◎ 滑り落ちた、想い
「じゃ、しばらく家留守にするから。その間しっかりね」
「…はい」
「行ってくるわね。ざくろ」
「いってらっしゃい…母さん」
そう見送って、一人家に残った。
母さんは、有名企業の女社長。父さんは外に愛人作って帰ってくることはない。
そして、母さんはたった今、アメリカに行った。……2・3ヶ月は帰ってこないな…。
「ざくろー?学校行くでー?」
「あ…蔵ノ介、おはよう。まだ準備してないんだけど…」
「えー?急ぎやぁ」
「わかったぁ」
部屋に戻ってすぐに、外から幼馴染の蔵ノ介が大声を出している。
……今日サボるなんて言ったら怒られそうだなぁ…
私は面倒に思いながらも、制服に着替えた。
「お待たせ」
外で待てる蔵ノ介にそう言えばにっこり笑って手を繋いでくれる。
昔からの癖で、両親不在の多い私には、唯一の近くにある温もりだった。
「今日の小テスト、ちゃんと勉強したん?」
「勿論。蔵ノ介こそ、今回は私に負けるんじゃない?」
「なんやとー?」
二人で笑いながら登校した。
他愛も無い会話だけど、この時間が一番幸せだった。
…いつからだろうか。
私が彼に幼馴染以上の想いを抱くようになったのは。
この温もりを、手放したくないと思ったのは。
蔵ノ介の一つ一つの行動に心が躍って、何時の間にか1人でドキドキしてた。
きっと、彼は何も思っていないんだろうけど、彼の優しさが“ツキン”と小さな棘になる。
彼にとって、私は唯の幼馴染、そう思うのにそれだけじゃ足りなくて、もっと、もっとと貪欲に欲する自分に嫌気がさした。
そんな、ある日だった。
学年で超人気の女の子が蔵ノ介に告白しているところにたまたま居合わせた。
距離的な問題で、会話は聞こえなかったものの、彼の笑顔が私に大きな杭となって襲ってきた。
「あー、ぁ…」
小さく溢す溜息と共に出てくる声は元気が無くて。
ずるずるとその場にしゃがみこんでしまった。
「好き、だよ…」
小さく溢した言葉は、誰も居ない教室に木霊した。
その日の帰り、蔵ノ介から彼女が出来たことを報告された。
「おめでとう」
そうやって一言返すのがいっぱいいっぱいだった。
ちゃんと、笑えてるかな?
「おー、ざくろも早よ良い人見つけやー」
「そう、だね」
幸せそうな彼に、上手く返せたかは分からない。
あれから数日経った今でも、よくは分からない。
唯一つ、大きく変わったのは、唯一の温もりが、この手からなくなってしまったこと。
…モノクロの世界の中で、今を彷徨い続けている。
End.
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