short | ナノ

好きな食べ物はなんですか?


「そういや自分、知らんと思うけど」
「ん?」

「明日は跡部の誕生日やで」


そんなこと前日の、しかももうすぐ日が沈む頃に言われても。…衝撃的過ぎてええーー!とかうそーー!とかさえも言えない。

「…うそだ」
「ほんまやって。跡部様生誕18周年。ちなみに俺ももうすぐ18」
「いや、君のはどうでもいいけど…それ本当なの?マジ?マジなの?だって跡部、何もわたしには言ってくれてないよ」
「愛されて無いんやな」
「愛されてますー、昨日もお泊りでしたー」
「お前らの性事情なんか虫程に興味ないわ」

なんで跡部はわたしに教えてくれなかったんだろう。わたしと過ごしたいとか思ってない?だとしたらかなり…かなり死にたい。

忍足のアドバイスは基本的に右耳から左耳へ流すようにしてるんだけど、「それとなく聞いてみいや」というのは実行してみようと思う。もしかして跡部本人が自分の誕生日を忘れてるって可能性もなくはないもんね。



「誕生日?は、明日」
「エッ…」
「そう言えば言ったことなかったか。俺様の誕生日は明日、10月4日だ」
「な、なんで教えてくれなかったの!?わたし何も用意出来なかったじゃん!」
「別に欲しいものなんかねぇよ。全て手に入ってる」
「なんつー台詞…、っで、でもわたしは跡部を祝いたいっていうか、い、一応ほら、彼女なわけだし、一緒に過ごしたいっていうか、その、…ほんとに欲しいものないの!?」

と言っても今からじゃ買えるものなんて限られてる。それに、跡部からしたらわたしがあげるものなんて本当にちっぽけなものでしかない。わたしにしかあげられないものとか、なんかないのかな。

「そう言われてもな、一日中一緒にはいてくれるんだろ?」
「そりゃもちろん!…あ!じゃあ跡部!わたしご飯つくるよ!夜ご飯!」
「いいのか?」
「いいに決まってるよ!好きな食べ物何?」

「ローストビーフ、ヨークシャープディング添え」
「なんて?」

今なんて言った?なに、なに添えって?なんか添えんの?めんどくさ!

「だから、ローストビーフヨークシャープディング添え」
「ローストビーフヨーグルト添えね、オッケー」
「おい、ヨーグルトじゃねぇ、ヨークシャープディングだ」
「日本語でお願いします」
「日本語だろーが。…別に他のもんでもいいぜ」

ヨークシャビーフ添え…ヨーグルトビーフ?なんかよくわかんないけどとりあえず帰って検索して、明日はそれをつくろう。跡部にメールで名前を送ってもらうようお願いして、わたしは今日も自宅まで送ってもらった。リムジンで。

早速検索をかけてみると、ちゃんと写真付きで作り方が載っているホームページを発見した。見たこともないような美味しそうな材料だけど…これって普通にこの通りやったら作れるの?大丈夫なのかな。材料は跡部ん家に絶対あるから、わたしは作り方さえメモしていけばいいんだな。

もっと早くに跡部の誕生日が明日だということを知っていれば、こんなしょぼすぎる誕生日プレゼントにはならなかっただろうな。でも仕方ない。実際に明日が誕生日なんだし。
わたしは愛情をこめて跡部に手料理を御馳走する!


意気込みまくって迎えた当日、迎えはいらないとどうしても跡部にお願いして、今日は自分の足だけでここまで来た。跡部邸は意外とそんなに遠くないものだなと、思えたからやっぱ自分で来て良かったと思う。

着いたことを電話で知らせると、今開ける、と言ってすぐに大きな門が自動で開いた。セキュリティ半端ないなー、すごい人と付き合ってるんだなー、光栄光栄跡部さまさま、とか思いつつ(来る度に思ってる気がする)、軽い足取りで中に入った。初見の執事さんとメイドさんが一人ずつやってきて、荷物をお持ちするとしつこかったので持っていただくことにした。一応、プレゼントも料理だけってのはさすがにまずいから、今朝大急ぎで買ってきたものがその鞄に入っている。

「あの、今日キッチンかどこか貸してもらえると助かるんですけど…」
「ええ、景吾様からお聞きしておりますよ。ご用意させて頂いております」
「え、あ、そうなんですか、すみませんじゃあ借ります。ちょっとだけ」
「昨日から楽しみにされておりましたよ」
「え!ほ、本当ですか」

「余計な事言うな、井上」
「申し訳ございません、ふふ」
「!?」

いつの間に…!って具合に跡部が急に現れた。執事さん…井上さんていうのか知らないけど、全然びっくりしてない様子だし、メイドさんに至っては終始落ち着いた様子だ。なるほど、流石跡部家に仕えてるだけあるな。ただ者じゃあないぞ。

行くぞ、という跡部の声に誘われるように自然と跡部の隣に並ぶ、いや、並ばさせていただく、の方がよろしいか。ちらりと顔を見上げてみると、若干口元がニヤついているように見えた。気のせいかな?と思ってもう一度見るけど、やっぱりちょっと嬉しそう。それを見てわたしもすごく嬉しくて、胸の真ん中がぽわぽわする。好きだなーって思いつつちらちら跡部を盗み見るのをやめなかった。(多分気付いてるけど言わないだけなんだろうな)


「材料は全てそろってる。…本当に一人で大丈夫なのかよ?」
「もー、だから大丈夫だってば、心配しすぎ!ほらほら、跡部は部屋で本でも読んでて!」
「…念のためシェフを一人つかせて、」
「それじゃあ意味ないの!一から十まで全部わたし一人で作るんだから!ほら、早くあっち!」
「何かあったらすぐ呼べよ、叫んでいいからな」
「はいはいわかりましたよー」
「はいはいってお前、」
「もー!はい!わかった!」

半ば無理矢理跡部を厨房から押し出して、ようやく一人きりになれた。はあ、全く、なんであんなに心配性なんだろう?そんなにわたしって頼りないかしら。失礼な話だな全く。昨日メモったから絶対大丈夫だっつーの。

ポケットに忍ばせておいた四つ折りのメモを広げて、早速@に取りかかる。とその前にちゃんと手を洗って。


@からちゃんと順番にこなした。絶対間違えてなんかないはずなのに、何か違う、いや、決定的に違う。味なんか食べたことないけど、なんか、見た目がもうおかしいよこれ。昨日見た写真と全然色違うんだけど?

「えー、何これ、普通にまずそう。もったいない」

どうしよう、マジでどうしよう。これは跡部には出せない。マズイとか言われたらわたしもう悲しくて帰りたくなるよ。
こっそり厨房を出ると、跡部の姿は当然なくて、代わりにさっきの執事、井上さんが扉のすぐそばで立っていた。

「何してるんですか?」
「景吾様から警備を頼まれましたので」
「け、警備?…もしかしてわたしのですか!?」
「?、ええ、それ以外に誰の警備をしろと?」
「ええー!すいません!わたしすごい時間かかって…うっわー、ごめんなさい、じゃあ休憩していいですよ、跡部の命令なんか無視しちゃっていいですって」
「そ、そういうわけには…」

苦笑いを浮かべる井上さんは、まだ若いのにとてもよく出来た人だ。こんなわたしなんかのために貴重な井上さんの24時間の一部を費やしてくれて、うん、本当素敵な人だよ、跡部家の執事さんもメイドさんも。

「ところで、どうかなされたのですか?」
「えっ、あ、ああー…ちょっと、あの、失敗っていうか、なんか違うのが出来ちゃって」
「なるほど。差し支えなければで良いのですが、ちなみに今回は何をお作りになられたのですか?」
「よ、ローストビーフの、よ、ヨークシャーテリア添え?だったかな」
「…ローストビーフヨークシャープディング添え、ですか?」
「あ、そうですそれ。跡部の好きなやつです」
「これはこれはまた、景吾様が楽しみにされる訳ですね」
「はあ…」

話の流れで、一度井上さんに試食してもらうことになった。厨房の中に招き入れて、一口味見してもらう。味わって食べている井上さんの表情は、いつもと変わらず穏やかだ。あれ、意外とおいしかったり?

「これはこれでいいと思いますよ。家庭の味がします」
「家庭の?」
「はい、お嬢様の家庭の味、でしょうか。なんとなく、そんな感じがして」
「…じ、自分じゃあわからないな」
「ふふ、大丈夫ですよ」

大切なのは、気持ちですから。と微笑みかけてくれた井上さんはまるで昔から馴染みのあるお兄さんみたいに見えた。

それからは井上さんと一緒にテーブルの準備をして、ちょっとだけど飾り付けもした。途中からは気がついたメイドさんも手伝ってくれて、結局全てを一人で、ということにはならなかったけど、まあ結果オーライだ。


「あ、跡部ー、出来たよー」

そわそわしつつ跡部を呼びに行くと、ノックしてものの三秒で出てきた。早いな!もしかしてずっとドアの前で待機してたんじゃないだろうね君!

「で、出来たのか」
「うん!一緒に食べよー!」
「怪我とか、…ほっ包丁で手を切ったりとか、」
「してないから、ほら早く、冷めちゃうからさ」

手を引いて、跡部を招待する。手伝ってくれたみんなは、気を利かせてくれたのかそこにはもういなくて、今度はわたしと跡部の二人っきりだ。プレゼントはテーブルの下に置いたし、うんうん、準備オッケーだ。

指定した席に座ってもらって、わたしも向かい側に座る。本来ならもっと離れた向かいに座るらしいんだけど、わたしの希望で小さなテーブルにしてもらった。だってこの方が跡部と距離が近いじゃんね。

「これ、本当に名前が作ったのか?」
「そうだよ。ちょっと見た目は違うけど、あれだよ、ヨーグルトプリン…」
「ローストビーフヨークシャープディング添え?」
「そうそれ!」
「お前一回も言えてねぇだろ」
「この先言うことないかなと思って」
「あるだろ何回も」
「え、あるのかな」
「俺様と一緒にいたらある。いたらの話だが」
「え!え!いるよ、絶対いるいる!」
「はっ、そうか」

嬉しそうに笑う跡部。つられてわたしも自然と笑顔になる。「それじゃあ、いただきます」と二人で両手を合わせて、綺麗に並べられたシルバーの食器を両手に持った。

一口、上品に口に入れる跡部をじっと見る。もぐもぐと味わって食べてくれているのは嬉しいけど、逆に怖い。まずかったらどうしよう、跡部の口に合わなかったらどうしよう、そんな不安ばかりが頭を巡る。井上さんは大丈夫と言ってくれたけど、本当に大丈夫なのかな…?

「あ、跡部、どうかな」

蒼い瞳がわたしを見る。ま、真顔ってどういうことだよ、なんか言ってよ。もうまずいでも吐きそうでも本当何でもいいからさ。


「美味い。前にお前が作ってくれた弁当と似たような味だな」
「え、弁当?」
「お前の家の味なんだろうな。本物とは若干違うが、俺は嫌いじゃねぇ」

そう言って二口目を口に入れた。安心して力が抜けて、わたしも食べてみることにした。本物を食べたことがないからこの味が合ってるのかどうかわからないけど、美味しいことには変わりなかった。

跡部は全部綺麗に完食してくれて、もう一度「美味かったぜ」と言ってわたしの頭を優しく撫でた。うわあ、なにこれわたしが今日誕生日だっけ?ってくらい嬉しくて顔が熱い。

そうだ、今日は跡部の誕生日!机の下に置いておいたプレゼントをこっそりとって、「あのね、」と切り出す。まだ何かあるのか?とでも言いたげな顔でわたしを見る。

「これ、今朝大急ぎで用意したから、しょぼいんだけどさ」
「…くれるのか?」
「当り前じゃん!この料理だけじゃアレだし…」
「開けていいのか」
「どうぞどうぞ」

早速跡部は包装紙を丁寧律剥がしていく。小さな箱を開けると、もちろんわたしが選んだプレゼントが入っている。

「ネクタイか」
「うん、跡部だったらこの歳でも要るでしょ?…いっぱいもってるの知ってるんだけど、他に身につけるものって時計とかだし、でもわたしお金ないからさ」
「いや、これがいい。嬉しい」

ストレートに気持ちを言ってくれて、感動で震えてしまう。嬉しいだって、喜んでくれた、かな。

「跡部」
「?」

「誕生日おめでとう。…来年はもっとちゃんと祝うから、ごめんね」
「名前、」

生まれてきてくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。好きになってくれてありがとう。わたしの気持ち全部跡部に伝えたいけど、いっぱいありすぎてそんなの日が暮れちゃうからね。

おめでとうの一言に、全てが詰まってるからさ。


「生まれて初めてだ。こんなに嬉しい誕生日は」

跡部がわたしの手をぎゅっと握って、わたしも強く握り返す。お互いなんとなく顔を近づけて、そのまま触れるだけのキスを交わした。


fin.



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