その鮮やかさ、嵐前夜に拠りの続きです)



「あら、貴方の部屋って意外と綺麗なのね」
「意外と、ってなんだよ意外とって」
 そのままの意味よ、とユニは返してナイトストームの部屋を見回す。
 なるほど剣豪の名は伊達ではないらしい。部屋の壁にはスペアの剣が何本か掛かっている。ベッドメイキングはしっかりとしているし、昼間だからか深紅のカーテンは窓の両側に束ねられていた。あまり私物が置いていないというのが何よりも意外だ。
 ここは寝るための最低限の部屋で普段は女遊びと戦闘で忙しいからか、とユニは勝手に納得する。
 自分の部屋をじろじろと見られるのは少し恥ずかしいのか、ナイトストームの目は泳いでいた。そんな彼を尻目にユニはどさりとメイキングの済んだベッドに腰掛ける。
「ん」
「あ、ちょい待ち」
 首のリボンタイを解こうとするとナイトストームがそれを制した。ツートンカラーのリボンに掛けられた指をしぶしぶ離して、ユニは面倒そうに彼を見る。
「俺にやらせて?」
「……言っておくけど最後まではしないわよ、この変態」
「その言い草はないんじゃねえの……」
 それに、とユニは言葉を打ち切った。
「私はお腹が空いているって言ったでしょう。その状態で最後までなんてしたくないし、大体私の血を吸った時点で貴方はお腹いっぱいになってフェアじゃないもの。ムカつくから嫌」
「……ピエトロが起きて来るまで掛かんねーよ、もう昼だし」
 豪華な羽飾りのついた帽子をベッドサイドテーブルに放り投げると、ナイトストームはユニのケープを外してから胸元のリボンタイをしゅるりと解く。シャツの襟元を寛げれば、雪のように白い首筋が露になった。
 頸動脈の位置を避けたところをぺろりと舐める。水霊であるためか彼女の肌は他人より体温が低かった。それでも死者であるゾンビたちよりはマシだけれど。
 いただきます、とちいさく呟いてからナイトストームは首筋に尖った牙を突き立てた。皮膚が破れて流れた血が少しざらついた舌の上に広がって、痛みを抑える効果を含んだ唾液が傷口に零される。
 ナイトストームが首筋から口を離すと赤い血が白い首に二本の線を描く。それすらもべろりと舐め取って、少しだけ息の荒くなった水霊の姿を楽しそうに眺めた。
「で、剣豪さん? ご感想は?」
「人間の血に比べると全然ドロドロしてないな、でも味は人間のより濃い、かな……総合的に言うと美味しい。毎日でも飲みたいくらいに」
「……驚いた」
「え、なんで?」
「貴方、ミストと同じこと言うのね」
「……え?」
「私がこの船に誘われて、貴方と同じようにナイトミストに血をあげた時に全く同じことを言われたのよ。ヴァンパイアの感覚って似てるのかしら」
「じゃあキッドあたりが飲んでも同じ反応しそうだな――――で、」
 ぐるりと視界が反転する。起き上がっていたユニの身体が再びベッドに押し戻され、ナイトストームは腕でしっかりと彼女の肩を押さえつけてニコリと笑った。
「ミストとは最後までしたの?」
 瞬間、仮面に隠れた右の頬までがかあっと赤くなる。滅多に表情を崩さないユニの姿を見たことで完全に優位に立ったナイトストームは、ギシリとわざとらしくベッドスプリングを鳴らした。
「あ、貴方に関係ないでしょ……っ」
「まあ関係ないけど。でもミストには血くれてやった挙げ句に身体まであげちゃったくせに、俺には血しかくれないってのにムカついた」
「だ――だから! 私お腹空いてるから、や……っ、んッ!?」
 びくん、とユニの全身が大きく跳ねた。それを見て彼はより一層楽しそうな笑みを浮かべる。
「やっと効いてきた?」
「な、なに、が」
「俺がハーフヴァンパイアなのは知ってるだろ。だからかは知らねえけど俺のこれは副作用の催淫効果の方が遅れて来んの」
 舌先を唇の隙間から覗かせながら彼は笑う。だがその笑みは先程までとは違い、目だけは全く笑っていない。
 吸血による痛みを麻痺させるため、ヴァンパイアの唾液に特殊な効果が含まれることはユニとて知っている。更に言えば、副作用としてそれに媚薬のような効果があることも知っているし、血を吸った礼のように女性を抱くということだって知っていて、かつナイトミストにグランブルーへと誘われてからそういった関係を持ったことがない、と言えばそれは嘘になってしまう。
 ナイトストームはわざとらしく吸血痕を唾液の滴る舌で舐めてから、二つ目のボタンに指を掛けた。
「別にユニが腹一杯になってからでも構わないけど、このままじゃ食事中ずっと耐えることになんじゃねえの」
「っ……悪趣味!」
「褒め言葉だ」
 ドアに鍵が掛かっていることを視界の端で確認してから、彼は再び白い首筋に歯を突き立てる。一度目に比べて深く咬んだせいか大量の血がナイトストームの口腔に流れ込み、溢れた血がシーツに紅い花を咲かせた。



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