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sweet magic



「(ラッキー、今日もいる!)」

ケーキ屋でバイトしている女の子。それだけで俺にとっちゃ魅力的だ。しかもそのケーキ屋がめちゃくちゃウマくてカフェみたいになってたら、そんなん居座るに決まってらあ。

端的に言うと俺は今恋をしている。このケーキ屋の恐らくバイトであろう女の子に。年は…幾つくれぇだろうなあ。タメに見えるっちゃ見えるし、年下にも見える。俺も童顔な方だけど、あの子も童顔だ。いやでも童顔で年上パターンも有り得るよなあ。

部活は休める訳がねぇし、毎日来てたら財布が空になっちまう。俺の中で週1と決めて、毎週水曜の部活帰りにこの店に来ることにしている。水曜に来ると必ず、必ずあの子に会える。

会話を交わす事と言えば、それはケーキを選ぶ時、金を支払う時、くれぇのもんで。他愛ない話をする訳じゃねぇけど多分、彼女も俺の顔はもう覚えてくれていると思う。こんな頭だしな。


今日は新作のケーキが発売されていて、俺は迷うことなく彼女にそれをくださいと伝える。「かしこまりました!」と満面の営業スマイルをくれて、俺は鼻の下を伸ばさねぇように気をつけながら尻ポケットから財布を抜き取った。
一緒にキャラメルティーを頼むと、今度は「ありがとうございます」と微笑んでくれた。業務用だってわかってんのに、どうしても嬉しくなっちまう俺が居る。可愛いすぎんだろい!

ネームプレートには名字と名字だけが書かれていて、名字はずっと前から俺の頭ん中にインプットされている。下の名前はなんてーのかな。とか、そういうこと気になってばっかだ。
女々しいとか、ストーカーとか、なんと言われようが関係ねぇ。好きな女の子のバイト先に行っちゃいけねぇ、なんて法律はねぇし、もしかしたら、もしかするかもしれねーじゃねぇかよい。まだ何も自分からアクションは起こせてねぇものの、いつかはその、何か、何か話しかけるつもりだし。

「770円になります」

そう言われて俺は財布から千円札を抜き取って、せめてもの自分なりのアクションとして彼女に手渡しをする。手が触れ合うなんてことぜってーねぇけど、いいんだ。これで。笑って「千円お預かり致します」って、言ってくれるだけで、満足なんだよ俺は!

いつも閉店間際に行く俺は、本当に食って帰るだけの時間しか滞在しねぇ。精々20分そこらの時間だけど、俺にとっちゃ一週間で最も大切な、癒やしの時間だ。
俺は先に席について、ケーキと茶を持って来てもらうのを待つ。(忙しい時以外はこのシステムらしい)

「お待たせしました。季節のフルーツタルトとキャラメルティーでございます」

持ってきたのは俺の好きな子で、今日はツイてんなあと思いながら小さく「どーも」と言って早速フォークに手をかける。いつも持ってくるのは別の人の事が多いが、今日は偶然客は俺しかいねぇ貸切状態だ。いつも二、三人は女の人がいるんだけどな。

「いただきまーす」

スウィーツを目の前にしてこの俺がテンションがあがらねぇ筈もなく、いつもみてぇにざっくりと一口目をフォークで切り分ける。…っていうか、え?いつもだったら、ごゆっくりどうぞーって言うのに。今日は言わねぇのかな。それともあれか、この子は言わずに静かに去るタイプか。いやでも名字さんの接客態度はいつも花丸だよい。

「…何すか?」

耐え切れなくなって出た言葉がこれだ。もっと他に優しい言い方あっただろい俺!怒ってるわけじゃない事だけは伝わっててくれ頼むから!
もぐもぐと一口目のケーキを味わいながら横に立ったままの彼女を見ると、顔を真っ赤にして、「あの!」と仕事中より少し小さ目の声を張った。

「か、彼女とか、いますか?」
「え、俺?」

こくん、と頷いて、俺をじっと見つめる。
い、色々と唐突すぎだろい、なんだこれは。なんのドッキリだよい。きょろきょろと周りを見回してみるけどドッキリなんかじゃねぇ。からかわれてる訳でもなさそうだ。(真っ赤な彼女の様子を見る限りでは)

「い、いねぇけど…」

つーかあんたに恋してっからな!?とは言えずに、二口目を口に入れる。つーかこの新作ウマいな。誰が考えたんだこれ。カスタードがウマい。フルーツの酸味と相性が絶妙だぜ。

「じゃああの、もし、よかったら、本当に気がむいたらでいいので」
「ん?」
「これ、あの、受け取ってもらえますか?」

そう言って渡されたのは、この店のDMのだった。裏を見ると携帯の番号とメアドが書かれている。え、何、これ、くれんのか俺に。…マジかよい!?

「え、な、い、いいのかよこんなん貰っても!」
「え!?あ、いやっ、嫌だったらいいですすみません!」

こんな真似してすみません!と仕事に戻ったみてぇに俺に頭を下げる。いやいやいや!そうじゃなくてだなあ!

「いや、あのさ、いいんスか?…俺マジでメールとかしちゃうぜ?」
「!、は、はい、嬉しいです」

嬉しいのはこっちだっての!と、言うのは我慢していつの間にか最後の一口になってしまったタルトを口に放り込む。

「あーウマかった。ごちそうさん!」
「あの、そのタルト」
「ん?あ、ごめん欲しかったとか?」
「いえ、…それ考えたのわたしなんです」
「は!?マジで!?…バイトじゃねーのかよ!?」
「バイトですよ?でも、パティシエになるのが夢で」
「パティシエ…」
「今は海難の家政科で、勉強中で」

パティシエが嫁だったら、とどれだけ夢見たことか。しかも海難って!立海からそんな遠くねぇし。
聞けば年はひとつ下で、俺のこともすっかり覚えてくれていたらしい。やべぇ嬉しすぎて顔がニヤける。
タルトはどうやら案だけ出して、完成させたのはここのパティシエの人らしい。いやでもこれ考えたってだけでもう超すげーし、めちゃくちゃウマかった!

「美味しいって言ってもらえて、すごく嬉しい」

そう言って、営業スマイルとはまた違った笑顔を俺にくれて、俺の体温はみるみる上昇していく。あーこれ今完全に顔赤いだろやばいだろい!髪も赤くて顔も赤いなんて聞いたことねーよ何だそれどんなキモ男だよい。
俺は少し温くなったキャラメルティーを一気に煽って飲み干した。客がいつも俺だけならいいのに。それならまたこうしてこの子と話せる。
そんな自己中な事を考えつつ、俺はテニスバッグを肩にかけた。

「立海のテニス部って、厳しいんですよね」
「厳しいぜー、めっちゃハード。もう慣れたけど」

言って、腕につけるように言われているパワーリストをちらりと見せてみた。当然彼女の反応は「わ、すごい!」だ。俺が立海のレギュラーでボレーの天才って自慢したらもっと驚いてくれんのかな。いやこの空気じゃ流石にしねーけど。

「…今度試合見に来てくんない?」

前髪を弄りながら同時に顔を隠すようにして、俺は勇気を出して最初のアクションに出る。帰ったらもちろん即行メールすっけど、口で誘う事の方が大事だろい。

「い、行きますっ」
「なら明日から俺、練習頑張れるぜい」

にか、と笑うと、名字さんも嬉しそうに笑った。もちろん全然営業スマイルなんかじゃねぇ。

「水曜日も、楽しみにしてるので、また来てくださいね」
「お、おう!」

この子も水曜に俺が来るって、いつもわかってたのかよい。今日も俺が来るとか、思ってたのかな。それでしかも、アドレスとか用意してくれてたとしたら、正直マジでかなり嬉しい。毎週来てよかった。

チリンチリン、という扉の音と一緒に、俺は彼女に見送られて外に出た。海が近いせいか潮の香りがわずかに香る。


「ありがとうございました!」

最後はきちんとした業務言葉で彼女に見送られて俺は帰った。少し歩いて振り返ると、当然そこにはもうあの子の姿は無い。当たり前か、仕事中だったんだもんなあ。

俺は今にも歌いだしたくなるような気分で、海沿いをずっと歩いて帰ることにした。



fin.




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