「どうして貴方は、この戦に参加なさろうと思ったのですか」
 
 
ヘイハチの突然の問いに、名前はきょとんと首を傾げた。
 
赤々と焚かれた篝火が周囲を照らし、慌ただしい工具の音や材木を運ぶ音が無数に響いている。
現在、カンナ村はまさしく不夜城の様相で着々と対野伏せりへの準備を進めていた。
 
そんな中、たまたま休憩の被ったヘイハチと名前は短い歓談を交わしていた。
 
会話にまぎれてふと突き出された疑問。それは虹雅峡で出会ってからヘイハチがずっと抱いていた懸念だった。
 
 
「う〜ん、難しいこと聞くなぁ」
 
「難しくはないでしょう」
 
「名前には難しいの」
 
 
むぅ、と唇を膨らませる様子は幼子のようだ。
 
けれど、彼女がサムライに準ずる実力を持ち、戦となれば豹変することを既にヘイハチは知っている。
恩賞を求めず、米すら蹴って、それでも迷わず参加した黒い髪に、黒い瞳、隻眼、隻腕の――サムライ少女。
 
 
「そうだなぁ……如いて言うなら」
 
 
名前は片方だけの瞳で夜空を見上げ、ぼんやりと呟く。
 
 
「みんなの目がね、気に入ったの」
 
「目?」
 
「そう、サムライの目。みんなが飢えてて、濁ってて、獣みたい」
 
 
かつしろーはまだまだだけど、と笑う。
 
戦に飢え、戦を求め、恩賞もなく群れ集った馬鹿の群れ。そのサムライの瞳を押して、名前は気に入ったと言う。
 
 
「特にね、へーはち。あなたの目がいい」
 
「はぁ……それは、光栄ですな」
 
 
名前の言葉の意図はかろうじて分かるものの、どう答えたものか。曖昧に頷くしかない。
けれど気にせず名前はヘイハチの瞳をじいっと見つめたまま続ける。
 
 
「うん。とびきり優しいのにいっとう濁ってる、あなたのめだまが――いっとう好きだよ」
 
「ッ!」
 
 
どきり、と寸の間ヘイハチの動きが止まった。
彼女には自分の過去など欠片も話したころはない。けれど、なぜか見透かされた気がした。
 
 
「だから参加した。みんなの目、へーはちの目、一番近くで見ていたい」
 
「それで自分が命を落としても……ですか?」
 
「名前の命?そんなの別にいいよ」
 
 
こともなげに名前は答え、にんまりと笑う。
 
 
「名前は野伏せりを斬るためにいる。だから斬られてもいい。それが当然で、お互いの権利だもん」
 
 
それに、と続ける。
 
 
「死んだみたいに生きるより、楽しくって、ひりひりする方がいい。名前はね」
 
 
目は口ほどに物を言う。
 
名前の隻眼は、まるで無邪気な子供のようだった。疑いなく、自分の中の信念を貫いているのが分かる。
なぜ彼女が瞳に執着しているのかは分からない。片目を喪ったことが関係しているのかもしれない。
 
けれど、なぜか自然とヘイハチは口に出していた。
 
 
「なら、私が報酬を差し上げましょう」
 
「へーはちが?」
 
「ええ」
 
 
ヘイハチは作業のままつけっぱなしだったゴーグルを押し上げた。
 
 
「もし、この先の戦で私が命を落とすことがあったら……」
 
 
なぜ、自分がこんな提案をしようとしているのか、自分でも分からなかった。
それでも自分の瞳を指さしながら、いつものえびす顔で。
 
 
「私の目をひとつ、名前殿に進呈しますよ」
 
 
名前は一度ぱちりと瞬きすると内容を理解したのか、首を傾けた。
 
 
「へぇ、いいの?」
 
「ええ、目玉がなくとも米は食えますから」
 
「そっかぁ。んふふー、嬉しいな」
 
 
本当に嬉しそうに名前は声を上げ、押さえきれぬとばかりにぴょんぴょんと辺りの岩に飛び移る。
 
 
「じゃあ、約束!」
 
「ええ、約束です」
 
「大事にするね!でも長生きしてね!」
 
「……え?」
 
 
予想外の言葉に、ヘイハチが固まる。
名前は悪戯が成功したように、笑って。
 
 
「名前は濁って腐る一方の目玉より、濁っても時々ギラッてしたりする方が好きだから!」
 
 
だから一秒でも長くその瞳を見せていろと、名前は言う。
 
おそらくはこの戦の渦中で最も難しいことを、平然と。
 
ヘイハチはその我が儘放題にもほどがある物言いになんだか力が抜けてしまって。
 
 
「名前殿には、適いませんなぁ」
 
 
からかうように、背中のてるてる坊主がゆらりと揺れた。
 
 

 

小日向ひより(昼寝茶屋
 
 

 
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