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バカでもわかるよ



期末テストの結果が返って来た。もちろんわたしみたいなもんが良い点数なわけがない。ってか、え?さすがにこれはまずいんじゃなかろうか?下から、いちにー、さん、よん…

「ごばん!?」
「え、何名前、まさか5番内に入ったの!?」
「あ、いやいや、下から」
「ああ、そりゃそうか」

そりゃそうだよ。自他共に認める勉強出来ない子だから。そもそも勉強って何?なんであんな難しいそうな字してんの?頑張って勉強したらなんかもらえんの?ていうかまず数学を教えるんじゃなくて、この数式はどんな時どんな場面で役に立つのか教えてもらわないと、やる気なんか起こらないって。(余計やる気失くすだけかもしれないけど)

「赤点の奴は追試なー」
「…また追試か」
「それから名字!」
「え、何ですか?」
「何ですかじゃねぇ!お前だけ今回は特別メニューだ!」
「ええ!?何それ!意味分かんない!」
「下から五番目の奴の意見が通ると思うなよ!今日からだからな!」
「先生わたしの成績なんで大声で漏らすんですか!」
「お前がバカだからだ!」
「ひどすぎる!」

わたしだけ特別メニューって一体何!?何されんの!?まさか鞭でバシバシ叩かれるとか!?

「頭で考えていることがだだ漏れだぞ、名字」
「え、あれ、何で柳くんが」

放課後、先生に言われた通り教室に残っていると、わたしの前の席に突然、クラス、いや、学年で一番か二番目に頭の良い柳蓮二くんが座った。先生曰くうちのクラスの誇りらしい。

「特別メニューだ」
「は?」
「今日から追試までの一週間、俺がお前に勉強を教えてやる、という面倒な事になった」
「マジで?」
「マジだ」
「っなにそれ超めんどい!ていうか柳くんもさあ、面倒なら断ればいいじゃんか!」
「先生に土下座までされては流石の俺も良心が痛む」
「土下座までしたのかあの熱血教師…。ていうか柳くん部活あるんじゃないの?テニス部だったよね」
「部長にも顧問にも了解を得ている。一週間くらい問題はない」
「…あ、そう」

言っとくけどわたしは柳くんの手には負えないと思う。自分で言うのも本当何だけど。本音を言うとわたしの手に負えない。この超絶頭の良い柳くんが。

「早速始めるから図書室に行くぞ」
「え、何で?」
「静かな場所の方が捗るからだ」

教室にはいつも数人男子と女子が残ってキャッキャと戯れている。わたしもたまに残るけど、確かにこんなところじゃ手より口の方が動いてしまいそうだ。

必要な物だけを持って図書室に行くと、シーンと静まり返った空気が広がっていた。受験生もいるせいで、若干ピリピリしているようにも感じる。

「わたし図書室初めて来た」
「…そんな人間がまだ残っていた事に驚愕だな」

普段は細い目をこの時ばかりはまん丸くして、本当にありえないものを見る目でわたしを見つめる。わたしはツチノコか。

「図書室では静かに、って書いてる。読めるか」
「それくらい読めるわ!バカにしてるでしょ!」
「…読めても理解出来てないのか」
「い、今のはしょうがないじゃん」

つい大きな声を出してしまって、挙句受験生から思い切り睨まれた。柳くんめ、まさかこうなるとわかってわたしにわざわざ言ったんじゃ…。黙って彼の後ろを着いて行って、ようやく席に座れた。ここは比較的ピリピリしてなくて、勉強している人よりは、本を読んでいる人の方が多い。図書室のこと、よく知ってるんだな。

「今日は数学だ。56ページを開け」
「なんで命令口調?」
「お前が俺より馬鹿だからだ。いいから開け」
「…はいはい」
「はいは一度でいい」
「は・い!」

柳くんより頭良い人なんて東大とかそこらへんにしかいないだろ。と内心文句を言いつつ言われた通り教科書を開いた。そして彼がまた目を見開く。

「おい、どうなってるこの教科書は」
「え、何が?」
「落書きだらけで内容が読みにくいにも程があるぞ」
「え、読みにくい?ここはさー」
「もういい、俺の教科書でやる」
「な、何さ、せっかく持ってきたのに」
「これは教科書とは呼べないな」

むき!とあからさまにわたしが怒った顔をすると、柳くんは「冗談だ」と大人な対応でわたしを落ち着かせた。この人一体精神年齢いくつなんだ。もう還暦迎えてるでしょこれ絶対。おかしいのはわたしじゃなくて、柳くんだ。

一通り公式の説明とかをしてもらったのはいいけど、まあ全く頭に入ってこない。元々それが出来ればこんな馬鹿じゃないし、苦労もしてない。覚える気がないのか、本当に覚えることが出来ないのかすらわからなくて、所謂典型的な勉強出来ないタイプなのだ、わたしという奴は。

「柳くーん」
「何だ、腹が減ったのか」
「それもあるー、けど、」
「…もう飽きたのか」
「あ、飽きたっていうか、全然頭に入ってこない」
「それはお前の問題だろ。俺は最善を尽くしている」
「いやー、尽くしてくれてるのはすごくありがたいんだけどさあ。多分誰に教えてもらったって出来ないよ。わたし本当にバカだし」
「…」
「頑張っても出来ないことってあるじゃん。わたしには勉強は頑張ったって結果出ないもん」
「やる前から出来ないと言うのか?」
「…やっても出来ないから言ってるんじゃん」
「じゃあ聞くが、名字は人に言いふらせる程の努力をしてきたのか?徹夜で勉強したり、毎日復習予習をしたり、そういう努力をしたのか?」

鋭い瞳がわたしを見つめる。言葉に詰まる。喉の奥が締まって、何も言い返すことが出来なかった。図星だからだ。

「お前のやる気がないなら、俺の教える気も失せる。その逆があるなら、俺だって教えたいと思う」
「……」
「今日はもうやめよう」

パタリと教科書を閉じて、必要最低限のものしか入らないような大きさの筆箱に、筆記用具をしまっていく。下唇を噛んで、わたしはただその様子を見ていた。

「教室に戻るぞ」

その言葉に無言で立ちあがって、来た時と同じように柳くんの後ろを着いて歩く。よく考えたら一番面倒なのは柳くんだ。それ程仲良くもないわたしに急に先生から勉強を教えるよう頼まれて、部活を休んでまでわたしに時間を割かなくちゃいけない。しかもその教える相手が筋金入りのバカだから、普通は手をあげたくもなる。それなのに、基本からわたしに教えようとしてくれた。怒りもしないで、優しく、ただ淡々と。

言葉を交わさずに教室に戻ると、さっきまでいたはずのクラスメイトはいなくなっていた。鞄も、わたしのと柳くんのものしかない。柳くんは自分の席に戻ると、大きなテニスバッグを肩にかけた。部活に、出るのだろうか。
確か立海のテニス部は全国制覇を成し遂げる程の実力、って誰かから聞いたことがある。きっとそれだけ練習もハードなんだろうし、柳くんだって血の滲むような練習を経験しているはずだ。自分の為じゃなくわたしの為に一週間も練習を休むなんて、本当は平気なはずなんてない。部長や顧問の先生が良くたって、柳くん自身が出たいはずなのに。

「じゃあ、また明日な。教科書の落書きくらいは消しておけ」
「あっ、…柳くん!」
「?、何だ」
「あ、えと…あ、明日、落書きちゃんと消してくる!あと、今日教えてもらったとこ、復習してみる!」

復習する、なんて言葉自分から初めて言ったかもしれない。でも変わらなくちゃ。やらなくちゃ。本気で、取り組まなくちゃ。自分以外の誰かが、わたしの為に時間を割いてくれるんだから、さっきみたいなこと、もう二度と言わない。そんでもって。

「わたし頑張るから、一週間って超長いけど…よろしく!」

彼が教室を出る直前、だけど言えてよかった。柳くんは珍しくふっと笑って、「一週間なんてあっと言う間だ」と言ってくれた。

わたしは誤解してた。頭の良い人はもっと怖くて、きっと考え方もすごい堅ーい人なんだって、勝手に思ってた。こんなのただの偏見だ。柳くんはとても優しくて、良い人だ。

「…あれ、偏見って正式にはどういう意味だろ」

気になった単語はまず調べてみる、こういうことから始めた方がよさそうかも。



後編へつづく



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