short | ナノ

バカでもわかるよ



「今日は英語だ」
「げ!」
「…苦手なのか」
「う、うん、一番苦手…はは」
「(赤也みたいだなこいつ)…問題ない。一から順にやっていけば出来る」
「いちおう、予習?してきたよ」
「!…基本名字はやれば出来るんだ。勉強なんてやる気の問題だ」
「そうかな?わたし、やれば出来る子?」
「ああ」

わたしって奴は本当に単純だと思う。柳くんにそんなことを言われたら、もうやる気なんか最高潮。英語は一番苦手だけど、そんなの屁でもないね!わたしはやれば出来る子なんだから。

気付けば追試は明日に迫っていた。この一週間毎日柳くんにみっちりマンツーマンで教えてもらって、自分でもスポンジ並みにたくさんの知識を吸収していると思う。頭がパンクしそうになっても、柳くんはその都度休憩をはさんでくれて、勉強の合間の息抜きの仕方まで教えてくれた。本当に勉強が出来る人、というのは息抜きまで上手くやっている人なのかな。

「名字の場合とにかく単語で点を稼ぐしかない。長文は捨てていい。小さい問題も当てればそれなりに点数も稼げる」
「柳くんもそうやって点数を稼いでるの?」
「俺の場合は単語云々じゃないと思うが…」
「ちなみに聞くけど、今回の英語何点だった?」
「百点だ」
「は?」
「唯一国語だけが98点だった。やはり文学は奥が深い」
「きゅうじゅ、ひゃ、く…すごいね!ほんとに同じ人間かな!」
「名字、声が大きい。静かにしろ」
「え、あ、ごめん」

今更ながらすごい人に教えてもらっているんだと気付く。100点なんかこの世に生まれおちて一度たりともとったことがないし、最早わたしとは一番遠いところにあるものだ。つまりそれを毎回毎回とっている柳くんも、一番遠いところに存在するってことだ。

「す、すごいね」
「名字だって努力すれば無理なんかじゃない」
「とりたいと思ったことがないや」
「とって当り前というのも辛いものだぞ」

ぽろりと本音を零す柳くんは、いつもと同じ冷静な空気を纏っている。意外にごつごつして、それでいて長い指が教科書の(1)を指す。問題の説明から入ってくれて、真剣にその説明を理解しようと必死になる。

ちら、と柳くんを視線だけで見ると、すぐに気付かれて「ん?」と優しく声をかけてくれた。「なんでもないっ!」と慌てて教科書に視線を移し換えて、問題に集中する。

なんでもなく、ない。この2、3日で、明らかに自分の様子がおかしいことはわかっていた。わたしでもわかるってことは、柳くんにはとっくに気付かれているはず。

「明日が本番だが、緊張しているのか?」
「え!?いや、し、してない、くも、ないけど、」
「しているのか」
「だっ、大丈夫!わたし追試常連だからさ!万が一だめでも…」
「今回から再追試はなくなったこと、知らないのか」
「…え?何それマジで?」
「マジだ。それと、これはあくまで俺の予想に過ぎないが、今回お前だけこうして特別メニューを出されたわけだから、今回の追試が万が一駄目だった場合、何らかの措置がとられると思うんだが…」
「な、何らかの措置って!?」
「声が大きい。…例えば、夏休み返上で毎日補習授業、とか」
「えええ!?嫌!無理!なにそれ死ぬ!」
「…俺が声が大きいと言っているのはもしかして届いてないのか?」
「あ、ご、ごめ、いやだって、わたしもう夏休みは遊ぶ予定がバリバリで…」

それは困る。めっちゃ困るしめっちゃ嫌だ。柳くんは自分の予想に過ぎないとかなんとか言ってるけど、わたし的にはそれ現実になるような気が超するんだ。だから何としても明日の追試に合格しないと…!

「や、柳くん、勉強しよう!超教えて!」
「超教えて、という文法からまずおかしいんだが」
「それはいいから、早くっ、わたし本気出しちゃうよもー!」
「お前の本気がどの程度なのか目に見えてるのは俺だけか」

俺も本気出すぞ、と少し意地悪く笑いかけるもんだから、身体の奥の芯みたいなところが熱くなって、顔に熱が集まるのがわかった。恥ずかしいけど、今はそれどころじゃない。夏休み返上なんて死んでも御免だよ!



いざ、参らん!ってそんな大層なことじゃないんだけど、いつもより少し違った心構えで追試に臨む。人生で初めて徹夜をした。今寝ていいぞって言われたら2秒で寝られる。そのくらいわたしは昨日、家に帰ってからも一人で頑張った。家族からは、明日は雪なんじゃないか、と騒ぎ立てられる程。

不合格なんかマジで御免だ。何としてでも合格してやる!
始め、という合図で一斉に問題用紙を表に返す。今まで一問目からお手上げだった問題が、すらすら解ける。柳くんに言われた通り、英語は単語を重点的にやってよかった。

全ての教科分追試が終わって、こっそり携帯を見る。昨日メアドも交換したことだし、なんとなく柳くんに【無事終わりました!手ごたえありv^^v】とメールを送ってみると、すぐに返事が返って来た。返信早いとか超意外だ。

【結果が出たら図書室に来い。】

何様だよって言いたくなる文面だけど、どこか優しい感じがして、すぐに【了解しました柳先生!】とふざけて返信してやった。これで悪い結果だったらわたしはもう柳くんのところへも、家にも帰れないな…。

どきどきしながら待っていると、しばらくしてようやく先生が教室に入って来た。

「今回から再追試はなくなったから、今から名前呼ばれた奴は夏休み返上で補習な」

柳くんの予想は見事に大当たり。わたしはまわりのひと達みたく声をあげて嫌がることはせずに済んだ。もし聞かされてなかったら、みんなと一緒にマジ勘弁!マジで無理!とか嘆いていたところだ。

「坂下ー」
「ぎゃああああ!」
「井上」
「ひいいいい!」
「近藤ー、篤の方」
「なんで俺だけなんだよおお!」
「以上三名だ!名字は頑張ったな、ぎりぎりだったけど」

呼ばれなかった。今までだったら絶対呼ばれてた。徹夜の効果か、柳くんの教えのお陰か、もうなんでもいいや。とにかくわたしの夏休みは確保された!
テストを返却されて、本当にぎりぎりではあったけど、合格点にちゃんと達していた。英語のテストなんかは、最初の単語20問全てパーフェクトだ。先生からエクセレント!とコメントまでついている。

「せっ、先生わたし…!」
「お前柳に感謝しろよー?つーかまあ俺が土下座したお陰?」
「プライド捨ててくれてありがとう先生!」
「おう!お前はやれば出来るんだから普段からやれ!」
「じゃあ先生さようならー!」
「聞けよっ!…気をつけて帰れよー!」

テストを鞄にしまうのももったいなくて、走って図書室に向かった。ガララッと勢いよくドアを開けると、今日は殆ど人がいなかった。図書委員の人が二人と、眼鏡の女の子、それからいつもの席に柳くんが居た。

小さな声で「柳くーん、」と駆け寄ると、カタンと席を立った。まさか、とでも言いたげだったから、ばっ、とテストを彼の目の前に広げる。

「みてっ、ぎりぎりだけど、合格!」
「…カンニングしたのか」
「してないわ!ひどっ!マジひど!もうやだ、帰る!」
「待て、冗談だ。…もう少し奥の方に行こう」
「え?あ、ちょっと、」

いきなり手をひかれて、テストが手から落ちてしまわないようにしっかり握りつつ、柳くんを見上げる。ずっと前から思ってたけど、柳くんて甘い玉子焼きみたいな匂いがする。

「汗臭いか?」
「え?あ、いやごめん、違う違う、今日朝玉子焼きだったでしょ?」
「俺の家は毎朝…ん、匂うのか」
「うん、いい匂い。おいしそうな匂いする」

本と本に挟まれたこの空間には誰もいない。しん、と静まり返っていて、まるでわたしと柳くんの二人っきりみたいな、そんな空間が出来あがる。

「わたし、昨日初めて徹夜したんだ。頑張ったよ」
「寝てないのか」
「え?いや、4時には寝たかな」
「それはまだ徹夜とは呼べなくないか?」
「えっ、そうなの!?でもめっちゃ頑張ったよ!」

褒めてくれないのかな。と思っていたことがどこからか漏れたのだろうか、柳くんが突然、わたしの頭をよしよしと撫でた。まるで動物でも撫でるみたいに。

「…同じ筈なのにな。他と」
「…?、何が?」
「特別馬鹿だからか、お前の事が可愛いく見える時がある」
「…しっ、失礼な!喜べないじゃん!」
「喜ばなくていい」
「え、ええ…?」

意味がわからない。頭の良い人というのは何を考えているのか読めない。わたしの場合頭の悪い人の考えていることも読めないんだけど。柳くんのことは、特別わからない。こうだったらいいのに、こんなことを考えてくれたらな、そんなことはたくさん思うのに。思うだけで、そこから身動きをとることが出来ない。

「夏休み、予定入ってるんだったな」
「うん?そうだけど…柳くんは部活なんじゃないの?」
「勿論そうだが、…単刀直入に聞いていいか」
「な、何?」

「俺はお前の事が好きなんだが、お前は俺の事が好きか?」
「へ、」
「夏休み、名字と一緒に過ごせたらいいなと思っている自分が居る」
「ちょっ…、や、柳く、」
「気になって仕方ないんだ。酷い事を言うが、今回お前がもし不合格なら、俺が教えてやれる期間が延びて、もっと一緒にいられると思った」
「ストッ、ストップ!」

本棚に詰め寄られて、逃げ場なんて両腕で塞がれてとっくになくなっていた。唐突すぎる、こんな積極的、だったっけ?ライオンやトラと同じ肉食系の瞳とまるでそっくりだ。

「ごめ、整理しきれない、わたし、バカだから」
「分かり易く言うなら、好きだから付き合えって事だな」
「それくらいわたしでもわかるってば!」
「?、他に何か不明点があるのか」
「いや、だってわたし、柳くんはもっと頭の良い人が好きだと、思ってたし」
「俺もお前みたいな馬鹿はタイプじゃないんだけどな。恋愛にも例外というのがあるらしい」

じり、と徐々に顔と顔の距離が縮まってくる。顔が赤くなっていくのがわかって、ふっと下を向いた。だけどわたしなんかより柳くんの方が一枚も二枚も上手だから、くいっと顎を人差し指で持ち上げられて、強制的に視線が絡み合う。

「返事は、今してくれないのか?」
「し、しないと、だめ、なの?」
「駄目に決まってる。俺はお前に対しては気長でいられない」
「え、と、じゃあ、返事、するね?」
「ああ」

「わたしバカだから、柳くんの隣が似合う人になれるように、が、頑張るよ。勉強と、一緒に」

流れに身を任せて、もうどうにでもなっちゃえって勢いで返事をしたら、顎を支える力が一瞬ぐっと強まって、深く唇を押しつけられるみたいにキスが落ちてきた。

息の仕方もわからないわたしに、「勉強不足だな」といつかみた意地悪な笑みで言うから、腰が抜けてしまった。柳くんと比べないでもらいたい、と迫力もくそもないんだろうけど、睨まずにはいられなかった。

「今から教え込んでやる」
「も、もしかして柳くんって結構、」
「俺がマゾヒストなわけないだろう」
「あ、あは、でも待って、わたし力が入らな、」
「関係ないな」

本棚を背に座り込むわたしには、柳くんは容赦などしてくれなかった。下手をするとこの一週間よりもスパルタだ。

「んっ、柳、く、」
「…、っ(こいつ、天才的にエロいな)」


fin.



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