アクアフォースの主力であるアクアロイドは、水を基として造られた人工生命体である。
 それに対してウンディーネは、水を基とする精霊だ。四大が一角、ウンディーネ。
 惑星クレイの中に少なくあれど存在する精霊の種族。風を基とするシルフと土を基とするノームの多くはユナイテッド・サンクチュアリに、火を基とするサラマンダーの多くはドラゴン・エンパイアに属している。そして水を基とするウンディーネの多くは、海洋国家であるメガラニカに属す。
 不死の海賊団であるグランブルーは海を移動し海で戦い海で暮らす以上、水の扱いを重要なものとしている。
 全ての水霊を掌中におさめるウンディーネであるユニがグランブルーで暮らす理由は単純で、船長であるナイトミストに誘われたからだ。水の上で戦いをすることがおおいグランブルーにとって、水そのものを操る力はあって困るものではない。
 ユニ本人も陸地よりは水上の方が暮らし心地がいいため、その手を取った。

 グランブルーの主な活動時間帯は夜だが、中には昼間も動ける者もいる。大抵のゾンビたちは昼夜逆転生活を送っている。そもそも、船長のナイトミストがヴァンパイアであるため、指示を出すのが夜になってしまうというのが大きな理由だ。
 ユニは昼夜関係なく動くことが出来る希有な存在の一人なので、皆と同じように昼に寝て夜に活動することもあれば、今日のように朝から起きている場合もある。
 一昨日、無所属らしき海賊と戦闘になり甲板が全体的に汚れてしまったのだ。乗組員たちは皆戦い疲れたのかそのままぐっすり眠り続けている。ゾンビを筆頭として一応は不死なので死者はこちら側にはいないのが幸いだ。
 正直、血で染まり生臭いところで暮らしたくなかったので、まだ周りが寝ている中ユニは一人起床し、こうして甲板に経っている訳である。
 美しい装飾のほどこされた杖を構えてから小声で詠唱を始めると、海の水が一部竜巻のようになって甲板に降り注いだ。水霊であるユニは自身が濡れることを気に留めることなく、海水が血を洗い落としていく様を見守る。数分もすれば血の跡と生臭さはすっかりなくなった。
 大した術ではないがそういえば戦闘が終わってから何も食わずに眠ってしまったため、空腹感が今更ながら戻ってくる。ピエトロもまだ眠っているだろうし、港町に行くのはナイトミストが起きてからのことになってしまう。水霊術を使った反動か、余計に食欲が増したらしい。面倒だと思い、ユニは小さく舌打ちをした。

「うっわ、綺麗になったもんだな」
 突然声がして、ユニは手にした杖を握り直す。声のした方向、即ち上を見上げればマストの上、見張り台に腰掛ける姿があった。男は色素の薄い水色の髪をなびかせながらマストから甲板にふわりと着地する。
「……貴方、起きてたの?」
「腹減ったら誰だって起きるだろう、ユニ。んなことより甲板掃除お疲れ様」
 にこり、と女受けの良さそうな笑みを浮かべて、剣豪と謳われる彼、ナイトストームは言った。
「大方隠れてどこかの港町にでも行って来たんでしょう」
 一目見れば判ることだ。ナイトストームの襟元はだらしなくゆるみ、首筋には紅の跡が残されている。
 昼間でも客を取る娼婦もいるのだろう。彼の女好きは有名だし、吸血鬼である以上そういったことをするのは何も今日が初めてではない。
「随分とお楽しみだったみたいね?」
「まさか! ありゃ駄目だ、とても飲めた味じゃなかった」
 どうせ抱くなら上物が良い、とナイトストームは呟いた。まだ昼前であることは完全に無視している。
「綺麗な女性はとてもお高いし、そもそも夜にしか出て来ないでしょうに」
「……腹減ったんだ、仕方ねーだろ」
「お生憎様、私は貴方よりもっとお腹が空いているの。貴方と違って不純なことはしていないから余計にね」
「耳が痛いぜ、ユニ」
 あっそう、と吐き捨ててユニは杖を下ろして船室に戻ろうとする。床につきそうなくらいに長い髪がふわりと潮風に舞った。

「なあ、ユニ」
「……何よ。私はピエトロがご飯作ってくれるまで寝直すつもりなのだけれど?」
「よくもまあピエトロの飯なんざ食う気になるな。……じゃなくて。なあ、水霊の血ってどんな味?」
 にやり、とナイトストームの唇が三日月を形作る。
「あら、飲んだことなかったの?」
「ある訳ねえだろ。クレイに現存するウンディーネなんて、それこそ伝説扱いだ」
 アクアロイドと違ってな、とナイトストームは茶化すように付け足した。
「俺の知ってるウンディーネはお前だけだ」
「だったらどうしたいの、ねえヴァンパイアさん?」
 含めた笑いを浮かべたのは、今度はユニの方だった。
 参りましたとばかりにナイトストームが両手を上げると、彼女はそれに満足したのか船室へと続くドアに掛けていた手を離し、ナイトストームの水色の髪に触れる。

「まあ……多分、美味しいとは思うわよ」
「ふうん、それは楽しみだ」
 二人はもう一度、互いに笑い合うと手を繋いで船室の奥へと消えた。



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