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どんぐりの背比べ


人生で初めて告白をした。相手が相手だし、ダメで元々だった。自分の気持ちを精算するつもりで告白した。

それなのに何故か返事は「ええよ、付き合おか」だ。誰でも良かったのかな?もしくは二番目の女?三番目?とか疑っちゃうのも本当に失礼な話ではあるだけど。だって、だってあの忍足くんだよ!?いつもフェロモン全開で、っていうか存在そのものがフェロモンみたいな人が、わたしみたいな何の魅力もない女と普通に付き合いますか!?

なんにせよ、わたしはずっと好きだった人と付き合えるというだけで嬉しいし、これ以上何かを望もうなんて烏滸がましいことは思っていない。思っていなかったけど、忍足くんは本当に優しくて、こんなわたしをデートに誘ってくれちゃったりして。


今日は朝五時に起きた。服を決めるのに二時間もかかった。髪型を決めるのには一時間。化粧はいつもの倍以上時間をとられたし、ちょっとでも細いと思われたくて朝食は抜いてきた。意味がないことだというのはもちろん承知済みです。

待ち合わせ時間まであと一時間以上ある。流石に待ち合わせ場所でずっと待ってるなんてアホすぎるし、色んなお店を一人で見て回った。

15分前になって待ち合わせ場所に行くと、明らかに他の男の人とは違うオーラを纏った人がいた。立ってるだけなのに道行く人が忍足くんをガン見している。それも男女問わずだ。今からわたしがあの人の隣にわたしが…考えただけで倒れそう。

夢なのかもしれない。わたしなんか、忍足くんにとってはただの暇潰しでしかないのかも。それでもいいと思った。こんな素敵な人とこうして今日一日デートが出来るだけで、もう超満足だよ。


「ご、ごめん、待たせて!」
「おはようさん。待たせたんは俺の方なんとちゃう?」

な、何故!エスパーかこの人!どっかでわたしが早く来てたの見てたの!?だとしたらずっと待ってればもって早く忍足くんに会えたかもしれない。

「名字、映画好き?」
「え?うん、普通に好きだよ」
「何系?強いて言うならでええよ」
「んー、動物系かな?」
「あー、それっぽいわー。ほんならそうしよか」
「え?」

そう言うなり忍足くんは何の前触れも無しに、わたしの手を握って歩き出した。(し、しかもカップル繋ぎ…!)
咄嗟のことで足が縺れそうになるわたしを気遣って、いつも彼が歩いてる速度より遅いスピードで少し前を歩く。「今日は人多いなあ」とか、わたしに言ってるのか独り言なのかわからなくて相槌も打てない。こ、これじゃあ本当すぐフラれちゃうよ…!

会ったら何を話そうかな、って昨日いっぱいいっぱい考えたのに、忍足くんの方から色んな話を振ってくれて、わたしは困らずに済んだ。複雑なことに、彼は慣れている。こういった状況に、女の子の扱いに、戸惑うそぶりなんか微塵もない。


映画館に着くなり、わたしが見たいと思っていた映画は丁度先程上映が始まった頃だった。次は…18時10分!?どんだけ人気ないの!一日に二回って…!これじゃあ帰るのがとてつもなく遅くなっちゃうし、せっかく来たのにまた別の所へ行かなくちゃいけない。


「お、忍足くん、わたしやっぱりあっちが見たくなったよ。あれおもしろそうだからあっちにしない?」
「え?あのペンギンのやつが見たかったんとちゃうん?」

それはそうだけど、だって時間が時間だし、門限があるわけじゃあないけど、初デートでそんな…って勝手にわたしが盛り上がってるだけなのはわかってる、わかってるよ。

「ペンギンのよりあっちの方がおもしろそうじゃない?あ、ほら、丁度30分後にあるし」
「名字がそう言うならええけど…、ほなペンギンはまた今度にしよか」

また今度、があるなんて。忍足くんの方からそう言ってもらえて、どうしようもなく嬉しくなった。つ、次があるって思っていいってこと?だよね…?
この喜びをどうにかして忍足くんに伝えたくて、繋がれた手を強く握ってみた。「ん、何?」と優しくわたしの顔を覗きこんでくる忍足くんは普通に反則っていうかもう退場並みの破壊力だよ。

「あ、えと、映画の時はポップコーン食べる人?」
「んー、俺は飲み物だけやなあ。でも人が食べとっても気にならんで。いっつも食べる人なん?」
「や、わたしも飲み物だけ派!感動したいから!」
「感情移入タイプなんや?」
「もーヤバいよ、感情移入っていうか、なんて言うんだろ?元々涙腺弱いのかな、すぐうるっときちゃって」
「動物系とか余計ヤバいんちゃうん」
「やーもーほんとそうだよ。わたし犬飼ってるんだけど、犬の映画だけは見れないね。多分号泣して死ぬと思うんだ」
「えっ、犬飼うてんねや」
「うん、あっ、写メあるよ」

わたしのことに興味を示してくれることが嬉しい。名前を呼ばれるだけで心臓がはねて、話が途切れないようにか、クエスチョンで話を返してくれたり。両想いで付き合えたわけじゃないとわかっていても、こんな風にずっと忍足くんと一緒にいれたら、いつか忍足くんもわたしのことを大好きになってくれるといいな、なんて思う。

幻滅されるのがとても怖い、反対に笑ってくれるととても嬉しくて、大好きだなあって思うんだ。このまま時間が止まればいいのにとさえ願いたくなるような、幸せな時間。


結局映画はわたしが見たいと言ったラブストーリーを見た。後から聞いたけど、忍足くんは実はこっちがずっと見たかったらしい。カミングアウトしてくれるところも可愛いなあとか、男の子に対して失礼かな。

案の定わたしは途中号泣してしまって、忍足くんはちらちらわたしを気にしてくれていた。映画に集中したいはずの場面で、邪魔しちゃったかも、と反省しつつも涙を引っ込めることは出来なかった。


それからは忍足くんに任せたお店でランチを食べた。オープンカフェみたいなところで、こんなお洒落なところで美味しいご飯を大好きな人と食べられる日が来るなんて。美味しいねって笑ったら、美味いなって返してくれる。夢だったかも、と思うことがないように、これが現実なんだと、しっかりと胸に感じ取る。


気が付けば18時10分。あの時ペンギンの映画を見ていたら、本当はまだ一緒に居られたかもしれないのに。「そろそろ帰ろか」と切り出す忍足くんに、「そうだね」と答えることしか出来ない。
まだ大丈夫、って素直に言えたらいいのな。ああ、でも忍足くんは、帰りたいと思ってるのかも。わがままを言って、あるかもしれない今度の可能性を打ち消すことは絶対したくない。


家まで送ると言ってくれたのに、バカなわたしは断ってしまった。気を遣わなくていいよ、って、気を遣いすぎてるのはわたしの方なのに。
わたしばかりが好きだってわかってるから、もっと頑張らなくちゃいけない。今日のデートだって、何事もなく終われたのは、会話が途切れなかったのは、全部忍足くんのお陰だ。わたしは何もしてない。出来てない。もっと尽くしてあげたいのに、遠慮と不安でそれさえもまだ出来ない。


「ほんまにええん?ちゅーか俺が嫌なんやけど」
「だ、大丈夫だよ。まだちょっと明るいし」
「いや、そういうことやなくて…、」
「今日はありがとう。次…ほ、ほんとにあのペンギン、一緒に行ってくれる?」
「ん?ああ、全然ええよ。いつ行く?」
「えっ、あ、えと、いつでも…」
「じゃあ来週の土曜にしよか。用事ない?」

ぶんぶんと首を盾に振る。嬉しくて声も出ない。本当に、あるんだ。次が、また今度が、来週なんて近い日に。

「あ、の、あのね、忍足くん」
「?」
「し、下の名前で呼んだりとかって、…だ、だめかな」
「え、」
「や!む、無理だったらいいんです!ごめん!」
「…前から思うててんけど、自分俺に遠慮しすぎやろ。俺としてはもっと色々言うてええっちゅーか、ほんまは今日もこの時間のペンギン見てもよかったで」
「え…」
「俺も下の名前で呼びたい」
「!」

名前、と忍足くんが、わたしの名前を呼んでくれた。世界がさっきよりもっと鮮やかになったような錯覚に、忍足くんの優しさに、感動してまた泣きそうになる。すん、と鼻を啜ると「また泣くん?」と意地悪に笑う忍足くん。泣くよ、泣けるよ。好きな人に名前を呼んでもらえて、こんなに嬉しいんだもん。悪い?

「ゆ、侑士くん」
「くんとかいらん」
「…侑士、」
「ん、何?」
「わたし、すごく、すごく好きなんだ。侑士が思ってるよりずっと好きなの、気持ち悪いかも」
「…」
「今は、今はね?一方通行でもいいから、空回りもすると思うけど、が、頑張るから、…頑張らせてほしい」
「すまん、全然意味がわからんのんやけど」
「す、好きになってもらえるように頑張らせてほしいってことだよ…!」
「いや、せやから、頑張る意味がわからん」
「…なんで」

侑士が一歩わたしに近づく。今日一日ずっと空いていた距離が、埋まった。

「俺の返事の仕方があかんかったんか。…ええか、俺は普通に名前のこと好きなんや」
「普通に…って、」
「好きな子と付き合えて、俺かて名前と同じように嬉しいし、緊張もする」
「…!」
「一方通行なわけないやろ。自惚れるくらい、したらええ」

不意に侑士がわたしの頭を撫でるから、我慢出来なくなって涙が溢れて来た。「本間に泣き虫やなあ」と笑ってくれる侑士が本当に愛しいと思った。

「おんなじ気持ちって、思っていいの…?」
「んー、いや、俺の方が上やな」
「!?」
「本間やで」
「…わ、わたしの方が上だよ…!」
「んー、今から証明したろか?」

そっと顎に手を添えられて、思わず目をぎゅっと瞑る。心のどこかで期待していたそれは、いつまで経っても来ないから、そっと目を開けた。

「…!な、なんで笑って…!」
「いや、可愛いなあと思って。キスされると思たん?」
「お、思ってないよ!」
「ふーん、まあまだせんわ」

まだ!?とドキドキさせられつつ、侑士はもう一度わたしの頭を撫でた。


fin.




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