今、カンナ村に八人の侍がいる。
 一人目は、七人の侍をまとめ上げるリーダー格である島田カンベエ。
 二人目は、虹雅渓の道端で芸をしていたところを引き抜かれた片山ゴロベエ。
 三人目は、茶屋で薪を割ったついでに作った爪楊枝と「タダで米を食える」の文句に釣られて縁を引き寄せられた、林田ヘイハチ。
 四人目は、島田カンベエの古女房であるシチロージ。
 五人目は、禁足地にて負傷して漸く、『侍』と認められた若き侍、岡本カツシロウ。
 六人目は、大戦中の仲間であった男とケリをつけたあとに、カンナ村の侍へ合流を果たしたキュウゾウ。
 七人目は、己が出自を認め、己が「侍だ」と叫ぶ機械の侍、キクチヨ。
 そして八人目は、後々両腕の感覚をほぼなくすと言う事態に見舞われる女侍、苗字名前である。
「……今、なんかひどいこと言われた」
 クシュン、とクシャミをした名前が呟いた一言に、キュウゾウは首を傾げる。
 名前とキュウゾウは先の大戦で同じ部隊、終戦後に同じ主の元で働いた仲である。
 キュウゾウから教えられたことをぼんやりと思い出していた名前は、村人からもらい受け得た白湯をズズッと飲み、和やかな風景を眺めた。
 カンナ村の恵みを与える一つである森は、今日も陽の光を受けて、綺麗に輝いていた。
 感受性が高い名前がカンナ村の自然に見惚れる横で、キュウゾウは落ちる木の葉に敏感に反応する。
 かつての主の下で働いていたときに鍛錬の一つとして、キュウゾウは落ちる木の葉を斬っていた。
「暇、だねぇ。ヤカンもウサギも来ないし」
 湯呑に浮かぶ白湯の水面を見ながら、キュウゾウは頷く。
「敵も全然こないし、全く、暇。束の間の休息も大事だと思うけど……」
「……見回りは、どうした」
「え? 見回り? カツシロウに任せたから、まぁ大丈夫だろうとは思うけど」
 名前は顎に指を当てながら、爽快すぎる青空を眺めながら考える。
「……ま、なにかあったら、あのオッサマがどうにかしてくれるでしょう?」
 カンベエに丸投げする名前に、キュウゾウは非難の目を向ける。
 微かに眉間へ皺を寄せたキュウゾウに、名前は肩を竦めて見せる。
「だって。今、指揮権はカンベエにあるんだよ? 私たちは、指揮官の指示に従って、動くしかないんだから」
「……確かに、道理」
「……それに、休憩の時間って言ったって、短いものだし。半刻ほどだし」
 唇を尖らせた名前は、足元に作った日時計を見て呟く。
 地面に突き立てられた枝の影は、ほんの僅かに東へ動いていた。
 キュウゾウは地面に作られた日時計から森へ、視線を移す。
「……うん、そうだね。先の大戦のときより長いよね。……ま、あの時は息つく暇もなかったけどさ」
「道理」
「……ま、ここも戦場と変わらないけどさ」
 横で白湯を飲むキュウゾウに釣られて、名前も湯呑に残る白湯を飲む。
「風景が、和やかだからかな……妙に、心が安らぐ」
 両手で持った湯呑に口をつけたまま、キュウゾウは白湯の水面を見つめる。
「先の大戦では、緑なんてあっと言う間になくなったし。雷電のあの攻撃、すごかったよねー。一瞬で緑がジュワッと弾けてとんだよね、あれ」
「道理」
「うん、仲間の死に際思い出したけど……そんなこと、考えてもしょうがないよね」
「確かに道理」
(うわぁ、ストイック!)
 感傷に浸る横で遠慮なく切り捨てたキュウゾウに、名前は心の中で空元気を出す。
 しかし、侍にとって感傷など不要であることは変わらない。
 名前は複雑な思いを抱きながらも、仲間の死に際を心の奥に仕舞った。
 『文武両道』としての侍の教えと、戦場での『侍』の教えが、矛盾をはらんで名前の中に残った。
「ねぇ、キュウゾウ。休憩の時間だけどさ。む、」
 正面の森を指差して振り向いた名前に、キュウゾウは視線を投げる。
(村人の特訓をした成果はどうなのだ)と尋ねようとした名前は、真横から聞こえてきた大声に驚いた。
「わるいごはいねえがああー! ……って、あ? ヒヨコ侍と名前じゃねぇか」
「ひ、ひよこ……」
「いやぁ、わりぃなぁ。今、ガキどもとかくれんぼやってんだよ。あ、ガキどもの姿を見かけたとしても言わないでほしいでござる! それがし、自力で見つけると約束したものでな!」
「はいはい、分かったよ」
 急に武士口調になって忠告を言ってきた機械の侍、キクチヨに朗らかな笑みを見せながら、名前は頷く。
 名前とキュウゾウが休む森の中から飛び出してきたキクチヨは、頭についた木の葉や枝を太い腕で払いのけながら、キョロキョロと辺りを見回した。
「チーッ、ったく。アイツらはどこへ行ったんでござろうねぇ! 猿のようにちょこまかと動き回ってよぉ!」
「それって、『隠れ鬼』みたいなの?」
「『隠れ鬼』ぃ? それって、なんだ」
「いや、かくれんぼと鬼ごっこが一緒になったやつだけど……知らない?」
(ねぇ、キュウゾウも?)と尋ねるように振り向いた名前へ、湯呑に口をつけていたキュウゾウは無言で首を振る。
 同僚も知らないことを見た名前は、キクチヨに顔を戻しながら話を続ける。
「鬼が十数えて隠れた子を見つけるまでは同じだけど」
「十数えたぞ」
「うん。それで、見つけるまでは同じなんだけど……見つけても、その子を捕まえないと終わらないの」
「なにぃ?!」
「いや、どのように説明を受けたか、ってのが分からないからどうしようもないけどさ……ってか。今まで村の子どもたちとお侍ごっこしてなかった?」
「あぁ、それか」
 話し込む名前の後ろで、木の幹に寄りかかりながら、キュウゾウは湯呑の中を飲む。
「してたっちゃぁしてたけどよぉ。急にコマチ坊のやつが拗ねやがって」
「ははぁ」
「『ロクスケと左之助ばかりズルイです! オラとも遊ぶのです!』って言いやがって……喧嘩をおっぱじめようとしたもんだから慌てて『かくれんぼうをしよう』って言いだしたもんの……正直、舐めていた。アイツら、隠れんのも上手いだろ……」
「……もしかして。さっきからずっと、見つけては逃げられての繰り返し?」
「そう! そうだよ!」
 頭を垂らして落ち込んだキクチヨの頭部の飾りが、名前の顔を掠る。
 白湯の入っていた湯呑の底を暇そうに眺めていたキュウゾウは、刀を腕にかけたまま名前を見上げた。
「思い当たるところを全て当たったが、もう何も思いつかねぇ。アイツら……一体どこへ隠れたんだってんだ!」
「は、はぁ……」
 見つからない子どもたちの姿に汽笛を鳴らしながら顔を真っ赤にして怒るキクチヨの後ろを、そうっと名前は覗き込む。
「ニシシ」と笑うキララの妹、コマチの姿があった。
 それに釣られて、名前も思わず笑った。
「……ん? なんだ? どうしたでござるか?」
「いや、たまに後ろをふ……いや」
 木の影に隠れながら、コマチが必死に手を振る。
 それに微笑を隠せないまま、名前は慌てて話を変える。
「とりあえず、もう一回、思い当たるところを探してみれば? もしかしたら、ドンピシャ、と言うこともあるかも」
「えー。でもなぁ。アイツらがんなこと考えるわけ……」
「でも、所詮は子どもだよ? どこかに身を隠そうとも、すぐ自分が安全と思える場所に、隠れるものじゃなくて?」
「うーん」
「それに、かくれんぼは元はと言えば、『自分が安全だ』と思われるような場所に隠れるもんだし。一回、当たってみたら? ……と言うか、始める前になにか、言った?」
「え? なにをだよ」
「隠れる場所禁止、とか。どこどこを隠れる場所にしちゃダメ、って」
 呆れたように聞き返した名前の一言に、コマチは「あ!」と口を両手で隠す。
 首を傾げるキクチヨの頭越しにそれを見た名前は、肩を竦めて言った。
「もう。それだったら、その子の家の中の……床下とかじゃない? ほら、百姓が床の下に隠すと言う……」
「あぁ、あそこか! しっかし、あれだけのもんにガキが隠れるスペースなんて」
「ほらほら、もう行った、行った! コマチちゃんも入ってるんでしょ? その、見つけるのに! だったら、早く探してあげなくちゃ! ね」
「そ、そりゃぁそうだけどよぉ。でも、侍が他人の家に入るだなんてねぇだろ?」
「コマチちゃんに協力を仰ぎなさい! そうすりゃどうにでもなる!」
 ほら行け、はよ行け、と言うように背中を押す名前に疑問を感じながらも、キクチヨはその場を後にする。
(ったく。なんだったんだぁ、アイツは? 急に話をきりやがって……訳が分からないでござる!)
 と腕を組みながらプンスカと怒るキクチヨのあとを、小さな女の子、コマチがトコトコと姿を隠しながら追いかける。
 その様子に微笑ましさを感じた名前は、クスクスと笑いを隠せないままキュウゾウの元に戻った。
「もう。可愛らしいなぁ。……あれ。キュウゾウ?」
 カチン、と鍔の落ちた鞘をキュウゾウは伏せた目で眺める。
「もしかして、なにかいた……? 別に、そう言った気配は感じられなかったのだけど……」
「別に」
 火口を切ろうとした刀を脇に携えて、キュウゾウは腰を上げようとする。
 地面に置いた湯呑にキュウゾウが指をかけようとしたときに、新たな訪問者がやってきた。
「あっれー? キクチヨ殿の声がここからした筈なんだけどな……あ! 名前殿にキュウゾウ殿ではありませんか! いやぁ、お邪魔してすみません!」
「え、なにが? あ、もしかして。休憩の時間が終わったとか?」
「いえいえ、とんでもない! まだ、カンベエ殿とゴロベエ殿は作戦会議の模様。私たちはまだ、こうして羽を休めると言うわけです」
「え。作戦会議? そんなこと聞いてない! 私抜きでやってるの?! ズルい!」
「あぁ、っと! 名前殿?! 私が言いたいのはそうではなくて!」
 カンナ村のブレインとして働くこともある名前は、大きく目を見開いてリキチの家へ向かおうとする。
 自身が用いた喩えをそのまま受け取った名前に驚きを感じたのか、突如現れた訪問者、林田ヘイハチは名前の腕を掴んで止めた。
「すみません。誤解をさせたようで。えっと、私が言いたいのはそうではなくて……」
 腕を掴まれた名前が足を止めると共に、ヘイハチの背中に鋭い殺気が刺さる。
 ヘイハチは冷や汗を掻いた頬をポリポリと掻きながら、誤解をした名前と殺気を放つ後方にかける言葉を選んだ。
「えーっと、まだ休憩を終える時間ではないので、安心をしてください、と言うことを言いたかったのです」
「なんだ、そう言うことか。いえ、すみません。こちらこそ」
「あはは」
 名前の誤解は解けたものの、後ろからの殺気は解かれていない。
 未だに殺気を放ち続ける後方に「はぁ」とヘイハチは溜息をつきそうになりながら、名前に話を続けた。
「ところで、キクチヨ殿は知りませんか? 仕事を一つ頼みたくて……」
「仕事?」
「えぇ。力仕事がいる仕事で……それが終わったらカンナ村の握り飯が食えると言うことも伝えようとしたんですが」
「握り飯?! おにぎり?! わぁ、やる、やる! 是非私にやらせてください!」
「え、え? でも、名前殿は侍と言えども女ですし……それに、キクチヨ殿のようなパワーがないと」
「テコのような原理を使ってでも、駄目ですか?」
「いえ、そう言うことでもなくて。……はぁ。本当、食べ物のこととなると、目の色が変わりますよね」
「そう、かなぁ……いや、そうではありませんよ。だって、いつの時代でも、食糧と言うものは大事ですもの」
「あはは。その言葉遣いの一つ一つで、あなたが今なに考えてるのかが手に取るように分かりますよ」
「え」
「ズバリ! カンナ村の米のことについて考えているのでしょう!」
「え! なんで?!」
 肩を落として力なく言ったヘイハチの言葉に食いついた名前は、ヘイハチの口から出た言葉に驚く。
(カンナ村の米が先の大戦中の食料であれば、どんなによかったことであろうか)
 と郷愁に馳せていた名前は、ヘイハチの言った言葉に動揺した。
 その動揺も見てか、今まで沈黙を保っていたキュウゾウが腰を上げる。
「さっき言ったでしょう? その、あなたの言葉遣いと目の色で分かると! だって、いつも食べ物の話になるとあなた、目が輝きますし言葉遣いも丁寧になりますもん!」
「えー。そんなにー? ……いや、そんなにある筈がないわけがないと思いますが」
「フフフ、誤魔化したって無駄です。今晩の夕飯について話したら、すぐに」
「切れた」
 意気込んだヘイハチの話にのめり込んでいた名前が、ガクンと後ろへ下がる。
 名前の腕を掴んで自分の方へ引き寄せたキュウゾウは、眠そうな紅玉の目で、振り向く名前を見た。
「え?」
 と声を上げる名前に、キュウゾウは無言で空になった湯呑を二つ、見せる。
 名前とキュウゾウに分け与えられた湯呑は、今や空になっていた。
「あ、本当だ……。そうだもんね、水分補給は大事だし、休憩の方も……」
「あの、名前殿?」
「ごめん。キクチヨのことだけど」
 キュウゾウから空になった湯呑を受け取りながら、名前は辛そうな顔をして言う。
「今、子どもたちと遊んでいて……全員見つからないと、無理そう」
「あ、そうですか。うーん……と、言うことは。キクチヨ殿が全員見つければい、」
「行くぞ」
「え、うわ、ちょ、ま、まだ、話のとちゅ、ご、ごめん! ヘイハチさん! ま、またあとでいだだだだ!」
 ヘイハチと名前の会話を打ち切るように、キュウゾウが動く。村とは反対の方向へ歩くキュウゾウに引きずられながら、名前は声を上げてヘイハチに謝るが、それすら許さないようにキュウゾウの手に力が込められた。
 名前の腕が小さな悲鳴を上げる。
 悲鳴を上げる名前と長身の侍が遠ざかる姿を苦笑いで見送りながら、ヘイハチは肩を落とした。
「私もあの人も大変だな、あのようじゃ……」
「はぁ」と息を零したヘイハチの苦悩を、知る者はここにはいない。
 
 
 時は打って変わって。
 カンナ村とは反対の方向へ進んでいることに気付いた名前が声を上げる。
「うわ、ちょ、待って! ここ、橋の方向じゃない? ほら、あの落とす予定の」
「……あぁ」
 森の中から抜けたところで、キュウゾウは漸く手を離す。
 名前は握り締めた腕を擦りながら、小さく息をついた。
「もう。ここまで行って、どうするの? 休憩時間までに戻れるのかな……」
「さぁ」
「『さぁ』って、ちょっと。……あー、もう。仕方がない。これ、カツシロウの仕事だけど、仕方がない。見回りして、帰ろう」
「あぁ」
「……どうして、そう嬉しそうなの?」
 気になって尋ねた名前の質問に、キュウゾウは目を閉じて微笑む。
 口元に微笑を浮かべるキュウゾウに、名前は首を傾げる。
(何か、気になる獲物でもいたのであろうか。それとも、カンベエと交えることを考えている?)
 と頭を悩ませる名前の元に、キクチヨの声が聞こえる。
「見つけたぞー! 全く、卑怯でござるなぁ! 侍の後ろをとるなんて! 武士の風上にも置けぬでござる!」
「えへへ、おっちゃま。オラ、百姓の子でござるよ?」
「ありゃりゃ、しまった」
 嬉しそうに答えるコマチを肩車しながら、キクチヨは森を出る。
 眼前には橋。そして微かに聞こえた会話の主たちの姿は見えない。
「……オヨ? 確かこの辺に、誰かいなかったでござるか?」
「オラはなにも知りませんでござるよ?」
 お侍の口調を真似する二人に邪魔されまいと、金髪と紅玉の目を持つ長身の侍がズルズルと名前を引きずってその場を後にしたことを、二人は知らない。
「ま、いっか。残りの奴等も探すぞー!」
「おー! ところで、おっちゃま。頼まれたお仕事は、いいのですか?」
「あ」
 キクチヨはコマチを肩に乗せたまま、固まった。
 
 
 

茶位(7th
 
 

 
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