short | ナノ

恋愛感情


光は昔から、感情を表に出さない、それが得意ではない性格やった。それは今ももちろん変わりなく、冷たい奴やと思われがちな、どちらかと言えば損な性格をしとる。
せやけど誰かと揉めたりすることはまずないし、友達が少ないわけやない。それは周りも、光は不器用なだけでほんまは優しいってことを、徐々に理解してくれてるからやと思てるし、そんな風にちゃんと周りがわかってくれて、誤解されがちな光がみんなから好かれてることがわたしは嬉しかった。



「名字さん居てる!?」
「え、あ、な、何…?」

隣のクラスの女の子が、めっちゃ焦った顔でわたしを呼びに来たもんやから、これはただ事ではないとすぐに席を立って廊下に出た。
廊下に出ると隣のクラスはえらい人だかりが出来てて、それでさっきから廊下の方が騒がしかったんかと納得した。
同級生達を掻き分けて教室の入口に入ると、教室内はいつも綺麗に並んでるはずの机はぐちゃぐちゃに乱れとって、明らかにヤバい空気が流れとる。

広がったスペースに、男子生徒が馬乗りになって胸倉を掴んどる。
馬乗りになっているのは間違いなく光。でもああ見えて光は気は長いし、争い事も好きやない。やから今回、なんでこんな、光が何にキレてこうなってしまったんかがわからん。


「ひ、光!」

わたしが名前を呼ぶと、光の動きはそのままぴたりと止まって、ゆっくりとわたしを見る。顔を上げた光の顔は整った綺麗な造りをしてるはずやのに、わたしが来るまでの間に何があったんか、引っ掛かれたような傷と殴られた痕、加えて返り血がついている。
目が合った瞬間、つい身体が強張ってまう。何、が、あったん?

それから、漸く駆け付けた教師達によってその場は収束された。
結局なんで光があんな行動に至ったのかは、その場ではわからず終いやった。



「財前くん、一週間停学やて!」

さっきわたしを呼びに来た隣のクラスの子がわざわざそれを伝えに来た。教室がまたざわつく。

「て、停学って…!」

思わず席を立ってその子に食ってかかる。なんで!?とは言わんけど、だって光は、理由もなしに人を殴ったり、そんなことをするような奴とちゃう。
わたしはその子のところへ行って話の経緯を伺った。


「詳しいことは、本人から聞いた方がええと思うけど、わたしが財前くんと仲ええ男子から聞いた話によると、名字さんのことでキレたらしくて」
「わたし…?」
「うん。なんかね?これはほんまに気にしたらあかんで?…名字さんの身体のことを別の男子グループが話してたらしいねん。それが多分気に障ったんかなって」
「……」

わたしの身体のこと、というのは恐らく胸のことやと思う。
わたしは周りの女の子に比べて胸が大きくて、それがコンプレックスでもある。小さい子からすればこんなん悩みのうちに入らんって思うかもしれんけど、わたしは好きでこんな胸になったわけちゃうし、思春期の男子や男の先生からはたまにそういう目で胸ばかりを見られることもある。
光には、こんな大きい胸いらない!と毎日のように言うてた時期もあったくらいで、わたしがこの胸をコンプレックスとしてることを、多分誰よりもよく知ってる。

「名字さんは、財前くんと幼なじみって聞いたんやけど」
「うん、家が隣で」
「でも…ほんまにただの幼なじみなんやったら、普通あそこまでむちゃくちゃせえへんと思う」
「…え?」
「財前くん、今校長室おるらしいから、もうすぐ出てくると思う。荷物、もってってあげてくれへん…?」
「…うん、わかった」

それからその子と一緒に隣のクラスへ行って、光の荷物を纏める。わたしがテニスバッグ肩にかける日が来るなんて、思いもせんかったわ。ついでにわたしも今日はもうサボったろ思て、女の子にお礼を言うてから自分の荷物と一緒に校長室へ向かった。


*


『女はやっぱ巨乳がええよなあ』
『まあブスやったら巨乳でも意味ないけどな』
『ははは!確かにそらそうやわ!』

また阿保な会話しよる。ほんま阿保や。あんな阿保な奴らと俺が同じ性別とかおかしいやろどう考えても。ちゅーかいつもいつもお前ら声デカいねん。女子がおらん時に話せや。若しくはそういう話したいんやったら外出ろ。男が皆頭ん中そればっかりやと思われるん、お前ら以外の男子からすりゃ心外やぞ。興味ないわけちゃうけどお前ら程興味ありまくりの人種も珍しいんちゃうか。

…って言いたい。めっちゃ言いたい。せやけど我慢や。言うのも面倒やし、相手にすんのも時間の無駄や。脳みそスッカスカやねんから言うた所で話通じひんのがオチやわ。


『せや!名字おるやん隣のクラスの!』
『ああ、俺去年クラス一緒やったわ』

名字、その名前が出て思わず無関心ではおられへんようになる。アイツがなんや、お前ら発情期の連中と話でもしたんか。

『あいつの胸めっちゃデカいやんな!Fくらいあるんちゃう?』
『お前確かめてこいや、触らしてくださいー言うて!あいつならなんか触らしてくれそうやん!優しいし抵抗されても余裕で勝てんで』

イラッ、どころの騒ぎちゃう。俺の身体の水分がどんどん煮えたぎってくる。なんやねん、今なんつった?アイツの胸触りたいとか、何阿保な事ぬかしてんねん犯罪者予備軍。
デリカシーもくそもない内容で、しかもそんな声のボリュームでアイツの名前出すなや。

胸がでかい、周りの女子と著しく違う身体に、名前は酷くコンプレックスを感じとった。俺は直接その悩みを聞かされたことがあるし、真剣に相談に乗ってくれと頼まれたこともある。なんで俺に相談すんねん、と言いたくなったし正直男にはあまり理解できん部分でもあった。勿論幼なじみってだけの俺が、胸が小さかろうが大きかろうが俺はお前がええ、なんて言えるわけもないし、そんな形で告るとか最悪としか言いようがないから言わんけど。
俺以外の男がアイツの胸がどうだとか、そんなん言ってええわけがないんや。お前らの性欲処理にアイツを使わすわけないやろ。

『アイツ顔も可愛いし、お願いしたらヤらせてくれそうな気するわ』
『お前それはあかんやろ、やべ、勃ちそう』

ああ、ほんまに、同じ男やのに、なんでこうも違うんやろか?理不尽すぎんで。

そっからは俺もこいつらと似たようなもんや。脳みそスッカスカになったみたいに頭ん中がコイツらをシバくことで一杯んなって、女子の悲鳴とか、友人の規制とか、聞こえてんのに止まらへん。

『っお前ら、いっぺん死ねや…!』

殴ったら俺も殴られて、相手の爪が長いせいで引っ掻き傷もらったり、やった分だけやり返してきよって。最終的に馬乗りになって一人をボコボコに殴り倒したら、最悪のタイミングでアイツが来た。

…呼んだの誰や。
顔を見た瞬間、スカスカだった脳みそに徐々に理性とか色んなもんが戻って来た。教師達が来た頃には俺はすっかり大人しゅうなっとって、そのままとりあえず職員室に連れて行かれる事になった。

「失礼しました」

停学処分を食らって、それから校長室で散々担任に説教。親に連絡もされて、正直それには舌打ちした。

先に手を出した俺が悪い。自ら担任にそう申し出て、処分もちゃんと受けるけど、アイツらには絶対何が何でも謝るつもりはない。アイツらが、名前に謝れ。


*


校長室に行くと、丁度光が出てきたところやった。顔の傷は痛々しくて、綺麗な顔が台なしや。

「ひ、光」
「…一週間休みやて。羨ましいやろ」
「な、何で、喧嘩なんか」

今まで一度だってこんなことはない。今回が初めてや。光の顔がそんな風になってるとこなんて、わたしは見たくなかったのに。

「俺にも色々あんねん、ほっとけや」

そう言うて光はわたしが持っていた光のテニスバッグを奪い取った。そうしてそのまま自分の肩にかけると、くるりと背を向けて去って行ってしまう。

「待って、わたしも一緒に帰る」
「…」

なんでお前も帰んねん、とか、何か言われると思てたのに、光は何も言わへん。わたしが隣を歩いても見向きもせず、ただ歩いてる。

「…か、帰ったら手当てせなあかんね。ほっぺも、冷やさな、」
「アイツらが」
「…?」

「アイツらがお前の胸のこと言うから」

それに続く言葉はなかった。
わたしの胸のことで、こんな痛々しい傷まで作るなんて、ほんまに光らしくない。
わたしも、自分からはもう何も聞かへんことにして、黙って光の隣を歩く。

家に帰るとお母さんになんでこの時間に帰ってきたんか聞かれたけど、うまいことごまかすことに成功して、そのかわりにおつかいを頼まれた。しかも光ん家に。
なんでわたしが、と言いたい所やったけど、光のことが気になるし、きっと傷のケアなんかも全然してへんやろうからそれも兼ねて行くことにした。


「これ、お母さんから」
「ん、善哉?」
「うん、お餅ある?」
「あー、どうやろ。まあなかったら買えばええし」

光は善哉が入っとる鍋を受け取ると、台所へ持って行ってしもた。いつもなら遠慮なく家に上がらしてもらうとこやけど、なんとなく躊躇ってまう。そんなわたしに光はすぐに気付いて、玄関まで戻って来た。

「何してんねん」
「い、いや、帰ろう、かな?」
「何で俺に聞くんや。…上がれや」
「…うん、お邪魔します」

光の部屋に最後に入ったのはいつやったかな。仲が悪いわけやないし、お互い今でも家同士の付き合いはあるけど、こうして光の部屋に行ったり、光がわたしの部屋に来たりすることは大きくなっていくにつれて確実に減った。
ほんまに久しぶりに部屋に入る。昔から比較的物の少ない部屋やったけど、どうやらそれは今も変わってないらしい。

なんも気にせんとベッドの上へぼすっと座りたい所やけど、そういうわけにもいかれへん。妙な、わたし達らしくない空気が漂っていて、しかも多分その空気にさせてるんはわたしや。
光に座椅子にでも座れと言われて、漸くそこへ腰を降ろす。な、んやろ、こんな、居心地悪い部屋ちゃうかったのに。なんでこんな、緊張せなあかんの。

「…傷、見せて」

わたしが座るのを遠慮していたベッドに座っている光に、なんとか勇気を出して言うてみると、なんでやねん、とは言われずに、「お前が見にこいや」やて。ほんまいつからこんな捻くれてしもたんやろか。
それに加えて「下から救急箱とってきてや」とこれまた命令されたんやけど、わたしは逆らうことはせずに素直に光の言うことを聞く。(…上下関係は昔となんも変わってへんなあ)

消毒液をコットンに染み込まして、傷口にそっと当てる。
赤紫色になっとる頬っぺたは明らかに誰がどう見ても普通やない。殴られたんやと一瞬でわかってまう。相手の男子は多分もっと酷い怪我してるんやろうからしゃーなしや。
人の目につかんように、冷却も兼ねて丁度ええサイズに切った湿布を頬に貼って手当ては完了。

「…明日から休みか」

単調な声で独り言を呟く光は、正直幼なじみのわたしにも何を考えてるかさっぱりや。

胸のことを言われることなんかしょっちゅうやし、わたしが相談した時、いちいち気にせんでええって、聞こえてないフリして、視線感じたら目ぇ潰れって言うてくれたの、光やで…?

「光、」
「俺は間違ったことはしてへん」

アイツらが悪いんや、とどこまでも自分を貫く、わたしを守ってくれる光は本当に昔と変わらない、負けず嫌いで優しいわたしの大切な幼なじみや。

「…わたし、嬉しかった。光が、わたしのために怒ってくれて」

好きでこんな胸なわけちゃうから、それを光はわかっててくれて、それで。それで怒ってくれたんやとしたら嬉しいよ。嬉しいし、ありがとうって思う。

「けど、こんな、光が怪我とか、嫌やねん。光は俺が好きでやったことって、思うかもしれんけど」

「わたしは、わたしの好きで、光には二度とこんなことはしてほしくない」

ごめんねと、それからありがとう、痛かったやろ?とみっついっぺんに言うたら、光はしばらく黙り込んで、それから漸く口を割った。


「お前は俺のや」
「…え、」
「人のもんに、手ぇ出したらあかんって、そんなん阿保でも分かる事やろ」
「ど、どういう、意味?」

話の流れが変わりすぎて着いていかれへん。え、…え?どういう、ことなん?俺のもんって、そんなんまるでわたしが元々、光のものみたいやん…!

「…今のめっちゃわかりやすかったと思うんやけど」
「え、あ、ごめん、よくわからんくて…えと、その、つまり光は」
「…」

「わたしの胸が好き、なん?」

「なんで胸やねん阿保か。…はあ、もうええわ。それも一理あるし」

そう言うと光は片手で頭を支えていた手を下ろして、ちゅ、とほんまに一瞬、瞬きよりも短いキスをした。


「な、ん、いっ意味わからん…!」
「(コイツどこまで鈍いねん)…辞書でも引いてくれると助かるわ」
「な、なんて?」

「…恋愛感情、とか」



fin.




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