short | ナノ

ウマシカ


「名前ーっ!おーい!名前ー!」

「………」
「名前、遠山くん呼んでるで」
「知ってる。変わりに手ぇ振ってくれない?」
「んもー、いっつもそれやなあ」

渋りながら友人ちゃんが空いた窓から遠山に手を振る。
グラウンドから馬鹿みたいに大きな声でわたしの名前を呼ぶ遠山とは、言うなれば幼なじみというやつだ。小学三年生の時に東京からここ大阪に引っ越してきたわたしの家が、たまたま遠山の家の隣で、たまたま同じ学校同じクラスに転校することになって、しかも隣の席ときた。馴染めそうにないと思っていたわたしに一番に声をかけてくれて、笑いかけてくれて、それはもう本当に嬉しかったし、人に壁を作らない気を遣ったりせずとも自然と人を寄せつけてしまう天性の性格に憧れた。

遠山は今も昔も何も変わらない。変わったことと言えば、身長と声と、遠山を見る周りの目くらいだ。くらい、といってもそれはわたしにとっては目まぐるしい程の変化で、遠山がどこか遠くへ行ってしまうような気を感じていた時期もあった。
正直こんなに男前に成長するなんて聞いてないし、こんなにモテるとは本当に思ってもいなかった。

だけど遠山は遠くへなんか行ってはいない。あの頃からずっと変わらない笑顔をわたしに向けてくれる。傍にいてくれる。居てくれなきゃ、嫌。そう思うのに、ついさっきだって手を振ってもらえて跳びはねたくなる程嬉しかったのに、わたしはいつも素直になれずにそっけない態度をとってしまった。(我ながら本当に面倒な性格だと思う…)


「名前!なんで無視すんねん!」
「っ!?」

さっきまでグラウンドに居たはずの遠山が何故たった数十秒の間にわたしの目の前に居るの!?本当昔から超人的運動神経なんだから。(あと顔近いよ!)

「び、びっくりしたじゃない」
「なあ、なんで無視したんかって」

ワイ傷付いたんやけど、ってそんなの本当に傷付いてる人が言う台詞じゃないから。表情も至って普通で、とても傷付いてるようには思えないし。ていうかあんた、心臓に毛でも生えてるんじゃないの?(ずっとそう思ってたんだけど)

「気分じゃなかったの。それだけだよ」
「ワイは名前に手ぇ振ってほしい気分やった」
「そ、そんなの知らないし」
「ワイかて知らん。ええか?次からは手ぇ振ってな?」
「なんでわざわざそこまで、」

たかが手を振るくらいのことで、どうしてそこまで言われなくちゃいけないのだろうか。
だって遠山は、わたしのことなんかこれっぽっちも好きじゃない。なんでもないただの幼なじみとしか思っていない癖に。



小学校六年生の時、わたしは遠山に告白した。それも教室、みんなのいる前で。(公開告白というやつだ)
結果は見事玉砕。というより遠山は恐ろしい程に恋とかそういった類のものに疎く鈍く興味がないようだった。本人から直接聞いたわけじゃないけど、あの頃も今もテニスのことしか頭にないと勝手に思っているし、恐らくその勝手な予想は当たっていると思う。

みんなの前で、たまたま遠山以外に仲の良かった男子との関係を他の低レベルな男子達にからかわれ、恥ずかしくて最初は何も言い返さずに唇を噛んで堪えていた。だけどそいつらが、金太郎と仲ええくせに、だのブスのくせに、だの終いには男ったらしなんて言われて、わたしの頭はついカッと熱くなってしまった。そこからはもう一生消したくても消せない公開処刑。

『わたしは遠山が好きなの!男ったらしなんかじゃない!遠山にしか興味ないんだから!!』

思い出すだけで嫌になる鳥肌が立つ寒気がする…!
わたしの言い草にももちろん嫌気がさすけれど、その後の、出来事だ。

『ワイも名前のこと好きやで!!』
『…え!?』

『谷口のことも好きやし、あっせんせーのことも好きやでー!』

まさかのみんな大好き発言にはもう愕然とした。わたしはただみんなの前で大きな声を出して自分の好きな人をバラしただけということになったのだ。(…本当に消したい…)



男は馬鹿な生き物だ。いや、それはやっぱり訂正で、正しくは、遠山は馬鹿な生き物だ。遠山より馬鹿な人は他に居ない。だから変な期待は持たないよう心がけている。がけてはいるんだけど。
手を振り返してほしいとか、そんなことを言われたらどうしても淡い期待を抱いてしまう。

「名前に無視されんのは辛いねん」
「え…」

わたしは転校初日から遠山に、彼の笑顔に一目惚れして、それからずっとこの野生児が好きなのだ。

「誰だって無視されたら辛いやろ?」
「…ああ、そうだね」
「あ、せや、今日たこ焼き食うて帰ろうや!いつもんとこで!」
「えー、また?一昨日行ったばっかじゃない」
「ええやんか別に。昨日は行ってへんのやし」
「…太る」
「大丈夫やって!腕とかこんな細いやん!」

がっ、と強い力で腕を掴まれて思わず固まる。どうしてコイツはこう簡単に肌に触れてくるかな。意識の一つもされていないということがひしひしと伝わってくるんだけど。無神経にも程がある、所は昔から本当に変わらない。

「わ、わかったから離して!」

ばっ、と強く掴まれた手を振り切って遠山を見る。嫌な思いさせちゃったかな、というのはどうやらいらない心配だったらしく、遠山は目を爛々と輝かせて、「ほんまか!?ほんなら部活終わったら迎えにくるわ!」と嬉しいそうに言って教室を出て言った。

「よかったやん、放課後デートのお誘い」
「…いつものことだけどね。ふつーに一緒にたこ焼き食べて、帰って終わり。それだけだよ」
「なんかあれやんな、遠山くんて、何考えてるか全然わからへんな」
「何も考えてないんだと思う。理性なんてきっと、こんなちょびっとしかないんだよ」

苦笑しながら人差し指と親指で少しの隙間を作って言うと、友人ちゃんは「名前かわいいっ」とわたしに抱きついてきた。そんな友人ちゃんこそ可愛いんだけれど。
友人ちゃんは知っている。わたしがずっと遠山に想いを寄せていることを。口に出して言ったことこそないけど、きっと友人ちゃんは知ってくれている、と思っている。

「ええなあたこ焼き。しばらく食べてないような…ああいや、先週食べたか」
「特にあそこのたこ焼きはね、おいしいよ」
「今度うちとも一緒に行こね」
「うん!いこいこ!絶対!」

チャイムが鳴るまでの間、わたしと友人ちゃんはB級グルメ談義に花を咲かせた。



放課後、そろそろ部活も終わる頃かと思い、今の今まで手をつけていた今日出された分の宿題をかばんに入れた。丁度席からテニスコートが見えるのを知っていながら、わたしは敢えてその方向を見ない。だって目が合えばあいつは絶対、部活中でも構わず手を振ってくるだろうから。(極力目立ちたくないし、)

教室にはわたし一人で、まるで取り残されたみたいに静まりかえっていた。電気こそつけているけれど、誰もいない教室に一人ぼっち、というのはどうも寂しく感じてしまう。

「…早く来ないかな」

ぽつり、独り言を呟いた声に少し遅れて、教室のドアが音を立ててスライドされた。え、誰。

「お、名字。何しとん、まだ帰ってなかったんや」
「あ、うん。人待ってて」
「あー、もしかして金太郎?」
「え、なんで…」
「いやお前ら仲ええやんか、俺二年の時アイツとクラス一緒やったしな」
「あ、そうなんだ。それでか」

教室に忘れものをしてしまったらしい帰宅部のクラスメイトは、自分の席に行くなり机の中を探りはじめた。…宿題かな。
わたしの予想は見事にはずれて、彼が机の中から取り出したのは一冊の文庫本だった。

「本、読むの?」
「え?ああ、これ?そうそう、俺こう見えて結構好きでな、ミステリーやけど」
「ふーん、意外。探偵にでもなるの?」
「なんでやねん、普通に内容が好きなだけ。お前は?本読まんタイプか」
「ミステリーはなかなか手を出せないなあ。難しそうで。でも本はどちらかと言えば読むタイプ」
「難しくないけどな、全然。そら中にはあるやろうけど、おもろいやついっぱいあんで」
「そうなの?読みやすい?」
「おん。あ、貸したろか?」
「え、い、いいの?わたし読むの遅い方なんだけど」
「ええってええって。なんぼでも貸したる」
「ほんと?じゃあ貸して」
「ほんなら明日持ってくるわ。あ、これは貸されへんで」

わざわざ取りに帰ってまで見たかった本を、貸して、なんて言う程わたしは図々しくはないつもりだ。普段あまり男子と喋らないけど、何故だかこの人とは会話が弾んだ。相手が話し上手なせいかな。
わたしは未だ迎えに来ない遠山を待ちながら、少しの間彼と話したいと思った。だってまた、一人で教室に居ることになるの、嫌だ。

「テニス部は遅うまでやるんやなあ。お前いつからここで待ってんねん。ホームルームからか?」
「…そうですが何か」
「うっわ、お前すごいな!よう待てるな!」
「でも宿題ほぼ終わったよ」
「そんなもん俺かて家帰って終わらしたわ」
「……わ、わたしだって一人で待つのやだよ」
「え、何、泣くん?」
「誰が!泣かないけど、なんか、…」
「…え、てかお前らって、アレやんな?今はもう付き合うてるんやろ?」
「は?」
「え?」

何故そうなる。ありえない。だって遠山は、わたしのことなんてそんな対象で見ていない。わたしへの気持ちは、所詮遠山の中で、"みんなと同じ好き"なんだから。
驚いた顔をする彼は、意味がわからないという顔をしてわたしの前の席の椅子を乱暴に引いて、雑に腰掛けた。…雑だな。

「お前今、彼氏おらんのんか」
「今、っていうか、そんなの出来たこともない」
「はあ?」
「な、なに、だめなの?」
「いやいや、俺はとっくにお前らはひっついてるもんやと…」
「ありえないから、そんなの」
「…なんでそう言い切れんねん」

なんで、言い切れるかって。そんなのそうに決まってる。思い出したくもない小学校時代の苦い思い出は、わたしの心には深く、鮮明に残っているのが言い切れる証拠だ。
遠山はわたしのことなんてこれっぽっちも、好きじゃない。わざわざそうやって自覚しなきゃいけない度、胸が痛くて、こんな気持ち、なくなっちゃえば楽なのに、って思う。
無言になるわたしの答えを待たずに、彼は溜息をついた。それもあからさまな、とびきり深いのだ。(さては性格悪いなこの人)

「アイツ以外にいいなって思った人とか、おらんの?」
「…いないよ、そんな人」

好きになれるなら、違う人を好きになりたかった。だけどこの気持ちはなくならない。ずっとわたしの心に有り続けて、苦しめられ続けてばかりだ。自由奔放を絵にかいたような、あんな野生児。昔に比べたら少しは落ち着いたけど、今だって根はガキで、理性なんかほんのちょっとしかない。身体ばかり成長して、中身はちっとも変わってない、鈍感で馬鹿なんだもん。

何度も考えたことがある。わたしは一体、遠山のどこが好きなんだろう?周りの男子に一体どこが勝ってるっていうんだろう。外見だけは一際輝いているけれど、中身に関しては殆ど子どもだ。きっと何回好きって言っても、届かないんだと思う。


「…付き合ってみる?俺と」

「…は?」

突然、自分が考えていたこととは全く違う、死角からの攻撃に、わたしは対応出来なかった。今、なんて。この人、なんて言った?

「好きなヤツと付き合うのもええと思う。ていうかそれが一番や」
「……」
「でも、付き合ってから好きになるっちゅーんもあるんや、せやから」

俺と付き合ってみんか、と至って真剣に言ってくる目の前のクラスメイト。しばし考える時間を、とか、ごめんやっぱり遠山以外考えられない、とかいくらでも言葉はあるのに、なかなかそれが口を割って出てこない。
戸惑うわたしをじっと見つめる彼と、目を合わせるなんて絶対できなくて、わたしは思い切り俯いたまま、混乱していた。

そして最悪のタイミングで、今一番来て欲しくない人は現れた。

「名前ー!すまん遅くなって…あり?陽平?」
「…久しぶりやな、金太郎」
「えーなに、なんなん!いつの間に名前と仲良うなったん?」
「そら同じクラスやから仲良うもなるやろ」

いつもと同じ明るい表情、声、振る舞い。どくどくと心臓が落ち着かないわたしに、遠山はいつも通り話しかけてくる。何も、知らないんだ。こいつは、今のやりとりを何も知らなくて。知ったとしても遠山はきっと、何も思わない。よかったなとか、そんないらない言葉しかくれない。

「陽平と何話してん?」
「……」
「名前?」

何も、言えない。心臓が、口から出そう。
別にわたしと遠山は付き合ってるわけじゃないし、好きあってさえいない。わたしが告白された、なんて言ったって、妬いてもらえるわけがない。やましいことなんてしてないはずなのに、何故か背中にじんわりと汗をかいている。そんな自分が酷く惨めで気持ち悪かった。

わたしへの質問に答えたのは、彼の方だった。どうしてさっきあんなことがあって、そんな平然としていられるのか、というくらい、平坦な声で。

「付き合おうか、みたいな話しとってん」
「…は?」
「俺と名字。こいつ誰とも付き合うたことないっちゅーから」
「…ほんまか?名前」
「ほんまやって」

「ワイは名前に聞いてんねん」

怒って、る?かどうかさえ今のわたしにはわからない。さっきのこととか、突然遠山が入ってきたことで、頭が混乱して、心臓が動くスピードを緩めない。遠山の質問に頷くことがやっとだった。

「…帰るで」

いつもの活発な声も、元気もない。遠山はわたしの鞄を勝手に持って、わたしの手首を掴むとそのまま教室を出た。え、いや、ちょっと、まだ返事も何も…!(どうせロクな答え返せなかったけど…)

遠山は無言でずんずんと廊下を歩いていく。わたしは掴まれた手の痛みと、混乱した頭が痛くて、「離してよ!」と懇願したけど、今の遠山には届いてないらしく、そのまま構わず進んでいってしまう。こ、このまま家まで、なんていったら腕がもげてしまう。

「と、遠山っ!痛いってば!」

丁度保健室の前辺りでそう言うと、遠山は足をぴたりと止めた。代わりに腕にぎりぎりと力が篭ってしまって、顔を歪める程の痛みに襲われた。めき、という音がしたらどうしてくれるんだろう、こんな骨の折れ方聞いたことないよ。ていうかちょっと、本当に折れるんだけど!!

「ワイが好きなんやなかったんか」
「…え?」
「名前が好きなんは、ワイやろ!?」

廊下の壁に、だん、とそれはもう手加減してるのかしてないのか分からないくらいの強い力で押さえつけられる。逃げることなんてまず不可能、逃げようなんて思考回路にも行き着かない。

どうして?なんで?だって遠山は、わたしのことなんて、好きじゃないのに。みんなと同じ好きなんて、わたしはいらないんだから。

「好きだよ!わたしはずっとあんたが!なんでわざわざ遠山に確認されなくちゃいけないの!?わたしのこと好きでもなんでもないくせに…!優越感にでも浸りたわけ!?」

泣きたくない。こんなの、悔しい。なんでこんなこと、するの。仮にわたしがあの人と付き合ったとしても、遠山にとってはどうでもいいことなんでしょ。デリカシーもなく、よかったなとか言われるのが目に見えてるよ。

「いつワイがお前のこと好きじゃないなんて言うたんや」

低い声が頭に響いて、言葉芯まで届く。だけどそれでも、遠山の言っている言葉の意味は、これっぽっちもわからない。

「言うたやんか、ずっと前に。俺も名前のこと好きやって」
「…な、ん、だってあれは…!」
「今ならもっとはっきりした気持ちや」

な、に?どういうこと?意味がわからない。だってあの日、『ワイも名前のこと好きやで!』と言った遠山は、その後、みんなのことも大好きだと言いまわっていたじゃない。それを見て、本気だと思う人なんて、いるわけないじゃない。

「意味、わかんない、わかんないよ」
「ならもっぺん言うたる」

「ワイも、名前のことが好きや」

ずっと両想いやったっちゅー話やで!…謙也のマネー!と言ってしししっと歯を見せて笑う遠山は、いつもの遠山だ。笑った顔は本当に幼くて、ずっと見ていたいと思う、大好きな笑顔。


「みんなと、おんなじ好きじゃない、好き?」
「当たり前やん、あの時は、恥ずかしかったからや、多分」
「っふふ、何その多分って」
「細かいことはええねん!ワイが好きなんは名前!それでええやろ」
「うん、わたしが好きなのは遠山だよ」
「知っとるで、名前が思っとるよりワイ阿保やないねんからな」
「馬鹿だよ、馬鹿」
「馬鹿はあかん!」

馬鹿はあかんで!ともう一度念をおされて、そのまま廊下でキスをした。

遠山がキス、というのを知っていることにも驚いたし、こんなに身長差が出来てしまったことにも改めて気付かされた。外見だけじゃなく中身まで変わってるのかな。
そうだとするならこれからは、わたしの見ているところで、変わっていって欲しいと思う。


「たこ焼き食べにいこっか」
「今日は記念日やから100個食うてもええ日にしよ!」
「お金あるの!」
「…後輩に借りに行かなあかんな!」

「最低な部長だ…」



fin.


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