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猫にテニス


あれから一週間。俺は毎日の貴重な昼休みを名字のために費やした。当然やりたくてやってることじゃないし、出来ればコーチなんてやめて自分のために時間を使いたいのに。はやく飽きてくんないかな、と思う半面何故か彼女がテニスを楽しんでくれていることが嬉しくも感じていた。不思議なことにね。

一応名字は真剣にテニスをやってるし、勉強も彼女なりにしてるらしい。俺から言わせればまだまだ、とも言えない程まだまだなんだけど、今更もう放ってはおけないというか、どうせならもっと深いところまで来てほしいと思ってしまう。一体俺はどうしたのか、彼女のペースに乗せられることが多々あるし、性格面において敵わないと思う点がいくつかある。悔しいから言わないけど、相変わらず猫みたいに、気まぐれでマイペース、ちょっと褒めるなら可愛いとさえ思う。完全にどうかしてるよ。あのお転婆っぷりには呆れて物も言えないっていうのに。

ドジなことには変わりないし、差ほどテニスのセンスがあるわけじゃないんだけど、コントロールには目を見張るものがある。それ以外は虫並だけどね。

そんな彼女が金曜の昼休み、唐突に「明日の練習はどこでするの?」と何食わぬ顔で聞いてきた。明日って、…土曜日なんだけど?
まさか、とは思いつつも一応「明日学校ないし、俺部活」と言ってみると、「えーじゃあ部活終わったらでいっか」いやどう考えても良くないでしょ。何勝手に結論導き出してんの、俺は承諾してないし、土日くらい家で練習したいんだけど。(昨日親父に色々教えてもらったばっかだし)

と、いうのが彼女に通用するわけもなく、部活終わりの今、名字と俺の家に向かってるってわけだ。どうしてこんなことに…。

「リョーマが部活の間わたし何してたと思う?」
「さあ、別に興味ないし」
「ブブー!正解は素振りでしたー」
「俺今何か間違った?」
「褒めて褒めて!」
「人の話聞かない奴のことなんて褒めないから」

俺のお古のテニスバッグを肩にかけて、名字は俺の家はまだかまだかと急かして来る。心配しなくてももう見えてるよ。

「着いたよ」
「………こ、ここ?」
「うん、あ、猫見る?アンタにそっくりの」

いつものように門を潜るけど、名字は着いて来ない。さっきまであんなに急かしてた癖になんだよ、早くしてよね。

「りっ、リョーマってお金持ち!?」
「は?」
「おとっ、お父さん何してる人なの…?」
「親父?…何もしてないんじゃない」

いいから早く入りなよ、と促すと、恐る恐る足を進めた。誰がみても挙動不審と思うくらいきょろきょろ黒目を動かしながら。アンタ跡部さんの家行ったら黒目なんか無くなるんじゃないの。まあ縁なんてないと思うけど。
カルピンを抱いて名字に見せてやると、目をキラキラさせて「かわいい!」とカルピンの手をぎゅっと握った。当り前でしょ、俺ん家の猫なんだから。

「…でもリョーマ、さっきわたしと似てるって」
「…言ったっけ」
「うん、アンタそっくりって」

それってわたしが可愛いってこと?とどストレートに聞いてくるもんだから思わずカルピンが腕からずり下がってしまった。いけないいけない、落とすところだった。ていうか何この人、誰もそんなこと言ってないのに、似てるってだけでこうも自信過剰になれるの?似てるけど、似てないっていうか、カルピンの方がそりゃあ可愛いに決まってる。アンタと違ってこいつは喋らないしね。すり寄ってくるところは似てるけど、アンタみたいにウザくないし。


「着替えてくるから先にコート行ってて」
「え、無視?…ていうかコート!?」
「テニスコートだよ。あっちだから」

鐘の向こうを指すと、「ひええ〜」と言いながら言う通りテニスコートの方へ歩いていった。何とか話題は相殺出来たらしい。単純で助かった…。


それから俺もすぐにテニスコートへ向かうと、何故か親父が居て。しかも楽しそうに名字と話してるし。タイミング悪すぎ、ていうか今日出掛けるって朝言ってたから連れてきたのに。最悪だ。

「よおリョーマ、帰ったか」
「何でいんの」
「何でって、俺の家なんだから当たりめぇだろ!」
「……」
「それよりお前も隅に置けねぇなあ、こんな可愛い彼女いるなら紹介しろよ」
「彼女じゃないから」
「はあ?」
「もういいから親父はどっか行ってくんない」
「へいへい…、じゃあお嬢ちゃん、コイツに飽きたらいつでも俺のとこ来ていいからな!コイツより俺の方が強いし〜」

余計な一言を残して、親父ひらひらと手を振りながら去って行った。一気にやる気が吸い取られてしまった。そもそもなんで土曜日に部外者が俺の家に…、面倒臭い事この上ない。


「親父と何話してたの」
「リョーマが女の子連れてくるのなんて初めてだーって」
「(あのクソ親父…)連れてきたくて連れてきたわけじゃないけどね」
「いいよそれでも。ほら、練習しよう!」

毒を吐いても通用しない、というか、全然ダメージを食らってると思えない。強いわけじゃなくて、多分この人は本当のバカなんだと思う。でもこの一週間テニスというスポーツを通して接している内に、なんだかそのバカさ加減も面白いと思えるようになってきた。マイペースなのはお互い様だけど、何故か彼女と一緒にいると妙にワクワクした気持ちになる事がある。強い奴に会った時のような、だけどそれとは少し違う感情。

しばらく俺が加減しながら相手をしてやって、「少し休憩」と影のあるベンチに座った。汗ひとつ掻いてない俺に比べて名字はすごい汗。そりゃそうだよね、と思いつつタオルを渡した。

「拭いてー」
「嫌だね」
「お願い」
「…」

なんで俺が、と言いつつも結局俺が名字の汗を拭いてやるハメになった。どうせだから思いっきり力を込めて汗を拭きとってやる。案の定「いたいいたい!」と痛がったけど、だってアンタが言ってきたことだし。…本当に猫だな。

「テニス、楽しいよリョーマ」
「…よかったじゃん」
「うん、でも多分、リョーマとやるから楽しいの」
「…あっそ」
「だってリョーマもそうじゃない?やってても楽しくない人っていない?」

確かにそりゃあ弱い奴とやってもそんなに楽しくはないけど…っていうかこの人はまたどさくさに紛れてよくそんなこと言えるな。
タオルを頭巾みたいにかぶったまま、名字は俺をじいっと見つめた。…もしかしたら俺、この人に猫耳とか生えても違和感感じないかも。

さっきまで影だったはずのこの場所が、太陽が動いた所為で日向へと変わった。真夏の暑さにはまだまだ叶わないけど、何もしなくてもじんわりと汗を掻いてしまう。そんな瞳で見つめられたら、なんだか、余計に。

そのまま顔を少し傾けて、名字の唇に触れるだけ、触れるだけ、と自ら近づくと、寸前で突然頭をタオルで覆われた。

「…何」
「え、あ、だって、顔近かったから、」
アンタが誘ったんでしょ、とは言わずに代わりに大きな溜息をついてやった。かぶせられたタオルを奪い取って、顔面をごしごしと拭う。余計な邪念も一緒にだ。

「れ、練習、する?」
「…いい。今日はもう終わり」
「ごめんリョーマ、おっ、怒ってる?」
「なんで俺が怒るの」
「だって、わたしが…」
「わたしが、何?」
「…わたし、が…」

なかなか続きを言わない名字にムカついた。いつもだったら直球のくせに、こっちから攻めたらこんなに萎んじゃって。まるで怒られた時のカルピンだ。しばらく自分からはすり寄ってこないんだろうな。

「ねえ、」
「…何?」
「アンタが俺の事好きって、本当なの」
「えっ、ほ、本当だよ!」
「…俺、全国終わったらアメリカ行くんだよね」
「え、そうなの!?」
「だからアンタには構ってられない」
「……」

「それでも、いい?」

こんな遠回りな言い方、この人には通用しないかもしれない。だけど名字はパッと顔をあげて、目を合わせた。


「いっ、いい!それでも」
「はは、いいんだ」
「え?だってリョーマ、それでもいいの?ってことは、わたしのこと好きになったってことでしょ?」
「な、誰がそんなこと言った、っていうか何で勝手にそう解釈できるわけ」
「ち、違うの?」
「…アンタがそう思うならそれでいいんじゃない」
「素直じゃないなー」
「アンタが素直なだけでしょ」
「そうかな?」

白い肌が、太陽によって焼かれていく。なんだかんだと言いながら、結局この破天荒女のペースに乗せられてしまったんだから、俺は本当に猫派なんだろう。


「…兎じゃないから、寂しくても死んだりしないよね」
「何が?」
「なんでもない。あと俺がいない間他の奴にコーチとか頼むなよ」
「頼まないよ、リョーマじゃないと楽しくないもん」
「……」

こんなタイミングですり寄って来るなんてとんだ魔性の雌猫だ。不意打ち食らって固まってると、自分がしたことにも気付かずに俺の顔を覗き込んで来るもんだから。隠れるように帽子のつばを深く下げた。



fin.




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