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君とつくる未来


最後に生理が来たのが約二ヶ月前。なんだか熱っぽいし、気だるく感じることが多い。こんな症状、一つしか思い浮かばなくて、仕事帰りに薬局で妊娠検査薬を買った。

結果は陽性。ああ、どうしよう。大好きな人との間に出来た命なのに、飛び跳ねたいくらい嬉しくて、本当は今すぐ電話で報告したいのに、出来ない。

だって、ユウジは、昔から子どもが嫌いで、今もそれは変わってないはずだから。

そのまましばらくトイレに引きこもっていると、玄関から音がして、少し遅れて「ただいまー」旦那さんが帰ってきた。声だけでわかる、どうやら今日は上機嫌みたいだ。何か良いことがあったのかな。
長時間トイレにいた割には、何もいい考えは浮かばなくて、そのまま用をたしてもないトイレの水を流した。

「お、おかえり」
「おう、ん、なんや顔色悪ない?風邪か」
「あ、うん!なんか熱っぽくて」
「熱計ったんか?」
「や、ま、まだ」

どうにも言葉がしどろもどろになってしまう。だめだめ、ユウジは鈍感で不器用だけど、こういうことには何故か変に鋭くて、勘が働く奴なんだから。
体温計を渡して無理矢理熱を計らされて、ぴぴ、と音が鳴った瞬間、わたしより先にユウジが体温計を取り上げる。

「7度ジャストか…微熱やな」
「全然平気だから」
「あかん、今日は早よ寝るで」

ぽんぽん、とわたしの頭を軽く叩いて、そのまま服を脱ぎながら脱衣所に向かってしまう。ユウジはご飯より何より先に、仕事から帰ったらまずお風呂。だからあたしもユウジが残業の連絡を入れてこない限りはこの時間にお風呂を沸かしている。基本的にあたしの仕事が定時で終わることが出来るから、成し得る事だけど。


ユウジがお風呂に入っている間に、妊娠検査薬の箱などを仕事の鞄に入れて見つからないように隠す。
今、自分のお腹にユウジとの赤ちゃんがいると思ったら、とても嬉しくて、だけど同時に本当に、とても怖くて、不安だ。
どんな顔をされるんだろう。あたしが一児の母になんて、本当になれるのかな?ついこの前まで学生だったあたしが、ユウジが、子どもを育てていくことなんて出来るのだろうか。お金はどうしよう。目まぐるしい不安に駆られて、不意に吐き気に襲われる。
慌ててトイレに駆け込んで、胃の中のものを嘔吐して、酸素を吸い込もうとした瞬間、胃酸が気管に入ってしまった。

「っ、げほっ、けほっ!げほっげほ、っは、はあ、」

自然と涙がじんわりと瞳に溜まる。一定の所でそれはストップして、大方呼吸も落ち着いてきた。

これが、つわりなのかな。
本当に、妊娠しているんだ。ちゃんと産婦人科に行った訳じゃないけど、反応も陽性だし、どう考えても全ての症状があたしの知識と一致する。謙也あたりに聞けば一発でわかるんだろうけど、電話することさえ怖い。

嬉しいんだ、本当に嬉しいんだけど、だってユウジはいつかの時、「しばらくは二人がええなあ」とぼやいていたような気がするの。その時は「あたしも」と答えたはずなんだけど、いざこうして二人きりではいられない状況になった時、ユウジが言っていたことが、あたしを不安の谷底へと落とし入れる。


「ふあー、さっぱりしたー」

びくっ、といきなりユウジが現れるもんだからびっくりして、思わずユウジを見て固まってしまった。び、びびったわけじゃないのに。

「な、何やどないしてん、お前俺が帰ってくるまでに怖いテレビでも見たんか」
「ちが、見てない見てない、ごめん大丈夫。なんでもないよ」
「いやでもめっちゃびくぅ!てなってたで、もうこんな、びくぅって!」

あたしの真似をするユウジは、いつものユウジだ。些細な事を笑いに変えようとする、面白いいつもの、あたしが好きなユウジ。いつもだったらこれだけでお腹を抱える程笑うことが出来るのに、今日は渇いた喉の所為で、掠れた変な声しか出なかった。

「…お前、何かあったやろ。なんや言うてみぃ」

がしがしとタオルで頭を拭きながら、分譲マンションのあまり広いとは言えない部屋の真ん中に、ユウジは座った。いつもご飯を食べるテーブルを挟んで、あたしの向かい側に。

「仕事か?やらかしたんか」
「違うよ、褒められたもん。一氏さんは可愛いねって」
「お前それ顔褒めらてるだけやん!…ちゅーかそれセクハラちゃうんか。誰やそいつ」
「いいじゃん悪い気しないよ?」
「…まあええわ。ちゅーか話逸らすなや」
「逸らしてないし」
「腹減ったし、早よ言えや。お前の悩みなんか俺が二秒で解決したんで。そんで飯食お」

本当に?本当に二秒で解決してくれるの?
あたしが「妊娠しました」って報告したら、二秒でユウジはあたしの今、このどうしようもなく感じてる不安を吹き飛ばしてくれるっていうの?
イライラした。これも初期症状の一つなんだろう。ユウジを目の前にイライラするなんて、喧嘩の時以外有り得ないことなのに。何も言わなくても察してよ、わかってよ。なんてそんなの無茶苦茶だ。だけどだって、ユウジならわかってくれるんじゃないかって、思っちゃうんだよ。小春のことは、手に取るようにわかるって、口癖みたいに言ってたんだから。だったらあたしのことも、わかってほしい。


「ユウジ、あのね」

「あ!ちゅーか名前お前!妊娠してんのとちゃう?」
「へ?」
「熱っぽいんもそうやし、生理最後来たのいつや?来てんのか?」
「え、…え?ユウジ?」
「うわ、何かめっちゃ気になってきた、ちょ、今から薬局行こうや。車のカギ…あ、俺もうパジャマや」

何、何が起こってるの?よしもと新喜劇か何か?ギャグ?コント?小春と二人で勝手に始めることはあったけど、あたしの前ではいきなりこんな突拍子もないギャグはやらない。

「ユ、ユウジ!」
「あ?なんやねん、お前も用意せえや、気になってしゃあないわ俺」


「ど、どうして知ってるの?あたしが、妊娠してるって」


「…は?」

すんなりと、こんなつもりじゃなかったのに告白すると、ユウジは今世紀最大のマヌケな顔をしてあたしを見た。うわあ、こんな顔されるなんて予想外。嫌な顔をされるか、すごい喜んだ顔をされるかのどちらかだと思ってたのに。

「お、前、今なんて?」
「だ、だから、どうしてあたしが妊娠してるって、知ってるのかって」

聞いてるんだけど、とは最後まで言えずにあたしの声を遮って、「あああああ!?」ご近所迷惑もいいとこな大声をあげた。う、うるさい!ていうか驚きすぎ!

「おまっ、マジ、か!?マジで!?え、既に検査済っちゅーんか!」
「そっ、そうだよ!ていうかちょっと落ち着いて!座って!」
「こっれが座ってられるかあボケェ!あっかん、俺パパやて!ヤッバ!小春に報告せな!」

散々驚いて、その場で一人で盛り上がった後、ユウジの顔はにやにやと嬉しそうな顔へと変わっていく。

う、嬉しい、の?だってユウジは、子どもが嫌いだし、しばらくは二人がいいって、言ってたのに。

「ユウジ、なん、どうして?」
「どうしてって、何がやねん」
「あたし、ユウジは子どもはいらないって…だって好きじゃないし、しばらくは二人がいいとか言ってた」
「いつの話をしてんねん。まあ、ガキは苦手やけど、お前との子どもは別やろ。俺に似てイケメンやとええけど」
「じょ、冗談ではぐらかさないで!」

「…なんやねん、お前、嬉しないんか」

そんなの、こっちの台詞だ。わたしだって、子どもが出来たってわかった瞬間、陽性が出た瞬間、涙が出るほど嬉しかった。だけどユウジのことを考えたら、素直に喜べなくて、もしものこととか考えちゃって。ユウジに告白するのだって、様子がおかしくなるくらい、不安で怖くて、緊張したのに。

「う、嬉しいに決まってるでしょ…!っユウジのボケナス」
「な、誰がボケナスや…って何で泣くねん!」
「…っユウジがボケナスなのが悪い!」
「はあ…?」

ユウジは怪訝な顔をして、机を飛び越えてあたしの隣に来る。大着しないで回って来なさいよ、と思うけど、嬉しいのとこれからの未来への不安とで、涙が溢れて止まらない。

「泣くなやウザい」
「うるさい、嬉し涙だからいいの」
「ちゅーか何で俺にすぐ報告せえへんねん」
「…ユウジは子ども嫌いだから、いらないって言われると思って」
「お前俺どんだけ酷い奴やねん阿保か!…お前との子ーとか絶対可愛いに決まってるやろ」
「わたしに似たらね」
「お前に似たらブスしか生まれてけえへんな」
「うわああん」
「嘘泣きやめ」

そう言いつつよしよし、とこれから母親になるはずのあたしがユウジなんかに頭を撫でられて落ち着いてしまっている。こんなんじゃお母さん失格だな。ユウジと一緒に、しっかり親として頑張らなくちゃ。

「嬉しそうだね、ユウジ」
「当たり前やろ」
「産んでいいよね?」
「当たり前や」
「ねえ」
「当たり前…、あ?」

「どうしてあたしが、妊娠してるってわかったの?」

あたしが言おうと思ってたことを、本当に察してくれたんだとしたら、これ以上嬉しいことはない。というかそれは本当に単純に、すごいと関心するところだ。
モノマネが得意なユウジのことだから、観察力は超優れているし、もしかしたら本当に、そうだったりしちゃったりして。

「あー、それはな」
「うん」

「最近、わざとつけてへんかったし」
「…え」
「お前との、欲しいなーて思ったから、な」

言葉足らずだけどちゃんと伝わった。つまりユウジは、色々と、確信犯なわけだね?
あたしとの子どもが欲しくなったから、だから最近避妊してなかったんだ。あたしもあたしで、危険日がいつとか、数えてないから、全然気にしてなかったけど。

そういうことだったのか。

「…何か、色々損した気分」
「何がや」
「結果みても、素直に喜べなかった分が、なんか悔しい」
「俺からすりゃ何で素直に喜べへんかったんかわからんけどな」
「ユウジのことを考えたの!」

「俺はお前との子どもなら、何人だって欲しいで」

「!!」

不意打ちだ。たまに来るユウジの不意打ちは本当に心臓に悪い。しばらく今の言葉は頭から離れないことになると思う。
普段から辛口、中辛くらいのユウジが、時々今みたいに甘口を入れてくると、あたしの心臓はいきなりのことでびっくりして、しばらくスピードを緩めずに運動を続ける。

「…も、ほんっと、ボケナス!」
「それはお前や、阿保」
「あ、あたしだって、ユウジとの子どもなら、何人だって産めるんだから!」
「っ、お前それ殺し文句やろ!」

「意味わかんない!」
「いやわかれや!」

一人で不安になって、怖くなって、ばかみたい。白石の嫌いな無駄な時間だったんだ。だってユウジはこんなに嬉しそうな顔をしていて、きっとわたしも緩みきった顔をしているんだと思う。

これからの未来、まだまだ色んな不安がそこらじゅうに転がっているのかもしれないけど、その度にこうして、ユウジと二人で冗談を混じえながら、乗り越えて行けるって信じてる。


fin.


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