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猫にテニス


昼休みに壁打ちでもしに来てみたものの、そこには先客がいた。最近入ったばかりの一年生で、自分も二年前を思い出す。まあ俺はあんなに下手じゃなかったけど。
アドバイスしてやるのが先輩というものなのかもれないけど、邪魔するのも悪いし、ていうか正直面倒臭いし、俺は俺で打ちたいし。いつもの場所は諦めて別の場所へ移動することにした。


「にゃああぁあぁぁ!」
「!?」

ラケットで肩をトントンと軽く叩きながら歩いていると、突如上空から猫、にしては大きすぎる鳴き声が聞こえた。鳴き声というか、悲鳴だ。さすがの俺も驚いて、ばっ、と上を見る。と同時に俺の真上に影が落ちる。ラケットを放って反射で両手を前に差し出す。けど、見事キャッチなんてこんな突然出来る訳がない。まだまだ、かもしれない。


「いった…く、ない?」

「っ…」
「え?うわっ!ひ、人!?やば、し、死んだ!?」
「…いっ、て」
「あっ、い、生きてる!よかったあ!」
「…重い。つーかアンタ誰」

いきなり空から降ってくるなんてどこのハリウッド映画だ。破天荒にも程があるというか、どうやったらそうなるの。俺も俺で運が悪いにも程があるけど。
とにかくいきなり降って来たこの女は女子の制服を着ているし、この学校の人間には違いないからそれは良かった。見知った顔じゃないけど。

「あっ、た、助けてくれてありがとう!」
「…そう思うなら早く退いてくんない」
「ごごっごめん!」

大きな瞳に自然と上に上がる口角。なんとなくカルピンに似ているような気がしたけど、気のせいだった。カルピンはもっと可愛い。だけどやっぱりどことなく猫に似ている(鳴きながら落ちてきたし)彼女は、俺の上から慌てて退けた。

「あっ、どっか怪我とかしてない!?ほんとにごめんね、大丈夫…?」
「…こっちの台詞なんだけど」
「え?あ、わたしは大丈夫、」
「ていうかなんで上から落ちてきたの」
「あー…いやあ、お恥ずかしいことに足を滑らせてしまいまして」
「滑らせる…?」

もう一度上を見ると、丁度屋上に出ることが出来る校舎で…いやでもどう考えたってあそこから足を滑らせるなんて考えられない。信じ難い事実(かどうかは知らないけど)に言葉も出ない。目の前の彼女が「またやっちゃったよー」とへらへら笑っていることにも絶句だけど。俺がいなかったらアンタ確実に死んでたと思うよ。即死。ていうかまたってことは前にも俺みたいな被害者がいたんだ。こればっかりはちょっと同情してしまう。

「あ、そうだ名前」

まだ聞いてなかった、と俺を猫目で見る。これまた絶句だ。一応そこそこ名の知られた存在だと自分で思ったりしていたけど、世の中には本当に色んな奴がいるもんだ。もちろんテニス以外でもそうなわけで。しかも俺はアメリカに行ったり来たりで、校内でも同じ学年かテニス部を見に来ない限り出会ったりしないか。実際ついこの間も急に親父に言われて2か月程向こうに行っていたわけだし…いやでも大半の奴らは俺の名前くらいは聞いたことあるよね。

「越前リョーマ」
「えちぜん?どういう字」

綺麗に空振りをした気分だった。この人本当に俺のこと知らないのか。一応全国一の強豪テニス部部長なんだけど、とはもう面倒だから言わないけど。随分と珍しい人種だ、と思うのは俺が自意識過剰なわけじゃないから。

「超越の越に、前」
「ああ〜越前ガニの」
「(なんで蟹…)まあ、あってる」
「りょーまは?」
「カタカナ」
「へー!あ、わたし名字名前、3の5だよ。リョーマは?」
「1」

ていうかアンタ3年だったの。にしては落ち着きがないというか、アメリカ人と同じくらいフレンドリーで馴れ馴れしい。会って想像ハグ&キスでもしてきそうな感じだし。

「あれ、これ…」

名字はさっき俺が放ったラケットを手に取る。何故か知らないけどガットをつんつんと人差し指で突いた後、俺の右手に返してくれた。(左利きなんだけどね)

「テニスやるんだね」
「まあね」
「いつからやってるの?」
「いつからだっけ、覚えてないけどガキの頃から」
「…楽しい?」
「じゃなきゃ続けてない」

ぽろりと本音を漏らすと、名字はじっと俺を見つめる。見れば見るほどカルピンに見えてきて思わず目を逸らす。猫耳とか付けたらそっくりかも。…ってなんでこんな変態っぽいこと俺が。

「やりたい!」
「は?」
「わたしもテニスやりたい!」
「…やれば?」
「やり方わからないから、だから教えてください!」

温度差が凄い。それはもう沖縄と北海道、いや、それよりまだあるな。この人どこまで破天荒なんだろうか。ていうか俺はそんなに暇じゃない。今日だって本当は壁打ちに来たのに、もう昼休み終わるし。はあ、なんでこんなことに巻き込まれたのが俺なわけ。

もちろん俺がこの人にテニスを教えるなんてありえない。そもそもなんで急にテニスがやりたいと思ったのか。やるなら勝手にやればいいけど、俺が面倒を見てやるのは絶対に御免だ。

「悪いけど他当たってくんない?俺、アンタに教えてる暇ないんだよね」
「そこをなんとか!」
「大体なんで急に、」
「わたしもリョーマみたいに、何か一つのことに向かってこう、ガーって頑張ってみたくて!」
「俺みたいにって…」
「わたし、今まで一度だって、一生懸命になったことがないかもしれない」

人の話を聞け。というのはネコ科のこの人には無理難題なのかもしれない。もう諦めて口を閉ざしたまま耳を傾ける。目の前の彼女は至極真剣だし、冗談じゃないことくらい流石にわかる。本当にアメリカンジョークか何かだったらいいんだけど。

ていうかかもしれない、ってどういうことだ。そんなところに付ける言葉じゃないでしょ。一生懸命になったことがないとか知らないけど、別に無理にそうなる必要はないように思う。ていうかそんな、好きでもないことして続くわけないし、楽しいわけがない。

まず念頭に、俺はテニスが好きだから楽しいと思う。楽しいからテニスが好き。というのを頭に入れてよく考えそして理解してほしい。…ネコ科には難しいか。

「もっとアンタにあったものがあるんじゃない」
「ないよ、だからテニス!」
「そうだとしても俺は教えないから」
「…どうしたら教えてくれる?」
「逆に聞くけど、それ俺じゃなきゃダメなの?」
「ダメに決まってるよ!」
「なんで。俺より教えるの上手い奴いるよ(強い奴はここにはいないけど)」

「好きになっちゃったから!」

「…!?」


今度こそこれは、これは流石にアメリカンジョークだろ。いや、ない。普通にぶっ飛び過ぎだから。ていうかよく恥ずかし気もなく…いや恥ずかしくないってことは冗談?ちょっともう俺思考が追いついていかないんだけど。

「だからリョーマじゃなきゃ嫌だ!」
「………」

告白、とは少し違うような。ていうか何もかもがイレギュラーすぎて、どう対応したらいいかが全くわからない。え、何、返事しなきゃいけないなんてことないよね?ていうか好きだからテニス教えてってめちゃくちゃにも程度ってものがあるでしょ。のびのびと育ち過ぎだよアンタ。

「おねがい…!」
「……わかったよ」
「え!ほ、本当!?いいの!?」
「ただし、」
「…?」

「アンタが今から俺が置く缶を、あそこからこのラケットで打って、倒せたらね」

屋上の端から足を滑らせて落下するくらいなんだから、そりゃあもう筋金入りのドジなんだろうから、才能のさの字もないだろうけど。
俺も彼女のポテンシャルの低さを想定して良い返事をした訳だ。間違いなく彼女にこんな高度な技は出来ない。というか、そこそこに経験を積んだテニス部でも多分出来て1人か2人だろうしね。

丁度近くに空き缶を見つけてそれを足元に静かに置いた。名字を20メートル程離れた場所まで歩かせて、俺も空き缶から少しばかり離れた。

「ほんとに倒したらテニス教えてくれるのー?」

彼女の大きな声に、俺は右手を軽く挙げて返事を返す。俺は嘘はつかない。もしこれで彼女が奇跡を起こしてあの空き缶を倒したら、俺も潔く諦めてコーチとしてちゃんと一からテニス教えてあげるよ。

「じゃあいくよー!」

構えも、グリップを握る位置も、トスの高さも全部めちゃくちゃで、我流と言えば優しい言い方だけど、あんなんで当たる訳がない。てかボールさえもスカるんじゃない。
そう思ったけどボールがラケットに当たる気持ちの良い音がした。

空き缶が見事に宙を転がる。威力はないものの綺麗に孤を描いて、テニスボールは空き缶に命中して、そして地面に落ちた。

こんなことが本当にあるんだ。まぐれというか奇跡としか言いようがない。ていうか、え、じゃあもしかして本当に俺が、この人にテニス教えなきゃいけないの?…マジで?

「あっ当たっちゃった…!」

やったー、と喜び跳ねた後名字は躊躇うことなく俺に抱き着いて来た。なんなの本当。なんかすげー疲れたんだけど。

とは言え男に二言はない。って昔桃先輩が言ってた気がする。本当は二言三言と言いたいとこだけど、約束したものはしょうがない、よね。空き缶じゃなくてもっと小さい物にすればよかった。今更だけど。

「本当にコーチしてくれる?」
「(コーチって…)まあ、約束だし」
「いやったー!」

何がそんなに嬉しいのか俺には全くわからない。それといい加減俺を解放してほしいんだけど。いつまで抱き着いてりゃ気が済むの。

「じゃあ早速、」
「俺放課後は部活あるから」
「昼休みは?」
「…まあ、それなら」

時間も短いし、とは付け加えずに渋々承諾してやる。早速明日から俺はコーチとして働かされるわけか。あー、俺だってテニスしたいのに。

「じゃあまずはラケットを買いに行かなくちゃ」
「…俺の古いのあげるよ」
「えっ!いいの?」
「どうせもう使わないし。ガットは替えた方がいいよ」
「ガット?って?」
「…はあ。この網になってるのあるでしょ。これだよ」
「ああ〜、これガットって言うんだ」
「ちなみにこの持つところに巻いてあるのがグリップ」
「へえ〜、グリップ…」

まさかこんな初歩的なことから教えることになるとは…、何と言うか、前途多難でしかない。どうやら運だけは強いみたいだけど、運だけでテニスは出来やしない。スポーツ全般ね。

「じゃあ昼休み、またここで」
「うん!」
「一式持ってくるけど、ちょっとは勉強するなりしといてよね」
「わかった、勉強しとく!」

空から突然降ってきて、まさかこんなことに巻き込まれるなんて。物凄い確率に溜息が出るけど、自分の運の無さを恨むしかないか。俺もまだまだ、ってことで。

彼女が死ななくてよかったと、そんな風に考えてみるとしようかな。





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