short | ナノ

キュン死にしまっせ!


例えば、腕まくりをした時の腕についた筋肉とか。他の人よりも喉仏が出ているところとか。男らしくて胸がキュンとする。

だけどわたしの好きな人、謙也くんはそれだけではない。それだけではないから、非常に困る。毎日毎日胸がキュンキュンして、そのうちキュン死にするんじゃないかって思うくらい、そのくらいの力を持っている人なんだ。謙也くんという人は。



「じゃあ名字、悪いけど頼んだぞ」
「…はーい」

悪いと思うならこんな資料女子に運べなんて言わないでください先生。とは、小心者なので言えるわけがなかった。仕方なく目の前の、これから新しく使うらしい世界史の資料の入った段ボールを気合いを入れて持ち上げた。

「お、おもっ…」

想像していた重量より遥かに重くて思わず足が止まってしまう。こんな重い荷物を持って、わたしは階段を上がらなくちゃいけないのか、と思ったら、更に足が重く感じる。ていうかあれ、これわたしの体重が重いんじゃないのかな…。
自分のペースで前に進んで、さあこれから階段を上るぞー、頑張るぞー、というところで腕がふっと軽くなった。

「なんでこんなもん一人で運んでんねん、先生もひどいやっちゃなあ」
「けっ、謙也くん!?」
「お、おお、そうやけどびっくりしすぎやろ!」
「え、いっ、いやあの、いいよ、わたし持っていくよ!」
「さっきまでふらふらやった奴が何言うてんねん、ええから。これどこまで?」
「…えと、3階の社会資料室まで」
「お前あと2階分も絶対無理やろ!」
「あっ、もういっこあるからとってくる!」
「ちょっ、待て待て待て!」

謙也くんは重い段ボールを片手に持ちかえて、わたしの腕を掴んだ。こ、こっちが待ってだよ!なんでそんなキュンキュンする行動とるかなこの人は。一緒にいると心臓が持たない。

「二個もあるん?」
「え?うん、一個ずつしか運べないから、一個は置いてきて、後からまた運ぼうかなって」
「それどこにあるん?」
「え?あっち」

廊下の向こうを指さすと、謙也くんはその場にドスンと段ボールを置いて、「ちょお待っとって」と言って小走りで指を指した方向に行ってしまった。小走りでも速いんだなあ。
そうしてすぐにもう一個の、わたしが置いてきた段ボールを持って謙也くんは戻ってきた。なんていい人、というか、逞し過ぎる。

「これ何?」
「世界史の新しい資料だって」
「げっ、これ以上なんの資料使うねん」

苦虫を噛み潰したような顔をする謙也くんは、どうやら世界史が苦手らしい。カタカナばかりでわたしもあまり得意ではないから気持はわかる。
謙也くんが今持ってきた方の段ボールを持とうとすると、「これの上に乗せてええよ」と既にひとつ持っている段ボールの上に更に置けと言ってくる。

「いっ、いい!持てる!」
「腕プルプルしてんで」
「…お、重いよ?」
「アホ、鍛えてんねんからこのくらい平気や」

そう言った謙也くんの段ボールの上に、わたしはそっともう一つ同じものを重ねた。そのまま何も言わずに、何も持ってないみたいに軽い足取りで謙也くんは階段をす〜っと上っていく。胸がきゅうっと締め付けられて、何も持ってないはずなのに階段を上るのが苦しい。

資料室について、段ボールを二つ一緒に机に置くと、「ええ筋トレになったわ!」と太陽みたいに眩しい笑顔で笑うから、もうノックアウトだ。「ありがとう」と子猫みたいな小さい声しか出なくて、本当に情けないというか、恥ずかしいというか。あんまりドキドキさせないでください、とお願いしたいところだけど、絶対にそれは言えない。謙也くんを好きになると本当に毎日が大変で、ちょっとした仕草とか、変な話首筋とかにも目がいってしまうから困ったものだ。

わたし以外に謙也くんのことが好きな子はどのくらいいるんだろう?少なくとも50人くらいいる気がする。気の遠くなるような片思いをしているんだと、さっきの今で思い知らされて嫌になった。




今日はなかなか謙也くんが来ないな、と思っていたら。チャイム寸前で教室に滑り込み登校だ。今日もかっこ可愛い。

「ギリギリセーフ!?」
「なんや寝坊か」
「おん、お陰でこの髪や」
「見事にペッタンコやな。ダサいわー」
「うっさいわ白石!お前かてセットせんかったらぺしゃんこやろ!」
「俺は寝坊せえへんし。してもワックスくらいつけてくんで」
「…白石クン、ワックス持ってる?」
「お前のと違てソフトやけど」
「あとでやって」
「急に手の平返しよるな」

イケメン二人のこのやり取りにクラスの女子はもうクラクラだ。白石くんだけに。
謙也くんのセットされていない髪が、新鮮すぎて、可愛いすぎて、もう心臓に矢が刺さったような状態だ。

休憩時間に白石くんに髪をセットしてもらって、謙也くんはいつもの髪型に戻ってしまったけど、こっちもまたいい。いつもの謙也くんは謙也くんで、当たり前のようにかっこいいのだ。



わたしは視力が良い方ではなくて、授業中だけ眼鏡というスタンスをとっている。席が前の方ならそのスタンスをとる必要はないのだけど、今は後ろから二番目の窓側。眼鏡をかけないと黒板には何が書かれているのかが読めない。だから当然授業中は眼鏡をかけている。
今日は板書する量が多くて、授業が終了しても引き続きノートを書いていた。黒板とノートを交互に見て書く、という動作を繰り返していると、隣の席にいないはずの謙也くんが、勝手にそこに座っていた。
思わず手を止めて謙也くんを見てしまう。見惚れるのは時間の問題で、いかんいかんと自分に鞭を打って再び黒板を見た。

「名字って視力悪いん?」
「えっ!?」
「授業中だけ眼鏡やから」
「と、遠くが見えないだけ」
「ふーん、じゃあ俺の顔見えるん?」

ずいっと顔を近づけられる。それだけでもうパニック寸前で、自分が後ろに下がることで何とか緊急事態を回避する。天然って恐ろしい…!

「ちょお眼鏡貸して」
「あ、うん。…はい」

眼鏡を外して渡すと、躊躇なく謙也くんはわたしの茶色い縁眼鏡をかけた。ち、ちょっと心の準備が…!

知的そうに見える、というか謙也くんは元々頭も良い人だけど、なんというか、眼鏡の破壊力は恐ろしい。しかも周りの女の子は全然謙也くんのこの姿に気づいてなくて、多分今、眼鏡をかけてるスーパーイケメン謙也くんはクラスでわたししか知らない。(ちょっと優越感を感じる)

「似合うてる?ちゅーかめっちゃぼやけとる」
「に、似合う似合う、もうちょー似合ってる!」

だからもうそんな、こっち見ないで!鼻血出そうだよ!とはもちろん言わずに、直視しないまま謙也くんから眼鏡を取り返した。そのあとなんだかその眼鏡はかけ辛くて、そのまま眼鏡ケースにしまった。もう板書なんて知らない。ていうか謙也くんマイペースすぎやしませんか。どうしていきなりわたしの隣に座ったの。ドキドキしすぎて胸が、心臓が痛い。

「俺の従兄弟も眼鏡かけてんねん。伊達やけど」
「伊達眼鏡?」
「似合うからしてんねやて。おかしいやろ?」
「変わった人だね。眼鏡なんて邪魔なだけなのに」
「でも名字似合うてんで」
「そ、そうかな」
「おん、どっちでも可愛、…やなかった!あー俺便所行ってこよ!」
「え、え?」

風のようにビューッと去って行った謙也くんは、一体なんだったんだろう。と思わず呟きたくなった。



最近の謙也くんの突然の行動には、ちょっと戸惑いを隠せない。重い荷物を持ってくれたり、髪型がいつもと違ったり、勝手に眼鏡をかけたり、そんなのされてこっちの心臓が持つわけない。いや、なんとか持っている状態ではあるけど、もうキュンキュン胸が締め付けられ過ぎて、多分わたしの心臓は大分小さくなってしまってるんじゃないかな。

「はあ…」

そりゃあ溜息も付きたくなる。優しくされたり、話しかけられたり、そんなのされてもわたしと謙也くんはただの友達、いやそれ以下なんだもん。
いつまでたっても結ばれない気がしてならない。だってわたしからは何一つアクションを起こしていないし、それは随分と勇気のいることだ。わたしが小心者日本代表に選ばれても何の反論もない。

今日は午後から雨が降るなんて知らなくて、傘はもちろん持ってないし、とりあえず雨が止むまで教室で待っていた。外は暗い時間帯にはなってしまっている。大分小雨になってきたところで玄関に出ると、見事に雨は止んだ。わたしって晴れ女なのかもしれない。

何かいいことがあるんじゃないかな、と思いつつ雨の降らない暗い空を見上げる。今日は一度も謙也くんと話せなかったけど、明日は話せるといいなあ。

「名字?」

名前を呼ばれて、見るとそこには謙也くんが。な、ななななんで!?こ、心読まれてないかな!?

「な、なんで謙也くん、」
「俺も家こっちやし。ちゅーかなんでこんな遅いん」
「え、あ、雨あがるの待ってた」
「傘は?」
「午後から降るの知らなくて…」
「アホやなあ、誰かに借りればよかったやん」

その手があったか、と手の平をポンと叩く仕草をすると、謙也くんはげらげらと笑った。わたしってアホなのかな。

今謙也くんの隣を自分が歩いていると思うと、本当に夢みたいで、緊張する。心臓がうるさくて、そんでもって苦しい。


「後ろ姿見て気付いてん、絶対名字やなって。ちょっと内股やんな?」
「あー、うん。直らないんだよね」
「ええやん、女の子なんやし。男やったらちょっとアレやけどな」
「確かにそれはちょっとアレだね」

後ろ姿で気付かれるなんて、どれだけ特徴のある歩き方してるんだろうわたし。内股でよかった、と思うけど、こんなに心臓が忙しなくなるなら、気付かれないままでもよかったとも思う。複雑な乙女心というやつだよ。

「でもよかったな、雨あがって」
「うん!なんか玄関出た途端雨あがってね、晴れ女かな?」
「俺もそれようある!俺も晴れ男!」

嬉しそうに話に喰いついてくれる謙也くんは本当に、なんていうか、かっこよくて、可愛いくて。毛穴がぶわーってなって、全身から謙也くんが好きだー!って気持ちが溢れてくる。

さり気なく車道側を歩いてくれたり、小さな優しさがとても嬉しい。こんな素敵な人のことを好きにならない方が、おかしい。


「け、謙也くん」
「ん?」

「謙也くんは、好きな人とか、」

「あ、名字!」
「え?」

話を遮られて何事かと思えば、急に視線が高くなった。…え?え?何事?

少しして地面に下ろされて、唖然としていると、謙也くんが「水たまり」と言って後ろを指差した。ま、まさかわたしがこれを踏まないように、わざわざ脇の下に手を入れてまで回避させたってこと?だとしたら…ものすごい恥ずかしい!ボーッとしてた自分も、謙也くんの予想外すぎる行動も!

「気ぃつけんと」
「あ、あり、がとう」
「なんのなんの」

どういうつもりなんだろう。普通、あんなことするだろうか。わたしが男なら絶対出来ない。たとえ好きな子がいたとしても、指一本触れられないと思う。想いを告げらずに結局誰かにとられて終わっちゃうんだ。

謙也くんは、好きでもないわたしなんかに、触れて、親切にしてくれて。それで何が満たされるんだろう。彼の座右の銘は一日一膳とかなのかな。だとしたら納得出来るけど、そうじゃないなら、なんで、どうして。そんな疑問しか生まれない。

"謙也くんは好きな人とか、いるの?"

聞きたかったことももう聞けない。わたしはなんでそんなこと聞こうとしたんだろう。胸が痛むだけなのに。

「さっきなんか言いかけんかった?」
「や、なんでもないよ」
「そか」
「うん」

ぽつり、また雨が降ってきた。二人とも晴れ男女なのに、と謙也くんも思っているかな。
謙也くんは慌てて傘を開いて、わたしに一緒に入るように言ってきた。いやいや、そんな、だって相合傘になっちゃうし、そんなの謙也くんは嫌なんじゃ…。

「ええから入れって」
「わっ、」
「急に降りだすなやって感じやな」
「う、うん」

ちらりと謙也くん側をみると、大分傘をわたしの方に傾けてくれているのか、肩に雨の染みが出来ている。謙也くんなりの優しさなんだろうから、何も言わないけど、だけどわたしにも何か出来ることがあるんじゃないかな。そう思って、勇気を出して、ぐっと謙也くんとの距離を詰めた。
お互い急に無言になって、ただ足を動かすのみだ。なんでわたしは今日傘を忘れてしまったんだ、と改めて心から後悔する。(相合傘は嬉しすぎるけど)


後ろから車のライトがぴかっと光って、振り返ると大型トラックが近づいていた。路側帯でとりあえず止まったのはいいけど、謙也くんのすぐそばには、大きな水たまりがあることに気付く。車道側にいる謙也くんはそこにいると間違いなくトラックのせいで水をかけられてしまうハメになる。慌ててわたしは謙也くんの腕を強めに引っ張った。

「うおっ!?」

引っ張ったのはいいものの、トラックは思いのほかスピードを出していて、通り過ぎた頃には二人とも跳ねた水のせいで足元が濡れていた。

「「……」」

お互いの足元を見て、どちからともなく吹き出した。わたしがとった行動は殆ど無意味で、だけどそれでもなんかおかしくて。謙也くんも水をかけられたというのに嫌な顔ひとつせずげらげら笑っている。

「二人でかかったら意味ないやんな!」
「ご、ごめ、でも謙也くんだけかかったんじゃなくてよかった!」

笑いながらそう言って、わたしは鞄からタオルを取り出した。謙也くんに「使って」と差し出すと、迷うことなく受け取ってくれて、「おおきに」と笑った。

「肩も拭いて?」
「え、」
「ごめんね、ありがとう」

車道側を歩いてくれて、傘を傾けてくれて、水たまりから助けてくれて。いろんな意味を込めて言ったことは、きっと謙也くんは知らないだろうけど、いいの。知らなくて、いいんだ。

わたしも謙也くんが拭いた後に、タオルで足元を拭いて。それからまた二人で歩き出す。
まさか家まで送ってくれると言い出したときはどうしようかと思ったけど、もうお言葉に甘えてそうしてもらうことにした。名残惜しいけど、家に着いてしまえば当然お別れをしなくちゃならない。

「ほんとにありがとう。助かりました」
「名字もタオルおおきに」

「あの、今日、言いかけたのはね」
「?」

「謙也くんって、好きな人いるのかなって、思って」
「え、俺?」
「う、うん」

お別れをする前に、やっぱりどうしても今日聞いておきたくて、返事は怖いけど思い切って聞いてみた。謙也くんは傘の下で、あーとかうーとか唸りながら、わたしに言うための答えを探しているみたいだ。
嫌だったら言わなくていいよ?と付け足した声も、謙也くんには届いてないかもしれない。


「…おる」
「!」

「けど言わん!まだ言わん!」
「…?」
「ち、近いうち言うわ!…また明日!」

いると言われて落ち込む暇もなく、謙也くんは意味深なことを言って帰って行ってしまった。


「近いうち…?」

どういう意味かわからないけど、自然と悲しい気持ちではなく、なんだか不思議な温かい気持ちが胸に残った。



fin.



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