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この痛みと引き換えに


男に生まれたかった。

毎月生理がくる度に思う。なんでこんな死にそうな程辛い思いをしなくちゃいけないんだろう。どうしてわたしの生理痛はこれ程までに重いものなんだろう。

その期間でもわたしは一日目というのが本当に酷い。あらかじめ薬を飲んでおいても立ってられない程の吐き気と腹痛で、授業なんか受けられるわけもない。

よろよろと亀みたいなペースで保健室に向かっていた。わたしのクラスは次の時間は体育で、どう考えても運動なんか出来ない。みんなが更衣室へ向かう方向とは逆の方向へ必死に足を進めた。
保健室に行くには階段を降りなくちゃいけない。だけどその途中で猛烈な、今までで一番強い目眩に襲われた。階段の角でうずくまるけど、一向に良くならない。一度座り込んでしまえばもう立ち上がる気も起こらなくて、視界が涙で霞んだ。

なんでこんな思いしなくちゃいけないの。生まれ変わるなら絶対に男がいい。


「自分、大丈夫か?」

頭の上から生まれ変わりたい男の声が降ってきて、ゆっくりと顔を上げた。

「っ名字?なんで泣いて…な、ど、どないしてん」
「忍足、くん?」

同じクラスの彼は更衣室に居るはずなんじゃ…なんで、こんなところに?

わたしがここでうずくまってる理由は同級生の男子には少し言いにくい。かといってこの体調で大丈夫、とは言えないし、恐らく顔色もよくないだろう。額にじんわりと汗をかいているのが酷く気持ち悪い。
忍足くんはうずくまっているわたしに目線の高さを合わせるように、わたしより二段下へ屈み込んで、心配そうな顔をしている。

「かっ顔色ごっつ悪いやん、なんやどっか痛いんか?」

完全に無意識なんだろう、忍足くんはわたしの額に自分の額をくっつけた。ふわり、と色の抜けた金髪の髪がわたしの額に触れる。「熱はないな…」と真剣な顔で言ったあと、首を傾げた。

「どっか痛いんか」
「う、ん」
「腹?」

正確には違うけれど、場所は殆ど似たようなものだ。忍足くんの質問に首を縦に振ると、忍足くんは少し黙って視線を横へ流す。

「生理痛か」
「…えっ」
「ち、違ったらごめんな。名字ずっと腹の下の方押さえとるし、そうなんかなって」
「そ、うだけど」

忍足くんがまさか、生理痛という言葉を知っていて、しかもわたしの仕草を見て言い当てられるなんて。個人的にわたしの忍足くんへの勝手なイメージは、純粋そうというか、そういうことには疎そうな人だと思っていた。いつも一緒にいるのがあの白石くんだから尚更そんな風に見える。
それは本当にわたしの勝手な想像上の忍足くんだった。だって今、とても頼もしく見えている。

「お、忍足くん、次体育じゃ、」
「お前ほったらかして行くわけないやろ。保健室連れてったるから大人しゅうしとき」

そう言うと、忍足くんは軽々とわたしの身体を抱えて、そのまま階段を降りていく。びっくりしすぎて声も出ない。こ、こ、この人は一体何を考えているんだろう…!?そんなに仲が良い訳じゃないし、指で数えられる程しか話したこともない。それなのにわたしを、こっ、こんな、抱っこするとか、どういうことだこれは。

「お、忍足くん!何もここまでしなくても、」
「あかん。生理痛ってめっちゃしんどいんやろ?薬とか飲んだんか?」
「の、飲んだけど」
「ほんなら酷いんやろなあ。俺は痛みはわからんから、こんくらいしか出来んけど」

堪忍な、と本当に申し訳なさそうに謝られる。忍足くんが謝る必要なんて一ミリもないのに。本当にこの人は優しい人なんだと思った。

自分で歩くよりもずっと早く、念願の保健室に辿り着いた。生憎先生はいなくて、忍足くんはそのままわたしをベッドへと降ろした。さっきまで見えなかった顔が見えて、なんだか恥ずかしくて、蒼白だった顔は朱色へと染まっている気がした。


「湯たんぽ的な奴、あった方がええよな」

体育の授業なんてとっくの昔に始まってしまっていて、どうして忍足くんはあそこを通りがかったんだろうと、素朴な疑問が頭に残っていた。わたしがここに向かう為に教室を出るよりも先に、忍足くんの方が教室を出ていたような気がするのだけど。
彼が湯たんぽを用意してくれて、タオルでくるんだものを持って来てくれた。「ありがとう」と遠慮なくそれを受け取ると、忍足くんはベッドの端に腰を降ろした。…え、授業、出ないのかな。

「えと、忍足くん」
「ん?」
「…体育、始まってるけど…行かないの?」
「あー、ええねん。サボる」

俺器械体操苦手やねん、と笑ってそう言われては、何も返せない。わたしも強く授業に出なくちゃだめだよ、とは言える立場ではないし、忍足くんがそうしたいのなら、そうすればいいと思う。ただ、この空間、この二人きりの時間が、少し恥ずかしいだけで。

「白石と違うて身体めっちゃ堅いねん。…正直早よ体育がサッカーとかになってほしいねんけどな」

そこは想像と一緒だ。忍足くんは身体が堅そうで、白石くんは逆に柔らかそう。わたしがベッドの上で座って話を聞いていると、「寝転がっときや」とわたしの身体をベッドに寝かそうとする。な、なんかこの状況、すごく恥ずかしいんだけど、そこのところはわかってないんだろうな。


「…忍足くん」
「?」

「どうしてあそこに、居たの?」

だって更衣室に向かうのは、あそこからじゃなくて、反対の階段から行った方が早いし、更衣室を目指してあの場所を通る人はまず居ない。「忘れ物でもしたの?」と聞くと、忍足くんは「あー…」と言葉を詰まらせた。…聞いちゃだめだったかな?でもだって、本当に辛くて、誰かに助けてほしいって思ってたから、来てくれてすごく、嬉しかったんだよ。


「忘れ物やなくて」
「…違うの?」

「お前のことずっと見とったら、顔色悪いとかそんくらい気づくわ」

「え…」


え、…え?ど、どういう、こと?忍足くんが、ずっとわたしを見てたって、それって、まるで。


「愛の告白、みたいだよ…?」
「!?、っえぇええ!?いや、ちゃう!いやいや、好、きやけど…って、…あ。」

衝撃的事実が発覚した。忍足くんはどうやら、どうやらわたしのことが好きらしい。そしてわたしは、それを聞いて何故かすごく、嬉しくて、心にお花が咲いたみたいな気持ちだ。

「…あ、の、えっと…」
「だあーもう!なんやねん俺めっちゃダサいやんけ!これやからアイツらにヘタレとか言われんねん!」
「…?」
「もっぺん言ってええ?」
「う、ん」

「俺、ずっと名字のことが好きやってん。…せやから今日、顔色悪そうなお前見とって、めっちゃ心配で」

「たまたまなんかやない。俺は名字が心配やったから、更衣室行く途中で教室戻って。でもお前おらんくて、保健室行ったって友達から聞いたから」

「生理痛とか聞いて、デリカシーないよな。ほんまごめん!せやけどもう居ても立っても居られんくて」

こんな大事な話をしてくれているのに、わたしは寝転がって聞くことしか出来ない。なんて女だろうか。忍足くんの真剣な気持ちに、答えなくちゃ。
お腹が痛いのに、嬉しくて。わたしの心は湯たんぽみたいにぽかぽか暖かい。


「ありがとう、嬉しい」

恥ずかしいから、顔は布団で半分隠して、視線だけを忍足くんに向ける。忍足くんは耳まで真っ赤にして眉間に皺を寄せたまま何かを我慢しているようだった。

「俺の方が、顔色悪くなってへん?」
「うん、真っ赤」
「ほんまダサいな、俺」

「その逆だよ。来てくれた時、王子様みたいだった」

ここまで連れてきてくれて、ありがとう。と忍足くんのシャツの袖を掴んで言うと、彼はわしゃわしゃと頭を掻き毟って、「だーもう!可愛いすぎるやろ!」と恥ずかしすぎる独り言を叫んだ。

「熱、測ってや」
「…え、」

忍足くんがさっきわたしにしたのと同じように、また額同士をくっつけた。それで終わると思っていれば、どさくさに紛れて(なんて言い方をしたらいけないかもしれないけど)、忍足くんはわたしの唇にキスをした。

「…っ、あ、え、え?」
「熱い、な」

ほんまに熱あったりして、と真っ赤な顔で言う彼にはもうお手上げだ。わたしの想像していた忍足くんはなんだったんだろうと思う程に、それ程にこの人は無意識にフェロモンを垂れ流しにしている。

「お、忍足くん」
「ほんまごめん!すまん!堪忍!」
「あ、謝らないで」
「え?」

「わたし、嬉しい、よ?」
「…!」


このお腹の痛みと引き換えに、胸に広がる暖かさと、喜びを手に入れることが出来て、気づけば目眩なんて、吐き気なんて何処かへ消えてしまっていた。



fin.


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