テニス短編 | ナノ

 コスモス

君の好きな花。この季節の“桜”
君の存在忘れんよう
部屋に飾っとるよ?



コスモス


「ほら、秋桜やで」


俺の部屋にあるちょっとした仏壇。
俺の最愛の恋人、ざくろの仏壇。


「今年も、綺麗に咲いたな」


なぁ、ベランダの秋桜も綺麗に咲いとるよ。
ざくろが居らんから、俺が世話してんねんで。
その中でも、一番綺麗に咲いとった秋桜、花瓶にさしとったるからな。


「なぁ……なんでおらんの?」


…今でも、目を瞑ればざくろとの思い出が、頭ん中駆け巡る。




あれは、3年前やったかな。あぁ、もうそんなんなるんや。
いきなり俺の家に現れたざくろは、手に紙袋をいっぱい持っていた。
その袋の中から、小さな紙袋を出して俺に見せた。


「なぁなぁ、光!これ何やと思う?」


「なんやねん、いきなり人ん家来てから…」


寝ていたんを起こされて、少し機嫌悪く言うても、ざくろは何も気にせんと家に入ってきた。


「んー、ヒントはうちが大好きな花やで」


リビングに入り、ベランダに向かいながら楽しそうに言う。


「お前が好きな花なぁ…秋桜か?」


「正解!!」


嬉しそうに笑って、その種を俺に見せた。




ベランダについて紙袋からたくさんのプランター(やっけ?)を出して並べる。


「光も手伝わへん?一緒にやろうや!」


「…しゃぁないなぁ…」


ニコニコ笑いながら言うざくろに敵わず、俺に似合わないガーデニングをした。
石を敷き、土を入れ、種を植える。
たったそれだけやのに、何か違って感じた。
それは、きっと……っていうか、絶対、お前がおったからや。




「早よ咲かんかなぁ…」


「今埋めたばかりやろ?」


植え終わった秋桜の種を見、子供のような表情をする彼女に、小さく笑みを溢しながらそう言った。
そんな俺に、少し不服そうに頬を膨らます。そんな動作さえも、愛しいと思える。


「なぁ、光。此れは毎年ちゃんと咲かそうな?」


「おん、えぇけど。なんで?」


「うちらがいつまでも、一緒にいれるように、な?」


「…せやな。この花が約束やな」


そう俺が言うと、ざくろは嬉しそうに笑った。

其の時までは、確かに幸せやったのに。
神様は残酷で、俺から大切なものを奪っていった…。




「なー。もう咲きそうやない?」


「あと少しやな」


蕾が膨らみ、花が咲きそうになっているある日。
雨が降っていたけれど、嫌な空気ではなかった。


「ちょっとコンビニ行ってくるわー」


「俺も行こか?」


「えぇよ。平気やから」


「ほうか…ほな気ぃつけて行ってき」


「おん、いってきます」


そう言って、ざくろの紅い傘を持って部屋を出て行った。
…今でも、夢を見る。あの時、俺が引き止めていれば、一緒に行っていればと、何度も後悔した。




しばらくしても、ざくろは帰って来んかった。
俺は、嫌な胸騒ぎがして、傘も差さずに部屋を飛び出した。


「何処まで行ってんねん、アイツ…」


コンビニに近付くと、人だかりを見つけた。何かあったんやろか、そう思ってその人だかりに紛れた。
…其処にあったのは、目を疑いたくなるような光景。
見覚えのある紅い傘、紅く染まった、ざくろの姿…。


「嘘、やろ…」


駆け寄ろうとしたけれど、足がすくんで動けんかった。
其の後、すぐに来た救急車にざくろは担架で運ばれていった。




…ざくろが病院についてから暫くして、俺も病院に着いた。
受付に居た看護士に聞くと、今処置中だと言う。俺は其の場所を聞き、処置室の前で待たせてもらった。
微かな希望を持って、祈るような気持ちでずっと座っていた。
しばらくそうしていると、中から医者が出てきた。
其の顔は、暗くざくろの容態が、それだけでわかってしまった。
何かを喋っているようだったけど、耳に入ってくることは無く、そのまま通り抜けていった。
突如体を襲った、虚無感。ざくろの葬儀中も泣く事すらできんくて、メンバーの励ましも、聞こえんくて…。
それからは、心が消えたかのようやった。




家に帰ると、あの日のまま止まっていた。
何度も、何度もあれは夢やったんや、って思いたくて。現実から逃げるように、無駄に日々を過ごしとった。


「せや、花…」


雨水で、濡れたあの蕾はいつのまにか、花を綺麗に咲かせとった。
止まったこの部屋の中で、唯一あの日からの時間を進めていったもの。
其の花を見て、ようやく俺は涙を流した。
途切れることなく、はらはらと涙は零れていく。止めることもできんくて、気が付けば、鉢の傍で泣き疲れて眠ってしもうてた。




その日を境に、吹っ切れたわけやないけど、少しずつあの日から前に進んでいった。
未だ、あの日を思うと心は痛なるけど、でも止まったらあかんと思うから。
コスモスが、咲き続ける限り俺の中からざくろが消えることは無い。


「また、会えるやろ?」


この花は、俺らの約束やから。


ずっと、花(ここ)と心(ここ)に、君への愛しさ、募らせて。


END




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