short | ナノ

世界で一番



靴箱を開けたら、上段の上靴の上に何枚かの手紙が乗っていた。それに加えて下段にはクッキーやマフィンなど、ラッピングされたお菓子。今日もか、と思いつつ、とりあえず一枚一枚差出人に目を当てていく。

「ん、…えっ!?」

思わず声を上げてしまえば、周りに居た女子男子、たまたま通りがかった先生までもが俺を見た。俺が声を上げるのがそんなに珍しいことだったかな。…確かにちょっと珍しいか。いやだってこれ、こんなの声出さずにはいられないじゃないか。

まさか好きな子から、ラブレターを貰えるなんて。

らしくもなく密かに想いを寄せていた。いつかは告白しようと思いながらも、ずっと燻っていたんだ。
片想いだと思っていた。一方通行だと思っていた道は、そうじゃなかったってこと?

流石にここで封を開けて内容に目を通すのは恥ずかしくて、がさつに他の手紙やお菓子を鞄に入れて誰もいない部室へ向かった。(さっき朝練終わったばかりだけど)


高鳴る胸を抑えながら丁寧に糊でくっついていた部分を剥がした。中身はある。現実を受け入れることに必死で、嬉しすぎて鎖骨が痛んだ。

二つ折りにされた便箋を広げた。綺麗な字で、幸村くんへ、から始まる。内容は正に愛の告白。思わず顔を覆い隠したくなるようなほど、甘い言葉が書き連ねてあった。

肝心である、返事待ってますとか、何時何処で、とかは書かれていなかった。彼女もまた、俺にただ気持ちを伝えたかっただけなのか。
そんなんじゃダメだ。俺も彼女も報われない。ずっと思っていたいつかが、今なんだ。

これから始まる朝のHRも、一時間目の授業もどうだっていい。俺は躊躇うことなく彼女の教室へ向かった。


「名字さんいるっ?」

ばっ、と一気に注目を浴びる。今は恥ずかしいとか、それどころじゃない。ずっと好きだった子が、まさか自分のことを好きでいてくれてるなんて。夢みたいな話だ。だけど手紙は俺の手の中にある。夢じゃない、現実なんだ。

カタン、と一人の女の子が席を立った。名字さんだ。

「は、はい」
「ごめん、ちょっと来て」
「え、いや、でも…」
「いいから。話があるんだ」

強引にそう言うと、早歩きで俺のところに来てくれた。彼女の手をとって、俺は屋上へ向かった。


「ゆ、幸村くん、今の時間屋上は鍵が…」
「合鍵もってるから」
「えっ」
「俺の知り合いに屋上によく行く奴が一人いるんだよ」
「へ、へえ…(仁王くんかな…)」

気まずい空気をどうにかしようと俺に話しかけてくれる名字さんはいつもみたいに優しい。同じクラスになったことはなくても、君が優しいことも、正義感が強いことも、知っている。唯一知らなかったことと言えば、君が俺を好きでいてくれていることだ。

屋上にあがると、さっきまで雲で覆われていた太陽が顔を出して、陽が直に肌に当たる。もうすぐ本格的に夏が来るんだな、と思ったら少し憂鬱、だけど今年の夏は名字さんと過ごせると思ったら楽しみで仕方なかった。

「話っていうのはさ、これ、なんだけど」
「!、あっ、そ、それ、はっ」

俺の手にある手紙を見るなり、顔を真っ赤に染めて、取り返そうとしてくるものだから、慌てて手を高く上に上げた。今更取り返そうとしたって俺はもう内容を記憶するほど何度も読んでいるわけで、そんなことしたって無駄なのに。…でもちょっと可愛いから意地悪してやりたくもなるな。

「よ、読んじゃった!?」
「うん、読んじゃった」
「っ、いや、あの、へ、返事とかいらないって、いうか、こんなつもりで書いたわけじゃなくてっ」
「じゃあどんなつもりで書いたの?」
「そ、それは…」
「名字さん」
「…?」
「直接聞きたい。名字さんの口から」

えええ!?と既に赤い顔を更に赤くして、もう誰がどう見ても顔真っ赤!ってちょっと心配になるほど。「ど、どうしよ…え!?いや、む、無理だよ…」と独り言を漏らすところもまた可愛いというかなんというか。見ていて本当に飽きることがない。やっぱり俺、この子がすげー好きなんだなあって思ったら、もう早く彼女の口から愛の告白を聞きたかった。

「あ、の、手紙に書いたとおり、わたしは…」
「うん」

「幸村、くん、がっ、好き、です!」

付き合いたいとか、そんなことはおこがましいとでも思っているんだろうか。手紙にも、好きとは書いてあったけど、付き合ってほしいとか、この先俺とどうなりたいとかは書かれていなかった。気持ちを伝えるだけで十分?そんなわけはない。あわよくば、とは思っているはずだ。俺もそうだから。

「で?」
「え?で、でって…え、あ、おわ、終わりです」

「だめだよ、終われない」

目の前の彼女を強引に引き寄せて、腕の中へ閉じ込めた。頭ひとつ分違う、丁度いいサイズだ。

終われるわけないだろ、俺だってこんなに名字さんのことが好きなのに。嬉しくて、このままキスしたいくらい。

「あ、あああのっ、幸村、くん?」
「一年の頃にさ、」

助けてくれたの、覚えてる?と聞くと、ふるふると首を横に振った。俺は高校に入ってまだ間もない頃、名字さんに助けられたことがある。本当に些細なことだったかもしれない。けど、俺にとっては驚愕だった。今までそんな風に、女子に助けられたことなんてなかったし、助けなんていらなかったから。

今だから言えるけど、正直あの時も助けなんていらなかった。ただ先輩が一年の俺を見て、調子に乗ってるとか、ムカツクとか、まあ単純に言えば僻みだ。別に俺が何したってわけじゃない。そんなのは中学の頃からしょっちゅうあったことだし、別に珍しい出来事でもなかったから、その日も口で言い負かしてやるか、それでもダメなら一発くらい、と思ってたんだ。

「そしたら君が現れてさ。先輩から色々言われてた俺に、『弱い者イジメはいけません!』っていきなり…あははっ、今思い出しても面白いよ。箒持ってたしね」
「おっ、思い出した、そのことか」
「え、本当?よく覚えてたねあんなこと。トラウマになったりしてない?あのあと君も散々言われてたよね、酷い事」
「…わたし、あの日から、幸村くんのことを目で追うようになったの」
「え…」
「じゃあこれは覚えてる?幸村くん、わたしが先輩にブスとかチビとか散々言われて、終いに突き飛ばされた時、本気で怒って先輩達ボコボコにしちゃったんだよ」
「…覚えてないわけないけど、俺にとってはそこはいらない記憶なんだよね」
「どうして?わたし、こんなカッコイイ人この世に存在するんだ!って感動しちゃったよ。でも肝心なのはそのあと」
「あと?」
「うん。先輩達がどっか行ったあとに、幸村くんがすぐわたしのところへ来てくれて、『大丈夫?ありがとう、助かったよ』って笑って言ってくれて。その時の顔が忘れられない。この人のこと、勇気出して助けて良かったって思った」
「…そんなこと、言ったんだっけ」

「うん。あの時、世界で一番優しいありがとうを、幸村くんはわたしにくれたんだよ」

心臓がぎゅうぎゅう締め付けられて苦しい。発作でも起こしているみたいに、呼吸することが困難になる。「そんなくさい台詞一体何処で覚えて来たんだよ」、と笑って俺は名字さんを締め付けるみたいに強く抱きしめる。

好きだ、好きだ、誰よりも俺は、君のことが。

「好きだ。ずっと好きだった」
「…ゆ、めじゃ、ない?」
「俺も最初夢かと思ったよ。好きな子からラブレターもらえるとか、思ってもなかったから」
「…いいの?わたしで、本当に、いいの?」
「いいよ。いいに決まってる」
「幸村くん、あのね」
「うん」

「ありがとう」
「うん、俺も、」

好きになってくれてありがとう、と囁いて、耳朶にキスをした。


fin.



back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -