#030
先輩方の動きがわからない私の学年には、その日の放課後、噂が回ってきた。


「…え、?」


「だから、今まで苛めてきた…なんだっけ神田先輩?

あの人、跡部様の妹らしいよ」


嘘よ、そんなの絶対!!


「まさ、かぁ…噂でしょ?」


「でも、もしほんとだったら、うちらヤバくない?」


「それに、跡部様の妹なら、テニス部がマズいことになるようなこと、起こさなくない?
ねぇ、ほんとに神田先輩にやられてたの?」


内心冷や汗をかきながら冷静を装い話す。
彼女たちも必死だ。
なんていったって、私は演技してただけで、直接的な暴力の中心は殆どこの子たち…“男子テニス部ファンクラブ”なのだから。
私に非があるかもしれないけれど、でも…


「皆は、鏡華のこと…信じてくれないの…?」



少し不安気に話せば慌てて否定する彼女たち。
ふふふ、ちゃーんと最後まで私の駒でいてくれなきゃ困るんだよね。

でももし噂が本当だったら…
まぁそれはそれで有効活用するしかないよねっ!!
なんていったって、景吾先輩に近づくのに一番簡単な方法だし、ね。



「鏡華、部活行くで」



「あ!侑士先輩」



可愛く可愛く走って私の騎士に近づく。



「遅なってすまんな」



「大丈夫ですよ〜!!ほら、部活行きましょうっ」


にっこり笑って言えば侑士先輩も優しく笑ってくれる。
侑士先輩のこの笑顔は好きだわ。だって大人、って感じじゃない?


―――それだけでご機嫌になれるわ。


小さく笑いながら、テニスコートへと向かった。



―――――――――――――――


コートにつけばいつもと変わらないと、思っていたの。
それなのに、なんだか皆よそよそしくて、段々嫌な予感がしてきた。


――まさかあの女、本当に景吾先輩の妹なの?


そう思いながらマネージャー用の部室に入る。
景吾先輩が来る前に準備しとかないとね!!
化粧だってよれちゃってるし、身嗜みをチェックしておかなくちゃ!
準備も万端の状態で、景吾先輩が来るよりも先に…と思ったら、もうすでにコートの中にいた。
…もちろん、あの女もその隣に。


「無理するなよ、ざくろ」


誰も聞いたことの無いような優しい声で神田先輩に話す景吾先輩。
私にだってそんなこと言ってくれないのに…!!


「わかってますよ、景吾先輩」


その視線を、声を、当たり前のように受け取る神田先輩が憎い。
どうして私じゃないの、どうしてアナタなの。私のほうが何倍も可愛いでしょ!?


私は無意識に去っていく神田先輩の後をついていった。





―――――――――――――――



後ろから、東宮さんがついてきているのは、感覚でわかっていた。
でも、その足取りはどこか怪しげで、危なげで…そして弱弱しかった。


「神田先輩、」


洗濯場に着いたところで東宮さんに呼ばれて振り返った。


「先輩は、景吾先輩の、妹、なんですか…」


一つ一つ、言葉を確かめるように問う彼女に、今までのような脅迫感はなかった。


「…そうね。私は景吾先輩の妹よ」


そう告げると、東宮さんは顔に影を落とした。


「じゃあ、景吾先輩は全部知ってるんですね。本当のことを」


「…そうね」


肯定を示せば、みるみる顔色を変える。
それには、絶望とか憤りとか、よくないものばかり。


「じゃあ、先輩のこと、もう何もしないんで〜、景吾先輩にそれとなーく繋いでくださいよ」


出来ますよね?という顔で私を見る彼女にもう何も感じなかった。
…そのときだった。


「な、んだよ、それ…」


東宮さんの後ろから現れたのは向日先輩。
急な先輩の登場に東宮さんは一気に顔を歪める。


「え、岳人せんぱ「どういう意味だよ!!」」


今まで見たことないんじゃないかってくらいの怒りを示す向日先輩。
その後ろには他のレギュラー陣も居て、事の次第を見ていたみたい。


「なんだ〜、バレちゃったんですか」


そういつもとさして変わらないような声で言う彼女。
それが気に障ったのか、向日先輩が声を荒げて何かを言っていた。

そんな状況に、足が震え立っていられなくなってしまった。
自分が思っている以上に私は、彼らが怖いようだ。


「大丈夫?」


「萩、先輩…」


いつの間にか背後にいた萩先輩が支えてくれて、優しく背を撫でてくれた。


「大丈夫だよ、ざくろちゃん。…もう、怖い夢は終わったから」


その言葉に、私は力が抜けた。
…全てが、終わったのだ。


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