short | ナノ

I'm hungry


「…え?」

最後に体重計に乗ったのはいつだったか、そんなの全然覚えてないけど、とにかく久しぶりに乗った。精々増えても1、2キロ。それくらいはあたしの中で許容範囲だ。ただ、この数字はなんだろう?ありえない、こんなの見たことない。だって、だってごじゅっ、ごじゅ…!!

冬は食べ物が美味しいからつい食べ過ぎてしまうこともあるけど、それでも過去にこんな数字が叩きだされたことは一度だってない。だってごじゅ…ってもう何!?ただのデ…!

「ブン太だ、あいつのせいだ!あいつがいっつも…!」

いつもあたしの目の前で美味そうなもん食べたり、それにつられてあたしも食べちゃったり、一緒にバイキング行こうとかあんな笑顔で言われたらそりゃどっちの誘惑にも負けるに決まってんじゃん!太っていくに決まってんじゃん!何この太股!何この二の腕!

真っ先に思ったことは、ブン太に嫌われる。それだけは…!だった。かと言ってこのままブン太の傍にいたらあたしはついつい食べてしまうし、でも好きだし、ご飯美味しいし…でもブン太…!ってこのままじゃ無限ループだ!今日からこっそりダイエットしよう。食べる量は少しだけ減らして、ブン太に怪しまれない程度に食欲を抑えて我慢する。そして帰ってから猛烈に運動して脂肪を燃焼。よし!これしかない!

次の日から早速ダイエットを開始した。朝ご飯はヨーグルトのみ!ぶっちゃけ4時間目でお腹が鳴ったりもしたけどブン太とはクラス違うから誰にどう思われても別に気にしない。(同じクラスだったら考えものだけど…)

問題は朝食より夕食より何よりも!この昼食だ。ランチタイム。だってブン太とご飯食べるって、ねえ。

「あー、今日も飯がうまい!」

こ、こんな幸せそうな顔してご飯食べる奴いる!?もー何その緩みきった笑顔!今日もごちそうさまー!
じゃなくて!いかんいかん、ブン太につられてわたしも同じだけ食欲が…。でも今日は食べたくてもモノがないもんね。サンドイッチだけだし。それにしてもブン太んちのお弁当はいつ見ても美味しそうだなあ。あー米食べたいなー…。

「…ん?なんだよ名前、今日そんだけ?珍しいな」
「え?あ、そ、そう?いやー今日朝時間なくてさー」
「あー、そりゃ仕方ねえな」

あたし普段どんだけ食べてたんだろう。これ女子だったら割と普通の量だと思うんだけど。

「…なんかお前今日元気ねぇよな。俺パンあっから一個やるよい」

ん、と自分用に買ったはずのクリームパンを、躊躇いもなくあたしにくれた。ブン太が人に食べ物をあげるなんてなかなかないことだけど、どうやらあたしは特別らしい。(って付き合う前に言われた)

っていうか!ダメじゃん!あたしもあたしで何「あ、やったー嬉しい!」とか本気で嬉しがってんだ!これじゃあ全然ダイエットにならないし!

「や、やっぱブン太、これ悪いからいいよ。ブン太のだし…」
「何言ってんだよ、遠慮すんなって!俺がお前にあげたかっただけなんだし、悪いとか思わなくていいって」
「え、でも…」
「食ったら元気もでるだろい?お前が暗いと俺まで沈むんだって」

なんで、なんで今日に限ってこんな優しいの…!もう涙出そうなんだけど!
結局お言葉に甘えてブン太からクリームパンを受け取り、サンドイッチをペロッと完食した後、クリームパンもペロッと平らげた。

お昼の分、夜を抜けばいいんだ!と家に帰って一応日課なので「今日のご飯何ー?」と聞いてみると、あたしの大好物である「ハンバーグよ」らしい。「お母さんのバカ!でも大好き!デミグラスソースたくさんかけてね!」と言い残して食前のジョギングに出かけた。走りながら思ったんだけど、普通ジョギングって食後にするもんじゃないだろうか?食べる前に運動なんかしたら食欲が増進してたくさん食べちゃうような気が…!いや、まあ単にあたしが我慢すればいいだけのことだしね。


散々意気込んだ癖に、夕飯はいつもより食べちゃったし、お父さんが会社の人から貰ったらしいシュークリームもペロッと食べ、あれ程やろうやろうと思っていた運動は明日倍にしてやろうと後回し。
痩せる気はあるのか?と自分自身に問い掛けたくなる。それ程にあたしは誘惑に弱かった。まさかこんなに誘惑に負けるとか思ってなかったよ…。

ダイエットを決意したものの体重は減るどころか増えてしまった。
なにこれどういうこと。

「お母さんよ!」
「どうしたの、娘よ」
「明日から名前はベジタリアンになります!なのでハンバーグは愚か肉はあたしのところには置かないでください!サラダに入る生ハム、ベーコン等は可!」
「わかったわ!じゃあついでにこれ、あんたにあげる!使いなさい!」

渡されたのは母が昔愛用していたというサウナスーツ。そうか、お母さんもそんな時期があったんだね!お父さん、お母さんをこれからも愛してやってよ!

「ありがとう!」
「それかなり効くわよ〜。お母さんそれで10キロ痩せたもの」
「マジ!?」
「続ければきっと効果は出るわ。食に関しては任せない!全力でサポートするわ!」
「ゴッドマイマザー!」
「名前ファイト!!」

母に背中を押され、あたしは本気になった。ブン太が何かくれようとしたって頑なに断ったし(断腸の思いだったよ…!)、かと言ってダイエットをしていると怪しまれないように昼はそれなりに食べた。夕食はお母さんのサポートサラダで乗り切って、食後はサウナスーツを着てその辺を小一時間程ジョギング。
いかにもダイエット、って感じのスケジュールで、今日も今日とてサウナスーツを着てジョギングをしていた時だった。


「…ん?名前?」
「…!?」

公園の丁度電灯の真下で、見覚えのある顔と声に偶然出くわした。
自分が今していることも格好も、全部この人だけには知られたくないことなのに。

「な、何やってんだよお前、こんな時間に一人で…。つーかその格好何?何でそんなフードんとこ絞って、」
「あ、ひ、人違いじゃ、ないですかね…?あ、アナタダレデスカー?」
「いや俺がお前間違えるわけねーだろい、なんでカタコト?」
「う…あ、えと…」

ダイエットしてる、なんて言ったら、笑われるのかな。お前一体何キロあんだよって、絶対聞かれる。聞かれて、答えたら、絶対引くに決まってる。

「女がこんな時間に出歩くなよなー。まあそんな格好じゃ心配いらねーかもだけどよお。防寒?」
「う、うん。…てか、ブン太こそ」
「ばっか、俺は男だからいんだよ。最近体脂肪率やべーって幸村くんに言われてさ。ジョギングしてたんだよい。体重も増えてたしな」

同じだ。あたしと。でも違う、だってブン太は別に見た目普通だし、筋肉だってちゃんとある。あたしの体重がヤバいのと、ブン太の体重がヤバいのとじゃ、全然、…全然違う。

言えない。この身長で…あんな体重。二の腕だって、太股も、全部この人にだけは見られたくない。

「そ、それじゃああたしはこれで!」
「は?あっ、おい名前!」
「ちょっ、な、何!?」

腕を捕まれて、咄嗟に振り払ってしまった。ムッとした顔するブン太に、すぐに「あ、ごめ、」謝る。
だって触られたら、太いって思われる。そんなの嫌だし、嫌われたりしらあたし、本当に死んじゃうかもしれないから。

「…送っていく」
「え、い、いいよ!」
「うっせー!俺が送るって言ってんだからお前は黙って送られろい!」
「……は、はい」

久々に聞いた気がする、ブン太の俺様発言。よくもまあこんな格好の女を送ってくれるもんだ。あたしだったら絶対他人のフリするよ。

サウナスーツのせいで全身汗だくなのは内緒にしつつ、ブン太はあたしの手を握った。

いつもならドキドキして嬉しいはずなのに、今日は汗もかいてて気持ち悪いと思うし、何より自分の手まで太ってるんじゃないかと不安になって、またブン太の手を振り払ってしまった。

「…あ、ちが、今のは、」
「何だよ、俺お前になんかした?」
「してない、してないよっ!」
「じゃあ何で拒否すんだよい!俺のこと嫌ならそう言やいいだろーが!!」
「だって太ってるから!」
「………は?」
ぽかん、と口を開けて疑問符を頭に浮かべるブン太。ええい、こんな風にケンカになるくらいなら、正直にぶっちゃけていっそ嫌われた方が清々しいわ!

「…太ったの、あたしが」
「いや、さっきと話が繋がってなくね?」
「拒否したつもりはなくて、もちろん嫌なんてことあるわけない」

あたしはブン太が好きだし、嫌われたくないから、好きでいてほしいから痩せようと思った。ブン太が好きと言ってくれた頃のあたしは、きっと今よりもう少し痩せてたわけだし。

「太ってるって思われたら、嫌われるかもしれないって、思っ、て…」

今までのことがフラッシュバックしてきて、一気に涙腺が崩壊した。食べたい気持ちも抑えて、ブン太にも隠してダイエットして、ストレスが溜まってたのかもしれない。
全部が全部ブン太のためってわけじゃないけど、ずっと好きでいてもらうためには、頑張らなくちゃいけないって思ったから。

「あた、あだじ、ブン太のごと、好きだからっ、サラダとかっ毎日食べだり、しでっ、こんな服とが着ちゃっ、て、えっ、さわ、られたら、デブなのばれ、ばれちゃ、からっ…でもっいづもブン太が、おいっ、美味じそうに食べるの見てっ…うっうえええええん!!」
「待て待て待て待て!落ち着けよ、泣くなって、ガキじゃねんだからっ。話が全然わかんねぇ!」
「なんでわがんないの〜!わかっでよおお!」
「あーもう!」

頭の中がぐちゃぐちゃで、ストレスが溜まって溜まって爆発した。それでも今、ブン太はあたしを抱きしめてくれている。見放さずに、ウザいとももう知らないとも言わずにあたしの言うことをひとつひとつ理解してくれようと話を聞いてくれた。

「…バカじゃねーの、お前」
「ばっ、バカって、う、ふぇ、だっで、ブン太に嫌われたらあたじ、生きでいけないよ…、ずっと好ぎでいてほじい」
「ほじい、じゃねーよバカ。ほんと…バカすぎだろい。いいか、今から言うことよく聞け?いいな?」
「…?、うん」
「俺はお前がデブでもガリでもはっきり言ってどっちでもいい。ただ飯をちゃんと食ってんならな」
「デブデブでも、ガリガリでも…?」
「デブデブってなんだよそれ。…俺がお前のどこに惚れたか知らねーだろい」
「し、知らないよ、だって特別としか言われてないし…」
「俺はお前以外の奴に食い物はあげねぇ。お前だけ特別」
「…どうして?」
「…美味そうに飯食ってる時の名前が、俺は好きなんだよ」

走ってる時より、ずっと身体が熱い。全身にカイロでも貼ってるみたい。
そんな風に思われてたなんて、知らなかった。だってそれは、あたしがそうだから。ブン太の幸せそうなあの顔を見るだけで、あたしまで幸せになっちゃうんだよ。

「つーか体重とかいちいち気にしてんなよい。全然太ってねえじゃん」
「ふ、太ったんだって!」
「何だよ、どこら辺が。…乳か?」
「なっ!違うわ!」
「んー?でも前よりでかくね?」
「へ、変態!」
「てか改めてすげー格好だな。汗びっしょりじゃん。こんなん風邪引くだけだろい」
「これね、サウナスーツって言って、」
「ちょいフード脱がすぜ」
「聞いてよ!」

人の話も聞かずにフードを脱がすブン太。言うことなんて全然聞いてくれなくて、そのまま汗ばんだ額にお構いなしにキスをした。

むに、と頬っぺたをつねって「こんなに柔らけんだから痩せなくていんだよい」と悪戯に笑う。どういう意味さ!と口に出そうと思った言葉は、ブン太の口に飲み込まれてしまった。

「…なんか久々な気ぃする」
「そ、そだね…」
「なんならここで最後まで、」
「するわけないでしょ!?」
「…人いねーんだから中も外も大して変わんねぇだろい」
「そういう問題じゃない!」

それにせっかくだからもう少し痩せて、綺麗な身体になってから…!というのはブン太には言わないでおこう。


fin.



back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -