short | ナノ

love love love



白石のことを好きな子はたくさんいる。そんなことは好きになってしまう前から知っていた、わかっていたことだ。それでも好きになってしまったものは仕方ない。どうしようもない。せめてあたしに勇気がれば、告白だって出来たのに。いっそのこと一思いにフラれてしまえば、諦められる気持ちなのかもしれないけど。告白なんてしたことないし、どんな言葉を伝えたらいいのかもわからない。何よりあたしは臆病で、想いを伝えることなんて出来るわけもない。

加えてあたしには可愛げというものが一切ない。他の子みたいに媚でも売れたらまだ良いんだけど。白石に話しかけられただけで、どうしようもなく舞い上がってる癖に、つい恥ずかしくてそっけない態度をとってしまう。いや、そっけないどころじゃない、余計なことまで言っちゃうし。どうしたもんか。こんなんじゃ一生振り向いてもらえるわけがないし、例えあたしが多少愛想良くしたって、結局振り向いてもらえるわけないんだ。

「名字ー、今日委員会あるけど一緒に行くやろ?」
「!、い、行かない。サボる」
「はあ?あかんて、出ようや」
「じゃあ先に行っていいよ」
「え?なんでや、一緒に行こうや」
「…い、いいって、行ってってば!」
「…わかった。サボったらあかんで。連れに来るからな」

ほらね、やっぱり愛想なんか無に等しい、っていうか最悪だよねあたしの態度!本当はめちゃくちゃ嬉しい癖に、思ってもないことばっかり、我ながらよくもぺらぺらと出てくるもんだ。
あたしはあたしが大嫌いだ。自分のことも好きになれないのに、そんな奴が誰かのことを好きだなんてお笑いかもしれないけど、だけどそれでもやっぱりこの気持ちは消せない、なくならない。嫌いになれたらどんなに楽だろうって、思ってもどうしようもないことばかりだ。


委員会の始まる5分前。あたしはサボらずに出ようと教室を出た。急ぎ足で向かって、ちら、と教室の中を覗く。良かった、まだ始まってないみたいだ。


「そういや白石ってなんで彼女つくらへんの?」
「またその話かい」

思わず身体がびくりと反応する。入ろうと思っていたのに、急に胸が苦しくなって思わずぎゅっと手で押さえる。
もし、白石に彼女が出来たら、そしたらその時は本当に、本当に諦めなくちゃいけないんだ。何もしなかった自分が悪いって、それで、また自己嫌悪して、あたしは。

立ち聞きするつもりはなかった。あたし意外の委員の人が、あたしの横を通り過ぎで教室の中へ入って行く。

「つくろうと思えばすぐやろ!ほんま羨ましいやっちゃ」
「…別に、好きな子以外と付き合うても意味なんかないやろ」
「おっ、なんやなんや!それって好きな子おるっちゅーこと!?」
「さあな」
「教えろって、俺と白石の仲やろ?」
「委員会一緒なだけやんか」
「ええやんけ、なんなら俺のも教えたるし」
「興味ないんやけど」
「いやちょっとは興味もてや!もってくれや!」
「どうしてほしいねん」

「あれか?名字?」
「…は?」

はあ!?何言ってんだあのカバ!カバみたいな顔してなんであたしの名前が…!
そう思いつつ耳をすませて話の内容を全部聞こうとしている自分がいる。なんていやらしいんだろう。これでフラれたって、自業自得なだけなのに。

「お前よお自分から声かけてるし、そうなんかなーって。って謙也が言うてた」
「あいつ…。声くらいかけるやろ。クラス同じやし、委員会も一緒やし」
「まあ、そらそうかもしらんけど」

「それに俺は、名字に嫌われとるしな」

心臓が、一瞬止まった。息が出来なくて、瞬きも忘れてその場に立ち尽くすことしかできない。ひゅ、と酸素を急に取り込んだら、咽返ってしまった。しまった、と思った時にはもう遅くて、白石が教室から顔を出した。

「名字、やっと来た。もう始まるで、早よ入り」

ぱ、と掴まれた腕が熱い。そこからどんどん熱が広がるみたいに、あたしの顔も熱くなる。恥ずかしさで思い切り手を振りほどくと、白石は少しムッとした表情を浮かべた。違う、別に今のは、嫌とかそんなことじゃないの。

誤解されている。それは全部あたしが悪い。あたしが白石を嫌い?こんなに好きなのに、どうしてそんな風にしか伝わってないんだろう。どうしてあたしは、好きな人に、こんな顔をさせてしまってるんだろう。笑ってほしいのに。冗談だって言い合いたい。そして、白石に好きだって伝えたい。それなのにどうして。

白石の顔をもう一度見る。怒っているのかどうかはわからない、けど、良い気分ではないことは確かだった。当り前だ、誰だってあんな風に腕を振り解かれたら、多少なりとも嫌な気持ちになる。もし逆の立場ならあたしはしばらく立ち直れないかもしれないのに。

「中入ろ」

それでも優しくそんな言葉をかけてくれて、この人はどこまであたしを好きにさせれば気が済むのかと思った。鉄分?カルシウム?何が足りないのかはわからないけど、急に泣きそうになる。情緒不安定もういいとこだ。

白石の顔を見れなくなって、ばっと視線を逸らすとほぼ同時に、あたしはその場から逃げるように立ち去った。
後ろで白石があたしの名前を呼んでくれる。嬉しかった。だけど追いかけてきてはくれない。何かを少しでも期待していた自分が恥ずかしくて、ますます嫌いになれた。


自分のクラスに帰ったって、どうせ誰かいるんだからダメだ。誰もいないところはどこだろう?探して行きついた先は屋上だった。

空が高くて、青い。まるで南国みたいだ。今日に限って暑いなんて最悪だ。…本当に最悪なのはあたしだけど。

日陰を見つけて素早くそこに入った。仄かに涼しくて、逆にそれが涙腺を擽る。嫌いなわけないじゃんか。今までそんな風に思われてたなんて、そう思うと悲しすぎる。でもそれはあたしが悪いわけだし、あたしがもっとにこにこ愛想良くしてれば、せめてあんな顔をさせることはなかったはず。

「…名字!」

名前を呼ばれて思わず陰から顔を出す。近づいてきたのは、名前を呼んでくれたのは、白石だった。

「な、なん、で」
「なんでやないやろ、俺までサボるハメになったやんか!」

意味がわからない。だってさっきあたし、あんな態度…白石だって、怒ってたじゃない。なのにどうして、追いかけて来てくれるの?

「泣きそうな顔してどっか行かれたら、そら心配になるやろ」
「…泣いてないし、余計なお世話だよ」
「余計なお世話で結構、俺は後輩のお陰か知らんけど、面倒見はええ方やからな」
「め、面倒見って…」

誤解を解かなくちゃ、言わなくちゃ。そう思うとまた心臓が止まりそうになる。だめだ、好きすぎて、言葉に出来ない。

「…名字は俺のこと嫌いかもしらんけど、委員会とか、そういうのは出ようや、な?」
「き、嫌いなわけないじゃん!」
「え?」

ぐいっと白石の腕を引っ張る。咄嗟の出来事に、白石はバランスを崩して尻もちをついてしまった。謝ることもせずに、あたしはそのまま掴んだ手に力を込める。白石に詰め寄るみたいに、顔をぐっと寄せて。こんなに近い距離、初めてかもしれない。

「嫌いなんかじゃない、そんな風に思わないで…!」
「ちょっ、名字…?」
「嫌いになれるんだったらなりたいよ…!こんな気持ち、なくなればいいのにって、消えちゃえばいいって思うよ!」

更に自ら距離を縮める。殆ど馬乗り状態で、あたしにもこんな芸当が出来たんだと、自分でもびっくりするくらい。今目の前に、数センチの距離に、白石の顔があるなんて。

夢のような距離だ。体温さえ感じ取れる。あたしの心臓は正常に動いているかな。
ちゃんと、言葉になって伝わって欲しいと願いながら、喉の奥か想いと一緒に声を絞り出す。

「好き…!」
「…名字、」
「き、嫌いだなんて一回も思ったことないよ、本当、だから、」

白石にだけは誤解されたくない、と最後に言うと、ぼたぼたと白石の顔にあたしの涙が落ちてしまった。

「あ、ご、ごめ、あたし…」
「っ、こんのドアホ!」

ごつん、と軽く額に頭突きを食らった。何、何なの?と白石を見ると、さっきよりずっと怒った顔であたしを見ている。え、何、全然わかんないよ…!

「順番おかしいやろ!いきなり一人で起承転結とか、…はあー、ほんまもう、なんやねん」

あたしが勝手に落としてしまった涙をぐいっと手で拭って、そのままあたしの瞳に浮かんだ涙まで拭ってくれる。両頬をぺちん!と勢いよく挟まれて、「にゃにすりゅの」と舌が上手く回らないまま白石を見つめる。

「俺は…嫌われてるわけと、ちゃうんやな?」
「う、うん…!」

じわ、とまた瞳に涙が浮かぶ。違うよ、全然、嫌いなんかなれるわけないんだ。だってこんなに好きなのに。あたしが誤解を生んだ。あたしの態度が悪かった。そんなことはずっとずっとわかっていた。でもどんな風に接したらいいか、嬉しいって素直に言えないから、顔にも出せないから、あたしはあたしが嫌いだったの。

「し、白石に、嫌われても、あっ、あたしは、白石のこと好きだから、…嫌いなんて、思ったことないよ…!」
「あーもー、待て待て!もうそれ聞いたって!」

呆れられた?うざい?もうなんでもいいよ、ここまで来たら後戻りなんか出来ないもん。こんな格好悪い告白の仕方なんて聞いたことない。好きな人に馬乗りになって、泣きじゃくって、わけわかんないことぶっちゃけて、本当にあたしは何をやってんだろう。

恥ずかしい、消えちゃいたい、けど、白石の中に少しでもあたしという存在が、残ればいいとか思ったりして。あたしは本当に、本当に。

「…怖かった。あたしは、ずっと、逃げてきたの…!でも、やっぱりあたしは、白石、」
「名字、それ以上喋ったら怒るで」
「どうして、聞いてよ!あたしはずっと白石のことっ…」

怒る、って言った癖に。白石は嘘をついた。だってこんな、キスとかあたし、聞いてない。

「…な、に、」
「言うたやろ。怒るって」
「おこ、るって、それでなんで、」
「次は俺の番」
「…?」

「ぶっちゃけ、ほんまに嫌われてるんやろうと思ってたから、今、ほんまに嬉しい」
「だ、だから嫌いなんかじゃ…、」
「俺の番やって言うたやろ、黙って聞いとき」
「…はい」
「なんで名字がそんなに自分に自信がないんか、俺にはわからんけど、俺は結構好きやねん。名字のそういうこと」

自分に自身がないあたしが、大嫌いなあたしのことが、好きだって言ってくれるの?
夢だろうか、この白石は幻だろうか。嬉し過ぎて、心臓が止まりそう。呼吸さえもままならない。再び白石が涙を拭ってくれてなきゃ、またこの人にたくさん染みをつくるところだった。

「人の顔色とか伺ってさ、俺はそういうのせえへんけど、みんなに気遣って、えらいなって思う。溜めこんで、それでも吐き出さずにおれるっちゅーのは、普通に考えたらしんどいし、苦しいことやん」
「…っん、」
「名字が自分のこと嫌いでも、俺は名字のこと、好きやから」

喉の奥が震えて、言葉が出てこない。すん、と鼻を啜って、思わずぎゅうと白石にしがみつくように抱きつくと、白石は頭をよしよしと撫でてくれた。

「…う、っふ、えっ、」
「今日とかめっちゃすっきりしたんちゃう?にしても自分溜めこみすぎやろ、あと隠し事上手すぎ。好かれてるとか全然思わんかった」
「そ、それはっ…」
「俺なりに一応アタックしてたつもりやねんで?それなのに断られるし。脈無しやと思てたのに…あーもうめっちゃ嬉しい!」
「わっ…!」

がばっと今度は白石があたしを抱きしめる番。暑くて、溶けそうで、だけどずっとこのままでいたいなんて思う。

「もう溜めこまんで。隠さんでもええ、全部俺に吐き出して。そしたら、俺が受け止めたる」
「…受け止めきれないかもしれないくらい、あたし、好きだよ?」
「ほ、本望やわ…(あかんなんやそれむっちゃ可愛いんやけど!)」

素直になったら、自分の気持ちを伝えたら、こんなにも幸せなことが待ってたなんて知らなかった。もしかしたらあたしは特別運が良くて、こんなハッピーエンドみたいな結末が待っていたのかもしれないけど。それでも、勇気を出してよかったと心から思った。

「言葉にしなきゃ、伝わらないことって、やっぱりたくさんあるんだね」
「ははっ、何?急に。そらそうやろ」
「うん。…白石、好き」
「!」
「すごく好き。大好、」

今度は怒ってるわけじゃないんだろうか。白石はまたあたしにキスをして、真っ赤な顔であたしから目を逸らす。

「散々つんけんしとったくせに急にそんなん、ずるすぎるで、自分」
「…?」
「いや、わからんでええけど…、二人の時だけにしてな。その顔も、台詞も」
「う、うん?わかった」
「ん。あと俺にも言わせて」
「何を?」
「好きって」
「!?」

逸らしていた目が、急にあたしを見つめるなんて、白石の方が何倍もずるいんだけどな。


fin.




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