short | ナノ

庶民デートってやつ



『何か欲しいもんとかねぇのか』

そう聞かれてわたしは真っ先に答えた。欲しいもの、ではないけれど、景吾と付き合っていてずっと思っていたことだ。


『庶民のデートがしたいです』


という、わたしの願いを景吾が聞いてくれないわけもなく(言った直後は『アーン?』と怪訝な顔をされたけど)、わたしの誕生日である本日、念願の庶民デートが遂に実現するのだ。

どうして念願なのかというと、それは当然景吾と付き合うことになると、必然的に行く先々はわたしのような庶民が絶対一生足を踏み入れることが出来ないような場所にばかり連れて行かれるからだ。もちろん移動する時は全て景吾の家の執事さんが運転するリムジンとかいう長ーい車だし、ランチに行こうもんなら、かしこまった所に連れて行かれる。景吾は慣れているからいいかもしれないが、わたしはエビフライなんかは箸でしか食べたことがないし、ていうかエビフライにエビの頭がついていること自体かなり驚いたのに。

とにかく例を挙げ出したらキリがない。わたしは一度でいいから景吾に庶民のデートはこういうものなんだということを、教えてあげたかったんだよ。


待ち合わせは駅。いつもなら車で景吾が家の前まで迎えに来るけど、今日は駅で待ち合わせだ。駅まではきっとあの人は車なんだろうけど、降りてからはそういう訳にはいかせないよ。切符を一緒に買って、人がたくさんいる電車に乗って。商店街なんかきっと行ったことないんだろうから、行っていろんなことを知ってもらいたい。

景吾が見てきた世界と、わたしが見てきた世界。景吾はわたしに、景吾が育ってきた世界を見せてくれたから、わたしも景吾に、わたしの育ってきた世界を見てもらいたいんだ。

一足先に来て景吾を待つ、というのも景吾と付き合ってやりかった事のひとつだ。少し早く着きすぎて待ち合わせまで30分はあるけど、だけどこの待ってる間のどきどき感は景吾と付き合って初めて味わう。とても新鮮で、早く来ないかな、と携帯を何度も見てしまう。途中何度か道を聞かれたりしたけど、それもまた待ち合わせ時間特有の過ごし方というか、悪くない。

そうすること20分、待ち合わせ時間10分前に景吾は小走りでやってきた。え、まだ10分前だよ?

「おはよう。は、早いね景吾」
「お前、いつから居たんだよ」
「え?20分くらい前かな」
「チッ」

舌打ち。舌打ちしたぞこの坊ちゃん。彼女に会って早々舌打ちとはどういうことだ。ていうか今日誕生日なのに。

「さっきの男は」
「へ?」
「さっき誰かに話しかけられてただろうが」
「え、ああ、なんか道聞かれて」
「…これだから人の居る所は嫌なんだよ」
「え?」
「なんでもねえ。電車、乗るのか」
「あ、うん!こっち!」

景吾の手を引いてエスカレーターを上がる。きょろきょろといつもじゃ考えられないくらい挙動不審な景吾はなんだか少し可愛い。切符の買い方を教えてあげると、「小銭なんか持ってねえぞ」と驚愕の一言だ。顎が外れそうになるのを抑えながら、景吾に500円玉を渡した。

「あ、電車来たよ!」
「あ?」
「ほら景吾早く!急げ急げ!」
「ちょっ、待てって、うおっ!」
「あっ、おじさんごめんなさい大丈夫ですか?ほら景吾謝って」
「あぁ!?なんで俺が、」
「いいから早くっ」
「チッ、…わ、悪かったな!」
「(景吾が謝った!)」

楽しい。一緒に電車に乗るだけなのに、景吾と一緒だとすごく楽しくて、嬉しくて、わくわくした。小さな子どもみたいにはしゃぐわたしに呆れてはいないだろうか。とにかく来た電車に二人で乗り込んで、ぎゅうぎゅうの電車でしばらく移動だ。

「明らかに定員オーバーだろ…」
「乗れるだけ乗っちゃうんだよ。これ逃したら遅刻しちゃうって人もたくさんいるんだろうね」
「酸欠になりそうなんだが」
「ええっ!だ、大丈夫!」
「大丈夫なわけねぇだろ」
「ご、ごめん、ほらこっちちょっと空いてるからおいで」

まるでわたしが彼氏みたいで、少し可笑しくなったけど、笑わずに景吾を少し空いた所へ案内する。今にも頭を抱えそうな景吾を見上げて、電車じゃな方が良かったかなあ、と若干後悔した。


駅に着いてようやく電車から降りることが出来た。景吾は既に少し疲れた顔をしていて、髪も少し乱れている。さっきみたいに急ぐ必要はもうないから、わたしは立ち止まって景吾の髪を直してあげた。直している内に景吾が少し屈んでくれるのがちょっと可愛い、というか、そんなところが本当に好きだなあと思う。


「行きたいところ、決まってんのか?」
「うん、商店街があってね。海鮮丼がおいしいところがあるんだって!」
「海鮮丼?」
「そう!この前テレビでやってたんだ」

だから人が多いかも、と念のため釘をさしておくと、「構わねえ」と一言言って、わたしの頭をポンポンと優しく叩いた。思わず赤面しそうになって、見られないように景吾の手をぎゅっと繋いで歩き始めた。


商店街は流石に休日だけあって、人がたくさん居た。カップルよりは家族連れが多くて、それもそうかと思いつつ、お目当てのお店へと向かう。景吾のあまりのかっこよさとオーラに道行く人が次々に振り返る。そうだ、景吾は普通にこんなところを歩いていいような人じゃないし、そもそもこんなところを歩かないから、周りのこの反応は当然と言えば当然なのか。本人は気付いているのかいないのか、周りをきょろきょろと見回している。見たこともないもながきっといっぱいあるんだろうな。

わたしが景吾に吊り合っていないことくらい百も承知だし、吊り合えるなんて思っていない。それでもわたしは景吾がすごく大好きで、離れたくないから、少しでも頑張って綺麗になれたり、いい女になれるのなら努力はしたい。自信はないけど、一緒に居たいから、居られるように頑張らないとって思うんだ。

「わ、並んでるね…」
「待つのか?」
「…ううん、いいや。また今度にしよう」

景吾をこれ以上疲れさせたくない、という思いで諦めて、わたしはどこか違う店はないかな、とそのまま店から去ろうとする。だけど景吾はわたしの手を握ったままその場から動かなくて。

「景吾?」
「いいじゃねぇか、待ったら食えるんだろ?」
「え、いや、でも…」
「なんだ、食いたくねぇのか」
「そんなわけないけど…」
「ここに並べばいいのか?」
「…うん!」
「この店、カードは使えるんだろうな」
「いや使えないと思うよ」

ありがとうを言いそびれたけど、景吾には伝わってるかな。俺様で素直じゃないけど、景吾はとても優しくて、誰よりもかっこいいわたしの彼氏だ。

30分並んでようやくありつけた海鮮丼は、ほっぺたが落ちる程おいしかった。景吾も「なかなかじゃねーの」と言って評価は少し辛口だったけど、表情は嘘をつけないみたいで、目をきらきらさせながらおいしそうに食べていて、最終的に完食した。


お腹も膨れて、二人で商店街をぶらぶらしていた時だった。

「ママあーー!」

男の子が泣きながら道の端っこで泣いている。一大事だとわたしは景吾の手を離して男の子の傍に寄る。後ろで景吾がわたしを呼ぶ声が聞こえたけど、ごめんそれどころじゃないよ!

「どうしたの?ママとはぐれたの?」
「…っ、おっ、おねえちゃ、だれ?」

誰、と言われても説明しづらいものがある。一応名前だけ名乗ると、男の子は徐々に寂しくなくなってきたのか泣きやんだ。目線を男の子に合わせるようにしゃがみ込む。歳は…3、4歳くらいだろうか。明らかにこれは、迷子である。こんな広い商店街で迷子なんて、大変なことだ。

「そいつ迷子か」

景吾が後ろから低い声で急に話しかけるもんだから、男の子はびっくりして(わたしも驚いたけど)、また泣きそうな顔をする。景吾が少し慌てて「泣くなよ、男だろうが!」とどんな宥め方だっていうことを言うから、男の子はまた泣き始めてしまった。

「ちょっと景吾!何してんの!」
「な、何って別に俺は、こいつを泣きやませようと、」
「うわあーーん!怖いよおぉー!」
「あぁ!?誰が怖いって、」
「景吾!」

子ども慣れしていないんだろう、景吾にはとりあえず黙るように言って、わたしはどうにかこうにか男の子を泣きやませた。

「お名前は?」
「はやたに、ゆうし」
「ゆうしって…」
「チッ、なんでよりによって名前がゆうしなんだよ」
「景吾」
「…」

「じゃあゆうしくん、歳はいくつ?」
「みっつ!」
「ママはどこいっちゃったか知らない?」

その問いかけにゆうしくんは頭をふるふると横に振った。困ったな、手掛かりも何もなしに探すなんてちょっと難しい。

「おいゆうし」
「…なに?」

そんな攻撃的な態度で、と注意しようかと思ったけど、景吾はわたしと同じように膝を折り曲げて、目線の高さを合わせた。しゃがみ込んでも景吾の方が男の子より随分と大きいけど、それでも立ったままよりは天と地程の差でマシである。

「ママの服装とか覚えてねぇか?」
「ふくそう?」
「あー、例えば俺だったら、黒い服に金色の髪、とか」
「あ!ママはきょうはうさぎさん!」
「うさぎさん?」

思わずわたしを見る。いや、わたしにもわからない。というか今は変に景吾に口出ししない方がいいと思って黙っている最中だというのに。

「うさぎさん、ってことは、茶色か白の服か」
「あとママ、おねえちゃんといっしょ!」
「わたしと?」

そう言ってゆうしくんは、わたしの髪の毛を小さな手で持った。成る程、ゆうしくんのママはわたしと髪の色が一緒なんだね。

「よし景吾!探しに行こう」
「ああ。ほらゆうし」

そう言って景吾はゆうしくんをふわっと持ち上げると、見事に肩車をしてみせた。ずるい!わたしも!と思ったけど、途中でどうせ疲れてしまうことになるだろうから我慢した。

三人で歩きまわって、探し回って、途中で景吾がわたし達二人にアイスを買ってくれたりしながら、ゆうしくんのママ捜索は夕方まで続いた。


「ママいないね、どこ行っちゃったのかな」
「つーか親がガキ置いて自由行動する事事態、理解出来ねぇな」

「おにいちゃん、おねえちゃん!ママ!」

「「え?」」

ゆうしくんが指を指した方向には必死にわが子を探している様子の女の人が居た。景吾は肩からゆうしくんを下して、三人でゆうしくんのママの所へと走った。

「ママ!」
「!…ゆ、侑士!」

一件落着。そこからは親子の時間、というか、わたしと景吾は顔を見合わせて笑って、その場から去ろうとした。けど、ゆうしくんのママはわたし達にお礼がしたいと、財布からありとあらゆる割引券をわたし達にくれた。ゆうしくんに「ありがとう!だいすき!」と言われてしまってはわたし達二人も言葉は出なかった。

二人と別れた頃には空も薄暗かった。せっかくの誕生日デートに殆ど二人きりで過ごせなかったけど、わたし的には有りというか、なんだかいい庶民デートだったような気がする。景吾はそうじゃないかもしれないけど、わたしはすごく、すごく楽しかった。(景吾のいろんな一面が見れたし)


帰ろうか、と景吾に言って、二人でまた電車に乗って駅まで帰る。帰りの電車は空いていたけど、あまり言葉は交わさなかった。きっと景吾はすごく疲れてしまっただろうな。


駅に着いたらお別れだ。いつもなら景吾は家の前まで送ってくれるけど、今日は自分が望んでこんなデートの形にしてもらったんだ。最高のプレゼントじゃないか。あの景吾がわたしに付き合って、ここまでしてくれることなんてないんだから。

「じゃあね、景吾」
「……」

無言なのは、どうしてだろう?怒ってるかな。つまらなかったかな。庶民なんかと付き合うんじゃなかった、わたしなんかと付き合うんじゃなかったって、思ってるかな。
ああ、どうしよう、よくよく考えたら今日景吾は、嫌な思いばかりすていたんじゃないだろうか。人ごみだって、電車だって、お昼の待ち時間だって。迷子に遭遇するなんてわたしもそれは予想外だったけど、楽しいこと、ではなかったはず。今日はわたしの誕生日だけど、景吾が喜んでくれなくちゃ、意味ないよ。

「あの、景吾、ごめんね。わたし、自分のことばっかりで、どうしても普通に景吾とデートがしたくて…だけど、景吾が疲れたんじゃあ、意味ないよ」
「アーン?誰が疲れたなんて言ったよ」
「だ、だって、怒ってるじゃん!」
「はあ?怒ってねぇよ。ただ俺は、」
「…?」

「…いつもならお前と、もう少し一緒に居れると思っただけだ」

ポケットに手を入れたまま、少し眉間に皺を集めて言う景吾。思わず口から「え…?」と気の抜けたような声が出る。


「庶民のデートってやつは、駅で別れんのか」
「え、いや、そんなことも、ないかもしれないけど」
「じゃあ家まで送らせろ」
「だ、だって景吾、歩きだよ?」
「それが何だよ」
「い、いつも車だから…」
「車がいいなら今から呼んでやってもいいぜ」
「いやいや!そうじゃなくて!」
「なんだようるせぇな、俺と一緒に帰るのが嫌なのか」

そんなわけないじゃん!とうっかり声を荒げてしまって、慌てて口を塞ぐ動作をする。景吾は「嫌じゃねぇなら行くぞ」とわたしの手を強引に引いて歩き出した。今朝と全く逆だ。

「景吾、聞いてもいい?」
「言っとくけど、楽しかった。俺はな」
「えっ…」

どうしてわたしの聞きたかったことがわかるんだろう。景吾は今日、楽しかった?そう聞こうと思ったのに。隣を歩く景吾は、街灯に照らされて昼間よりかっこよく見える。いや、いつもかっこいいんだけど、何割も増して、今は。

「今日みたいなのも悪くねぇよ、お前と一緒ならな」
「…ほ、本当?電車とか、人ごみ、嫌じゃないの?」
「好きにはなれねぇが、たまにならいい。飯も美味かったしな」


抱きつきたい。今すぐに。
景吾が好きで、好きで好きで、もう今すぐ抱きついて、ちゅーしたい。そう思っていたのもバレてしまったのか、景吾は人が周りに居るのも構わずに、わたしの額にキスをした。

「…してほしかったんだろ?」
「え、あっ、う、…はい」
「…あー、…悪い、やっぱ送るのやめる」
「ええっ!」

「俺様の家に来いよ、送るのは明日だ」


結局行き先は変更して、景吾はすぐに車を手配した。5分も経たない内に長ーいいつもの車がやってきて、結局朝まで景吾と離れることはなかった。



fin.



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