気にゆらゆらと蠢いている。

「そのうちどっかで合流出来るだろ。はやく謎解いて戻ろうぜ」
「う、うん…!」
「なあ鳳、…鳳?」

つい先程までこの場所に一緒に居た筈の鳳までもが、いない。そして更に雰囲気を盛り上げるかのように、外からゴロゴロと雷の音がした。そうか、今日の夜から明日の朝にかけて確か雨が降るんだったな。

「えっ、えっ、ちょ、ちょたくん!?」
「…単独行動する奴じゃあない筈なんだがな」
「や、待ってどうしよ、これも七不思議の、」
「落ち着けよ。この学校の七不思議に"消えていく生徒"なんてのはない」
「う、うん、でもだって、」

ちかちかと、名字の持つ懐中電灯の光が揺れた。そして少しすると完全に、光は消えてなくなった。

「き、切れた!?」
「うるさい騒ぐな。俺のがある」
「えっ」

カチッとスイッチをONにする。こんな時、はまあ想定してなかったが、使わないでおいて正解だったな。

「どうする?もう戻るか」

その様子じゃあ流石のコイツでもこのトイレの中に入っ謎解き、は無理そうだ。俺が行って確かめたって、信じちゃくれなさそうだし。

「や、でも、七不思議…」
「また次確かめに来ればいいじゃねぇか」
「それは…そうだね」
「…戻るぞ。怖いならどっか掴んでろ」
「!」

自分でも驚いた。俺の方から苦手である筈のコイツにそんな台詞が出るなんて。いや、コイツのがあまりにも不安そうな声をしてるから。早くいつものうるさい名字に戻ればいいと思っただけだ。

一瞬窓の外がピカッと光る。そしてすぐにゴロゴロゴロと大きな音を立ててどこかへ落ちる雷。今のは結構近かったな。

「ぎゃーーーーー!!」
「っ!?」

突然大声をあげて俺の後ろにしがみ付く様に抱きついて来た。何事かと俺の腰に手を回した名字を見下ろす。

「ばっ、は、離せバカ!」
「うっ、うぅー、う…」
「…名字お前もしかして…」

コイツが怖いのはお化けなんかじゃない、暗闇でもない。鳳や山崎達がいなくなった事へはもちろん恐怖しているが、コイツが一番怖いのは…。

「雷怖いのか」
「…うん。ごめん。ほんとごめん」
「お、また光った」

つい面白くて嘘を言うと、真に受けてより一層腕に力を込める。俺が女なら圧迫されて内臓出てるぞコレ、と思いつつ、落ち着くまで暫くの間廊下で待機する事になった。

「お前に怖いものなんかないと思ってたぜ」
「…日吉くんはないの?怖いもの」
「ない」
「や、あたし実は雷が怖いのってさ、ちっちゃい頃のトラウマで…不思議だよね。ちっちゃい頃のことだからこそ、今でも鮮明に覚えてる」
「雷が自分に落ちて来たとか言うなよ?」
「そんなんじゃないよ。あたし親が共働きでさ、血の繋がってないお兄ちゃんは、すごい歳が離れてて」
「…」
「離婚して、再婚したんだけどね?家に一人でいる事が多くて、そんな時の雷は超最悪。台風の時とかも一人で。もうめっちゃ怖いの。風が窓をたたく音とか、なにもかも怖くて、いっつも蒲団にくるまって怯えてた」

意外な一面ばかりでびっくりさせられる。コイツの事をただのうるさい女だと思っていたが、そうじゃないらしい。明るいいつもの名字の後ろには、影がたくさんあった。

「今日だって、雷が鳴るとか知ってたら、こんなところにいない。家で大人しくドラマでも見てるよ」
「俺は台風とか雷とか、割とわくわくするタイプだけどな」
「げっ、マジ?それすごいね。鋼の精神だね」
「お前とは正反対だな。俺は」

どういうつもりで言ったのか、自分でもよくわからなかった。ただ自然と、前よりコイツの事をもっと知りたいという思いが湧いてくる。

「ひ、日吉くん!そろそろ戻ろ!」
「もう平気なのか」
「う、うん!平気!平気平気…」

ははは、と空元気に笑う名字は全然平気ではなさそうだ。まあコイツが言うなら、と立ちあがって、腕でも掴んでろ、とさり気なく言うと、突然カチッと電気がついた。…何故このフロアだけ。

「名前〜!やったー!大成功っぽい!」
「やっぱ二人にした甲斐あったな」
「あの日吉が男前に見えるよ…」

「「…は?」」

「もー、名前ってさ、いっつも人の恋の応援ばっかして、自分のこと全然話さないんだもん。そんなのずるいしー、あたしらだって協力したいし?」
「ちなみに岡が俺のこと気になってるとか言うのは全くのウソだから」
「あー、ないない!山崎のこととか全然タイプじゃないし!」
「んだとコラ、俺だってお前みてーな貧乳タイプじゃねーよ」
「はああ!?」
「ま、まあまあ二人とも。ごめんね日吉、名字も。俺はあんまり乗り気じゃなかったんだけど…でもまさか名字が日吉の事好きなんて思わなかったよ。でもよかった、うまくいったんだね」

ちょっと待て、何がどうなって…名字が、俺の事?

チラと、名前を見てみると、顔を真っ赤にして震えている。まだ雷が怖い、わけじゃあなさそうだな。

「ななな、なんであたしが、ひよ、知って…!?」
「いやー、最初はね?あんまりにもふつーに話しかけたりするから違うかなーとも思ったんだけど。だって名前、気付いてないかもしれないけど、」

いつも日吉の事見ちゃってるよ?と俺まで恥ずかしくなるような事を言われた。そして名字は俺の後ろに隠れる。それ逆効果なんじゃないのか。

「で、日吉くんはなんて返事したの?俺でよければ、とか言うタイプじゃないよね?」
「いや…」
「俺は日吉は断ると思ってたけど…よかったよ。高2にしてようやく彼女が出来て」

「告白なんてされてない、けど」

「「「えっ…」」」


「おっ、岡ちゃん…!」
「えっ、うそ、うそマジで!?だってさっき超仲良さげだったよ!?」
「そっ、そりゃあ前よりは仲良くなったかもだけどっ、う、う、うわあああ!」

俺に気持ちをまるまる知られて、これは相当恥ずかしいだろうな。顔を真っ赤にして両手で頬を覆い隠す名字が、初めて女っぽいと思った瞬間だった。

「じゃ、じゃあもうこの場を借りて言っちゃえばいいじゃん!てかもうかなり残念な告白になっちゃったけど…」
「…岡ちゃんのバカ。山崎くんのアホ、ちょたくんのハゲー!」
「返す言葉もないね…」
「ごめん名字…」
「悪かった!」

「日吉くん!」
「な、なんだよ」

もうどうにでもなれ!と独り言を叫んで、名字は俺に改めて告白してくれた。

「こんなんでごめん!好きです!」
「…いや、俺は、」

この状況でお前とは付き合えないって、かなり言えない雰囲気じゃないか?かと言って好きでもない女と付き合うのは、忍足先輩クラスでもない限り出来ない。

「悪いけど、今は無理だ」
「え、じゃあいつなら良いの?」
「そ、そういう意味じゃねぇよ」
「ん、わかった!また時間を空けて言うよ!」
「はあ?」

フラれたけどガンバロー!と今度は意気込み始めた。さっきの赤面からどう転んだらそうなれるのか不思議でならん。やっぱりコイツはちょっと頭がおかしいのだろうと思った。


翌日、登校するなり「日吉くんおはよー!」と早速頑張る宣言をした本人が挨拶をしてきた。うるさい、静かにしろ。朝から何を考えてるんだお前は。

「もうみんなにバレちゃったから隠さなくてもいい事に気がついた。だからこれからは堂々とアタック出来るんだよ!」
「うるさい、迷惑だからあっちに行け」
「えー、昨日は掴まってろとか言って優しかったのに、」
「!?」

ぼぼぼっ、と顔が赤く染まっていくのが自分で分かった。この女何考えてんだ!?自分の言った事がどれほど影響力あるのか知って言ってんのか!?

「お前いい加減にしろよ、怒るぞ」
「もう怒ってるじゃん」
「……」
「絶対日吉くんの事オトすからさ、まあ見ててよ!」
「見てろって、俺張本人じゃないのか」

「みんなー、協力頼むー!」

当り前じゃーん!と散り散りに聞こえてくる。俺の気持ちは丸無視かよ。

俺の波乱の人生が無理矢理幕開けされた気がした。




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