short | ナノ

遠京


「でな、白石の奴が、」
『あっ、謙也ごめん、ママが呼んでるからまたかけ直すっ』
「え?あぁ、おん」
『ごめんまたね!』
「おー…」


ツー、ツー、と俺の一番嫌いな音が流れる。はぁ、と溜息をついて俺も電話を切った。

遠距離恋愛、っちゅーんは俺にとって一生縁のないもんやと思っとった。せやけど縁というのはほんまに突然やってきやがって、見事に名前は遠距離と呼べる程に遠い、東京へと引っ越してしもた。
アイツの家庭の事情に俺なんかが口出しできるわけもなく、行くななんて男らしいことも言われへんくて。名前も一人暮らしするとかで両親とは結構揉めたらしいんやけど、高校生の女の子が大阪で一人暮らし、とかそんなん許されるわけがなかった。
しかも名前は氷帝学園を受験することんなって、何でよりによって氷帝やねんと俺とも揉めた。せやけど名前は一度決めた事はやるタイプで、見事に合格してしもた。

結局中学を卒業してすぐ、名前は大阪から東京へ引っ越して、俺らが全く縁のないもんやと思っとった、遠距離恋愛が始まった。

ウィルコム買って、電話代と東京行くための金稼ぐために、部活終わりに週なんぼかでバイトして。体力的にめっちゃハードやのに、名前に癒してほしいて思っても声だけしか聞かれへん。
それでも、それでも俺は名前が好きやし、名前以外の子なんか眼中にあらへん。名前も俺と同じような気持ちでおってくれとるって信じとるし、そうでもせんとやっていかれへん。


「あー、会いたいわー…」

ベッドにごろりと仰向けになって、暖房のきいた静かな部屋に呟いてみる。しばらくそのままボーッとして、壁にかかったデジタル時計をみる。…もう日付変わるやんけ。

徐に起き上がって机の上の500円貯金箱を手にとる。大分重なってきたなあ。予想やけど5万はあるんちゃうかな?
ついでに通帳にも目に通してみれば、バイトのおかげで結構な額が貯まっとる。お互いの時間さえ合えばいつでも会いに行けるっちゅー話や!

さっきまで沈みかけとった気持ちもいつの間にかふっ切れとって、今度の週末に東京行くための買い物へ白石にでも付き合うてもらおうと、頭ん中で予定を立てた。


丁度ええタイミングで黄緑色の玩具みたいに小さい携帯に着信が入る。名前や。

『謙也!聞いて!』
「お、おお!?どないしてん」

『あたし来週大阪行けるかもしれへん!』

「え、ま、マジか!」
『さっきあたしママに呼ばれたやんか?そしたら、大阪のおばあちゃんちに行く用事が出来たんやて!おばあちゃんに会えるのも嬉しいけど、謙也にも会えるんや、って思ったらもーあたしめっちゃ嬉しくて、』
「アホ、俺の方が嬉しいわ!お、俺っ、今の今まで東京いつ行けるんか考えててんで!」
『ううん、今度はあたしから行くから』

だから謙也は待ってて、とかほんまに嬉しそうに言う名前が目に浮かんで、どうしようもなく抱きしめたい衝動に駆られる。あーもう!お前なんでこの距離でそない可愛いこと言うんやドアホ!

嬉しい、嬉しい、嬉しい。その感情だけがアホみたいに身体ん中を満たしていく。来週なんてそんなんすぐ先やん。あー、どないしよ…。名前は全然、前会った時と変わってへんのかな?髪とか、電話じゃ言わへんだけで、切ってたりとかして。俺も何かイメチェンのひとつやふたつぐらいして、名前をあっ驚かせるような、かっこええって思ってもらえるような感じにしとかなあかんかな。

「来週のいつ?」
『金曜日の夜に行くから、会えるんは土曜日か日曜日やね』
「どっちかはばあちゃん家やろ?」
『うん、決まったらまた電話する!』
「来週は部活、どっちも午前中しかないさかい、俺はどっちでもええから」
『ん、謙也』
「何?」
『めっちゃ楽しみ、今ベッドの上やけど、飛び跳ねたいくらいや』

ふひひ、とほんまに嬉しそうに笑う名前は電話の向こうやのにめっちゃ可愛いくて。もうめっちゃ抱きしめたいキスしたいわ…!

「名前」
『うん?』
「俺もめっちゃ楽しみにしとる。あ、会ったらソッコー抱きしめたるからな!」
『あたしもソッコー抱きついたる』

かかー、と顔が赤くなっていくんが分かる。自分の言ったことにももちろん、名前の発言には流石に参るわ。抱きつかれたら俺もうその勢いでなんや変な事して…あかんあかん!会ったばっかでそういうんはよくない、あかん!っちゅーか俺、心臓もつんやろか。名前の顔見ただけで心臓ばくばくになってもうて、鼻血でも吹き出してしまうんちゃうやろか?これは今から色々シュミレーションしとかんとあかんな。
前に俺が名前に会いに東京行った時はほんまにテンパってしもて、何喋ったか一切覚えてへんし…。そんなん勿体なさすぎてあかん。名前と交わした会話は全部覚えときたいくらいやのに。あー、早く来週末になればええのに。

「ほな、もう遅いし寝るか」
『謙也明日も朝練?テニス部はどこ行ってもハードやねえ』
「氷帝の方が色々厳しそうやけどな」
『いや、案外そうでもないで。侑士くんめっちゃ優しいし』
「…侑士と仲ええらしいな。アイツからお前の話よく聞くようんなったで」
『おんなじクラスやもん、関西弁同士意気投合してしもて』
「…あんまり仲良うされると俺も嫌っちゅーか、ええ気はせんちゅーか、ムカつくんやけど」
『…謙也、やきもち?』
「な、だっ、ち、ちゃう…こともあらへんけどっ、そ、そーいうわけやない!」
『えー、なんや、やきもちちゃうんや』
「なんでちょっと残念そうやねん」
『謙也に愛されてるなーって実感したいから?』

「アホ、そんなんいつも実感しといたらええやろ」

『っ、あ、アホっていう方がアホなんですー!』
「なんやと?ちゅーかマジ、侑士が少しでも色目使うてきたらアレやぞ、目潰ししたれ目潰し。もしくはお前のイトコが黙ってないでっちゅーとけ!」
『謙也の方が弱そうやけどな』
「…名前、お前来週覚悟しときや」
『ごめんなさーい』

それからいつものやり取りをして、おやすみ、と一度目より長い通話を終えた。あかんニヤニヤする。こんな緩みきった顔誰にも見せられへん。っあー、アイツなんであんな可愛いん!意味わからへん!
電気を消して布団に入って、白石に誕生日に貰た不細工な顔したクマの抱き枕を思わず全身で抱き込む。あー、これがアイツやったらどんだけええか…!丁度大きさも同じくらいやし、…いや名前はこんなんよりもっとあったかくてモチ肌や。っこ、こんなん考えたらあかん!下半身に悪い!いや、良いんか悪いんかもうわからん!なんやこれ俺変態やん!キモッ、早よ寝よ!

ぎゅう、と目を閉じて、明日が来週末ならええのにな、と少し切ない気持ちにもなりつつ、俺はいつの間にか眠りの世界へ到着しとった。

*


あと二日寝たら名前に会える。会う日が土曜に決まってからここ一週間、浮かれすぎて色んな奴にウザいだのキモいだの言われ続けてきたけど、そんなん関係あらへん。明日は髪切りに行って、帰りに道頓堀で買い物や。誰が何と言おうと今の俺は浮かれてると思う。そんな木曜日の夜やった。

電話が鳴って、二秒でとる。もちろん相手は名前や。

『謙也、』
「名前、土曜日行くとこ俺勝手に決めたんやけど、どっか行きたいとこあるか?」
『あ、あんな、謙也』
「ん?なんやどないしてん、楽しみすぎて吐きそうなんか?ってそれ俺やけど」
『真面目に、聞いてほしいんやけど、さ』

声のトーンもテンションも、何もかもが、暗い。いつもの名前とは明らかにちゃうくて。俺はそれだけでなんとなく、なんとなく、色んなことを察してしもた。
それでも名前の話を聞かん訳にはいかんくて、俺は静かに「何やねん」と真面目な返事を返す。


『ママが、急に仕事入ってしもて。お、おばあちゃんも、また今度でええって、そういうことになって』

『そしたらパパも、休みとってくれてたらしいんやけど、仕事行くことんなって』

『せやから、大阪、行かれへんくなった』


そういや今朝の占いで魚座は最下位やったな。1位の日にええ事なんてひとつも起きんくせに、悪い事は起こってくれやがるんやな。ほんま、最悪やわ。
名前が悪いんとちゃう、別に、一生会えんくなってしもたわけちゃうし、その気になれば俺らは明日にだって会えるんや。せやけど、アイツが東京に行くまでは、今すぐ会いたいって言われたら俺は走って会いに行けたし、抱きしめられる距離におった。毎日顔を見て話すことが出来たし、同じ時間を、空間を、二人で共有してたんや。

それが今、全然叶わんくて、こんな会いたいって思ってんのに、走って会いに行かれへん。抱きしめることも、キスも、金を出さんと何も、何も出来んとか、なんやねん。俺が、名前の彼氏やのに。彼氏以外の男が、何で俺より近い距離におんねん。意味、わからへん。

『…ごめん、ほんまに、ごめん謙也』
「ええよ別に。そない会いたかったわけちゃうし」
『…謙也?』

ちゃう、めっちゃ会いたかった。今すぐ会いたい。
俺が今、一体何に腹立ててんのかもわからんのに、八つ当たりするみたいに、思ってもないこと言って傷つけるのだけは、あかんのに。でも、ムカついてしゃあないねん。俺、アホみたいや。

「どうせ会われへんなら、会えるなんて言うなや」

こんなん言いたいわけちゃうのに。名前を傷つけるだけやのに、なんで俺はこんな、酷いこと言うたんやろか?しばらく沈黙が続いて、すまん言いすぎた!って一言でも言えれば良かったんや。せやけど通話は、ブツリという音を立てて切れてしもた。
俺の一番嫌いな音やのに、暫く聞かずにはおれんかった。

「…怒ったやろなー、アイツ」

アホやろ、俺。なんであないな事言うたんや。ほんま、どうしようもないわ。



次の日、髪を切るのはやめて、行くはずだった買い物ももちろんやめた。「名前さん怒ってるんちゃいます?」と相変わらず性格の悪い後輩に色々言われたりもしたけど無視や。まあ、俺のこの沈んだ顔ときたらどえらいもんなんやろな。白石なんか俺に「謙也、顔に苔生えてんで」とか言うてきよる。うっさいねん、ほっとけ。湿ってんねん。俺の心は大雨やねん。そら苔も生えるわ。

「はあぁあぁぁ、なんで東京って大阪にないねん」
「謙也、頭からキノコ生えてんで!」
「うっさいねん白石ィ!ほっといてくれや!」
「名前ちゃんもこうやって謙也に八つ当たりされたんやな、可哀相に」
「……」

ほんまコイツは人の心を抉って何が楽しいねん。部活終わりに疲れてる+凹んでる親友にかける一言か?

せやけど白石の言う通り、そうや、完全に八つ当たりや。アイツは何も悪ない。家の事情なんやから仕方ない。…せやけどそんな風に思える程俺はまだ大人の男にはなれてないし、なんでやねんって思うばっかりや。会いに行く言うてくれて、待っててなんて言われて、嬉しかった。アホみたいに舞い上がっとったんや。

「お前が会いに行ったらええやん」
「…へ」
「へ、やあらへんお前が東京行ったらええやんか。何のためにバイトしてんねん」
「なっ、アホなこと言うな、東京やぞ!?そないすぐ飛んで行ける距離ちゃうねん!は、走って行けみたいに言うなや!」
「行けや、走って。駅まで走って、そっからたった二時間ちょいのもんやろ。何うじうじキノコ生やしてんねん」
「…し、白石、」

「東京なんか大阪のご近所さんや。二時間なんか大した時間やあらへん」


そうや、白石の言う通りや。俺は何をうじうじしてんねん。新幹線で二時間。たったそんだけ。今から行っても、夜には名前に会える。東京なんか、大阪のすぐ近くや。

「し、白石!俺今日部活出られへんわ!」
「次ん時メニュー倍やからな」
「上等や!なんなら三倍でもええ!」

テニスバッグを肩にかけて、すぐに部室を飛び出た。帰って準備してすぐ出発や!

走って走って、あの角を曲がれば俺ん家や。おかんにいきなり言うたら怒るやろか。いやでも名前に会いに行くんや!言うたら行って来い!っちゅーてくれると思う。
角を曲がってスピードを一気に緩めたら、何故か家の前にでっかい鞄をもった子が…え?


「あ!謙也!おかえりー!」

荷物をもったまま、片手でぶんぶんと俺に手を振る女の子は、声も容姿も間違いなく名前や。

「な、な、なんでお前…、え!?こ、来られへんくなったんとちゃうんか!?」
「うん、でも別にあたしに用事が出来たわけちゃうし。貯金もしとったし」
「貯金て…、じゃあ名前一人で大阪まで来たっちゅーこと、か?」

「会える言うたのはあたしやもん。謙也に言われてほんまにそうやなって思て、会いに来た」

ほんまに、本物の名前やろか?こんなことなら髪切っとけば良かった…!
名前は前に会った時より少し髪が伸びてて、顔も心無しか可愛いく…整形とかしてへんよな?って言いたくなるくらい、めっちゃ可愛い。

「謙也、これだけ聞いてほしい」
「な、何や」

未だに現実信じきれてない俺に、名前は荷物を置いて、ほんまにあの日電話で言うた通りにぎゅうっと抱きついた。

「謙也が会いたくない日でも、あたしはいっつも、会いたいと思ってるから」

これは夢やろか?ほんまに現実なんやとしたら、それは名前の頬っぺたの柔らかさが証明してくれるはずや。思い切って、抱きつかれたまま名前の頬っぺたをむにゅとつねる。も、モチ肌や…!ほ、ほ、ほんまに、現実っちゅー話や!!

「な、何?」
「会いたくない日なんかあるわけないやろ。…すまん、拗ねてしもて」

ぎゅうー、っと今度は身体全体を抱きしめる。抱き枕なんか比やない、名前の体温も柔っこい感触も、小ささも、全部が愛しいと思える。
すう、と名前の匂いまで嗅いだったら、「いつからそんな変態になってん」と笑いながら言われた。俺はお前の前じゃ変態でええわ。なんとでも言えや。

「あたしね」
「うん?」
「大阪が東京にあったらええのに、って何回も思った」
「…俺も全くおんなじ事思ったで。東京が大阪にあったらええのにって」
「そうなん?…アホやねあたしら」
「せやな。…東京なんてご近所さんやから、いつでも行けるわ」
「うん、いつでも行ける」

「名前」
「ん?」

「めっちゃ会いたかった!来てくれてめっちゃ嬉しい!」

「ちょっ、声大きいわ!」

ええねん、そんなんどうでもええ。俺は名前に会えて、会いに来てくれて、ほんまに吐きそうなくらい嬉しいねんから!


「なんや騒がしい…って謙也か…あら?名前ちゃん?」

「な、お、おかん!」
「あ、謙也ママ!お久しぶりですー!」
「やだ何!いつ帰ってきたん!?謙也あんた何で何も言わんねん!」
「し、知らんわそんなん!俺かて知らんかったんやから!ちゅーか何でおかんにわざわざ、」
「名前ちゃん疲れたやろ?ほら入り、丁度今からご飯作るとこやってん。何食べたい?」

俺を無視して名前を家に上がらせるおかんにはマジで腹立つ。腹立つけども、名前がめっちゃ嬉しそうに笑っとるから、俺もそれだけでまあええかっていう気持ちになってまう。


「名前ちゃん、東京はどう?学校楽しい?」
「氷帝やったら侑士君おるやろ。名字おんなじの」
「侑士君はええ子やんなー、謙也なんかよりずっと男前やで」

おかんにおとんに翔太まで、家族揃って名前と話したがるもんやから、俺なんか全然名前と喋られへん。ちゅーかなんでおとんの横が名前やねん!どう考えてもおかしいやろ!

「東京行っても、謙也が一番です!」

不意打ちで名前がそんな事を家族の前で公言するもんやから、一気に顔に熱が集まる。そのことでまたからかわれて、ほんま俺もうどないしたらええねん。

来て良かった、と笑う名前はやっぱり整形したんか?と言いたくなるくらい可愛い。これも遠距離マジックっちゅーやつなんかな。
泊まって行ってええからね、と言うおかんのこの発言だけには、正直感謝せざるをえんかった。



fin.




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