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君が好き


基本的に打ち上げ、というものには参加しない方だった。うちのクラスは体育祭、文化祭、その他勝負事やコンクール等が終わると必ず打ち上げというものがある。だけど今までに参加を強制されたことはないから別によかったんだけど、そうもいかなくなってしまった。

今回もいつもと同じ、来たい人は来ればいいという自由参加の形をとっていた。と、言ってもうちのクラスは集まりがものすごく良いらしく、不参加者はほんの数人で、ほとんどが集まってしまうらしい。それは多分、ていうか絶対、常にクラスの中心にいて、眩しいくらいに輝いて見える丸井くんの力なんだと思う。

彼が昼休憩にサッカーをすると言えば、クラスの男子がわらわらと集まっていく。彼が文化祭は甘味処にしようと言えば必然的にそうなるのだ。更に丸井くんは自分の意見ばかりを通すだけでなく、周りの意見もちゃんと聞き入れて、それでみんなが納得いくように、角が立たないようにまーるくしちゃうんだからまたすごい。

そんなすごい人に、誘われてしまったのだ。高校生活最後のクラスマッチが終わったすぐ後、教室にのろのろとマイペースに戻っていた時に。

『名字!』
『!?、ま、丸井くっ』
『今日惜しかったな〜、僅差だったよなあ!』
『ご、ごめん、わたし運動苦手で』
『っぽいよなー!』

わははと笑う丸井くん。どきどきしてまともに顔なんて見れるわけがない。わたしも丸井くんもバスケの女子、男子にそれぞれ参加していて、男子は見事優勝!(見てたけどほとんど丸井くんと仁王くんが点取ってた)
わたしが参加した女子はというと、結果は3位とまあ微妙だが4位よりはマシといったところだ。
せめて邪魔にはならないように、でしゃばりすぎず、かといって立ち止まることはせず、ボールがきたらすぐに近くにいるノーマークの子にパスをまわす。それしかしていない。ミスした誰かを責めたりするような人はわたしのクラスにはいないけど、そうやって可もなく不可もなく居るのが一番だと思った。

いつの間にかわたしは丸井くんと並んで歩いて、教室まで帰っていることに気付いた。どのくらいの距離を空けて歩けばいいのかわからなくて、フラフラしていたかもしれない。
丸井くんはひとしきり今日のクラスマッチについて感想を述べた後、突然「あのさー」と真面目な声を出して足を動かすのを止めた。

『…?』
『あのよお』
『うん?』
『お前いつも打ち上げ来ねーだろい』
『あ…えっと、苦手意識というか、わたしみたいなのが、行っちゃだめな気がして』
『はあ?お前過小評価にも程があんだろい。来いよ、打ち上げ』
『ええっ!?』
『ぶっ、驚きすぎ!いいか、ぜってー来いよ!今日カラオケだから!』
『カラオケって…わたし歌下手だもん!』
『だもんじゃねぇ、俺が来いっつったら来なきゃいけねーの!6時半に駅な!』

ぜってー来いよー!とそれだけ言って丸井くんは立ち止まったままのわたしを置いて走って行ってしまった。なんてこった。やばい、どうしよう、どうしたらいい!?

しばらく教室になかなか帰る気になれなくて、終礼が始まるチャイムギリギリで、体操服のまま教室に戻った。(みんな着替え済みだったから目立ってしまった…)

一旦帰宅して、とりあえずは当然着て行く服に悩む。こういう時ってスカートは控えた方がいいよね?いやでも少しでも丸井くんに女の子らしいと思われたいし…いやいや無理!いやらしいにも程があるぞわたし!こんな痣だらけ傷だらけの汚い脚出したってマイナスにしかならない。ていうか何してもプラスにならなくないか?

散々悩んだ挙げ句、結局バイト前の姉に無理矢理コーディネートを頼んでちょっと落ち着いた高校三年生風にしてもらった。甘すぎず、かといって男っぽいわけではない、まあ無難なコーディネートだ。
待ち合わせ時間10分前に言われた通り駅に行くと、丸井くんのトレードマークである赤髪をすぐに見つけることが出来た。

「ごっごめん遅くなって…!」
「おっ!ちゃんと来たか!来なかったらどうしてやろうかと思ったぜ」

どうしようかと思ったではなく…?と突っ込みを入れたくなったけどそこは内心で留めておいた。
っていうか!まっ、ま、丸井くんのし、私服、私服が…!

初めて見る彼の私服姿はわたしにはあまりにも刺激が強すぎて、出来ることなら今すぐ顔を覆ってしゃがみ込みたいくらいだよ。でもそういうわけにはいかなくて、「んじゃ行くか!」とイケメン童顔スマイルを向けられてノックアウト寸前…というのをどうにか隠しながらこくりと小さく頷いた。


ぶっちゃけ初カラオケというやつだった。歌は本当に苦手だし、わたしなんか明らかに場違いだとわかっているから、だからカラオケには足を踏み入れたことがなかった。

丸井くんと一緒にクラスのみんなと合流すると、女子達がなんで二人が一緒に…?というバカでも読み取れるような表情をしていた。いやあの違うんです。丸井くんは優しいから、いつも来ないわたしを気遣って誘ってくれただけ。ただそれだけだ。(カラオケは苦手だと言い張ったのにな)

「名字も初参加ってことで!」

「名字さんって何歌うのー?」
「てかカラオケとか来るんだね?」
「一緒になんか歌おうよ!」

丸井くんがわたしの存在を皆に知らせると、わらわらと質問責めに合ってしまった。男子からも女子からも、こんなにいっぺんに質問をされたのは生まれて初めてのことで、軽いパニックに陥る。
なんとか切り抜けて「とりあえず中に入るか!」という丸井くんの声にみんなが揃って返事をする。まるで幼稚園の先生みたいで、なんだか不思議な光景にも思えた。


「ブン太は最後!とりあえず誰か盛り上がる系入れてー!」

女の子がタッチパネル的な大きめの電子機器をクラスのちょっぴりうるさいお調子者に渡す。

わたしの左隣には何故か丸井くんがいて、右隣には仁王くんが。…女子達にボコボコにされたりしないかな、とか心配になるけどうちのクラスの女子達はいい人ばかりだから、あんまり心配しなくても大丈夫かもしれない。

左の丸井くんはメニューを見て何を頼もうか唸りながら悩み中。一方右で携帯をいじっている仁王くん。とんとんと肩を叩くと「ん?」と携帯画面から目を背けて、整った顔でわたしを見た。うおうイケメン!仁王くんは心臓に悪いイケメンだ。

「なんで丸井くんは最後なの?」
「…最後?」
「あ、うん。さっき丸井くんは歌うの最後って言ってたから、」
「ああ、それな」
「どうして?」
「まあブン太の番が来りゃあ分かるぜよ。心の準備でもしときんしゃい」
「…?」

結局仁王くんは、わたしの質問には答えてくれなかった。会話が終了してしまったのでしつこくも聞けないし、ていうかわたしも何歌うか絞り出して考えないと。

大部屋で時計回りにマイクを順番にまわしていく方式で、今はクラスの女子二人が仲良く一緒に歌っている。ずるい、いいな。わたしも誰かと二人で歌えば、音痴だってバレないのに。生憎その誰かが一人もいない。

「名字」
「ん、何?」
「一緒に歌う?」
「!?」

仁王くんがいきなりわたしの耳元でそんなことをボソッと言ってくるもんだからびっくりして声も出ない。

「い、一緒にって」
「俺あんまり得意じゃないんじゃ、歌」
「そう、なんだ」
「お前さんもじゃろ」
「な、なんで知ってるの?」
「なんとなく」

なんだそれは。ていうか、困るよそんな、だって仁王くんの歌声とか絶対女子は聞きたいじゃん。わたしの音痴な声で仁王くんまで恥をかいてしまう可能性だってなくはない。絶対にだめだ、そんなの。ていうか普通にわたしが嫌だ。

「あんまりキー高いのは出んけえ、男の歌な」
「もう一緒に歌うのは決まっちゃったんだ!?」
「じゃあ一人で歌う?」
「それは嫌だけど…」

「お前ら何ひそひそやってんだよ」
「お、えらい不機嫌じゃのブンちゃん」
「誰がブンちゃんだ!仁王てめぇずりーぞ!」
「ずるい?俺が名字とデュエットするのが?」
「こんの野郎…ニヤニヤしてんなよクソ腹立つ!」
「してないナリ。お、名字次じゃ。無理ならサビだけ歌えばええ」
「う、うん。わかった」
「名字も乗らなくていいんだよい!」
「え?いやでも一人で歌うよりは、」

「俺が一緒に歌ってやるって素直に言えばええのに」
「ばっ、仁王てめぇ!名字今のは…!」
「え?何?」

「(ほんま鈍いのう…)良かったなブンちゃん」
「おめー明日俺と試合しろい」
「おー望むところじゃき」

仲が良いのか悪いのかはわからないけど、今のわたしには二人の会話なんて全然頭に入ってこない。仁王くんと一緒に歌う曲のサビの部分。音程はどんなだったっけ、とか頭の中はそんなことでいっぱいいっぱいだ。
< BR>それからマイクがわたしと仁王くんのところにまわってきてしまって、イントロが流れ始める。仁王くんがAメロに入ったところで女子達は既にメロメロだ。なんというか、声がエロい。ような気がするのはわたしだけかな。だとしたらわたしって変態すぎないか?

そんなこんなでサビだけ仁王くんと一緒に歌わせてもらったわたしは、なんとか自分の番をやり過ごすことが出来た。さて、一周回るための最後の人物はもちろん。

「ブン太何入れたのー?」
「ミスチル」
「「「きゃー!」」」

ぎゃー!ミスチルだなんて!丸井くんのミスチルが聴けるなんてもう今日死んでもいいかも。ていうか来てよかった。

「ちゃんと聴いてろよ」
「え、」

丸井くんはわたしにこっそり耳打ちして、イントロが流れてくると共にマイクを握った。

ごくりと生唾を飲んでしまった。声を聞いてもいないのに分かる。丸井くんはきっと。

「お前さん、多分惚れる」

仁王くんが右から入ってくる。何言ってるの、もうとっくに。

惚れてるよ。


女子は当然、男子も、あのちょっぴりうるさいお調子者も、みんな静かに丸井くんの歌声を聴いていた。画面に映る歌詞を目で追いながら、耳で丸井くんの声を聴く。

だんだん顔に熱が集まってきて、更に目頭が熱を帯びる。
なに、これ。上手いとか、そんな言葉じゃ表現出来ないよ。――涙が出る。



曲が終わってマイクのスイッチを切る音まで響いた。しばしカラオケボックス内が静寂に包まれたあと、あちらこちらから「うっま!やばいでしょ!」「このあと俺もう歌えねーよ!」というごもっともな声があがる。
わたしはというと、丸井くんの歌でまさかの号泣。恐らく仁王くんは気付いているんだろう、わたしの頭をよしよしと撫でてくれた。そうされただけで涙はだんだん引っ込んできた。こんなの絶対、丸井くんが知ったら、見たら絶対ドン引きだ。そんなのもっと号泣してしまう。

「ご、ごめんちょっとお手洗いに、」

そう言って席を立つと、丸井くんに呼び止められた。しかもマイクで。

何事かとわたし以外のクラスメイトも全員丸井くんに注目している。唯一携帯をいじっているのは仁王くんだけで、その顔は何故かニヤついていた。

呼ばれて返事をしないわけにもいかなくて、「は、はい!」と姿勢を正して丸井くんを見る。髪も赤いけど、顔も、心なしか赤いような…。

「ちゃんと聴いてたかよい」
「う、ん」

聴いてた、聴いてたよ。それでわたし号泣しちゃったんだもん。

「…歌だけじゃ届いちゃくれねぇよなあ」
「…?」

丸井くんがマイクに通らない小さな声で何かをぼそりと呟いた。
わたしが困惑した表情のまま固まっていると、今度はマイクもいらない程大きな声で、丸井くんは。


「好きだ!」


エコーがかかって何度も丸井くんの声が、カラオケボックスに響き渡る。しかもそれが愛の告白で、その上相手がこのわたしだなんて、夢だ。絶対そうじゃなきゃおかしい。夢以外ありえない。まっ、丸井くんがわたしのことを好きだなんて、きっとわたしは夢を見ているんだ。

そう自分に言い聞かせていると、回りがざわざわとざわついて、段々と野次が飛んで来る。

「返事してやれよー!」
「これでフラれたらブン太かわいそー…」
「丸井男前すぎんだろ!」
「名字さん固まっちゃってない?」

ああああ、夢なの?現実?わかんない、わかんないけど、夢だとしたらこんなに良い夢他にないし、こんないい場面で覚めて欲しくなんてない。

しばらく口を開こうかどうか躊躇ったけど、近くにあったもう一本のマイクを手に取った。再び室内が静まり返る。


「わたしで、いいんですか?」

「ばっか、俺はお前がいいんだよ!」


皆の前だというのに、丸井くんは少々強引にわたしを腕の中に閉じ込めた。
タンバリン、マラカス、指笛の音とそれから拍手で部屋中溢れ返っている。こんな夢みたいな時間がいつまでも続いてほしいのに、と思いつつ恥ずかしくてどうしたらいいのかわからないというのも本音だ。

「丸井くん、わたしも、」
「ん?」

「わたしも、好き」


思い切ってわたしからも告白すると、ぎゅううーと更に腕に力を込められた。く、苦しい、けど、嬉しいからいいや。


「ブン太ー、ラブソングもっと歌いなよー!」

「今取り込み中だっつーの!」



fin.




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