short | ナノ

chance!



うちの学校には、完璧な王子様がいる。文武両道、とは正に彼の為にある言葉であり、期待を裏切らない白石クンは、皆の理想そのものなんだ。


一目置いている、と言ったらかなり上からになってしまうけど、気にならない存在な訳がなかった。もちろん、同じ人間として、だけど。何か裏があるんじゃないか、とか、実は整形?めっちゃ努力してるとか?って、そういった白石クンの裏の部分について知りたいとは思っている。

そして今日、またとないチャンスがやってきた。

「おっ、もしかして隣?」
「うん、よろしくー」
「よろしゅう名字サン」

わ、名前知っててくれてたんだ。まともに会話なんかした事なかったのに。普通に嬉しい。「俺、白石な!」と誰もがわかりきった事を言われたから、意外と天然だったり?どんだけ女の子のツボ心得てんの。

同じクラスで、今回の席替えでまさかの隣の席になれたんだ。これはもうリサーチするしかないよね。白石クンの裏を絶対暴いてやる!と密かに燃えながら、席に着いた。


その日からわたしなりにこっそり、ひっそりと、白石クンの裏の顔を伺うチャンスを狙ってきた。裏の顔っていうかもう欠点一個でもいいから見つけてやりたいわけよ、わたし的には。完璧なんてありえないし、誰にも一個は欠点くらいあるはず。でも未だに、わたしが見ている限りでの白石クンは、顔よし頭よしスタイルよし性格よしのスーパーグレート花丸男子だ。こんな人実在するんだなって軽く引く程に、それはもう完璧な人。

白石クンの隣の席になってから、わたしは授業に一切集中が出来なくなっていた。もちろん彼に気をとられているのが原因であり、教科書を眺めるフリをして横目で盗み見たり、彼が先生に指名されて解答を答えるときは、耳をダンボにして聞く。間違えろ、間違えちゃえ!って最低な事を思うんだけど、いつも正解しか答えないし、先生もベタ褒め。素行もいいし先生にも気に入られてる。
胡麻でもすってんのか?弱みでも握ってるの?ってつくづくわたしが性格最低な事を思い知らされるのみである。

時にわたしの熱烈な視線に気付いて、こっちを見られることがある。慌てて何でもないフリをするけど、彼はどうやら勘まで鋭いみたいで、「何?」と小声で聞いてくる。キミの裏の顔ってどんなん?とか絶対聞ける訳ないし、そんなの聞いたら嫌われちゃう。いや、まあ別に嫌われてもわたし的には支障はないんだけど、クラスメイトとは穏便に仲良くしときたいじゃん。


今日の授業もがっつり盗み見てやるぞー、と思いつつ机の中から手探りで教材を出す。白石クンとは違って基本置き勉タイプのわたしは、しまった、と頭を抱えることになる。
昨日は英語の課題がたくさん出て、それを一日でやって来いなんてバカ抜かすから、英語だけは置き勉せずに持って帰ったんだった…!

あちゃー、と一人眉間に皺を寄せる。絶対怒られるよね。普段の態度もそんな良くないし、生意気とまではいかないけど、白石クンの隣の席になるまでは結構寝てたし。

ああ困った。非常に困った。今日は白石クンの盗み見どころじゃあなくなってしまった。と溜息をひとつ零したところで、隣の席のグレートスチューデント白石クンが「名字サン、」と声をかけて来た。授業が始まったら基本私語はしない彼(隣がわたしだからかもしれないけど)が、わたしに何の用だろうか?と顔をあげた。

「もしかして教科書忘れたん?」
「え、う、うん。そうだけど…」
「置き勉なのに?」
「(何故それを…)いや、昨日課題多かったから、持って帰ってみたら、忘れちゃって」
「へー。えらいやん。まあ忘れたら意味ないけどな」
「まあね」

さらっと嫌味を聞き流して、鞄の中からルーズリーフを一枚取り出す。いつもは板書なんかしないけど、今日は真面目に授業受けよう。これに真面目に板書すれば先生だって提出期限をわたしだけ明日にしてくれるだろう。…甘いか。

突然、白石クンが自分の机をずずっとわたしの方に寄せて来て、思わず何事かと構える。別に格闘技とか習ったりしたことないけど、つい反射で。

「な、何?」
「ん?いや、教科書。見せたろ思て」
「えっ」

普通の女子なら白石クン優しい!好きです!ってなっちゃうのかもしれないけど、わたしは違う。気持ち的にはラッキー!超真近で観察出来るじゃん!といった心境だ。いやあ、ありがたい。一石二鳥とは正にこの事だよ!

「ありがとう、助かるよー」
「なんのなんの」

机と机の間の溝に置かれた教科書は、所々蛍光ペンで線が引いてある。空いたスペースには吹き出しのようなものが黒いペンで書かれてあって、中に、テストに出る!と書かれている。…ま、待って、白石クンよ。キミって奴は…!

「字、汚いね」
「え?俺?」
「うん」
「え、そうやろか?はじめて言われたわそんなん」
「いや、これは結構…うん。パンチあるよ」

勝手ながら前のページをめくって見てみると、今度は奇妙な動物の絵が書かれていて、そいつから吹き出しが出ている。重要!と喋るその動物は、犬にも見えるし、猫にも見えるし、いやでも髪の毛生えてるんだけど…!

堪え切れなくなって、思わずぶはっ、と吹き出してしまった。あっ、ヤバ!超失礼!と思っても、じわじわ来るものがわたしを冷静にさせてくれない。だ、だってこれ…!

「へ、下手すぎ…!」
「なっ、何笑てんねん…!ちゅーか人の教科書勝手にめくんなっ」

自分で見せてくれると言ったのに、白石クンは教科書を閉じてしまった。あー、これでやっと腹筋が楽になる!…いや、だめだ…!脳に焼きついちゃってるよ…!

「ぷっ、ふふ、ふははは」
「こらそこ二人ー。静かにしろー」

そんなこと言ってもね先生!これは無理!無理ですよ!だってあの完璧王子様が!めっちゃ字ぃ汚くて!おまけに絵まで下手とか!ヤバい!世紀の大発見しちゃったよ!

「お前の所為で俺まで…いつまで笑てるつもりや!」
「ふ、ふは、ごめっ、だっ、だって、ふ、ふははっ、ごめ、待って、笑わない、落ち着く、今すぐ落ち着くからあと10秒。10秒…っぷ、ふははは!」
「名字!白石!静かにせえ言うとるやろ!廊下立たすで!」

そう言われちゃあ流石に落ち着くしかあるまい。「なんで俺まで…」と不貞腐れる意外な一面を見つつ、わたしはやっと冷静さを取り戻した。授業終わったらもう一回思いだして腹抱えて笑おう。

「そう言う名字は字ぃ綺麗なんやろな?」

あ、こいつわたしのことムカついたからってサン取りやがったな。よし、じゃあわたしもクンとるぞ。よし。

口で綺麗ですけど何か?と言うよりも実際に見せた方が早いかもしれない。板書は基本的にしないけど、唯一ノートをとっているのが世界史の授業だ。先生が好きというのが一番の理由だけど、真面目に聞いてると世界の歴史は日本史とはまた違ってすごく面白いし、先生の雑談がこれまた面白くて。他のクラスメイトも、世界史は好き、という子が多かったりする。カタカナ苦手って子も同じくらい多いけど。

世界史のノートを机の中から引っ張り出して、適当にページを開いて見せる。重要な所は赤ペン、それ以外はシャーペンというとてもシンプルなノートでありながら、書道、硬筆共に八段であるわたしの字を彼らの方言で言うどや顔で見せた。

「…め、めっちゃ綺麗やな…」
「うん、白石の100倍ととりあえずね」
「俺そんな汚いん?はじめて言われたんやけど。ほんならアイツの字ィ見たら腹筋割れるで」

アイツ、と人差し指で指した先に居るのは、白石といつも行動を共にしている忍足クンだ。わたしの中で彼の位置づけは、誠に勝手ながら金魚のフンとさせてもらっている。

「へー。あとで見せてもらうよ。白石より汚いってもう読めなくない?」
「どないやねん。お前の目ェが悪いだけなんちゃう?全然読めるけど。ちゅーか字ぃ綺麗でも成績悪い奴に言われたないわ」
「見事な正論だね。流石。意外だなって思っただけだよ」
「意外?…俺自覚なかったし、そう言われたらまあそうかもな」
「字も綺麗なんだと思ってた」
「席替えしてからの熱視線て、もしかして俺の欠点探るため?」
「…!?」

ぎくり!と思わず背筋が伸びる。「リアクションわかりやすっ」とツッコむ白石。な、なんて鋭い…!薄々感づいてたって事か!なんて質の悪い…!気付いてないフリして、本当はわたしが観察してるのを観察して楽しんでたってこと!?性格悪!人の事言えないけど!

最悪のタイミングで先生がこっちにやって来てしまって、「本間に廊下へ出たいらしいなあ…!」と歪んだ顔で爆発寸前。あ、歪んでるのはしゃくれてるからか。

「そんなに喋りたいならもう外でて喋って来い!」
「あーい」
「先生、俺もっすか?」
「白石、残念ながらお前もや。テストで挽回せえ」
「はあ、わかりました」

何その天才発言!と内心ツッコみを入れて、大人しく言われた通り廊下へ出た。「せっかくやし屋上行く?」と誘われたから、行く事にした。もっとわたしの知らない、完璧じゃない白石を知りたいと思った。


「わ、雨降りそうな匂いする!」
「俺も今全く同じ事思った!」

笑う白石に、思わずときめいてしまうなんて。ぶわ、と顔に汗を掻きそうになって慌てて俯く。なんだこれ、観察し過ぎて頭おかしくなったか、わたし。


「いやー、サボりとか高校入って初めてやわ。今日雨降るんかなー」

どうでもいい事を一人でぼやき始める白石。え、何それ独り言?わたしそれ返事していいの?勝手にOLみたいな雰囲気出して来たんだけど。同じようにフェンスに寄りかかっていいのかな。

「俺って字ぃ汚かったんやなあ。いやでも謙也の字ぃ見たらな?多分名字は本間に腹筋割れるで」
「…まあでも忍足クンはなんか、イメージ通りって言ったらアレだけど、想像つくじゃん。走り書きっぽいっていうか、撥ねるとこめっちゃ撥ねて、払うとこめっちゃ払って、筆圧薄そうでさ」
「お前はエスパーか!怖っ!何その想像力!豊かすぎやろ!そしてほぼ当たっとる!」
「え、そうなの?いやでも白石は予想外だった。絶対字も綺麗なんだって、」
「その字も、ってやつの、もって何?」
「え、いや、その、か、顔とか、じゃない?」
「…ふーん」
「…じ、自分でも思ってるんでしょ?イケメンって」
「まあ、否定はせんなあ。こんだけ周りに言われてきて、全然そんなんとちゃうでとか、嫌味でしかないやん」
「うん、それは本当にね。そう思うよ。正論だよ」

器用なんだか不器用なんだか分からないけど、白石は周りのことを良く見ている人だと思う。わたしの名前を知っていてくれたことも含め、うちのクラスで浮いてる子は一人も居ないし、仮に誰か余る子が居たとしても、それを救ってやれるのも、白石のすごい所のひとつだ。

「言うとくけど俺、短所めっちゃあんで。めっちゃ自己中やし、興味ない事に関しては本間にどうでもええっちゅー態度とるし」

自分の短所なんて、自分がたくさん言えるに決まってる。わたしだって山ほどあるよ。寧ろ短所しかないくらい。人に自慢出来るのなんて、それこそ字が綺麗な事くらいのもんだし。白石の隣の席になってから数日間、わたしはキミを観察してきたけど、やっぱり短所なんて見つけられなかった。興味ない事に無関心でいてしまうなんてみんなそうだし、わたしだって自己中だ。所詮自分以外の誰かを中心とする時なんて、それは恋をしている時くらいだよ。

「でもやっぱり白石は、人より優れてると思うよ。短所の数なんてわたしなんかに比べたら本当、虫みたいなもんだよ」
「え、虫?マジで?」
「もうね、ダンゴムシみたいなもん。本当に。大変だと思うよ?期待もされるだろうし、勝手に王子様とか言われてさ。わたしがもしお姫様とか言われた日にはもう…まあ言われないけど」
「なんで?女の子はみんなお姫サマになれる可能性秘めてるやろ。男だってそうやけど」
「…?」

「好きになったたった一人の女の子は、男からしたら大事な大事なお姫サマや。一生かけて、自分が王子様にでもなったつもりで守ったらんと」

ぽかん、と口が空いた。な、な、なんだそれ…!どんだけ根っからの王子様体質なのキミは!?照れもせずよくそんな台詞…!こっちが恥ずかしいんだけど!!

自分に向けられた言葉じゃないとわかっていても、心臓はばっくんばっくんいってて、治まりがつかない。フェンスに寄りかかるために力を入れていた足から、すっと何かが抜けていった。すとん、と座り込んだわたしを心配してか、「名字?」と顔を覗きこもうとする白石。天然も程々にしとけよ…!

「や、ごめん、…お願い、ちょっと今見ないどいて、」
「え、なんで?気分悪いん?大丈夫か」
「うん、大丈夫、じゃないけど、大丈夫だから、ほんと、今、だめ」

絶対顔真っ赤だ。これだから処女は…とか思われるのやだし。自分に置き換えたわたしが悪い。もしもわたしが白石に好きになってもらえたなら、一生大事に、守ってくれるんだ、とか、あるわけない未来を勝手に妄想したりして。だってそんなの、普通ありえないよ。思ってるとしてもさらっと言えるわけない。プロポーズっぽかったし。…だからわたしに向けてじゃないんだってば!

「名字」
「…何」
「耳、真っ赤やけど」
「うぇっ!?」

慌てて俯いたまま耳を両手で塞ぐようにして隠した。その所為でまだわたしの顔を覗きこんでいた白石と目が合う。や、ば、わたし今本当に顔真っ赤なんじゃ…!

「っ、わ、わーっ!わー!わあー!見るな見るな見るな!お願いだから見ないで!」
「え、だって名字、顔めっちゃ赤、」
「いい!いいから!わかってるから!気にしないで!暑い!うん、暑いんだよ!熱中症!」

忍足クンならこれで見事に騙せて、「熱中症!?アカン!保健室行こ!」ってなるんだろうな。でも相手は忍足クンじゃない。白石なんだ。鋭くて、賢くて、周りを良く見てる、優しい優しい王子様。

声を聞くのも顔も見るのも怖くて、ぎゅうっと目を瞑ったまま両耳を塞ぐ。だけど両手はあっさりと彼に掴まれて、ぐぐぐ、と力を入れて抵抗するも、呆気なく耳から手を離された。声が聞こえる。低くて甘い、脳までとろけそうな白石の声が。

「意外なんはどっちやねん…、ギャップありすぎやろ」

せめて顔だけは、と思って瞑っていた目は、自分から開ける事になった。いっ、い、今、なんか、唇に、なんかっていうか、唇らしきものがっ、あ、あた、当たった…?

「な、なっ、何!?何した!?」
「…何って、キスやけど」
「なんで!?」
「目ぇ瞑ってくれとったし、なんかもう可愛いすぎて」

い、意味がわからん!全く以って理解不能!目を瞑ってたのは断じてキスして欲しかったわけじゃないし、されるとか思ってなかったし、可愛いわけないし!
頭の中をハンドミキサーでぐるぐるぐるっと掻きまわされた気分だった。もうめちゃくちゃだ。白石の観察はもう今日で終わり。結論からするととんでもない奴だったってこと。ただそれだけ。

「俺、興味ない事に関しては、ほんまにどうでもええっちゅー感じなんやけど、」
「…うん、それは聞いたよ」
「逆に、興味ある事に関しては、とことん追求したいっちゅーか、それが売りモンなら絶対買うし、試して気に入ったらずっと使うタイプやねん」
「…それとわたしのファーストキスと何の関係が?」
「(初めてやったんか…!)要するにやな、興味持ったっちゅー事。名字に」
「は、はあ!?」
「興味津々やわ。せやからはい。携帯出し」

白石は自分の携帯を出すなり、アドレス交換を要求してくる。悔しい事にわたしも白石には興味津々だった。そして現在進行形で、この人の事をもっと知りたい、教えて欲しいと思っている好奇心旺盛な自分が居る。

言う通りに携帯を制服のポケットから取り出して、赤外線でアドレスを交換した。未だに身体の熱が体内でぐーるぐーると逃げずに回り続けている。

チャイムはまだまだ鳴ってくれそうにないし、とにかくこの赤い顔をなんとかしなくちゃ。赤面症かってくらい自分でも顔に熱が集まっているのが分かる。恥ずかしい!消えたい!

アドレスを交換してすぐに携帯が鳴ったから、ぱ、と画面を開いてみた。

「!」

白石を見ると、完璧な悩殺スマイルでわたしを落としにかかってくる。返信しない代わりに、「こ、こちらこそ」とぎこちなく返した。


【これからよろしく!】

こんなメールを保護しちゃうくらいなんだから、わたしは完全に白石に落ちる運命だと思う。


fin.




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