short | ナノ

やくそく



『いいか、だれにもみつかるなよ』
『ママにも?』
『あたりめーだろい、父さんにもだぞ』
『うん、わかった!』
『よし、じゃあきょう、いつものこうえんで7時にまちあわせだかんな!』
『あいあいさー!』

こそこそと幼稚園の砂場の隅でブン太と約束をした。それは誰にも言えない約束、二人だけの秘密の約束。

何故二人だけの秘密なのかと言うと、これからわたし達は秘密基地に行くのだ。ブン太が秘密基地を発見したと言うから、わたしも好奇心で行きたいとその話に乗っからずにはいられなくて。ブン太は最初わたしに口を滑らせてしまったことを酷く後悔していたような顔をしていたけど、わたしだけは特別だ、と一緒に秘密基地に着いていくことを承諾してくれた。

持っていくものは頭に叩き込まれてあった。ブン太に嫌という程言い聞かせられたからだ。ママが迎えに来て一旦ブン太とはバイバイをして、家に帰ってから本格的に準備開始だ。遠足用のリュックに、ブン太に言われたものを詰めて、それからお菓子も忘れずに。ブン太はお菓子がないと機嫌を損ねちゃうから。

親に見つからないように、そろりそろりと玄関を開ける。ラッキーな事にママは丁度夕飯を作っている最中だし、パパはまだ帰ってきてない。音を立てないように、そろりそろりと身をひそめながら、玄関の外に出る。扉を閉めるまで油断は禁物。心臓が今まで経験したことないくらいばくばくと跳ねていた。

『名前、何やってんだ?』
『!?、ぱっ、パパ…!』

見つかった。そう思った瞬間わたしは走り出した。パパもわたしの様子がおかしいことにすぐに気がついて慌ててパパの横を通り抜けようとするわたしを捕まえようとしたけど、上手にそれを潜り抜けて、わたしは門の外へと飛び出した。

『名前!!』

ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も心の中で唱えつつも、何故か口元がニヤついてしまう。怖いけど、わくわくした。


いつもの公園に行くと、そこに赤い髪の毛の少年が鉄棒の棒の部分に座って足をぶらぶらさせているのを見つけた。

『ぶっ、ブンちゃ、ごめんわたし』
『おそいぞおめー!おれがどれだけまったと思ってんだ!』
『い、いまなんじ?』
『7時5分だ!』

5分しか遅れてないよ?とは言い難く、とりあえず謝る。そんなことより大変だ、と慌ててブン太を見上げる。ブン太もわたしに何かあったのか悟ったのか、鉄棒から地面に綺麗に着地した。こんな一番高い高さの棒にまさかジャンプで登れたというんだろうか?運動神経の塊だ。

『どうしたんだよ?』
『あのねっ、わたしパパにみつかっちゃって、』
『はあ!?まじかよい!』
『う、うん、でも、にげてきたよ!』
『よし!よくやった!さすがおれの、』
『…?、おれの、何?』
『…なっ、なんでもねえ!』
『?』
『とにかく、おいかけて来てるかもしんねーから、さっさと行くぞ!』
『あっ、まってよブンちゃん』

幼い頃のわたしは、泣き虫で弱虫で、怖がりだった。一方ブン太は昔から自信家でお菓子が大好きで、それでちょっぴりジャイアンちっくというか、横暴な所は今でも変わってないと思う。だけど兄貴肌というか、頼りになるところも昔からだ。好奇心旺盛なのはお互い、だけど。

真っ暗な外を子ども二人で出歩くことなんてもちろん初めてで、どきどきわくわくでちっとも眠たくなんてない。ブン太はわたしの3歩前を堂々と歩いている。どこで見つけて拾ったのか、左手には指揮棒サイズの木の棒まで持って、いかにも冒険、探検!という感じだ。


『ついたぞ、名前!』
『え、こ、ここ?』
『木がいっぱいあって、どうくつみてーになってんだろい?このいちばんおくんとこを、おれたちのひみつきちにすんだ!』
『わああ!』

不気味、と言えばそうなのだけど、なんだか映画のセットのような、綺麗な木で造られたアーチだった。この一番奥が、わたしとブン太の秘密基地。

『よし行くぞ!』
『うん!』

険しい道だと思ったのか、ブン太は何の予告も無しにわたしの手を握った。もみじみたいな小さな手は、ママの手より暖かくて、何故かほっとした。

少し坂道にはなっていたけど、ブン太が手を繋いでくれていたし、途中わたしが疲れたら、少しだけど休憩をとってくれた。ようやく一番奥らしきところまで来た頃には、ブン太の玩具の腕時計は9時を指していた。
リュックの中からブン太が懐中電灯を取り出して、カチッとスイッチをオンにするとその空間だけ少し明るくて、さっきまでうっすらとしか見えなかったブン太の顔がよく見えた。


早速基地を本格的に造っていくか、というところでタイミングの悪いことに、雷がゴロゴロと鳴り始める。思わずブン太の手を強く握ると、呆れたようにわたしを見た。

『かみなりごときでビビってんじゃねーよ、もうすぐしょうがく一年になるんだぞ、おれたち』
『だ、だって…』
『へそかくしてたらだいじょうぶだって、母さんが言ってたぞ。おまえはへそかくれてるんだから、だいじょうぶだ』
『う、うん』

丁度ぴかっ、と光って、すぐにゴロゴロゴロ!と大きな音がした。きっと近くだったんだろう。わたしはもちろん流石のブン太もこれにはビビってしまったらしく、二人で悲鳴を上げて丸まった。両手でお臍を守りながら、ぎゅううと目を瞑る。
それからぽつり、と頭に水滴が落ちて来て、それが雨だとブン太に言われて気付いた。木で大分屋根のようになっているものの、雨が完全に凌げる訳じゃないし、夜のこの寒さまでは防ぐことが出来ない。

『ぶ、ブンちゃん、わたしかさもってないよ』
『お、おれも』
『…も、もうかえろうよ…』
『ばっか、せっかく来たのにかえるわけねーだろい!とりあえずきょうは、あるていどのとこまできちっぽくすんだから』
『でもあめつめたいよー…』
『うるせーなあおめーは…あ!そうだおれいいもんもってた!』
『えっ、なになに!?』

ブン太は背中からリュックを降ろしてごそごそと中身を漁り始める。暗くて中身はあんまり見えなかったけど、袋の音がいっぱいしたから、多分お菓子ばっかり入れて来てたんだと思う。
ブン太はリュックの中からようやく"いいもの"を取り出す。それをばさりと広げて、わたしの頭にかぶせた。

『なに、これ?』
『カッパだよ、カッパ』
『わあ!こんなに大きいの、どうしたの!?』
『父さんのかってにもってきたんだ、ほら、おれとおまえふたりでもくびとおせるだろい』

ブン太はわたしに密着して、同じところから頭を出す。さっきまで怖かったのに、もうちっとも怖くないんだから、ブン太ってすごい。魔法使いか何かなんだろうな、と思った。

『あったかいね』
『まあな、おれの父さんのだからな』
『わたしのパパももってるかな?』
『さあ、しごとしてるんだったら、もってるんじゃね?』
『かえったらきいてみる!』
『ばか、そしたらなんでそんなこときくんだって言われて、おれとひみつきちに来たことがバレちゃうかもしんねーだろい!』
『あ、そ、そっか…!』
『いいか、ここはおれとおまえだけのひみつきちなんだから、ぜーったいだれにもおしえたらだめだぞ、せんせいにもだぞ』
『うん、言わない、わたしひみつにする』
『やくそくできるか?』
『うん!あ、じゃあゆびきりげんまん』
『はあ?だれがそんなガキみてーなこと…』
『はやく、ブンちゃん!』
『…ちっ』

しゃーねえな、と今思えばなんて生意気なガキなんだ、と思うけど、渋々指きりをしてくれるブン太がわたしはとても好きだった。今でももしかしたら、わたしがお願いすれば聞いてくれるかも、なんて思ったり。

雨が酷くなってきて、秘密基地の準備どころではなくなってきてしまった。ブン太は依然として帰らないの一点張りだけど、わたしは正直帰りたくて仕方がなかった。寒くて、怖くて、なんだか急に両親が恋しくなって、ブン太が傍にいるとわかっていても、やっぱり心細かった。

『う、うぇ、』
『!?、ばっ、な、なんで泣くんだよい!』
『だ、だって、…う、うぅ…ま、ママぁ…』
とうとうぐずり始めてしまったわたしにブン太は至近距離で慌てる。がばっ、と自分だけカッパの外に出て、再びリュックの中を漁り始めた。

『ほ、ほら、ポテチ食うか?アメもあるぜ、ほ、ほら、おまえすきなのえらんでいいからさ!』

だからたのむから泣くなって、と優しく言ってくれるブン太にますます泣けてきて。だってブン太が人に自分のお菓子を分け与えるなんて普通じゃ考えられないことだから。だけどそこまでしてくれているのに、わたしという奴はママとパパを連呼しながらぐずぐずと泣いている。いい加減にしろ、と今なら絶対に言われるところだけど、ブン太もわたしと同じ、この時はまだ小学一年生にも満たない幼稚園児だ。こんな暗い森の中で、雷は光るし鳴るし、挙句わたしは泣きやまないしで、ブン太も参ってしまったんだろう。とうとう涙目になってしまって、懐中電灯の所為でブン太の瞳に浮かんだ涙がよく見えた。

『ぶ、ブンちゃん…?』
『っ、お、おれ、おまえとだから、おまえはっ、とくべつだから、っだから、つれて来たんだからな』

ブン太が泣いているところを見たのは多分この一回きりだ。同じクラスの男の子と喧嘩をしても、先生に怒られても、ブン太は絶対に泣かないし、自分が悪くない限り、謝ったりなんかしない。それなのに。

『ご、ごめん、名前、こんなとこつれて来て、ごめんなっ』

涙が零れ落ちる前に、ブン太は腕でごしごしと拭った。鼻水をずずっと吸った後、真っ赤な目で、きっ、とわたしを見つめる。男の子の顔だ。

さっきまで寂しくて怖くて、家に帰りたい一心だったのに、今ではもう、ブン太のことしか考えられなくて、顔に熱がたくさん集まって来た。自分が赤面していることに、ブン太も、わたしも、まだ小さいからわからない。


『おまえのことは、なにがなんでもおれが守ってやるから、だからしんぱいすんなよ、だいじょうぶだからな』
『ブン、ちゃ、』
『やくそくだ、これからずっと、いっしょうおれがおまえの、ぼ、ぼでーがーどになってやる』
『ぼでーがーど?』
『うん、なんかまえにテレビでやってて、こーんなでっけーおとこが守ってくれるやつだ』
『…ブンちゃんは小さいね?』
『ばっかおめー、おれはまだねんちょーさんだぞ?あと10年もしたらめっちゃでっかくなってるにきまってんだろい』
『あっ、そっか』
『そ。だから名前のことは、おれがいっつもちかくで守るから、だから泣かなくてもだいじょうぶだ!』
『ブンちゃん、ずっとわたしといっしょにいてくれるの?』
『ぼでーがーどはそれがしごとなんだって』
『じゃあわたしもブンちゃんのぼでーがーどになる!』
『はあ?そんなのかっこわりーだろい、おんなに守られるおとこなんてダサいじゃんか』
『だめだめ、だってブンちゃんのこと守るひとがいないのやだもん!』
『…でもおまえたよりないからなー』
『ほら、やくそくだよ、ゆびきり』
『ま、またかよ!?さっきもしたろい!』
『ブンちゃんがずっとわたしを守ってくれることと、わたしがブンちゃんをずーっと守ること』
『…わーったよ、じゃああといっこついかしてくれたらゆびきりしてやる』
『あといっこ?なに?』

『おっ、おれがずっとおまえのそばにいるためには、け、けっこんってゆうのをしなくちゃいけねーから、だから、名前は、おれと…』
『おれと…?』

『おれとけっこんすること!』
『ええっ!?』
『ゆ、ゆーびきーりげーんまんうーそついたらはーりせんぼんのーますっ、ゆびきった!』

それはとても早口で、その頃のスローペースなわたしにはとてもじゃないけど着いていくことは難しくて。結局勝手にブン太が追加した約束も一緒に、わたし達は小指と小指を絡ませた上口だけの、だけどそれはとても思い出深い約束をしたのだった。


『じ、じゃあ、ママとパパのとこかえるか!』
『うん!』


当然家に帰ってから、こっぴどいく親に怒られたのは多分お互い様だろう。わたしに至ってはブン太が持ってきた大人用のカッパをそのまま来て帰ったもんだから、これは誰のだ、としつこく聞かれたけど、わたしは絶対に口を割らなかった。だってこれは、わたしとブン太だけの秘密なんだから、と内心で思いつつ。だけどやっぱり両親は怖くてついさっきまであんなに会いたかった二人に、すぐに会いたくなくなってしまった。


(後編へつづく)



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