神様、お願い。
軌跡を起こして。
お遊戯会セットみたいな舞台を見ながら頭を抱える。これでこれから先のことが決まるとか、ほんと咲也ごめん。超重大な役が初舞台でごめん。だが後は頼んだ。
そう思いながら舞台を見つめ続ける。
それにしてもほんと酷い台本…誰か脚本を…誰か…。
「ありがとうございました!」
私が舞台に祈りを捧げてる間に咲也の初舞台は終わりを告げた。
内容全然頭に入ってこなかった…でも大きなミスもなくよく頑張った…あとはあのやくざにどう判定されるかだけど…。
これはもう壊される…なぁ…。
「よし、咲也、よく頑張った」
劇団の最後の舞台を背負わせてごめんね。
「楽しかったです!」
――楽しかった。
初舞台の感想が楽しかった。
その感覚でも持ってもらえてよかった。私の知り合いの伝手で他の劇団紹介してあげたいくらい。小さな劇団でも頑張っていってほしいし。
「じゃあちょっと待っててね」
やくざのところに行ってこれからのこと聞かないと…伊助とも相談しなくちゃ。
「だったら、話は終わりだ。この劇団はつぶす」
やくざの無慈悲な言葉が聞こえるけど、そうだよね。この芝居見て、もう少し待ってあげようなんてそんなこと言いだしたら明日は雨、いや嵐…地球滅亡もありえる。そんなレベルなのだから。
「え?この劇団、なくなっちゃうんですか……?」
後ろを着いてきたらしい咲也がやくざの言葉に反応する。
できることなら聞かせずにしてあげたかった……。
「あ……」
「すみません、今、話が聞こえちゃって……オレ、昨日この劇団に入ったばっかりなんです!まだまだ演技も下手くそだけど、舞台が大好きで、だから、潰さないでください!」
「断る」
「そんな!!」
「こんなに必死で頼んでるのに!」
現実は甘くない。
ここでいくら必死な姿見せても、覆らない現実がある。
「ごめんね……」
小さく言葉が漏れる。
俯いた私は唇を噛み、悔しさに耐えきれなくなってきた。
「この劇団を潰すのはもう決まったことだ」
やくざの言葉が、その場に響く。
「潰させませーん!」
「支配人……」
「伊助……」
急に大きな声で伊助が言った。
「この劇団は、なんとしても守らなくちゃいけないんです!」
「松川、俺はお前に何度もチャンスを与えてきた。九条という演出家も用意した。そのすべてをふいにしたのはお前だ。もう交渉の余地はない」
「でも、でも、また昔みたいに盛り上がる可能性だって――」
「ありえん」
きっぱり言い放つやくざ。
「昔は盛り上がってたんですか?」
今日のお客さんが尋ねる。
「私は全盛期は知らないので…」
「そうなんです!幸夫さんがいたときは、いつも満席で当日券の行列だってできて――」
「幸夫?幸夫って……もしかして、立花幸夫ですか!?」
「知ってるんですか?」
「え、誰?」
急に驚いた声を出すお客さんに伊助と私が反応する。
…ん?立花幸夫ってどっかで聞いた…どこだっけ…?
「わ、私の父です……」
少し言いづらそうに言うお客さん。
「あなたが幸夫さんの……娘さん!?」
「本当は今日、この手紙を書いた人に会いに来たんです」
「それ、僕が書いたんです!」
「伊助、いつの間に…」
たしかに盛り上がってた頃の人がいたらどれだけ心強いか…。
「じゃあ、あなたが松川伊助さん……?」
「はい。幸夫さんは、今日は来られなかったんですか?」
「父は八年前から音信不通で、家にも帰って来てません……」
「音信不通……そうだったんですか」
最後の望みが絶たれた。そんな顔をする伊助。
それ以上に、娘さんの方が心配だ。音信不通だなんて。
「父のこと、何か知りませんか?」
「ある日突然姿を消して、劇場にも顔を出さず、連絡が取れないままなんです」
「そんな……」
「もしかしたら自宅なら、って思ったんですけど……」
……なんか訳ありっぽいな。でも、どんな人だったんだろう。
この劇団を、支えてた、伊助が頼りたくなるような人。
「それでまた頼ろうとしたわけか。あてが外れたみたいだな。もう終わりだ」
「ちょっと、そんな言い方ひどいじゃないですか!他にも何か方法があるかもしれないのに」
「そ、そうですよ!幸夫さんじゃなくても、他に助けてくれる人がいるかもしれないじゃないですか!」
「いや、どこに……」
伊助が完全にあのお客さんを狙っている……。いったい彼女に何を立て直してもらおうというのだ……。
芝居の経験者、劇作家、脚本家ならわかるけど。
「この劇場のことを何も知らないから、そんな簡単に考えられるんだ」
「どういう意味ですか?」
「この劇場は、生意気にもこの劇団の専用劇場だ。ほとんどの劇団は専用の劇場を持たずに芝居用の小屋を借りて公演を行うが、この劇団は違う。専用劇場に団員寮まで備えてるせいで、維持するだけでもかなりのコストがかかる。最盛期の八年前までは春夏秋冬、四つの演劇ユニットが毎月入れ替わりで公演を回して収益を上げていた。四組ユニットを揃えて、毎月コンスタントに公演を行わない限り、この劇団は成り立たないんだよ」
噂には聞いてたけど、伊助から。だけどこれだけ立派な劇場に大きな寮。それを備えているのだからそのくらいしなくちゃいけない。
だけど、今芝居ができるのは、咲也だけしかいない。
私は、もう板の上には、立てない。
「それなのに、今や団員はこのポンコツ支配人を除くと、九条と昨日入ったっていうガキだ。演出家が一人と役者が一人じゃ現実的に不可能だろう」
「はあ……なるほど」
「え、伊助どれだけどんぶり勘定……?」
「なるほど、じゃねえ。支配人であるお前が一番知っとくべきことだろうが」
呆れる私とやくざ。
よくそんな伊助のこと待っててくれたな、この人。
「ずいぶんこの劇団のことに詳しいんですね」
「――債務者の置かれている状況くらい、調べる」
少し歯切れが悪い感じで答えるやくざ。
何かあったのかな、この劇団とこの人は。
「そうだ!団員ならもう一羽――」
「この亀吉に任せナ!」
「鳥類は頭数に入らん」
そして普通、鳥はセリフ覚えていい感じに出てこない。亀吉はいつも思うけど天才な鳥だと思う。
「やっぱりダメか……」
がっくり肩を落とす伊助。
「もう猶予はない。迫田!」
「お呼びっすか、アニキ!」
「やれ」
「あいあいさー!」
元気の良い返事で迫田さんが出ていく。
「そんな、殺生なー!」
「お願いします!潰さないでください!」
「お願いします!」
今ここで頭下げても、変わらないかもしれない。でも、今はこれしかない。
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