白、黒、白
ロードワークの途中。
普段は気にもしない武道場が目に入った。
今日は自主練の日で自分のしたいようにできるし、と思って花巻は武道場に近づいた。
開かれた扉の先には、自分たちの部活の雰囲気とは違う凛、とした空気が広がっていた。
武道場はローテーションで空手部と柔道部が使っているが、今日は空手部の日のようだ。
男女同じ空気で部活かぁ、いいなぁ、なんて思いながら見ていると、そこには先日及川のもとに現れた苗字の姿があった。
白い道着を身にまとい、黒い帯を締めて佇む彼女は、あの時のような柔らかさがない。
キリッとした視線。
周りにも伝わるような気迫。
それが青葉城西高校女子空手部主将としての彼女の姿だった。
「マッキー、こんなとこで何してんの?」
不意に後ろからかけられた声に、肩がはねた。
「なんだ、及川かよ…」
「なんだとは失礼だなぁ…って空手部じゃん。何、名前見に来たの?」
「いや、ロード中にたまたま気になっただけ」
「ふぅん」
及川は軽く返事をすると花巻の隣に陣取った。
及川から視線を彼女に戻すと、彼女が何やら素早い動きをしていた。
「え、え、及川、あれ何?」
「型って言って、空間に相手が居るようにみせる演舞なんだって」
彼女に気圧されてるのか、少し小声になる2人。
鏡を見ながら動きを確認している彼女は、この2人にはまだ気づいてないようだ。
流れるような動きを見せたかと思うと、要所要所で止めてきめる。
その動きの向こうにいる相手というのはよくわからなかったけど、彼女の蹴りや突きの先には、確かに何かに当たっているかのような錯覚が起こった。
「小休止ー!」
けたたましいアラーム音と共に、男子部の主将の声が響く。
「押忍!」
散らばって練習してた部員がタオルやドリンクの元へ向かう。
「お疲れ様です」
「あ、うん。ありがとう」
空手部では後輩が飲み物を配ることになってるのか、下級生は忙しそうにしている。
飲み物を受け取った苗字は、振り向いたついでに手を振ってきた及川に気がついたのか、扉まで歩いた。
それと同時に及川に気がついた女子部員の少し浮ついた声が聞こえた。
「徹、何、どうしたの?」
そう問いかける彼女はこの間と同じような雰囲気だ。
「マッキーが見てたからさ」
「え、あ、」
急に自分に視線が来て狼狽える。
「花巻くん、だよね。はじめまして。苗字名前です!」
「あ、花巻貴大です」
よろしく、と握手をすれば男子部の部長に苗字が呼ばれた。
「あ、じゃああたし行くから」
「うん、俺らも行くし」
そう言って手を振って去る彼女を見て、それから花巻は握手した手を見た。
「ほら、マッキー、戻るよ」
「お、おう…」
「後でちゃーんと聞かせてもらうからね」
にしし、と悪そうな顔をする及川に花巻は、あ、こいつめんどくせえ、って思った。